英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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大変長らくお待たせいたしました。

1月2月中は色々と忙しいです。実家の手伝いしなくてはならず、別のところで書かせていただいている小説は〆切近いし、ついでに冬アニメの観賞……それは違うだろ? ハイ。仰る通りです。

今回もオリキャラ出します。とは言っても今回限りになるかもしれませんが。
バリアハート編は早く終わらせたいですねー。


あ、それともう一つ。



遅ればせながら、新年明けましておめでとうございます。
今年も見捨てずご贔屓にしていただけたらとてもとても嬉しいです。
感想もバンバン下さいませ。


ほつれた愛情

「いいか、リィン。恐らくこれが最後のチャンスだ」

 

 5月29日。二度目の特別実習の開始日。

A班の面々で集まってトリスタ駅に向かう前、少し早めに寮の一階でリィンと顔を合わせたレイは、徐にそう言い放った。

主語もない、一見すれば何について話しているかすらも分からない強引な話の振り方ではあったが、色々と”そのこと”について相談に乗ってもらったリィンは、難しい顔になって一つ頷く。

 

「ユーシスとマキアス、そしてお前とマキアスの確執。それをこれ以上先延ばしにはできない。この実習中に解決できなければ、軋轢を完全に埋めるのは難しくなる」

 

 リィンとマキアスの確執。その原因となったのは、ケルディックから帰る際の列車の中の出来事だった。

 レイが自分が扱う術についての説明を終え、和やかなムードになった後、リィンも自身の事を告げたのだ。

 自分が、実は貴族の身分であること。北部ノルティア州の辺境、アイゼンガルド連峰の麓にある温泉郷『ユミル』。その地域を治める<シュバツツアー男爵家>の息子であるという事を明かしたのである。

しかし、こう言っては何だが、レイが明かした手品もビックリなパフォーマンスなどの後ではどうにもその告白はインパクトに欠け、その場では「何で最初からそう言わなかったし」というレイの言葉に皆が賛同し、特に気にすることもなく過ぎていった。

 だが、問題が起きたのはここからだった。

 列車内で打ち明けあった事を、まさかA班の面々の中だけで秘匿とするわけにはいかない。当然その内容は、B班の面々が寮に帰って来た時に報告をした。

 レイの術の事に関してはエマなどが多少驚いた表情を見せたものの、概ね問題なく受け止められた。しかしその流れでリィンが自らの身分を打ち明けると、やはりと言うかなんというか、マキアスは過剰反応した。

 ただしそれは、リィンが貴族であったという事に関してではなく、その身分を偽っていたという事に関してだ。

 

『あの時点で僕が信用ならなかった事は分かるが、自分の出自を偽らなければならないほどだったのか?』

 

 打ち明けた時、マキアスは正面切ってリィンにそう言い放ち、さっさと行ってしまった。

 オリエンテーリングのあの日、別行動をしていたレイは知らなかった事だが、リィンたちと合流したマキアスは不躾だと分かっていながらも開口一番で身分を問うた。

エリオットは平民。ガイウスはそもそも故郷のノルドには身分制度は存在しないとして平民扱い。そしてリィンは―――

 

『……少なくとも、高貴な血は流れていない。そういう意味では、皆と同じと言えるかな』

 

 思えばそれは、彼なりに真実をぼやかしながら言った最善手の言葉だったのだろう。

だがその曖昧な言葉が、ここに至って面倒事を増やしてしまった。過程はどうであれ、軋轢が生じてしまったのならば、埋めるための努力はしなくてはならない。

レイはキリキリと僅かに胃が軋む感じを無視しながら、現実問題としてリィンにそれを突きつけたのである。

 

「ユーシスとマキアスは……まぁ、相性的な悪さもあるんだろうが同族嫌悪的なノリもあるんだろうさ。だがお前とマキアスは単純に引っ込みがつかなくなってるだけだ。アリサとの関係がギクシャクしていた時と同じだよ」

 

「そう、なのか?」

 

「あぁ。お互いにツラ合わせて謝っちまえばそれで済む話だ。だから今回の実習はある意味最高の舞台だ。否が応でもツラ合わせて行動しなきゃならないんだからな」

 

 そう言うとレイは、笑みを浮かべてリィンの右肩を軽く叩いた。

 

「俺もできる限りフォローはするが、中心点にいるのはお前だ。頑張れよ、Ⅶ組の”重心”君」

 

「ぶっ―――サラ教官から聞いたのか?」

 

「まーな。いいんじゃね? 揺らぐも留まるも己と周り次第。不動の”中心”よりもよっぽど学生らしい」

 

「……」

 

 先にトイレ行ってくる、と言って行ってしまったレイを見ながら、リィンは複雑な感情に囚われた。

 ”重心”―――支え、支えられる常動の存在。

自分がそうであっても違和感がないという意味のその言葉は勿論嬉しくはあったが、同時にこうも思った。

 

 

 

「(俺が”重心”だったとしたら―――お前は一体”何”になるんだ? レイ)」

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 ≪翡翠の都≫バリアハート。

 帝国東部クロイツェン州の州都であり、『四大名門』の一角である<アルバレア公爵家>が直々に治める人口30万人程の都市。

貴族色が強い場所であるというイメージが強く根付いているが、領内の鉱山から産出される七耀石や、丘陵地帯で飼育されているミンクから取れる毛皮。それらを加工して生まれる質の良い宝石や毛皮製品などが特産品として名が知られており、大陸横断鉄道を通じて近隣諸国にも輸出しているほどの代物である。

そしてもう一つ有名なのは、それらの特産品を作り上げる”職人街”だ。

バリアハートの南部に存在するその場所は、帝国内でも優秀な職人たちがその腕を振るうために列挙しており、目の肥えた貴族や富豪をしてなお満足させるだけの商品を提供している。

昨今の増税政策により以前よりかは活気が落ちているものの、バリアハートというブランドを支えるため、職人たちは汗を流し続けているのである。

 だがそれは、やはりバリアハートの側面でしかない。

 主面となるのはやはり、貴族を中心とした、一見煌びやかに見える一般に知れ渡る街の在り方にあるだろう。

 

 バリアハートという都市は、良くも悪くも貴族によって発展してきた。

貴族が求めるがゆえに閑静でありながらも豪奢な住宅街が出来上がり、空港や高級店などが立ち並ぶ中央広場が出来上がった。

そして同じ理由で、貴族を満足させるだけの品物を作り上げるだけの腕を持った職人が集まる職人街が形成されたのである。

 それらを可能としたのが、平民からの徴税だ。

治めている側が、治められている側から治安の安定や繁栄と見返りにそれを為すだけの金銭を要求するのは当然の事であり、単純に言ってしまえばそれが貴族社会を貴族社会たらしめてきた根本的な上下関係であるといえる。そして世が世ならば、この統治体制に不満が出るはずもなかった。

 ―――平民が国家運営の中心となるという政治体制を掲げた、『革新派』が進出してくるまでは。

 

 現在の貴族の大半は先祖より与えられた地位に胡坐をかき、民を導き、土地を治めるという当然の義務さえも放棄した愚昧な者どもであると、言外にそう言う彼らの主張により、今までただ一方的に搾取される側であった国民がそれに同調。

無論、帝国の貴族の中にも賢主と呼ばれる人物は存在する。だがそれよりも、偏見と権力を笠に着て横暴に振る舞う貴族が現在では目立っているのもまた事実。そうした経緯が、マキアス程ではなくとも貴族社会に不満を持つ人々を生み出す原因ともなっている。

因果応報、栄枯盛衰。今までこのエレボニア帝国を支えてきた貴族社会が揺らぎを見せてきているこの時期に敢えてバリアハートへ実地演習に行かせるというその思惑。この時点で理解できる者は少ないだろう。

 そしてその思惑を理解している一人であるレイ・クレイドルは今―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お腹減った、レイ。私もう一歩も動けない」

 

「団抜けてからお前の燃費相当悪くなったんじゃねぇの? 成長期だってんなら仕方ねぇけど今は我慢しろ」

 

「あら~レイさん、これ見てくださいな。綺麗なお花ですね~」

 

「あの、ニーナさん。俺たちが今探してんの花じゃなくて宝石なんで。てかその花めっちゃ毒々しい色してんですけど。毒草ってのが一目で分かるんですけど」

 

「あ、これエーデル部長が育ててる花だ。中毒性が強いんだって」

 

「どーでもいい事に食いついてくんな園芸部!! てかあの部長さん、純粋そうな顔して校舎内でなんてモン育ててくれちゃってんの!?」

 

「お得意様がいるんだって。オカルト研究部に」

 

「ベリルか!! よりにもよってアイツに!? 何か召喚する触媒にすんじゃねぇだろうな!?」

 

「あら~、あっちのお花も綺麗ね~」

 

「だから勝手な行動しないで!! ここら辺普通に魔獣とかいるんですから!! ってかフィー!! いつの間にか俺に背中にぶら下がってんじゃねぇ、降りろ!!」

 

「ダルい、疲れた、メンド臭い」

 

「? レイさん、この大きなカマキリさんは何でしょうか? 何だかカマを振り上げて―――」

 

「頼むから少しは俺の言う事を聞けぇ――――――!!」

 

 

 

 リィンたちの与り知らないところで苦労(つうじょううんてん)をしていた。

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

「前みたいに依頼を手分けしようぜ。リィン」

 

 バリアハート中央広場の一等地に建てられた一流ホテル『エスメラルダ』の一室にて、レイがそう提案した。

 六人の手の中にそれぞれあるのはつい先程とある人物から出迎えついでに渡された実習内容。そこには、三つの依頼が記されていた。

宝石店店員からの依頼、貴族街の住民からの依頼、そして東方面に広がるオーロックス峡谷道の手配魔獣の討伐。

一つずつ全員で対処していくのも正しいやり方ではあるが、六人という数の理を生かさない手はない。流石に手配魔獣の討伐は戦術リンクの確認も兼ねて全員で挑む必要があるが、前半の二つの依頼については二手に分けてこなしたほうが効率的だろう。

 

「まぁ、それもそうだな。皆はどう思う?」

 

「私は賛成です。三人ずつで分かれれば早く終わるでしょうし。フィーちゃんはどうですか?」

 

「どっちでもいいよ」

 

「つまり賛成ってことだな」

 

 エマとフィーの賛同が得られた後に四人が残りの二人に目を向けると、少し気まずそうにしながらも二人は頷いた。

 

「うぐ……ま、まぁ早く終わるに越した事はないだろう。僕もそれでいい」

 

「フン、俺もそれで構わん」

 

 全員がレイの提案に納得したところで、話は班決めへと移る。二つの班をそれぞれ纏め上げるリーダーは早々にリィンとレイに決定した。

Ⅶ組クラス委員のエマが立候補しなかった理由は、ただ単純に二人の方が圧倒的に実戦経験があり、何より有事の際にも冷静に対応できる判断力があるからという事だった。

前者は元より、後者はエマにも備わっているのではないかと思ったが、確かに魔獣との戦闘になれば不慣れなエマでは少々心許ないのもまた事実。

そして―――。

 

「私はこっち」

 

 リーダーが決まった後すぐにレイの上着の裾を掴んでそう言ったフィーの言葉に誰も異を唱える事はできず、早々と一人目の所属が決まった。

その後、さも当たり前であるかのように二チームに分かれて入ろうとするユーシスとマキアスの肩を掴んで、とても良い笑顔でレイが一言。

 

「お前らが班分かれちゃ、ダメだろ?」

 

 可能な限りこの実習中は二人の別行動を禁ずるというのがリィンとレイ、そしてエマと取り決めた事柄だった。

本来であればここでリィンの班かレイの班か、二人をどちらに属させるかを話し合うつもりだったのだが、フィーが早々にレイ班に入ってしまったことで半強制的にリィン班に押し付けるような形になってしまった。

残りはエマだが、流石に問題児二人を押し付けたままⅦ組の良心の一人をこちらに引き込めるほど、レイの神経は図太くはなかった。

 

「委員長はリィンたちに付いてやってくれ。こっちは俺とフィーで何とかする」

 

「えっ? で、でもそちらは二人だけになってしまいますけれど……」

 

「いくら協調性が高くてもリィンだけにあいつらの世話を押し付けられねぇよ」

 

 最後は周りに聞かれないように小声で告げると、エマは困ったような顔で苦笑しながらも小さく頷いた。どうやら、理解してくれたらしい。

 そうでなくとも、レイとフィーのコンビならば大抵の問題は解決できる。身も蓋もない言い方をすれば、心配されるだけ無駄なのだ。

 

「そんじゃ、班も決まったことだし始めるとすっか。俺はこっちの貴族街の方の依頼を貰ってくぜ」

 

「いいのか? お前たちが貴族街に赴けばいらない厄介事に巻き込まれるかもしれないぞ」

 

 その声色に僅かに介意の色を滲ませて、ユーシスが口を挟む。しかしレイは、それに「分かってる」と返した。

 

「プライドの高いお偉方との接し方なんて慣れてるさ。それに、この街で実習をやる時点で厄介事には必ず巻き込まれるだろうよ。なに、早いか遅いか、それだけの違いだ」

 

「……フン、まぁそうだろうな。もし何かあればユーシス・アルバレアの名を出せ。しつこい貴族はそれで引き下がるだろう」

 

「おぉ、サンキュー。男のツンデレとか誰得だけど」

 

「ん。ありがと、ツンデレ」

 

「貴様らバリアハートから出禁処分を下すぞ」

 

 ユーシスからのちょっと洒落にならないレベルの殺気を悠々と受け流し、レイは未だに服を掴むフィーを連れて部屋を出る。

そのままホテルの外に出たところで、少し気になった事をフィーに聞いた。

 

「何で真っ先に俺に引っ付いてきたんだよ。そんなに寂しかったのか? ん?」

 

 意地悪そうな笑みを浮かべてそう言ってみると、フィーは一回だけビクンと体を震わせて顔を俯かせた。

少し前まで戦場にいたとは思えない陶器のように白い肌が僅かに紅潮して、その後、本当に少しだけ、首肯した。

 

「……レイのいじわる」

 

「はは、わりぃわりぃ。そんじゃ行こうぜ(この状況、西風の連中に見られたら殺されるな)」

 

 託された保護者役として頷かれたのが嬉しくもあり、せめてこの本音の十分の一でも他のメンバーに向けられればなぁと思いながら、依頼主のいる貴族街に向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バリアハートの西側に存在する貴族街は、その名の通り貴族が在住するエリアであり、治安維持を担当する領邦軍の詰所も存在する。

本来であれば余所者が入り込むような場所ではないのだが、トールズ士官学院の制服は上品にデザインされているため、訝しげな視線は送られても見咎められる事はない。

そしてこの二人は、訝しげな視線程度で足を止めるほど柔な精神はしていなかった。

 

「えーっと、ここが依頼主の家か」

 

「やっぱり大きいね。あっちに見えるユーシスの実家程じゃないケド」

 

 視線を向ける先にあるのは、長い坂を上った先にある巨大な門。

門前には二名の領邦軍の軍人が待機しており、門の向こう側には中世の城と大きさは勝るとも劣らないような巨大な屋敷が鎮座していた。

 アルバレア公爵邸。西部ラマール州を治めるカイエン公爵と勢力を二分する一族の邸宅。その権威と誇りを具現化したようなその屋敷を、しかし二人は特に感慨に浸ることもなく眺めていた。

特定の住居とは無縁の人生を送ってきたフィーと、そもそも住居と言うものにあまり拘りを見せないレイ。確かに凄いものだとは思うが、憧れなどは一切抱かない。特に感覚が庶民じみてるレイなどは……

 

「ないな、うん。メッチャ掃除大変そうだわ」

 

 と、完全に管理人目線で屋敷を見てしまっていた。 

しかしあまり長い時間眺めていると領邦軍から余計な因縁をつけられかねないので、十数秒ほど眺めた後に視線を正面に戻した。

 

 二人がやってきたのは、貴族街の一角に屋敷を構える<ハンコック男爵>邸。

外観からでも瀟洒な感じは伝わってくるが、過度に華美な門構えをしていないところはどことなく好感が持てた。

とは言っても、何となくクロスベル市の高級住宅街を思い出して懐かしくなった程度だが。

 と、その時たまたま目の前の庭を通りがかった執事風の男性に向かって、レイは特に迷うこともなく声をかけた。

 

「あの、すみません」

 

「おや、いらっしゃいませ。何か御用でしょうか?」

 

「トールズ士官学院特科クラスⅦ組の者です。実習任務に際して、こちらのお宅から依頼が出されておりましたのでお伺いしました」

 

「おぉ、これは申し訳ございません。ただいま門をお開け致しますので、お入りになって下さいませ」

 

 レイの偽りの含まない澄んだ声色と、着ている制服で即断したのか、老執事は迷う事無く門の鍵を開け、二人を招き入れた。

邸内に入った後は流れるように応接間に案内され、淹れたての紅茶を一杯ずつ出された後、「ただいまお呼び致します」とだけ告げられて待たされることになった。

 

「丁寧に対応してくれたね」

 

「使用人が仮にも客に対して高圧的に接しちゃダメだろ。ま、この家はそれを差し引いても悪い場所じゃねーと思うけどな」

 

「? 何で分かるの」

 

「何となく」

 

 貴族としての誇りを持ちながらも大前提である人としての生き方も忘れない生活。フィーに答えた通りそれが分かったのは勘でしかないのだが、この家の主人は何よりも大切であるそれをおざなりにしていないような感じがしたのである。

 そんなことを思っていると、控えめなノックの音が聞こえ、恐らく依頼を出した本人であろう人物が応接間に入ってきた。

 

「あらあら、お待たせしてごめんなさいね~。すっかり寝過ごしてしまって」

 

 入ってくるなり間延びした声で謝罪の言葉を口にしたのは、若々しい外見をした女性だった。

 解けば腰あたりまであるであろうパールグレイのそれをシニヨンに纏め上げた髪に、翡翠色の瞳。浮かべたその柔らかい笑みに裏表などは一切感じられず、素でその表情を出していることが分かる。

 ここまで自分の素顔を曝け出す人も珍しいと思いながら、レイとフィーは立ち上がった。

 

「初めまして。レイ・クレイドルといいます。こっちはフィー・クラウゼルです」

 

「……(ペコリ)」

 

「まぁまぁ。ご丁寧にどうも。本当なら私が皆さんのところまで行きたかったのだけど、赴くから待っていてくれと言われてしまいましてね?」

 

「はは、お気になさらず。それで、ええと……」

 

「あら、ごめんなさい。私の方の自己紹介がまだでしたね」

 

 そう言うと女性はレイたちに着席を促し、自身もまた向かいのソファーに腰かけてコホンと一つ咳払いをしてから再び口を開いた。

 

 

 

 

「改めまして。ニーナ・マクダエルと申します。この度はあなた方に、一つ探してほしい物がありまして、依頼を出させてもらいました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 依頼自体は単純なものであり、「バリアハート市周辺の岩盤から採取される宝石の原石を持って来て欲しい」というものだった。

宝石の名は”シェルフロイ”。原石のままでも綺麗な藍色の輝きを放つ代物だが、希少価値はそれほど高くはなく、少し根気よく探せば大抵見つかるものであるという。

勿論街道に出る必要があり、ともすれば魔獣との戦闘もあり得るが、二人にとってはさしたる問題ではない。問題があるとすれば、ニーナが提案したもう一つの”お願い”だった。

 

「あの、もし余裕があればで良いのですが、私も同行させていただけませんか?」

 

 その追加注文についお互いの顔を見合わせてしまった二人だったが、ニーナは特に悪びれる様子もなく、独特のペースを崩さないままに詳細を告げた。

 

「実は、離れ離れで暮らしている娘がいるんです。私はこうして帝国にいるので碌に会うこともできなくて……せめて贈り物を自分の手で探すくらいは、母親としてしてあげたいのです」

 

「私から補足をさせていただきますと、シェルフロイに込められた宝石言葉は”家族の愛”でございまして、ニーナ様がお選びになった理由でございます」

 

 ”離れ離れになった家族”―――その言葉に、フィーがピクリと反応した。

それについては、レイも無反応を貫くわけにはいかなかった。フィーの事情を知っているという事もその一端ではあったが、”家族”という言葉に反応するだけの理由が、レイ自身にもあったからだ。

 それに、個人的にこの人物に対して聞きたいこともある。依頼を受ける理由としては、それだけで充分だった。

 

「事情は分かりました。今回担当するのは自分と彼女の二人だけですが、実戦経験はそれなりに(・・・・・)ありますので護衛くらいは務まります」

 

「……(コクン)できる限り頑張る」

 

 平然と実力を隠したレイとやる気を見せたフィーを見て、ニーナが再び大輪の花のような笑顔を見せる。その様子は、少なくとも一児の母には到底見えなかった。

 

 

「(フィー、俺にはあの人が何歳だか分かんねぇんだけど)」

 

「(同感。ぶっちゃけ20代でも通用する。ああいうのを魔女って言うのかな?)」

 

「(バカヤロウ。魔女ってのはもっとヤバいモンだ)」

 

 満面の笑みを浮かべてお礼の言葉を述べる目の前の女性の実年齢が正直気になって仕方がなかったものの、レイたちは宝石を探すために採取場所であるという南クロイツェン街道にニーナを伴って出発したのである。

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 後悔はしていないが、とてつもなく疲れている。

 現在のレイの心境を表すならば、それが一番正しい表現だろう。

 

 屋敷での若干しんみりしたやり取りはどこへやら。街道に出た途端に子供のような好奇心旺盛っぷりを発揮したニーナへの注意に追われ、また昼が近くなりエネルギー切れも近くなったフィーを鼓舞したりなど、レイの気苦労さはこの時点で既に少々頭痛が表れてもおかしくはないレベルにまで達していた。

 

 それにしても、とレイは思う。

 ニーナというこの女性は、少々性格がアンバランスだ。

普段(といっても会ってからまだ数時間も経っておらず、普段がどうであるかなど知る余地もないが)は今のように天真爛漫で推測できる年齢より一回り以上若く見える人だが、家族の事を話す際は物憂げな表情を浮かべ、年相応の落ち着いた話し方をする。それでも童顔であることは変わりないが、雰囲気はまさしく大切なものを抱えたそれだ。

 自分やフィーには間違っても醸し出す事ができない大人の表情。真に愛するものを抱えてしまったが故に浮かべられるそれを、レイは幾度も見てきた。

これだから女性は侮れない。男よりも自然に、そして違和感を抱かせることなく半ば本能のようなもので自在に己を切り替える事が出来てしまう。女性の扱いに慣れた百戦錬磨の男ならばその機微も見抜けることができたのだろうが、生憎とレイはその域には達していない。

 とはいえ、彼女の身元については大体想像がついている。しかしそれをわざわざ暴く必要などないと思っていた。

 

「あっ……」

 

 バリアハート駅から東側に向かって走る鉄道を見て、呆けたような表情を見せるニーナを見るまでは。

 

 何かを探るようなその視線に気づいたのか、はたまたただの偶然か、ニーナはふとレイの方を振り返ると、再び物悲しそうな笑みを浮かべた。

 

「ふふっ、やっぱりダメなんですよね。(あっち)に向かう鉄道を見てしまうと、どうにも」

 

「……クロスベル、ですか」

 

 呟いたように発せられたその言葉に、ニーナは義理堅く首肯を返す。

 

「レイさんは、クロスベルにいた経歴が?」

 

「支部で遊撃士をしていました。2、いや、3年ほど世話になりましたね」

 

「まぁ、そうなんですか。―――それなら、私のこの苗字(ファミリーネーム)についてもご存知ですよね?」

 

 知らない人間などはいないだろう。仮にもクロスベルに滞在した経験があれば、その名は一度は耳にするはずである。

 ヘンリー・マクダエル市長。クロスベル自治州を治める双璧の一人であり、自治州内の政治家にしては珍しい、帝国派・共和国派のどちらにも属さない人物であり、その清廉潔白な政治運営で市民からの人気は高い。

 現在は自治州内で起こった大規模事件の余波で失脚した元州議会議長に代わってその任を全うしており、齢70を数えようかという今でもなお現役で活躍し続ける、名実ともにクロスベルの顔役ともいえる人物である。

 そしてその苗字を冠する。それが何を意味しているか、分からないほど鈍重な頭の回転はしていない。

 

「……マクダエル市長、いえ、今は議長閣下ですか。とは遊撃士時代に数度お会いしたことがあります。護衛任務のようなものでしてね。その際に先輩の遊撃士と共に酒の席に同伴した事があったんです。

その時にポツリと、ご家族の事を漏らした事がありました」

 

「…………」

 

「一介の末席遊撃士風情が聞いてはいけないものでしたがね。……婿入りして清廉潔白な議員を目指していた旦那の方を守れなかった。そして同時に、その人を深く愛して支えていた娘さんにも辛い思いをさせてしまったのだと、傍目から見てもとても悔いておられましたよ」

 

 レイの言葉にニーナは必要以上に悲しむ顔を見せる事もなく、ただ、苦笑する。

 

「ふふっ、お父様も相変わらずお酒の席では口が軽くなってしまうようで。あ、でも未成年のレイさんをそんな場所に連れて行ったのはいけませんね。いつか手紙で文句を言いませんと」

 

「安心してください。ソフトドリンクしか飲んでませんので」

 

 本当は場のノリに抗えなくて水割りのウイスキーを何杯か飲んでいたのだが、今の状況でそれを言えば更にややこしくなりかねないので止めておいた。

 

 

「……帝国に身を寄せていらしたんですね」

 

「えぇ。ハンコック男爵家とは親戚筋にあたる仲でして、離婚した私を快く引き取って下さいました。今は、子供たちの家庭教師をしていますね」

 

 夫の自治州議会での失脚。それに端を発した離婚であることは容易に想像ができた。

恐らくこの女性は、今でも夫の事が嫌いではない。むしろ好いているのだろう。しかし愛する夫が失脚した後にクロスベルという土地に絶望して去り、置いてけぼりにされるという重圧に耐えきれなかった。

 心が弱い、などと罵る資格はレイにはないし、あったとしても彼女を責める事はなかっただろう。

愛せば愛するほど、人は人との別れに過敏に反応し、その別れから目を背けたくなる。そうして数年が経った頃に後悔するのだ。”自分はなぜ、あそこで別の選択をできなかったのだ”と。

 今のニーナが、まさにその状態であった。

 

「それでも後悔はしているのです。夫に付いていかなかった事も、娘をお父様に託して一人帝国の地に逃げてしまった事も」

 

「…………」

 

「クロスベル方面に向かう列車を見てしまうと、考えてしまうのです。あれに乗れば、元の場所に帰る事ができる。でも帰った先で、残してしまった娘に愛想をつかされてしまうのではないか、と」

 

 それならば、多少のあのはしゃぎようにも納得ができる。

自らの心を掻き乱す列車の姿を見たくなくて、ここに来てから駅の周辺や街道には出た事がなかったから。だからなのだろう。

とはいえ、好奇心が旺盛なのは生来からの性分のようだが。

 

 気が付けば、先程まで動けないと言って駄々をこねていたフィーがすくりと立ち上がり、近くの岸壁の方へと歩いて行った。

彼女自身、置いて行かれた境遇の娘さんに対して、何か思うところがあったのだろう。

 

「でもニーナさんは、そんな娘さんを愛してる。そうでしょう?」

 

「え、えぇ。それは、勿論」

 

「今まで手紙でも通信でも、やり取りした事は?」

 

「手紙は、1ヶ月に一度は必ず。導力通信でも。最近はとんとご無沙汰ですが」

 

「いや、なら大丈夫でしょ」

 

 思わず敬語が抜けてしまったレイ。思っていたよりも頻繁にコミュニケーションを取っていた事に驚いたが、それで確信する事ができた。

 

「嫌ってなんかいないでしょ。愛想をつかされるなんてこともありません。本当に嫌いなら、やり取りなんかはしないでしょうし」

 

「そ、そうでしょうか。でも娘から返ってくる内容が”お母様、ぼんやりしていませんか?”とか”寝過ごしてしまうのは構わないですけれど、そちらのご主人様に迷惑をかけないようにして下さいね。あ、あと野菜もちゃんと食べて下さいね”とか窘めてくるようなものばかりで」

 

「いや、多分それ事実でしょ。てかシリアスになってた時間を返してください。何かめっちゃムダな時間を過ごしたような気がします」

 

 寧ろ母親の心配をこれでもかという程してくれているできた娘さんだ。これではどちらが保護者だか分からない。

恐らくいつか顔を合わせる時が来たら面白い光景に出くわす事ができるだろう。

 

 

「―――でもまぁ、ニーナさんが娘さんを愛してるんなら、それでいいんじゃないですか? 子供にとって、親に愛されること以上に幸せな事なんてないでしょうし」

 

 だから、そう素直な見解を述べてみると、漸くニーナの顔から悲しみの色が消えた。

目尻から僅かな涙を流しながらも、その顔には、晴れ晴れとした表情が浮かぶ。

 その時、先行していたフィーから、呼びかけるような声が聞こえた。

 

「レイー」

 

「おう、どうした?」

 

「ん。実物見てないから分からないけど、それっぽいものなら見つけた」

 

 はい、と気の抜けた声と一緒に差し出された小さな手のひらには、恐らく強引に採掘したと思われる土くれ付きの藍色の塊が乗せられていた。

原石というだけあってゴツゴツしていたが、ニーナはそれを見て目を輝かせる。

 

「こ、これですっ!! 見つけてくれてありがとうございます~♪ フィーちゃ~ん♪」

 

「……苦しい」

 

 歓喜のままに思いっきり抱きしめられてそう言うフィーだったが、その表情はどこか安心したようなものを含んでいた。

久しくそんな表情を見ていなかった保護者役のレイからすればとりあえずカメラに収めておきたい決定的瞬間だったが、生憎と今は持ち合わせがない。

 そんなことを考えていると、僅かに緩んでいたフィーの雰囲気が、一変して鋭い物へと変わった。それと同時に、レイも背負った刀袋に手をかける。

 

「? ど、どうしたの?」

 

「下がってて。危ないから」

 

「やれやれ。空気読めってんだよ」

 

 ニーナを後ろに、双銃剣と長刀を構えたⅦ組最強コンビが闘気を身に纏う。

宝石の輝きに惹かれてきたのか、それともただの偶然か、三人の道を塞ぐかのように現れたのは、三つ首を持った自立活動型植物系魔獣”ヴィナスマントラ”。

人の体躯を悠々と超すその大きさにニーナは息を呑んだが、二人は緊張の素振りなど露程に見せず、ただ自然体で武器を構えた。

 

「さーて、いい感じの雰囲気で終わろうとしてた空気を砕いてくれたお前さんには―――」

 

「痛い目を見てもらわないと、だね」

 

 口火を切る僅かな金属音と、リロードの装填音。

意気揚々と姿を現したそれを撃退したのは、それから数十秒後の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 貴族街の一角にあるベンチの上。

依頼を遂行した二人は、ひとまずそこで休息をとっていた。

 

「あー、何だか知らんが疲れたな」

 

「ん。というかお腹減った。もうリアルに動けないっぽい」

 

 その気だるげな言葉に、さっきも言ってただろ、と茶化すように返す。

 

 

 

 色々と世話になってしまったハンコック家の執事によると、あの原石は近日中に研磨され、ブローチ状に加工して贈り物として完成するらしい。

レイたちはその完成品を見る事は叶わないが、無事に贈り物として日の目を見るのなら、依頼を果たした甲斐もある。

 それに―――

 

 

『もし心の整理がついたら……もう一度、娘と会ってみます』

 

 

 決心したような顔でそう言ってくれたニーナの姿が見れただけでも、レイとしてはこっ恥ずかしい言葉を吐いただけの価値はあった。

子が元気で生きており、それを見守る母親もまた元気で生きている。

そんな二人が出会う事無く生涯を終えてしまうというのは、あまりにも勿体ない事で、悲しい事だった。

 少なくとも、もう二度と会えないレイに言わせればそれは、見過ごせることではない。

 

「……レイ」

 

「ん?」

 

「お腹すいた」

 

「それ以外言えんのか。お前は」

 

 気を使ったのか、それとも本音か。

どちらにせよリィンたちとの合流時間が迫っていることを確認したレイは、フィーの手を軽く引いて、貴族街を後にする。

 手を引かれた状態のフィーは、レイの見えない角度で、先程と同じような安心した笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




エリィルート? そんなんあるわけないでしょ。


『零の軌跡』やってる時にエリィのお母様が帝国の親類のところに身を寄せているなんて話があったのを思い出してつっこんで見ました。

なんだかんだ言っていつか再開しそう。この親子。



あと今回やっぱフィーちゃんヒロインっぽいですね。
いや、前回の実習の時にお預け食らわせちゃったお詫びにというか、大前提としてバリアハート編って年上お姉さんキャラ出てこないし……。

どーしよ。いや、マジで。

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