ムスペルヘイムソルフェージュ 仮面ライダー鎧武 外伝 仮面ライダー斧鉞(フェージュ)   作:鉄槻緋色/竜胆藍

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・cパート

「……なにやってんのあいつ」

 控え室で阿根倉と並んでモニターの様子を見ていた希沙が、心底呆れた顔で呟いた。

 試合の真っ最中だと言うのに、なぜか淘滋が相手の目前で突如変身を解除してしまったからだ。

 三方からその様子を映した映像が、壁一面に設置されたいくつものモニターにそれぞれ表示されている。

(まさか、わざわざ自前でアームズだけ被って戦うつもりなん?)

 初めて淘滋が自分の前で、ドライバーもなしでアームズを召還した時の事を思い出す。

 だがあれは武器と部分鎧を身につけただけで、腕力や視聴覚は自前のままのはずだった。

 いくら格闘技の腕があろうと、アーマードライダーのライドウェアによって増強された腕力に抗えるものではないだろう。あの時、淘滋は組織の男が変貌した化け物にも追いつめられていたではないか。

(なあにやってんだか)

 こりゃ死んだな。希沙は極めてドライにそう結論づけた。

 そこそこ濃ゆいキャラでこの町には珍しいタイプの人間ではあったが、どうやら短い付き合いで終わりそうだ。

 希沙の裏町での生活において、呆気ない別れなど決して少なくはない事だった。淘滋もその中のひとりと言うだけのこと。

 そう思ってのんびり成り行きを眺めることにした。

 モニターの中で、生身の姿に戻った淘滋はそのままやり合うつもりなのか拳を握って身構えている。

 相手のローカクも呆然としていたようだが、思い直したように盾を持ち直して身構えた。

 そして横に振り被って盾を水平に投げつけた。

 円盤のように投擲されたローカクの盾は鋭く飛翔し、必死の形相でどうにか横っ飛びに避けた淘滋の跡をかすめてあらぬ方へ飛んでゆく。

 わざわざ武器を手放すなどローカクにしては珍しい事をする。慣れない攻撃では、それは当たりにくいだろう。

 果たして狙いを外した盾は、それでもローカクの思念コントロールによって弧を描き、再び戦場に舞い戻ってゆく。

 だがその途中で、突如モニターのひとつの映像が瞬くと砂嵐に変わってしまった。

「あらやだ! あのお馬鹿、クアッドコプターにぶつけたわね?」

 阿根倉が悲鳴をあげる。

 続いて二つ目、三つ目とモニターの映像が砂嵐に変わった。

 どうやら、弧を描いて飛翔したローカクの盾が付近を飛翔していた自律飛行の中継カメラすべてに激突してしまったらしい。

「あぁあぁ、三機も! 盾を投げるなんて慣れない事するから! あのお馬鹿、ここで勝っても弁償代取られてファイトマネーなんか出ないわよ?」

 阿根倉はクアッドコプターを含む機材のメンテナンスにも関わっているそうだ。その悲鳴には非難の色が混じっていた。

 別のモニターに映っているネット番組でも、突然のトラブルに司会者があたふたと謝罪と事の顛末の説明に腐心している。

 試合を映しているカメラすべてが一度に破損したのだ。放送の現場もそうとう泡を食っているようだ。

「あ、ほら、四カメと五カメが現場に向かってるみたい」

 希沙が別のモニターを指さした。

 試合中はブルートガルドのフィールドの全域に渡って十数機のクアッドコプターが展開配置されている。戦場が移動しても、すぐにその映像をフォローする為だ。

 今、カメラの破損によって抜けたエリアの穴を埋める為に、近在に滞空していたクアッドコプターが移動していた。

 そのモニターにやがて、先ほどの地点が見えてくる。

 だが状況は既に動いており、戦う二人の姿はそこには無く、代わりに巨大なメロンの形状のエネルギーフィールドが鎮座していた。

 ローカクのメロンアームズの機能のひとつ、エネルギーのチャージアップによって発揮される、全方位防御フィールドだ。

 だが、おかしい。それは自分ひとりが中に入ることで敵の接近、及び攻撃を阻む為のもの。

 付近に淘滋の姿が見当たらない。どうやらローカクは淘滋までもフィールドの中に取り込んだようだった。

「うわ、えげつない。あいつ、あの中で淘滋をフルボッコにするつもりなん?」

 脱出不可能の密室で、生身の淘滋に対し、アーマードライダーの腕力で一方的にいたぶると言うのか。

 確かにローカクには観客を盛り上げるつもりが微塵も感じられず、いつもいつもセコい手段で観客を萎えさせてきた。

 しかもこれは一方的に勝てる状況にありながら、観客の目をわざわざ遮っている。

 ショーだと言うのにそれを隠すなど本末転倒なことである。分かっていないにも程があろう。

「……どーすんの? このヘボ試合」

「まぁたクレームがたーくさん来るでしょうね。いつもよりも多いわよきっと」

 阿根倉と希沙がそろって溜め息を吐いた。

 その時、現場を映すモニターが爆発的な閃光によって真っ白に染められた。

「わ! なに?」

 また壊れたかと思いきや、すぐに映像が復帰した。

 どうやらあのメロン型フィールドが解除された閃光だったらしい。そのフィールドがあった場所から今、同時にローカクと淘滋がそれぞれ後方に飛び退ったところだった。

「うわ! 生きてた!」

 中でいったい何が起きていたのか。

 淘滋は無傷のようだが、その手にローカクの盾を持っていた。

 生身だと言うのに、いったいどうやってかローカクから奪い取ったらしい。

「うわー! スゴいじゃんな! 生身でローカクから武器取っちゃった!」

「んまーーーー! トウジくんたらすごいっ!」

 希沙と阿根倉が興奮に跳ね飛び、互いに両手を打ち合わせる。

 試合は続いている。

 飛びかかったローカクが殴りつけるが、淘滋はそれを盾でどうにか防ぐ。

 やはり腕力が桁違いなせいだろう。淘滋は真正面から受け止めるのではなく、盾を斜めにしてその攻撃を滑らせて捌いているのだ。

 そして淘滋も盾の突起や縁の鋭利な部分を振るって反撃する。だがそれはローカクにやすやすと躱されてしまう。

 見れば、ネット番組の司会者も興奮している様子だった。喜色に染まった顔で実況をまくし立てている。

 どうやら、弛みかけたショーは完全に盛り返したようだった。

 幾度か交錯した淘滋が、やがて盾をローカクの顔めがけて投げつけた。

 ローカクがそれを片腕で打ち払ったその隙に、懐からアゲートドライバーを取り出すと、迅速に腹に巻き付け、ロックシードを開錠して頭上に巨大な果実を召還すると、ベルトを手早く操作して再びフェージュに変身した。

「あれ? ベルト持ってんじゃんな」

 それを見て希沙がきょとんと呟いた。

「じゃあ、なんでわざわざ変身解除なんかしてたんだろ」

「ローカクの亀戦法相手に、試合を盛り上げようとしたんじゃないかしら。トウジくん、下位リーグでもけっこう盛り上げるの上手だったし」

 阿根倉がしたり顔でうなずく。

「でも、命がけでやるこっちゃないわよねえ。あとでキツく叱っておかなきゃ」

 言いながらも、モニターを見つめる阿根倉は実に満足げであった。

 それきり淘滋の変身解除について気にする事をやめた希沙も、モニターの様子を見直した。

 

 

 ──少々、時を遡る──

 

 

「……まあ、どうにかやってみるか」

 唾を飲み、淘滋は拳を握り締めて身構えた。

 これから生身で二分間、アーマードライダーの攻撃を捌ききらねばならない。

 ただでさえパワードスーツを着込んだ相手とはとてつもない腕力差があるのだ。まともに殴り合えばこちらが死んでしまう。

 覚えている中で最大級の危機的状況に気を引き締めて身構えていると、ローカクが奇妙な動きをした。

「……ん?」

 淘滋は怪訝にそれを見直す。

 ローカクは、斜めに持ち直した盾の陰で、こちらに向けて握り拳を小さく振っていたのだ。

 それは、薬指と小指だけを立てた拳。

 淘滋の村で流行っていた「裏ピース」だった。

「……な、に……?」

 淘滋の顔色が変わった。

 ──それを知っている奴は、もういないはずだ……!

 続いてローカクは裏ピースの形を解いてその手を広げ、ちょいちょいと小さな手振りでサインを示し送ってくる。

 淘滋は、それの意味も知っていた。

 ──いいだろう。

 ローカクの中の人物が何処の誰で、どういうつもりかは知らないが、ここは乗ってやるほかなさそうだった。

 改めて身構えたローカクが、横に振りかぶった盾をこちらめがけて投げつけてきた。

 だがそれは、淘滋からは大きく狙いを外している。

「……っ!」

 それは先ほどのサイン通り。

 淘滋は当たらないと分かっているその投擲された盾から大きく身を仰け反らせて 躱 す 動 作 を し た。

 だいぶ離れた所を通過した盾は、そのまま後方へ飛翔してゆき、遠くで三つほど何かに激突したような音を立ててから大きく弧を描いて舞い戻り、ローカクの手に受け止められた。

 続いてローカクがこちらに駆け寄ってくる。

 走る途上で、ベルト左端のレバーを三回弾いた。

《メロン、トリプルアップ》

 ベルトが認証を告げると、ローカクは盾を空に向けてかざした。

 すると、盾からグリーンのオーラが膨れ上がり、それは駆け寄ったローカクと淘滋とをすっぽりと包み込んで巨大なエネルギーのドームとなった。

『これで外からは見えないし、電波も通さないから盗聴もないよ』

 目の前までやってきたローカクがそう言った。

「……おまえ……! その声、志貴(しき)か!」

 マスク越しにくぐもっていても、その高くて艶のある、嫌味な声音は忘れない。

 それは淘滋の知っている声だった。

「なんで……なんでおまえがこんな所に!」

『それはボクも聞きたいけれど、積もる話はあとにしようよ』

 ローカクが掌を突き出して話を遮った。

『それより、なんで変身を解除したの? いくら淘滋でも死んじゃうよ?』

 怪訝に小首を傾げる仕草。心底心配げに問いかける声は、かつて見たままの彼のものであり、その様子に淘滋は深い安堵を感じて胸をなで下ろした。

 実に久々の再会ではあったが、確かに彼の言う通り、今は悠長に話している暇はない。

「、ああ、野暮用でさ。あと二分くらい使えないんだ」

『なにそれ。故障? 二分でまた変身できるんだね?』

 淘滋は頷いた。

 相変わらず察しがいい。この場で余計なことまで聞いてこない事がありがたい。

 カメラはローカクが壊してくれたが、すぐに別のカメラが飛んでくるだろう。それまで状況が動いていなければ外野には不自然に映る。

「相手がおまえで良かった。 志貴。二分ばかし芝居に付き合え。俺にも目的がある」

『あぁ、まあ、しょうがないね。とりあえずこれ使って』

「さんきゅ」

 差し出されたローカクの盾を受け取った。

 その強度に違わず、アケビアックスに迫る重さだった。

 だが、扱えないほどではない。

「ベルトが戻ったら、こいつは返す。そうしたら普通に試合の続きといこうぜ」

『……淘滋のために、あのバカ高価いカメラ三台も壊してあげたんだよ? 今日の勝ちはボクに譲ってよ』

「まあホラ、「あとは流れで」ってやつだ。行くぞ!」

 淘滋が目の前の胸郭を小突くと、不承不承といった調子でローカクも跳び退った。

 二人を包んでいた防御フィールドが消滅する。

 ローカクが、さりげない手振りであちらとこちらを指し示した。

(あの辺とあっちの方にカメラか)

 ちょうど、補填のカメラが到着したらしい。

 そこからは、二人だけの三文芝居の始まりだった。

 なにしろ知った相手だと分かれば互いの動きはだいたい読める。

 本気で殴り掛かるフリをするローカクの動きに合わせて、盾に拳を滑らせて大げさに動き回る。

 そんな事を繰り返す内、淘滋の懐に固い感触が出現した。

(戻った!)

 過去に行っていた物が、通常の時の流れに復帰したのだ。

 アゲートドライバーが戻ってきた事を確認し、次の接触で淘滋は小声でローカクに告げた。

「こっから勝負だ!」

『いいかい? 譲ってくれよ!』

 そしてすれ違いざまに盾を投げつけて淘滋はベルトを取り出した。

 迅速に腹にドライバーを巻き付け、ロックシードを開錠してアームズを召喚すると手早くフェージュに変身した。

《アケビアームズ。一・刀・両・断》

 

 

◆◆

 

 

(まったく。たいした女だよ、沙綾!)

 意外な場所での懐かしい再会に、淘滋は胸中で呻いた。

(あいつ、相手が志貴だと分かってて、このタイミングに干渉したんだ)

 沙綾のいたずらめいた笑みの意味を知り、胸が熱くなる。

 未来への干渉における代償をできる限り軽減する方法を、沙綾はずっと探していてくれたのだ。

 ──ありがたい。

 素直に淘滋は感謝した。

 この、二人で歩み始めた道行きが、改めて自分ひとりきりではない事を、淘滋はしみじみと深く噛みしめた。

 

 

◆◆

 

 

『さあこっからが本番だ! うっかり負かしても恨むなよ!』

 アケビアックスの刃の腹を叩き、ローカクと改めて向かい合うフェージュ。

 一時的にベルトを失う窮地は去った。知り合いと言えど、協定はこれで終わりだった。

 だから、ここからは何の憂いもないただの勝負である。

『ボクの美しさと粘っこさ、知らないの?』

 ローカクはキャストパッドを閉じてメロンロックシードを外すと、取り出した次なるロックシードを開錠した。

《キウイ!》

 ロックシードが自らの果実の名を告げる。

 ローカクが身に纏っていたグリーンのアームズが逆戻りに閉塞して巨大なメロンの果実に変形すると、体から離脱して消滅した。

 代わってローカクの頭上の虚空に現れたファスナーが円を描き、迅速にスライダーが一周すると円形に切り裂かれた空間が垂れ下がり、その向こうから巨大なキウイの果実が降りてきた。

 バックルにキウイロックシードをはめ込み、スライドシャックルを上から叩いてバックルのリングに通して施錠する。

《ロックオン》

 バックルが無機質な女声で認証を告げた。

 続いてバックルの右端に設置されたレバーを上から押し下げる操作に従い、連動してロックシードの左右の突起から爪が伸びるとロックシードを両側から突き刺した。

 キャストパッドが割り開かれ、果実の断面を晒して展開させた。

《キウイアームズ。レディ》

 バックルが認証を告げると、頭上の果実が急降下してローカクの頭に被さった。

 果実の上二段が分割して左右に広がり、それから残りの果実全体が四方に割れて展開してゆく。

 前後の胴鎧に加え、特徴的な円形の巨大な肩部装甲となってアームズが装着された。

 現れた頭部には、まるで両生類のエラのような吹き返しが左右に張り出した兜が装着されていた。

《キウイアームズ。撃・輪・sai・ya・ha》

 バックルが、淡々と謎の名乗りでシークエンス完了の旨を告げ、余剰のエネルギーが閃光と化して迸った。

 アームズを交換したローカクの両手には、果実の断面をあしらった巨大な輪刃が二つ、提げられていた。

 手にぶら下げた状態で先が地に届きそうなほどの直径である。

『行くよ!』

 両手の輪刃──キウイ撃輪をシンバルのように打ち合わせ、ローカクが躍りかかってゆく。

『は! 来いよ!』

 フェージュが気勢を吐いて迎え討つ。

 肉迫したローカクが身を翻し、遠心力を乗せたキウイ撃輪を振り下ろす。

 それはフェージュのアケビアックスのブロックを弾き、続いてもう一方の輪刃が急襲する。

 このキウイ撃輪、武器の形状としては非常に扱いづらいものである。

 重心が柄から離れており、剣のようには振り回せない。

 だから、巨大な輪刃自体を超重量の刃とし、それを持つ腕を柄と見立てて、肩から巨大な斧を振り回すように打ちつける。

 それが二丁。くるくると回り両腕で続けざまに円を描くキウイアームズの闘法は、さながら中華舞踏のようであった。

『はっは! 相変わらずやるじゃねえか!』

 だが、それゆえに隙も大きい。

 巨大な刃は、これから振り抜く軌跡の角度を読まれ易い。

 その上でもローカクの志貴の技量はフェージュに容易い反撃を許さない。

 キウイ撃輪の軌道は、直前の手首の返しである程度操れる。

 雪崩のように畳みかける輪刃の攻撃に対し、フェージュはアケビアックスで打ち返し、あるいは跳び退いて躱すに終始していた。

『おもしれえじゃねえか! 村の組み手じゃあおまえ、俺様に一度も勝ったことなかったよなあ!』

『ここじゃあ、ボクの方が先輩だよ? 違う得物で同じように勝てるかい?』

 盾も輪刃も、志貴は確かに使いこなしている。

 アゲートドライバーの扱いも、ライドウェアによる戦闘も、確かに志貴の方が練達しているだろう。

 だが淘滋とて、あの日からずっと戦いの場に身を置いてきたのだ。

『盾をやめて、そいつに換えたのは悪手だろ!』

 暴風のような輪刃を躱し、フェージュの手がバックル左端のレバーを二度、素早く弾いた。

《アケビ。ダブルアップ》

『っ!』

 フェージュのチャージアップを察知したローカクが、攻撃の手を止めて身構えた。

『おらよ!』

 その隙に、ロックシードからのエネルギーチャージを受けたアケビアックスを叩きつける。

 ローカクは、二枚の輪刃を体の前で重ね合わせてそれを受け止めた。

 だがそれは、刃であって盾ではない。メロンアームズを装着していた時のような完全防御には及ばない。

 しかも相手の攻撃は、チャージアップを施している。

 ──キウイアームズの弱点。重量のある武器二振りによって両手が塞がれ、即座のチャージアップの操作が困難なところを的確に突かれた。

 結局ローカクは、自らのキウイ撃輪ごと凄まじい衝撃を叩きつけられて派手に吹き飛んでいった。

 異質の土を抉って大木に激突したローカクの腹のバックルから、勝手にキウイロックシードが弾け跳ぶ。

『おっと』

 それは、咄嗟にかざしたフェージュの手の中に飛び込んでいった。

 

 アーマーライドのニューカマー、アーマードライダー・フェージュの初戦は、大盛り上がりの末の勝利で飾られた。

 

 

◆◆

 

 

「あたすぃのねえ? 整備はね? ゲージュツなのよ! わかる?」

「ああもちろんだよアネさんよぉーっく知っているさ!」

 薄暗い、寂れたバーの片隅のテーブルで、阿根倉がグラスを掲げて吠えていた。

「そのあたすぃの整備でね? コショーなんてぇ、有り得ないのよう! だからねトウジくん! アンタのドライバーの使い方が悪いっ!」

「ああ悪かった悪かったよ!」

 淘滋のアーマーライド初参戦・初勝利を祝う宴だったはずが、すっかり出来上がった阿根倉の愚痴大会と化しており、淘滋は苦笑顔でそれをあしらい、希沙はテーブルの端でげっそりした顔でグラスを舐めていた。

 この状況でも希沙が勝手に出て行かないのは、ひとえに合法的にタダ飯にありつけるからにほかならない。

「ローカクのおバカにもカメラ壊されるすぃ! もぉー散々よ! もうイヤっ! こんな生活っ!」

 とうとう感極まって泣き出した阿根倉が、やおら立ち上がって、ふらつく足取りでテーブルから歩き出した。

「おいおいアネさん、大丈夫かい?」

「あによっ! 乙女の一大事なのよっ! 気ぃ遣いなさいよう!」

 淘滋の手を払いのけた阿根倉は、そのまま店内奥のトイレに向かったようだった。

「あーやれやれ」

 阿根倉が戻ってきたら、お開きにしよう。

 淘滋はそう考えてグラスの残りを一気に飲み干した。

「あーーー!」

 ところが、希沙がいきなり素っ頓狂な声をあげ、それに驚いた淘滋は口に含んだ酒を思い切り吹き出してしまった。

 吹き出す寸前で、辛うじて横を向くことで希沙へ吹きかける惨事だけは回避したのだが、突然の状況ではそれが淘滋の精一杯だった。

 だから、テーブルの横に現れた優男がその酒を全身に浴びたのは、仕方のない事だった。

「……返すがえすも今日はひどくないかい? 淘滋」

「げほっ、ぶげほっ! ……し、志貴……!」

 そこで顔から酒を滴らせて悄然とうなだれていたのは、栗色の髪にお洒落なスーツを着こなした優男。

 淘滋の知った、懐かしい顔だった。

 それにしても、なぜこの男の出現で、希沙が悲鳴を上げるのか。

 それを問い質そうと口元を拭った時には、希沙までもが志貴にグラスの中身をぶちまけたところだった。

「って、なにやってんの希沙ちゃん!」

「おまえー! よくもあん時ひっかけてくれたんなー!」

 しかも希沙は、怒り狂った形相で志貴に掴みかかっていったのだ。

「ええー? お嬢ちゃん、どこかで会ったかい?」

「あげく忘れるとか! 死ね! 死んでしまえ! あほー!」

 だが体格差があまりにも隔絶しており、希沙が優男にしがみついている様は、まるで木にセミがとまっているかのようだった。

 それはさて置いても、淘滋には訳が分からない。この二人には接点はないはずだ。

「……志貴、おまえ、なにをやらかした? って言うか、相変わらず見境なしか。こんないたいけな女の子にまで手をかけるとか」

「いやー。まっったく身に覚えがないんだけどー」

「淘滋も大差ないだろーが! くぬっ! くぬっ!」

 初めて出会った時に淘滋にされた事を、まだ忘れていなかったらしい。

 希沙は淘滋にも怒鳴りつけながら、しがみついた志貴の脇腹を殴り続けていた。

 志貴にはまるで効いた様子がないが。

「それはまあともかく、お邪魔するよ」

 朗らかに言うと、しがみついている希沙の上着の襟を掴んであっさりと引きはがすとそのまま猫でも運ぶように持ち上げて椅子に座らせ、自らもその隣に腰を下ろした。

 そして断りもなくテーブルの料理を摘み上げて美味そうに頬張った。

「あー! おまえ、なにしてん!」

「ははは。まあまあ、いいじゃないか。どうせ淘滋の奢りだろう?」

「……おまえな」

 続けざまにひょいぱくひょいぱくと皿の上から料理を摘んでは口に放り込んでゆく。

「いやー、誰かさんのおかげで大損コイちゃったからさあ。ボクってば今日の晩ご飯にも事欠く有様でさあ。嫌ンなっちゃうよねえ」

「俺は頼んでねえし」

「……ちょっと淘滋。さっきから親しげに、なんなんなコイツ」

 隣の希沙が、どよんと据わった目つきで詰問してくる。

「ああ。同じ村出身の幼馴染みでな。財奥 志貴(ざいおう・しき)って言うんだ」

「はは。よろしく」

 もぐもぐと咀嚼しながら、まったく悪びれもせずに片手を上げて挨拶する志貴。

 それに対しても希沙は淀んだ目つきを緩めなかった。

「それよりも志貴。おまえ、なんでこんなところにいるんだよ」

「それはボクもキミに聞きたいね」

 食べる手を止めずに志貴は言い返す。

「今までどこでなにやってたのさ。あの日、村に帰ってみたらあんなんなっててさ、びっくりしたよ。みんなもいなくなって」

「ぷっ」

 志貴がまくし立てている最中に、突然、淘滋がまた唇をすぼめて何かを吹き出すようにした。

 それは、ひとつぶの枝豆。

 狙い違わずにそれはしゃべっている志貴の口の中へ飛び込んでいった。

「むぐ!」

「うわあ」

 それを見た希沙が気持ち悪そうに身を引いた。

「げほっ! おえっ! ……よ、よくそんな気持ち悪いことができるね」

「うるせえ」

 顔をしかめて豆を吐き出す志貴の前で、淘滋はなに食わぬ顔で残りの枝豆を食べている。

「余計な事を言うなよ。だったら要は、村がああなった原因を探してここに行き着いた、ってトコだろう?」

 淘滋が一瞬だけ希沙に目を向けて吐き捨てた。

 志貴も、淘滋の目線に気付いて口をつぐむ。

「それは今、俺が追ってるからよ。おまえが絡む必要はねえよどっか行け」

 どこか不機嫌に言う淘滋の顔を、志貴は探るような目つきで覗き込んだ。

「……そうは言ってもね。ボクにだって郷愁の念はある」

「くだらねえ。ンなモン犬に喰わせて余所で暮らしてればいいじゃねえか」

「……ふうん?」

 にべもない淘滋の言い種に、志貴が目つきを鋭くした。

「ま。 そうは言ってもね。ボクってば、ここに辿り着くまでにスゴい借金背負っちゃっててさ。それを完済するまでは、やめようにも辞められないんだよねえ。今のボクは奴隷闘士って奴でさ」

「は? いくらだよ」

「二千万」

 ぶっ。

 淘滋が咀嚼途中のものを吹き出した。

 希沙が嫌そうに身を捩る。

「……昔っからバカだバカだと思ってたけどよおー! なんなんだよそのぶっちぎった金額はよ!」

「蛇の道を辿るのにかかったお金だよ。タダじゃあボクも引けないな」

「……うわあ。コイツ、ダメ男じゃん……」

 顔色を青くした希沙が、とうとう志貴から距離を置くべく身を抱き竦めて淘滋の隣の椅子に回り込んだ。

「それで小さい女の子にまでメシたかるとか、人としてどうなんなん?」

「希沙ちゃんにまでメシたかったのかよ……」

 希沙の怒りの原因を知り、淘滋が恐れ慄いて呻いた。

「ふっ。 目的の前には些細なことだよ」

「越えちゃあいけない一線て、あると思うけどなあ」

 前髪を優雅に払って誇らしげに宣う志貴に、淘滋がげんなりと呟いた。

「そんな訳でさ。ボクはボクで勝手に稼ぐから、淘滋は気にしないでいいよ」

 言って、料理を平らげた志貴が立ち上がった。

「ただ、今度会った時は、手加減してくれると嬉しいな」

「ちっ……」

 舌打ちした淘滋は、懐からロックシードを取り出すと、それを志貴へ放り投げた。

「それで貸し借りナシだ。とっとと借金返して町から出てけ」

 志貴が受け取ったものは、キウイロックシード。

 今日の試合でフェージュがローカクから勝ち取ったものだった。

「……ふふ。 じゃあ、またね」

 指先でロックシードをくるりと回した志貴は、それでも楽しげに言って立ち去っていった。

 店から出て行く志貴の後ろ姿を見送っていた希沙が、呆然と淘滋を振り仰いだ。

「……あ、あいつがローカクの中の奴なん?」

「ん? ああ。 気付いてなかったかい?」

 黙々と枝豆を食べながら応える。

 顔色の優れない希沙は、どこか諦観の眼差しで首を振った。

「……あそこまでヒドい奴だとは思わんかった……」

「俺もだ。 ダメさに磨きがかかってたな」

 幼馴染みの口からの感想に、希沙はさらに慄いたようだった。

「さあー! これまれは、ホンの序の口ー! これからが本当の戦いよおー」

「さあ帰ろうか希沙ちゃん」

 トイレから阿根倉が戻ってくるのを見て、顔をひきつらせた淘滋が立ち上がった。

「希沙ちゃんは、こういうダメな大人になっちゃ駄目だぜ?」

 阿根倉を宥めながら不器用にウインクする淘滋に、今の希沙には反発する気は起きなかった。

 


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