すれちがい傷心旅行   作:変わり身

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『初音ミク Project mirai & 不思議の国の冒険酒場』の回 前編

 

いやぁ、まさか旅の途中で神と出会うとは思わなんだ。

まぁ色々思う所はあるが、後でゆっくり振り返るとして。次の場所。

 

 

 

――――光を抜けたら、そこは室内であった。

 

 

 

「…………?」

 

 

今までは屋外に出ていたので突然のパターン変更に唖然としたが、すぐに首を振って気を取り直す。兎にも角にも現状把握だ。

 

そこは緑色を基調とした、シンプルながらも広い部屋だった。

ボクが出現した部屋の片隅――枯れた切り株を見る限り、おそらく元は巨大な観葉植物が植えられていたのだろう。その円形となっている土床部分(ボクにとっては畑部分)を軸とし、半円を描くように居住空間が広がっている。

 

多くの椅子に机やベッド、本や小物の置かれている大きめの棚。他にも達磨ストーブやキッチンめいた家具もあり、ひと通りの生活用具は揃っているように見えた。

この部屋の持ち主はきっとお金持ちの人間だろう。清潔感ある内装の隅々から、そんな雰囲気を感じる。

 

 

「?」

 

 

……しかしながら、その全てに生活感が無いのはどういう事だろう。

 

窓から差し込む光の量、そして天窓から見える月の傾きを考えるに今は深夜帯だと推察できる。でも部屋の中には就寝している人影らしきものはあらず、ごめんくださいと声を張り上げてみても反応は無い。

よくよく見れば、家具も皆埃を被っているみたいだ。チラリと丸みを帯びた個性的なデザインをしたストーブを触ってみれば、その指先が灰色に汚れた。燃料マークらしきメモリの残量も0で、長い間使われていない事がありありと分かる。

 

何らかの理由で無人となったまま放置されているのだろうか?

少なくとも長い間人の手が入っていない事は確かだろう。チキンヘッドさんがうろつき回るのを見つつ、さてどうした物かとちょっと悩む。

 

 

「♪」

 

「…………」

 

 

とりあえず外に出てみるべきか。

近くに居たしずくと話し合い、一先ずはそう結論。外界に繋がるドアを探索しつつ、目に付いた窓を開き軽く外の様子を確認しておく――と。

 

 

「…………!」

 

 

――見えたのは、ボクが見た事もないくらい発展した街中の光景だ。

 

高い技術で精製された石材で組み立てられた巨大な建物の群れに、それに張り付く異常な程正確な間隔で並んだ窓や扉。その縦長の建造物は見上げるほど大きく、まるでボクが縮んでしまった錯覚を受けた。

目につく看板にはとても精巧な絵が描かれ、綺麗に舗装された道に沿って幾つも並んでいる。何というか、都会……っていうのかな。これ。田舎っぺには分からんですたい。

 

今までのどの世界とも違う、完全な異文化。

そのカルチャーギャップに圧倒されたボクは思わず景色に見惚れて思考停止、しずくと共に置物と化してしまった。

 

 

「コケ、コケホッホ」

 

 

そうして暫く我を忘れたまま景色を眺めていると、スネの部分がツンツンと突かれる。おそらくチキンヘッドさんだろう。

何か見つけたのかな。ボクは景色に絡みついて離れない視線を強引に引き剥がし、彼の方を見る。

 

 

「……!?」

 

 

すると、彼の背中には薄緑色をした何かが乗っていた。どうやら埃まみれの室内から発掘してきたらしく、綿ゴミやら緑の糸みたいなものやらが纏わり付きそれが何なのかハッキリしない。

正直反応に困ったが、彼が理由も無しに単なるゴミを差し出すとは思い難い。戸惑いつつも受け取り、軽く叩いて埃を落とす。

 

……人形、だろうか。しずくと同じくらいの、緑髪と耳当てのような頭装備が特徴的な二頭身の女の子だ。糸に見えたものは巻き付いた髪の毛だったらしい。

 

暗色系のノースリーブにプリーツスカート、そして緑のネクタイとフリルの付いた腕抜き。露出の多い格好ながらも二頭身の所為かいやらしさはなく、純粋な可愛さがある。

加えて肌もどのような素材を使っているのか柔らかさがあり、関節もちゃんと動く。きっと相当の高級品だろう。

 

この家住んでいた人達の中には、小さい女の子でも居たのかねぇ。そんな推測をしながら、どこかに名前でも書いてないかと人形を回し、服の裾や背中などを確認し――

 

 

「……けほっ」

 

「ッ!?」

 

 

――突然人形から咳込む音が聞こえ、思わず空に放り出してしまった。

咄嗟にしずくがキャッチしたおかげで落とす事は免れたが、いや危なかった。セーフセーフ。

 

ともあれ改めてじっくり見てみると、どうもこの女の子は人形ではなく生きているようだった。よーく、ほんっとによーっく観察すると微かに胸が上下していて、呼吸している事を示している。

フェアリーの一種……なのだろうか。しずくよりもファンシーな二頭身だったから、そういった種族である可能性が頭から抜けていた。パンツとか覗き見ないでよかった。

 

 

「…………」

 

 

まぁ、生きているのなら、このまま棚に戻したりする訳には行くまい。

 

ボクはしずくにキュアをかけてあげるよう頼み、その間に先程見かけたベッドの状態を軽く整えておく。

埃まみれと言う事はそれ相応に体調も悪くなってる筈だから、横にして休ませてあげた方が良いだろう。

 

 

「……ぬ、むむ……」

 

 

……ちらっと、好奇心を誘う窓の外を見る。

うん、まぁ、しかし。今はそんな場合じゃないし、それにあの女の子から某かの情報を得られるかもしれないし。散策はそれからでも遅くあるまい、うん。

 

ボクは疼く心にそう言い訳しつつ、シーツの埃をパスンと払った。あーん、のどがイガイガ。

 

 

 

* * *

 

 

 

幸いにもフェアリーの容態はそう重いものではなかった。

 

怪我もなく、熱もなく。しばらく何も口に入れていなかったがための貧血だったようで、キュアの一つでなんとかなる程度のもの。

その為ベッドに寝せた十数分後には目を覚まし、不法侵入していたボクらに驚いたようだ。

しかし助けられたという事は理解していたのか、特に戦闘になる事も無く大人しいものだった。何となく構えていたツインネッギに視線が向いていた気がしたが、何だろう。食べたかったのかな。いやそんなバカな。

 

まぁともあれ、今では介抱したしずくと楽しそうに会話している。似たような種族の所為かすぐに打ち解け合っていた。

 

 

「♪ ♪」

 

「♪」

 

 

まだ少し顔色が悪い気もするけど、暖かいものでも食べてゆっくりしてればそのうち自然と治るだろう。リュックからおかゆを取り出し彼女の目の前に差し出しておく。

……で、そんなこんなで一心地着いた後、ボクらの目的と互いの自己紹介も含めつつ、何故倒れていたのか詳しい事を聞いてみる事にする。

 

 

「♪」

 

 

――ボーカロイド・初音ミク。それがフェアリーの名前だそうだ。

 

 

ああいや、そもそもフェアリーでは無いらしい。ボーカロイドというのが種族名で、マスターとなった者の作った曲に合わせて歌って踊る電子?だかなんだかの存在であるそうな。

本当はもっと等身が高くて胸も大きいらしいけど、今の彼女はねんどろタイプだから二頭身のちんちくりんの姿で居るとか何とか。

 

……よく分からないので、歌うのが好きなフェアリーという認識でいいんじゃないかな。とりあえずボクはそう思う事にしたけど。

 

ともかく、そのボーカロイドとやらの一体であるミクも例に則り、マスターである人間と一緒に過ごしていたそうだ。

とは言っても彼女は少々趣が違うらしく、マスターでは無くプレイヤーという種類の人間と予め作られた歌のリズムに合わせて遊ぶのが主だったらしい。うーん、違いがよう分からんぞ。

 

そうして日々リズムゲームを楽しみ、街におでかけし、ぷよぷよだ振付だ撮影だと様々な事を共に楽しんでいたそうなのだが――――

 

 

「……ぐすん」

 

 

今ある全てのリズムゲームで最高評価を叩き出し、デパート(という大きな店があるみたいよ)に売っているコスチュームや家具を全て揃えた途端、一緒にいてくれる時間が激減したらしい。

 

時々思い出したかのようにぷよぷよでは遊んでくれるが、他は偶にPV鑑賞をする程度。中々構ってくれなくなってしまった。

いや、それどころか徐々に顔も見せてくれなくなり、ここ半年は音沙汰なし。プレイヤーとは一度も会わず、長いこと一人で過ごしていたそうな。

 

そしてやがてはプレイヤーから貰っていたお小遣いも底をつき、おやつの一つも食べられなくなり。家事も出来ないくらいにお腹が空いてぐったりしていた所をチキンヘッドさんが見つけたようだ。

埃の溜まった室内を見る限り、割と洒落にならない状態だったみたいだ。発見されて何よりである。

 

……というか、意外と重い話っすね。話してる内に寂しい気分を思い出したのか、しょげるミクの頭をしずくが撫でる。

 

 

「――……」

 

 

はてさて、何故彼女のプレイヤーとやらは顔を見せなくなったのだろう。軽く考えてみるが、明確な答えなど出る訳も無く、

 

 

――――やりこみ要素をコンプし、加えて新曲配信の無い音ゲーの末路などこんな物さ――――

 

 

「ッ!?」

 

 

――バッ!

 

突然ダンディズム溢れる低い声が聞こえた気がして、慌てて振り向く。しかしそこにはチキンヘッドさんが居るだけで何者の姿も無い。

……気のせいだろうか。まさかチキンヘッドさんが喋った訳ではなかろうし。……なかろうし?

 

 

「コケホッホ」

 

「…………」

 

 

あー、やめやめ。何か怖い怖い。

 

とりあえず考えても分かんない事はぶん投げておこう。ボクは頭を振って気を切り替え、場の空気を入れ替える意味も込めてミクに問いかける事にした。

即ち――この近くに畑や宿泊施設がないかどうか。そしてもし良ければ、街の案内をしてくれないかどうかを。である。

 

 

「……♪」

 

 

すると彼女は一瞬考えた後、案内の件を了承。拠点に関してもどうせならこの家を使っていいと仰って下さった。天使だ。

 

まぁタダでお世話になるのもアレなので、何かして欲しい事はないだろうか。野菜や華、装備や料理など欲しい物・して欲しい事を言うがよろしい。

そう言えば彼女は途端に目をキラキラと輝かせ、勢い良くボクの腰元を指さしたのだった。

 

 

……うん?

 

 

 

 

 

 

「~~~♪」

 

 

んで。暫く時間が経ち、ボクらは待望の街中へ。

 

先程の申し出に従い案内を買って出てくれたミクが、急ごしらえで作った小型のツインネッギを振り回しつつてくてく歩く。

その足取りにフラつきはなく、体調は既に全快したようだ。後遺症その他は無さそうで一安心だ。

 

……いやまぁ、そう。ツインネッギである。

どうやら彼女は大のネギ好きだったようだ。最初にツインネッギを求められた時はどうしたもんかと思ったが、結果的に喜んでくれたので、まぁ……良いのか? うん。

 

つーかそれよりも街中っすよ街中。室内からの眺めも相当なものだったが、何だいこの四角い建物(ビルっていうらしい)の群れは。

外見の豪奢さはともかく、大きさ高さはミカド城やラグジュアリーズのそれと比じゃないぞ。頭おかしいんじゃないのか。いや誰のって言われると困るけども。

 

異文化だろうが何だろうが関係ない、間違いなくここは都会だ。田舎者ゆえ、気を抜けば場違い感で膝の皿が砕けそう。あ、何かもうパリパリ言ってる。

 

 

「♪」

 

 

そうしてミクから色々な建物や施設についての説明を受けたのだが――その殆どは先程聞いた話の補足のようなものだった。

 

幾つもの店が詰め込まれているらしいミライデパート。

リズムゲームやPVっていうやつが楽しめるミライシアターに、撮影などが出来るARステーション。

ルーム変更が可能なミライエステートと、そして振り付けをエディットするダンススタジオ。

 

その他細かい施設はあるが、その五つがこの街の有名所であるそうだ。何かミライ率が高いな。

 

流石に今日中に全て見て回るのは無理そうなので、一先ず近場にあるというミライシアターに向かう事にする。久しぶりに歌える事が嬉しいらしく、終始ニコニコ笑顔だ。

 

まぁその容姿からして、歌うと言っても童謡くらいだろう。

ボクとしては流行りの歌とか分からないので、そういった分かりやすい感じの方が有り難い――そう微笑ましく思っていたのであるが。

 

 

「――♪~ ♪~」

 

 

実際にミクの歌声を聞いてみれば、結構な歌唱力で予想外に本格的な歌を歌っていた。ボクら全員思わずポケーっと聞き惚れる。

 

何というか、不思議な雰囲気の歌声だ。透き通るような質のその声は、激しい曲からしっとりとした落ち着いた曲まで多岐に渡って適応し、それは見事に歌い上げている。

ダンスも二頭身とは思えないほどに洗練されており、メイド服のような格好で踊っている姿を見た時は可愛すぎて思わず鼻血が出そうになった。腰をクイッとか反則でしょう。

 

……え? いやメイド萌えとかそういうんじゃないから、着てみたいとか言う訳でも無いから。……無いから。

 

まぁともかく、ボーカロイドって種族の真髄を心の底から理解した時間だった。一通りの曲を歌い終わった後は、自然と拍手をしていたよ。

ミクもやけにスッキリした表情で、本当に楽しんで居たのが伝わってきた。その頃には既に彼女のファンとなっていたしずくが飛び寄り、興奮気味に持て囃す。

 

「…………」けれど、同時に寂しい気分にもなった。

 

きっと今までミクは居なくなったプレイヤーのためにこの歌声を披露していたのだろう。

今回はボク達というイレギュラーが入ったため歌う機会に恵まれたが、このままプレイヤーが戻らなければ、その時は――?

 

 

「…………」

 

 

……出来る事なら、ボク達の滞在中にプレイヤーが戻ってきてくれると丁度いいんだけどな。

果たしてそれが叶うかどうか。何となく不安になったが、今は純粋に歌の余韻に浸りたいと一先ず思考を止めておく。

 

とりあえず、サインの一つでももらっとこうか。いや流石にそれはミーハーかな。そんな事を考えつつ、ボクはミクの下へと歩いて行った。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

それからの日々は、楽しくも穏やかなものだった。

 

ミクの家を拠点とし、色々街を案内してもらい観光しつつ。ボクらもボクらでそれに報いたり何だり。本当に極めてまったりとした日々。バトルもなければヤな事も無い。

いやぁ、穴の開いてない屋根があるってやっぱり良いものですね。うん。

 

無論、困った出来事が無い訳では無い。

例えば通貨。何とこの世界、硬貨や紙幣といった代物ではなくミライポイント(略してミラポ)という点数がお金代わりとして流通しているのである。どういうこっちゃ。

 

そしてそのミラポはミクとリズムゲームをする事、そしてすれちがい通信でコメントを付けたり等、限られた方法でしか入手できないらしい。

いやはや前の世界で道具屋さんが言っていた台詞ってこう言う事か、確かに理解し難いね。

 

ともあれお金が無いのも色々不便なものなので、ボク達は大人しくリズムゲームなるものに挑戦する事に。コメント云々はよく分からないしね。

初日に見たようなミクのダンスと歌に合わせ、3DSのボタンをタイミングよく押していく。

 

 

「♪ ♪」

 

(ぽちぽちぽち)

 

 

A・B・X・Y。画面内を流れてくるマークに合わせ、たった四つのボタンを押しているだけだというのにこれが結構楽しいもので。どっぷりと大ハマリ。

 

曲の詳細に関しては……下手をするとボクの旅自体が終わってしまうかもしれないので濁しておくとしても、素晴らしい物ばかりだった。

個人的に好みだったのはサイリウム振る感じの曲だ。……え? ん? メイド服が何? よく聞こえない。

 

おそらく滞在中の大半はこれをやっていた気がする。おかげでミラポも相当の蓄えが出来、色々なものを買う事が出来た。

とは言っても家具やら何やらは既に買い占められていたので、食べ物等――紹介してくれたミクの好みもあるのか、おやつのジャンルばかり――に終始した訳だけど。

 

しかし先進的な文化のためか調理器具や食材も良い物が揃っているようで、ボクも見た事のない料理が色々とあった。

特にスナック類が新鮮。ポテトチップとかフライドポテトの応用で作れそうだし、今度自分でも試行錯誤してみよう。

 

その他気になった調理器具や雑貨道具も買い揃え、かなり大満足である。まぁ動力源周りの心配はあるが、この世界の冷蔵庫が電気で動くなら魔力で何とかなるだろう。きっと。

 

 

で、畑弄りについても困った事が一つ。

室内という関係上しょうがないのかもしれないが、今回は自由にできる土の面積が四マスと狭く、余り凝ったものを作れないのである。

 

絶対に外せないすれ違いダンジョンの種と、物資補給用の通常版ダンジョンの種の分を差っ引くと僅か二マス。これで何を作れというのか。

まぁ作物を売ってお金……ミラポに変えられない以上、特に困るものでもないのだが。迷ったので、家主たるミクに育ててほしい作物が無いか聞いてみた。

 

ボクとしては十中八九ネギと答えるだろうと思っていたのだが――――。

 

 

「♪」

 

「?」

 

 

彼女の出してきた答えは、何か大きな木になる植物。との事だった。

 

何でもこの場所には元々大きな観葉樹木が生えており、プレイヤーとの思い出が詰まっていたそうだ。枯れた切り株を見つつ、寂しそうに説明する。

もう元には戻せないとはいえ、出来る事なら同じような景色にしたい――つまりはそういう事らしい。

 

 

……ふむ、それならば仕方あるまい。大事に大事に温存してきた虎の子の出番である。

 

その名もキラメ木の種。入手方法が限られ、育った木を伐採すると木材の他にグリッタ輝石という希少鉱石を落とす摩訶不思議な植物だ。

リンゴの木やぶどうの木の種でも良かったと思うが、「煌き」の名を冠するこの木は一種のアイドルであるミクにピッタリのものだろう。

 

ボクは早速すれ違いダンジョンの種を刈り取り、畑を整地。予め常備している枯れ草を撒いて耕し直し、準備を整えた上で種を撒いた。

後はクスリなり何なりを用いて作物の状態を上質に保ったままにすれば、ある程度は熟成時期を合わせられるだろう。

 

そうだ、せっかくなので水やりはミクに任せてみようか。

そう提案すれば彼女は嬉しそうに頷き、しずくと一緒にじょうろを振り回す。和やかですなぁチキンさん。コケホッホ。

 

 

「…………」

 

 

うーむ、しかしあの二人。随分と仲良くなったものである。

やはりフェアリー同士相性が良かったのだろう。服のサイズもそう大差無かったようだし、衣装を貸し借りしてダンススタジオやARステーションで遊んでいるのをよく見かける。羨ましいのう。

 

ボクにもあんな友達欲しいなぁ……そう思って浮かんだのがキリカだった訳だが、そうか。心の底から友達止まりと確信しているのか。

逆に落ち込み、その日は八つ当たり気味に一足先に育ちきっていたダンジョンの種を攻略したのであった。ぐっすん。

 

 

ともあれそんなこんなで一週間を騒ぎ、二週間を楽しみ。木やすれ違いダンジョンの種が大きくなって行くのを皆で眺め、三週間。

楽しい時間はすぐ流れ――気づけば、残りの時間は僅かとなっていた。

 

……プレイヤーはまだ、戻ってこない。

 

 

 

* * *

 

 

 

「♪」

 

 

夕食。

四人(?)一緒に食卓を囲み、今日のメニューであるカレーをパクつく。

 

この光景もここ一月で随分と慣れたものだ。最初は少しぎこちなかった感があった食事の場も、今ではすっかりぬくぬく団欒。

ボクもフェアリーサイズの小さい家具の使い方を完全に覚えてしまった。こう、バランスをとるのがコツである。

 

 

「♪」

 

 

ミクとしずくがおしゃべりする声を聞き流し、ボクは窓の外へと目を向けた。そこから見える夜を照らす明かりは星空とはまた違う風情を持ったもので、何度見ても飽きる事は無い。

……だ、大丈夫かなこんな都会に染まっちゃって。元の村に戻れてもやっていけるかしら。と言うのはまぁ置いといて。

 

そのまま目線をずらし、部屋の畑へと視線を移す。

 

 

「…………」

 

 

キラメ木の種は成長し、すれ違いダンジョンの種も熟成間近。おそらく、明日か明後日には完全に成長しきってしまうだろう。

そうすればボク達はミクの下を離れ、別の世界へとすれちがう事になる。……このままプレイヤーが戻ってこなければ、彼女一人を置いて。

 

 

「……………………」

 

 

勿論、これまでに稼いだミラポは全て譲渡するつもりだし、少ないけれど野菜の種やダンジョンの種、そしてその中で手に入れた物資も置いていくつもりだ。

だけど、それでどれだけ持つだろう? ミクは戦いが苦手――というか出来ないからダンジョンも余り探索できないだろうし、少なくとも一年は持たないと思う。

 

そうなれば後は最初のような埃まみれとなるだけで、しかも今度は助けが来るとは限らない。……どうしよう。

 

 

「……♪」

 

「!」

 

 

そんな事を考えていると、いつの間にかミクを見ていたらしい。首を傾げられ、何でもないと誤魔化した。

 

まぁ、まだもう少し時間はあるし、それに出発の日は厳守する必要もないのだから幾らでも伸ばせばいい。

ボクの決めたルールに反する事であるが、この場合は許されるだろう。というか、ボクが許す。

 

一先ずはそう結論づけ、何も考えないようにしながらカレーをかっこむ。甘辛風味が舌に染み込み、優しい刺激が嗅覚を満たす。

明日だ、きっと明日には来る筈だ――そう、強く信じ込んだ。

 

 

――しかし、そうして迎えた次の日も、その次の日も、そのまた次の日も。プレイヤーは一向に現れなかった。

 

 

ここまでくれば既に異界への大口は開いており、何時でも旅立てる準備は整っている。後必要な工程は一歩だけ踏み出す事だけだ。

ボクはそれを先延ばしにしつつ、ミクとの穏やかな日々を続行する。明日には来るだろう、明後日には来るだろう……そんな事を毎日思いながら。

 

……が、来ない。一週間が経ってもそれは同じだった。

 

 

「……コケホッホ」

 

 

ああ、何となくだけどチキンヘッドさんから責められている気がする。

「いい加減に何らかの決断をしたらどうだい」的な感じでなじられているようないないような。気のせいだとは分かっているのに何かどうも、

 

 

――いいからさっさと決めなさい。

 

 

はい。

 

どこからとも無く響いてきた幻聴に即座に頷き、ボクはミクへと提案した。即ち――良ければ一緒に来る? と。

 

そう、置いていくのが心配ならば、付いてきて貰えば良いのだ。

結果的には故郷を捨てさせる事になる可能性がある為二の足を踏んでいたが、この状況では選択肢の一つに表示しても良いのではないだろうか。

少なくとも、放っておいてまたぐったりして、その先の取り返しの付かない事態になるよりはまだ未来はあるんじゃないかな。

 

そう思いつつL・Rボタンを連打したのだが――その返事は芳しいものではなかった。……まぁ、正直予測はしていたけど。

 

 

「♪」

 

 

――いつまでも、プレイヤーを待っていたい。ボクの誘いに心惹かれるような表情を浮かべつつも、彼女は寂しそうにそう言った。

 

 

例えずっとこのまま一人であるとしても、自分はここに居なければいけない。

もしかしたらひょっこり返ってくるかもしれないし、その時に無人だったらきっとプレイヤーはガッカリするだろうから――。

 

 

……訥々と語る彼女の目にはしっかりとした意思の光が宿り、それは決して濁らないだろう事が伺えた。

何と献身的な少女なのだろう、こうまで想われるプレイヤーはそれ程魅力的な人物だったのかね。フルコンプするくらいだから結構な音ゲー好きではあったのだろうが。

 

ともあれ、そこまで彼女の意志が固いのならばボクからは何も言うまい。

明確に拒否の意を得た事で踏ん切りがつき、納得の行かなそうなしずくを宥めながらそろそろここを発つと告げた。先程の提案で察してはいたのか、驚きもなくミクは頷いたのだった。

 

 

 

* * *

 

 

 

「…………」

 

 

荷物を纏め、すれ違いダンジョンの種の前に立つ。

結果的に一月以上も滞在してた訳だし準備に手こずるかと思ったが、予め最低限の用意はしていたためか余り労力は伴わなかった。

 

 

「♪ ♪」

 

「…………」

 

 

そうして感慨深げに長い事住まわせて貰っていた部屋を見回していると、ミクとしずくが話し込んでいるのが見えた。

どうやら落ち込んだしずくをミクが慰めているらしいが、それ役割逆じゃないかな。

 

ボクはそんなしずくを回収しつつ、改めてミクに感謝。使わなかったミラポや道具などを残す傍ら軽く雑談し、この一月を振り返る。

いやー、あんな事があったね、そんな事もあったね。そうそうアレは本当に楽しかった、いい歌だった、うんぬんかんぬん。

 

 

「……ッ」

 

 

……するとどうした事だろう。懐に収めたしずくが何やら震え始めたではないか。

ああ、これは泣くな。長年の付き合いからそう感じ、せっかくだからからかって湿っぽい雰囲気を飛ばしてやろうと悪巧み。懐から彼女を取り出し――

 

 

「――――!!」

 

 

――まぁ、あれだ。結果を言えば油断していた、これに尽きる。

 

 

「わぁっ!?」

 

「!?」

 

 

突然ボクらの周囲に4つの水玉が出現し、こちらに向かって飛んできた。しずくの十八番の水魔法である。

戦闘中ならいざ知らず、のっそり油断しきっていたボクにそれを防ぐ術は無い訳で。

 

水玉はボク、ミク、そしてチキンヘッドさんとしずく自身を巻き込みクリティカルに直撃。皆纏めてすれちがい通信の種の中へと吹き飛んでいく。

 

 

――いやもう何してくれてんの。

 

そんな文句は水流の中の泡と消え。

ボク達は発光する幾何学模様の魔法陣に飲み込まれていった――

 






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