すれちがい傷心旅行   作:変わり身

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『新・光神話パルテナの鏡』の回 前編

――光を抜けたら、そこは平原であった。

 

 

青々とした植物と健康的な質の土。遠目には豊かな山脈と大きな川の姿が見えた。

前回とは違い森の中では無かったけれど、それでも自然の溢れた良い場所と言える。空気も爽やかに澄み切っていて大変気持ちがいい、とりあえず胸いっぱいに深呼吸しとこう。

 

 

「コケ、コケホッホ……」

 

 

そうしてそのままラジオ体操モドキをしていると、背中にしずくを乗せたチキンヘッドさんがトコトコと何処かへ歩いて行く。

前もついていったら街を見つけた訳だし、もしかして人の気配か何かを感じているのだろうか。流石元野生モンスター、勘の鋭さはピカイチだ。

 

とりあえずボクもそれを追うべく鎌を取り出し、すれ違いダンジョンの種を刈り取ろうとして――。

 

 

「…………」

 

 

……少し、躊躇ったけれど。しかしこの場所が畑では無い以上やはり明日には枯れてしまうと思い直し、一息に鎌を薙ぐ。

 

きっと、また。いつか再会できる日が来るさ。種袋を回収しつつそう自分に言い聞かせ、ボクはその場を後にした。

 

 

 

* * *

 

 

 

時折見かける有用な野草や木の実を摘み取りつつ、平野を歩き続ける事数時間。

辿り着いた見通しの良い丘から見える景色の中に、外壁に囲まれた街のようなものを見つけた。さてさて今度はどんな所かな? 鼻歌まじりにステップ連打。忘れずにしずくを懐に隠し、一番近場にあった街門を叩く。

 

溢れんばかりの農夫オーラのおかげか特に問題なく門を通され、人混みに溢れる街中をぶらぶら。街の様子を観察する。

遠目から見た時に分かってはいたが、規模はミカド国よりも小さいようだ。キチジョージ村よりは都会的ではあるのだが、全体的に建物の間隔が狭い。ラグジュアリーズの居住区を見すぎたせいかな、ううむ。

 

しかし壁に使われている石の質や、建造物に使われている技術に関してはその上を行っており、思わず目を奪われる程だ。

……分かるのかって? ボクだって一応鍛冶を嗜むものとして、そのへんの知識目利きは持ち合わせているのだ。えっへん。

 

まぁともあれ平和な街のようだし、前回に引き続きのんびり過ごす事にしよう。

 

まずは拠点と畑探しだ。町の外を探してもいいのだが、三週間以上野宿だったからそろそろ屋根の下が恋しいの。

ボクは持ち物を換金できる場所を探しつつ、道行く人にあいさつの魔法を唱えていった。好感度は少しでも稼いでおいて損はあるまい。

 

 

 

「ふむ……それなら村外れに畑に隣接した空き家があるから、そこを使ってみてはどうかね」

 

 

そうして適当に立ち寄った雑貨屋の店主に畑のある宿泊施設を聞いた所、そんな言葉が返って来た。

 

詳しく話を聞いてみると、どうも数年前に冥府軍とやらの残党に襲われた際に廃屋となった場所で、そのまま手付かずであるそうな。

当然ながら廃屋らしく、余り綺麗な場所では無いようだが――しかし、旅人たるボクにはそれもまた一興と言った所。

寝袋もあるし、畑が近くにあればどうという事は無い。ボクは一先ずその場所を拠点にする事と決め、にこやかに売り払った道具の対価を受け取った。

 

……しかし、冥府軍? 気になったので聞いてみる。

 

 

「おや、冥府軍を知らんとは。随分と遠い所から来たらしい」

 

 

この世界の一般常識に近いのか、少し怪訝な表情をされてドキドキ。しかし旅人という事と鑑定に出した品物(メイドイン別世界)が効いたのか、それ以上の追求は無く一安心。

そうして冥府軍の説明を受けたものの……何だろう、スケールが大きすぎて理解しきれたかどうか分かんないや。

 

どうもこの世界には神と呼ばれる存在が普通に居り、太古の昔より度々大騒動を起こしているらしい。

冥府軍とは人類を脅かす類の悪神の使いの事で、つい二十年程前には人の側に立つパルテナ神の使いと丁々発止の大激闘が行われていたのだとか。ちょっと見たかった、と思うのは不謹慎かな。

 

うーむ。ニュアンス的にはボクの世界で言うネイティブドラゴンが更に凄くなったようなもの、でいいのだろうか。無宗教だったから神様とか良く分かんない。

 

 

「冥府軍の主であったメデューサは既におらんのですが、時折その残党がひょっこり顔を出す事がありましてな。それで数年前に一度この街に……」

 

 

その時は街の衛兵だけで何とか撃退できたらしいが、やはり被害は出たという事だろう。これは平和という認識を変えた方がいいかもしれない。

いやぁそれにしても色々教えてくれるこの店主さんはいい人だ。ボクはお礼を一つ言い、滞在中は贔屓にする事を決めた。もうあいさつの魔法も連発である。

 

こ、こん、こんにちは、こんにちは、こんに、こんにち、こんにちは、こんにちは――。

 

 

「……異国の文化とは、理解しづらい物ですなぁ……」

 

 

えー。

 

 

 

……で、まぁそんなこんなで村外れの廃屋までやってきた訳だけど、そこは廃墟というのはかく在るべきという感じのボロ小屋だった。

 

瓦礫で散らかった室内は埃っぽく、屋根の所々に穴が空き床板に雨漏りの痕と思しき染みが残っている。

加えて家の横にある81マスの畑もお察しの状態であったが――そこは得意分野なので良し。

 

いやはや、結果的にはしずくの水魔法の力をフルに借りて何とか見られる程には整頓出来たものの、結構な時間がかかってしまった。

気づけばとっぷりと日は落ち、辺りを夜の帳が覆っている。こりゃ野宿した方がお手軽だったかもしれない。ちょっと後悔。

 

 

「♪」

 

「コケ、コケッホ」

 

 

しかし、屋根があるというのは良い物だ。久々の安心感ある閉塞感にしずくとチキンヘッドさんも大喜び、その日の夕食はとても明るいものとなった。

メニューは久しぶりに鍋物。キッチンがあって助かったね、本当。

 

さて、明日からは本格的に畑弄りを開始して、同時にこの街の観光を楽しむ事にしよう。三人(?)一緒に潜り込んだベッドの中、微睡みつつもそう決めたのであった。

 

 

 

* * *

 

 

 

翌日。畑は既に耕してあるため、種を撒いて水をやる。

キチジョージではダンジョンの種や野菜を中心に育てていた為、今回は華をメインとする事にした。

 

まずすれ違いダンジョンの種を畑の角っ端1マスに植え、周囲の3マスにスペースを作る。別の華を植えてもいいのだが、まぁボクの癖みたいなものだ。

残りのスペースにトイハーブやムーンドロップ、チャームブルーと言った華の種を……各4マスずつくらいでいいかな。撒いていく。

 

そうだ、ついでにこの前のダンジョンの種の中で手に入れた物も植えておこう。

「剣の種」と「盾の種」。その名の通り、成長すると美しい装飾の施された剣や盾を収穫できる一風変わった農作物だ。結構たくさん手に入ったし、売却用に幾つか育ててもいいかもしれない。

ボクの世界では何でか知らんが売値の安い作物?だが、この世界でなら物珍しさで高く買ってくれるだろう。きっと。

 

「♪」そうしてしずくと一緒に鼻歌を歌いながら水を撒き、農作業終了。皆で意気揚々と街の観光へと繰り出した。

 

 

「ハイらっしゃーい! ベーコン串焼き、ハーブターキー、色々あるよー!」

 

「今朝獲りたての新鮮魚はいかがー?」

 

 

道を歩いていると、そんな客寄せの声がそこかしこから聞こえてくる。何というか、歩いているだけでRPが回復していきそうな活気だ。

せっかくなので串焼きやらミートパイを買い食いしつつ、のんびりと街道を進む。

 

落ち着いて見てみると、この街も独特の文化を持っている事が分かる。道行く人の服装、建物の造形、他色々。

景観の端々から神様を信仰する心というか、そういった雰囲気を感じるのだ。やっぱ常に見守られててもいいようにとかそんな感じなのかな、いやそりゃ俗っぽすぎると思うが。

 

ともあれ自由気ままにぶらつき、観光を堪能。名物の温泉にも入れてボク的に大満足。しずくやチキンヘッドさんも大喜びの一日だった。

 

……でもまぁ、あれだ。やはりこの世界でもモンスターというのは畏怖の存在であるらしい。

神様なんてのが居るんだから妖精くらい割と平気だろうと思ったのだが、しずくを温泉に入れようとした際にかるーく一悶着起こってしまったのだ。

 

多分モンスター=冥府軍という図式でもあったのだろう。その時は「おドール」という人形のような何かと言う事にして押し通せたものの、やっぱり基本的にしずくの存在は隠匿しといた方が良さげである。

こりゃ彼女には苦労させるなぁ。そう思いつつ目を向ければ、チキンヘッドさんの羽の裏に隠れつつキラーンと不敵に笑っていた。ボクの懐に潜れない時はそこに隠れるという事らしい。

 

……いや、彼も一応レベル100は超えてるし安全圏と言ったら安全圏だけどもさぁ……。

まぁチキンヘッドさんも嫌な顔してないし、良いのかな。良いのか。

 

兎にも角にもそんな感じで今日の観光は終了。

温泉の暖気を引きずりつつ廃屋へと帰宅、ほっこりしたままベッドに身体を横たえた。夕飯は外で済ませてきたから、後はもう寝るだけさー。

 

あー、何かもう凄い幸せな気分。ボクはうとうとしながら、屋根の穴から見える星空をぼんやりと眺め――――

 

 

「……? コケ、コケホ」

 

「?」

 

 

突然、チキンヘッドさんが妙な鳴き声を上げた。

 

あら、何時も落ち着き払ったダンディズムがそんな声音をするとは珍しい。疑問に思いつつ様子を見ると、そのつぶらな瞳を廃屋の外に向けている。どうやら何かの気配を察知したようだ。

 

畑を荒らす害獣か? 何時もの癖でそう思ったが、まだ撒いた種は芽吹いていないし違うだろうと思い直す。

となれば一体何だろう。ボクは念の為にツインネッギを腰元に刺し、今にも壊れそうな家の扉を押し開いた。

 

 

「……むむぅ、預かり知らぬ妙ちきりんな声に誘われてみれば、また珍妙な者達が……。わらわですら見た事が無い種とは、何か敗北感があるのぅ……」

 

 

すると畑の方に一つの小柄な人影が見えた。

背格好からすると、おそらく小さな女の子だろう。畑の端、華の種が植えられている場所にしゃがみ込み、何やらブツブツと呟いているようだ。

 

……何をしているのだろう?

 

 

「む? ……貴様がこの者達を育てている人間か」

 

 

女の子はこちらの気配に気づいたのか、ゆっくりと振り向きボクを見た。

 

外見の感じからすると8歳くらいだろうか。植物と華を連想させる独特の衣装を身に纏い、身の丈を超える長大な杖を携えた少女だ。

淡い色合いの御髪、真っ白な肌、やわらかな輪郭――全てが奇跡的なまでに整い、調和し。まるで美術品の如き美しさと愛らしさを誇っている。

 

気になる事といえばステータスの表示が成されなかった事だが、そんな些末など吹き飛ぶくらいの存在感だ。思わずひれ伏したくなる。

 

そうして思わず気圧されたボクをジロジロと眺めた彼女は、その容姿に似合わぬ尊大な態度でこちらを眺め「……ふん」鼻を鳴らす。

その瞳にはこちらへの興味の光など無く、ただ不快の感情のみが湛えられていた。……ボクなんかやったっけ?

 

 

「本来であれば薄汚いサルどもとは話したくもないのじゃが、まぁ良いわ。特別に、と・く・べ・つ・に! わらわと言葉を交わす権利――その切れっ端の更に端っこの部分をくれてやろうぞ、感謝するのじゃ」

 

 

何様だっちゅーねーん。

 

 

「フン、人間に名乗る気など無いわ。貴様はわらわの質問に答えればよいのじゃ、即ち――」

 

 

――貴様は一体、何者じゃ?

 

 

 

…………?

星空の輝く夜の畑。見知らぬ少女から投げかけられた意味の分からない問いかけに、ボクはただ首を捻る事しか出来なかった。

 

 

 

 

 




■ ■ ■



しずく : ブルーフェアリーLv92。
      飲料水担当って書くとちょっといやらしい感じがするよね。おもら(略)

Dr.チキンヘッド : コケホッホーLv154。
            タンパク質担当(たまご)のイケメン、オス? メス?

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