――村が、燃えていた。
作物の実る畑が。青い葉をつける木々が。人々の住む家が。その形を崩しながら、無残に燃える。
そこに在ったはずの穏やかな日常の姿は既に無く、あるのは阿鼻叫喚の地獄絵図。
熱で木屑が弾ける音が辺り一帯へと断続的に響き続け――それを塗り潰すように、人々の絶叫と彼らを切り裂く異形の鳴き声が轟いた。
――東のミカド国、キチジョージ村。
本来であれば閑散とした農村であった筈のその場所は、今や人より違う異形達――悪魔と呼ばれる者共の襲撃を受け、壊滅状態へと陥っていた。
「くそッたれ……!」
血飛沫と共に剣閃が舞い、村人の死体に爪を突き立てていた巨体の悪魔――スプリガンを一太刀の下に両断。醜い断末魔の叫びが夜空を劈いた。
それを成した青いスカーフをした青年は血糊の付いた刀を一振りすると、辺りを見回し悪態を吐き捨てる。
「チッ……胸クソ悪ぃ! おい! 他に生きてる奴ァ居ないのか!?」
「ワルター、ここの捜索は同志達に任せよう。僕達は森の方に……!」
「…………!」
ワルターと呼ばれた青年を誘導し、色とりどりのスカーフを身につけた若者達。ミカド国を守護するサムライ衆が村の外れへと走り出した。
特に白いスカーフの青年、この村出身であるフリンには鬼気迫る雰囲気があった。ステップを駆使し誰よりも早く動き、行く手を塞ぐ悪魔達を足も止めずに次々と屠って行く。
「フリン! 余り先行すると危ないわ!」
「そうだ、君の仲魔ですらも追いつけていない! 落ち着くんだ!」
フリンと同じサムライ衆であるイザボーとヨナタンが制止するが、彼のステップは止まらない。
サムライには、ガントレットと呼ばれる機械仕掛けの籠手を用いて悪魔を使役し仲魔とする力がある。
当然その身体能力は人間のそれを上回るものであるが、しかし彼らもフリンの勢いには追いつけないようで徐々に距離が離されていた。
「相変わらず妙な動きの癖に早ぇなクソッ!」
「情報ではこの奥に原因となる存在が居るのでしょう? もしフリンを見失いでもしたら……」
「ああ、今の彼が冷静だとは思えない。一人で戦わせる訳にはいかない……!」
森の小道を抜け、道中で人々を襲う無数の悪魔を切り捨て走るフリンに追い縋り、彼らもまた森の奥へと分け入っていく。
異常な程に溢れかえる悪魔はどれもが手強いものだったが、彼らも新人とはいえサムライ衆の一員である。仲間、そして仲魔と協力し打倒しながら走り続けた。
そうしてどれ程進んだ事だろう。崖道を抜け、生い茂る木々の中で不自然に開けた場所に出た先で――見失いかけていたフリンの背が、止まる。
「どうした! 何か見つけた――、!」
これ幸いと彼に追いついたワルター達の目に飛び込んできたのは、フリンと相対する黒い人影。
バケツのような独特の兜を被り、自らと同じタイプのガントレットを左手に装着した黒きサムライの姿だ。
状況からして彼――若しくは彼女――がこの騒動の原因である可能性が高い。フリンもそう考えているらしく、音が出る程強く刀を握り込み、強い眼差しで黒きサムライを睨み付けていた。
「なぁアンタ、何でこんな所に居るんだ? 事と次第によっちゃ、只じゃ……」
『――邪魔がなければ、ゆっくり話せたのだがな』
フリンの隣に付いたワルターの詰問を遮り、黒きサムライは忌々しげにそう吐き捨てた。
兜で表情は察せられないが、その雰囲気からはどこか苛ついた雰囲気が漂っているようにも思える。ヨナタンは怪訝な表情を浮かべ、刀から手を離す事無く問いかけた。
「……どういう事だろうか。邪魔とは我々の事か?」
『さて、どうだろう。彼が進む道によっては邪魔とも、そうでないとも言えるだろうさ』
「……? すまないが、こちらにはあまり長く問答をしてる暇は無いのだが」
『ああ、それはこちらもだ。少々予想外の存在を見つけてね』
元々理解させるつもりも無いのだろう。黒きサムライは投げやり気味の会話を途中で切り上げると、左手のガントレットに指を走らせる。
するとその背後に次々と魔法陣が生まれ、大量のマグネタイトが吹き荒れ悪魔達の姿が構成されていく。
――透き通った肌、くびれた腰、豊満な乳房。現れたその者達の名は夜魔リリム、魔性の美貌を用い男を惑わせる淫魔の大群であった。
「なっ!? 何のつもりだ、オイ!」
狼狽えるワルターの叫びに応える事無く、黒きサムライはこちらを嘲るかのように肩を竦め、リリム達に何事かを命じた。
その様子に危機感を抱いたフリン達はそれに対抗し、呼び出した悪魔へ攻撃の命令を下そうとするが――半歩、遅かったようだ。
大量のリリム達から放たれた魅了の光が彼らの瞳の奥を貫き、激しく脳を揺さぶった。
望まぬ幸福感と興奮が胸の奥より湧き上がり、敵意と危機感が薄れ、消えて行く……。
「……ッ!」
そうして桃色の霧に覆われていく意識の中で、フリンは最後の力を振り絞り攻撃魔法を放とうと試みた。
……しかし手の先には何も現れる事は無く、やがて体の自由も完全に失われ。気づけば、その身体は力なく地面へと横たわっていた。
ここで、終わるのだろうか。
音が遠くなり、視界の上方から闇が落ちる。胸に盛る激情をどうする事も出来ないまま、彼らはゆっくりと瞳を閉じ――――
「――何やってんだよ! サムライだろ、お前ら!」
――瞬間、フリンの耳に聞き覚えのある声と、巨大な物が墜落する轟音が届いた。
「!」
それと同時、頭に何か熱いものと柔らかいものが降りかかり、意識が強制的に覚醒した。
呻きつつも頭部に指を這わせれば、べチャリと湿った感触。見れば得体の知れない白と黄色の何かが指先にべったりとこびり付いており、得も言えぬ甘ったるい香りを放っている。
否、異変はそれだけではない。見れば辺りには多くの岩が降り注ぎ、それに潰されたらしいリリムが光となって還っているではないか。
「――きゃあ!? 何これッ!?」
「……お、おかゆとケーキ……か?」
どうやら他の仲間達も目を覚ましたようだ。それぞれが戸惑う声が辺りに響き――しかし、フリンの視線は彼らの方には既に無い。
彼には覚えがある。幼い頃より共にあったこの声は、岩を利用したこの攻撃は、そしてこの乱暴な料理の与え方は……!
『……悪魔をけしかけておいたと思ったのだがな』
「こいつの事か? それならもう心を通わせたぜ」
『悪いねぇ、アタシも女だから甘いモノに弱くって……』
刺々しい黒きサムライの言葉にそう返し、声の主が上空から地に降り立った。
黒髪をひっつめにし、無精髭を生やした青年。そこに居たのはフリンの予想通り、自らの兄貴分であったイサカルと妖精のイエローだ。
彼の背後にはコウモリと女性が融合したような悪魔――ストリゲスが申し訳なさそうに控えており、どうやら彼女の力を借りて文字通り飛んできたらしい。
そうしてイサカルは険しい表情でフリンの下に歩み寄り、その腕を引いて強引に立ち上がらせる。
彼の頭が大きく揺られ、頭頂部にあったショートケーキのいちごがポトリと落ちた。
「……サムライがあんま情けない姿見せんなよな。傷心旅行にも行こうかと畑弄ってたのに、行けねえよ。これじゃあ」
「…………」
溜息を吐くように呟き、イサカルは背負っていたリュックから愛用の大剣ダーイコーンを取り出し正眼の構え。黒きサムライと残ったリリム達に刃先(?)を向けた。
フリンもそれに習うように刀を構え、仲魔達を侍らせ――そして、今度はしっかりと状態異常に抵抗を持つ首飾りを身に付ける。
彼らの間に言葉はいらない。お互いが起こしたヘマとその助け合いは、ダンジョンの種の中で何度も繰り返された出来事だから。
「ハハ、俺を差し置いてサムライになったのに、あんま変わってないな。お前」
「…………」
「……ああ、避けちまって悪かったよ、後で何か奢るから許せって。今はそれより――」
――斬、と。
隙を突いて急襲して来たリリムの一体を事も無げに切り捨て、はじまりの森に帰したイサカルは瞳に炎を宿らせ、一言。
――こいつらぶっ倒して、素材集めだ。
「……ああ!」
フリンもそれに頷きを一つ返し、二人は強く地を蹴った。
後に響くのは、無数の剣戟の音のみである――――。
メガテンⅣの回終了。
多分フリン君がNルートに行った場合、その横には無精髭の青年か、彼の命と引き換えに助けられた赤いスカーフの少女が立ってるかもしれない。そんな感じ。