すれちがい傷心旅行   作:変わり身

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『真・女神転生Ⅳ』の回 後編

ヤスクニの丘をとりあえずの根城と決めてから早数日、ボクはミカド国をおそらくこれ以上無い程に満喫していた。

 

野宿を楽しみ自然を堪能する事もそうだが、手持ちの料理や野菜を売り、村の畑仕事を手伝って得たお金での食べ歩きーの土産買いーの。カジュアリティーズの住むスラムからラグジュアリーズの住宅街まで、ぶらぶら気ままに色々な場所を巡った。

差別というか区別というか。そんな感じのアレで不愉快になる出来事も幾つかあったけど、文化や価値観の違いと考えれば余り気にならず。街の高台やヤスクニの丘から見える綺麗な光景で帳消しになる程度のものだ。

 

不便やトラブルも醍醐味のうちと考えれば、総合的に満足できる旅行先であると言えなくもないのではなかろうか。多分ね。

 

 

「……何か引っかかる言い方だな。まぁいいけど」

 

 

まぁ、ボクがそう思えるのは滞在中よくつるむようになった小さな案内人が居たおかげなのだろう。言わずもかな、イサカルの事である。

全力で農作業をした初日からこちら、どうも「面白いやつだ」と懐かれてしまったようで、毎日のようにヤスクニの丘に来ては観光するボクに付いて回ってくるのだ。

 

ボクとしても地理に明るい者が側に居るというのは例えそれが子供だとしてもありがたいもので、彼が機転を利かせてくれたお陰で回避できたトラブルも少なくない。

そうして特に拒否する事も無く、何だかんだと頼っている内に気づけば一週間近くに渡り行動を共にしていたという訳だ。

 

ボクもその報酬として効率的な畑仕事のやり方を始め様々な技術や知識を(半ば無理やり)教えているので、比重の偏らない対等な関係で居るのではないかと思う。もう完全にパーティメンバーですね。

 

 

「んで、今日はどうすんだ? また街を見て回るのか?」

 

 

と、そんなこんなで今日も朝からボクの野宿場所を訪れていたイサカルは、先ほどまでうんざりと素振りしていたクワを杖代わりしにつつそう言った。

ちなみに、彼は農作業を嫌っている割には飲み込みが早く、既にチャージ農法に関してはバッチリ習得していたりする。

 

いやぁ君ってば農夫の才能あるよ、とりあえず褒めつつ回復アイテムとしてチョコレートケーキを差し入れた。

 

 

「嬉しくねぇっつの!」

 

 

ともあれ、今日の予定。

今まで一週間近くこの国を観光して回ってきたが、到底全ての場所に行った訳ではない。まだ見ぬ地域や、キチジョージ村のすぐ側にある森に行ってみるのも悪くはないだろう。

 

……だがまぁ、しかし。今日はちょっと趣向を変えて、他の事をするつもりである。

 

 

「他の事?」

 

 

そう、他の事。

 

素直に疑問の表情をするイサカルを連れ、ボクはここよりそう離れていない畑へと移動する。

そこに見えるのは未だ実らぬすれちがいダンジョンの種と、それが育つ間に収穫できる作物が幾つか。そして――――。

 

 

「……何だこりゃ」

 

 

どでん、という擬音とともに畑の中央に鎮座する奇妙な影。大口を開いた魔物の頭部のような形をした、その実の中に異界迷宮を宿すダンジョンの種の姿だ。

 

本来ならば一週間程度では実らぬ作物ではあるが、よくノビールとぐんぐんグリーンを使い成長を早めた結果、今朝になってようやく完成。日の目を見る事が出来た。

今日はイサカルと共にこの中に入り、アイテム集めをする予定である。売った分の補充をしておきたいのだ。

 

 

「は? や、何言ってるか上から下までいみわからん」

 

 

いや、だって君前にサムライ衆とやらを目指していると聞いたから。

話の限りでは騎士団みたいなものだというし、この中ならモンスターも居るから良い訓練になるかなって。

 

 

「いや、そうじゃなくってさ。つかモンス……ああ、うん……」

 

 

イサカルはボクの肩に乗るしずくを見て、何やら細い目をして考え込む。まぁ色々と察したんだろう、それが合っているかどうかは別として。

 

とりあえずチャンバラごっこをするよりは経験は積めるだろうし、イザとなればボクやチキンヘッドさん達が守ってくれると言っておく。

別に行く事を強要するつもりはないのだが、個人的には出来ればついてきて欲しいものだ。色々と教えてくれた事に対する恩返し――――という事もあるが、やはり思い出づくりという部分が大きい。

旅先で出会った地元の子供との触れ合いとか、旅っぽくて素敵よね。的な。え、分かんない? ああそう。

 

 

「……まぁ、アンタのする事ってよく分かんなくて面白いから行くけどさ。ついでにもう一人増えてもいいか?」

 

 

元々大雑把な性格なのだろう。考える事を止めあっさりと疑問を投げ捨てた彼の言葉に、ボクは勿論と頷いた。

 

 

 

* * *

 

 

 

「はー……すげぇ。ほんとに野菜の中なのか、ここ」

 

「…………」

 

 

ダンジョンの種の入口を抜け転送された先、木漏れ日の降る森の中。

あまりの周囲の変わり様に驚いているイサカルとその友達――フリンという男の子――の二人を連れたボクは、半ば迷路になっている道筋をゆっくりと歩く。

 

幸いとも言うべきか、未だ迷宮内を徘徊するモンスターの類には遭遇していない。イサカル達も物珍しげにあちこちに視線を走らせては、如何にも子供らしい落ち着きの無さを見せていた。

 

 

「旅人ってすげぇな、こんなもんまで持ってんのか……」

 

 

いや、どっちかと言えばこれは農夫の領分である。適切に種を植え愛情を持って世話をする事、それが大切なのだ。

……そう得意気に語れば「嘘つけよ」みたいな視線が向けられた訳だけど、君もいい加減強情だなぁ。その目で農業の力は見てきただろうに。

 

 

「ぜってぇに認めねぇからな、これが農業なんて」

 

 

そんな感じで軽く言い合いつつ、のどかな森中を進んでいると――ガサリと周辺の草木が揺れた。

瞬時にイサカル達の前に出て警戒態勢。音の方角に目を向ければ、丁度木々の隙間から幾つもの影が姿を表した。豚の頭に人の体、そしてその手に持つのは粗末な棍棒。ボクの世界での定番モンスター、オークさんだ。

 

 

「うおっ!? 何だこりゃあ……!」

 

「……!?」

 

 

流石に人の形から大きく離れた異形を見るのは初めてだったのか、新顔のフリン少年はともかくとしてしずくを見慣れていたイサカルも驚いたようだ。声を震わせ、後退る。

 

……そう言えば、ボクが初めてモンスターを見た時も同じ反応だったなぁ。

何となく懐かしさを感じつつオークを観察すれば、表示されたレベルは2。他のオークもまた同様だ。

 

低層という事もあるのだろうが、やはり育てたダンジョンの種自体がレベルの低い物だったからだろう。これならのっぴきならない事態にはまずなり得まい。

 

 

「…………」

 

 

ボクは軽く息を吐き、武器を握る手を離すとイサカル達へと振り返った。

そして荷物から手頃なスティールソードと銅の腕輪を取り出し、これ見よがしに軽く振る。

 

 

「……な、何だよ、やってみろってか?」

 

 

まぁ、これも一つの経験かなって。

 

武器にはタミタヤの魔法がかかっているからモンスターを殺す訳でもないし、体力がゼロになってもボクやしずくが回復できる。

危険はちょっとしか無いし、どう? そう問いかければ、イサカルは少しの間考え込み――次の瞬間キラリと瞳を輝かせ、大きく頷いた。

 

 

「よーし、じゃあやってやろうじゃねぇか! 行くぞフリン!」

 

「!?」

 

 

彼は鼻息を荒くしてボクから装備をひったくり、「マジすけェ!?」てな感じに驚くフリン少年を伴い前に出る。

 

そうしてオークの一体に向かって意気揚々と剣を構えた訳だが……日々やっているというチャンバラごっこの成果か、イサカル達の格好は中々どうして様になっているではないか。

加えて二対一である事だし、あの様子ならば余程の無茶をしない限りは大丈夫だろう。まぁ一応の保険としてしずくとチキンヘッドさんに彼らのフォローを頼み、ボクは他のオークを片付ける事にした。

 

 

「ぐ、グギャッ! グギャーッ!?」

 

「こんにゃろッ! 待て! 逃げんなッ!」

 

「……!」

 

 

子供の物とはいえ、絶え間なく襲い掛かる剣閃に堪らず逃げるオークとそれを追うイサカルとフリン。

やっている事は物騒な筈なのに、何だかコメディ感が溢れているのは何故だろう。やっぱタミタヤって素敵だわぁ。

 

シュルシュルと倒したオーク達がはじまりの森に帰還する音を聞きながら、ボクはほっこりとした気分で彼らの姿を見つめ続けたのであった。

……あ、ファンファーレ。初めてのレベルアップおめでとさん。

 

 

 

で、それからは三人全員で現れるモンスターを撃退しつつ探索は続く。

 

いや、それにしてもイサカルとフリンにはびっくりだ。最初はあんなにもコメディタッチの二人だったのに、三戦目が終わる頃にはコツを掴んだのか、オーク二匹までなら同時に相手取れるようになっていたのだ。

レベルアップによる身体能力の向上もあるのだろうが、何より立ち回りの吸収が早く、その成長に目を剥かざるを得ない。

 

特にフリン、何か妙な補正働いてない? いやはや、子供の適応力とは誠に恐ろしいものである。

 

まぁモンスターに倒される危険が減ったのは良い事だ。

ボクも現れるモンスター全てを警戒し続ける必要が少なくなったので、純粋にモンスターの落とす素材や宝箱の中身に一喜一憂したり、ハイキング気分でダンジョンを回る事が出来た。

 

 

「何で宝箱に食いもんが入ってんだ? まだあったけぇし……」

 

「…………」

 

「お前それ食うのか!? いや止めとけって腹壊したら……は? 妖精が治してくれるって? そんな事も出来んの?」

 

「♪」

 

 

イサカル達も楽しんでくれているようで何よりである。楽しそうな二人を見ていると、何となく笑顔が零れた。

 

――と。

 

 

「っ! と、何だぁ!?」

 

 

道を辿り、新しい部屋に足を踏み入れた瞬間、突然地面が白く発光。大きな魔法陣が周囲一帯に展開した。

どうやら層の行き止まりまで来たらしい。まぁ所謂ボス部屋のようなものである。経験から言って出てくるのはグレーターデーモン辺りだろう。しずくのようなフェアリー系が出てくる可能性もあるが、さてさて。

 

どちらにしろ流石にイサカル達には荷が重い。ボクは二人にHPを回復して背後に隠れているよう指示を出し、魔法陣に向き直り愛用のツインネッギを構え、待つ。

 

 

「……!」

 

 

――カッ、と。

 

魔法陣の中心部分が一際強く発光し、同時に人の形をした小柄な何かが現れた。

可能性が高いと踏んでいたグレーターデーモンでは無い。しずくと似たシルエットを持ち、しかし異なる雰囲気を持つフェアリー族。

 

 

「あれは……黄色い妖精? こっちが水だから色的に土か?」

 

 

そう、後ろで今朝あげたチョコレートケーキを貪るイサカルの言う通り、土の属性を司る通称イエローと呼ばれるフェアリーである。さて、これはちょっと油断できない相手だ。

イエローは広範囲の攻撃魔法を繰り出す事がある。ボクはそれ程被害はないだろうが、レベルの低いイサカル達は一発喰らえば即KOになる事請け合いであろう。

 

――ならば先手必勝で決めるより他は無し。ボクは瞬時にステップを繰り出し距離を詰め、ルーンアビリティを発揮。双突を繰り出し一撃でご帰宅願おうと試みた。

 

 

「…………」

 

「――?」

 

 

……のだ、が。向かうイエローから敵意を感じず、尚且つ様子がおかしい事に気付き咄嗟に攻撃を外す。

目標から逸らされたツインネッギがぐっさり地面に突き刺さり、収穫前のネギそのものとなった。……あれ引っこ抜くのが気持ち良いんだよな、いやまぁそれはいいとして。

 

よくよく観察してみれば、どの個体にも共通するであろう明る気な眼差しが羨ましげに細められ、うっとりと何処か一点を見つめているようだ。

一体何を見つめているのだろうか。ボクは警戒もそこそこに彼女の視線を追って――

 

 

「……んあ?」

 

 

そこに居たのは、今正にチョコレートケーキ最後の一欠を口に放り込まんとするイサカルであった。

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、こいつホントに大丈夫なのかよ……」

 

「♪」

 

 

ダンジョン内の探索も終わり、元の畑へと帰還した後。ぐったりとした様子でイサカルは呟いた。

彼の頭上には食べかけのチョコレートケーキを齧るイエローが鎮座しており、満足そうな様子を浮かべている。

 

――そう、あれから何となく流れのままイサカルからチョコレートケーキ(の、欠片)を貰ったイエローは、彼の事が気に入ったのか外の世界までくっついて来てしまったのだ。

 

何て単純なと思わないでもないが、フェアリー族は往々にして甘いもの好き。特にケーキの類は大の好物であり、それさえあれば彼女達とは高い確率で心を通わせる事が出来るのである。そこ、買収とか言わない。

ともあれ一度仲間になったモンスターは基本的には友好的だ。イサカルが心ない扱いをしなければ、しずくやチキンヘッドさんの様に好意で返してくれるだろう。

 

 

「……つってもなぁ、親父達に何て言えばいいか」

 

「…………」

 

「♪」

 

 

悩むイサカルを横目に、フリンとイエローが何やら友好を交わしている。

 

まぁモンスター小屋が無いのは問題だが、そこは何とかなるだろう。

イザとなったら自分達で小さな小屋でも作ってモンスター小屋と言い張ればいいのだ。ここはボクの世界ではないのだし、臨機応変に行こうじゃないか。

 

ボクも建築手伝ってあげるから。イサカルの肩を軽く叩くと、すれ違いダンジョンの種を手入れするべく横にある畑へと向かう。

 

ついでに建築木材となる枝もあれば探してあげようか――背後で子供と妖精がじゃれ合う声を聞きつつ、そう思った。

 

 

 

* * *

 

 

 

――さて、旅とは出会いと別れを繰り返すもの。

 

 

時が経つのは早いもので、あれから週は二度巡り。楽しく日々を過ごす内にいよいよミカド国を去る日が訪れた。そう、すれ違いダンジョンの種がいい感じに育ち切ったのである。

 

合計して三週間以上はこの国にいた事になるのだろうか。滞在期間としては長いのか短いのか、旅人初心者のボクには判断が付かない。

 

 

「これでお別れかー……なーんかつまんねぇなぁ」

 

「…………」

 

 

見送りに来てくれたイサカルとフリン、ついでにすっかり彼らに馴染んだイエローは寂しげな表情を浮かべてくれていた。

そういえばこの国に来てから殆どをイサカル達と共に過ごしてきたのだ。ボクも別れは寂しく思うし、しずくやチキンヘッドさんも同じような雰囲気を湛えている。

 

 

「せっかく俺も剣の技っぽいの使えるようになったってのによ。もっと何か教えて欲しかったぜ」

 

「…………」

 

「ほら、フリンもこう言ってる」

 

 

いや、そう言われてもなぁ。元々滞在期間はすれ違いダンジョンの種が育ちきるまでって決めていた訳だし……。

困ったように頭をポリポリと掻き、むむむと唸る。するとイサカルも困ったように笑い、ひらひらと手を振った。

 

 

「や、まぁ今生の別れって言うんだっけ? そんなんじゃないんだから別に良いけどな」

 

「…………」

 

 

そう言って二人はゴソゴソと懐を漁り、大きな種袋を取り出した。一応の予備として持ってきていた、すれ違いダンジョンの種と普通のダンジョンの種だ。

流石にボクもこれで永遠に別れるのはちょっと嫌だったので、如何に小さくとも可能性だけは残しておきたかったのである。

 

 

「よく分かんねぇけど、これを育てて後ろにある奴とおんなじにすればまた会えるんだろ。楽勝楽勝!」

 

「……、……!」

 

 

……おそらく、事はそう簡単な物では無い。

 

手入れを欠かさずすれ違いダンジョンの種を現存させ続ければ道は繋がったままとなるだろうが、旅中――しかも世界を渡った先でそれを成すのは難しい。必ずどこかで刈り取り種に戻す事となるだろう。

そうなればこの世界との繋がりは3DS本体とソフトの履歴に残るだけとなり、殆ど切れてしまう。また同じ世界とすれ違える可能性がどれ程の物か、彼らもきっと分かっているはずだ。分かっているはずなのだが……。

 

 

「…………」

 

 

いや、まぁ、しかし。彼らの言う通りまた会える可能性は消える事は無い。きっと3DS本体を持ち歩いていれば、いつの日かどこかですれ違う事もあるだろう。多分ね。

 

何より再び縁がある事を天に向かって祈りつつ、別れを惜しまず歩き去るとか。うむ、旅の醍醐味と言えなくもないんじゃないか?

強引にだけどそう思い込む事にして、ボクは寂しさを心に押しこめニッコリ笑う。そして元気よく「またね」と告げて手を振った。

 

 

「おう、また遊びに来いよ! それか俺達が遊びに行くわ!」

 

「…………!」

 

 

そんな二人の声を背に受けて、涙を浮かべて手と羽を振るお供の二体と一緒に野菜の中へ足を踏み入れる。

また彼らに会えたらいいな――そう、思いつつ。ボクは視界いっぱいに広がる幾何学の魔法陣へと飲み込まれていった。

 

 

――――さて、次はどんな世界だろうか。寂しさの中に、期待の炎が一つ。灯った。

 

 




基本的に原作の流れには直接介入はしない感じ。

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