――――そうだ、傷心旅行に行こう。
ボクがそう思ったのは、秋の月の12日。深まる肌寒さに冬の影を感じ始めた、とある雨の日の事だった。
「…………」
ざらざらと雨が屋根を叩き、湿った――しかし穏やかな空気の漂う室内にて。ボクは何時も背中に背負うリュックに道具を詰め込み旅支度を行っていた。
愛用の武具達、愛用の農具達、回復薬に手作り料理。本格的に家を空けるのは初めてなので勝手がイマイチ分からないが、おそらく必要だと思うもの全てを小さい口から押し込んで行く。
そうして思いつくまま道具箱の中身を漁っていると――カサリ。小さな小袋のようなものが指の先に軽く触れた。
手にとって見れば、それはこれまで数えきれないほどにお世話になったモノ。畑で育てる作物として極めてスタンダードなカブの種であった。
……サラ、サラリ。布で出来た小袋の内側で、数個の種が擦れる音が小さく響く。ボクがまだ色々と足りていない時期から慣れ親しんだ感覚だ。
「…………」
そのまま何となしにそれを掌で弄んでいると、これまでに経験して来た多くの事と今に至る経緯が脳裏を流れ、意識が過去へと繋がる道を向く。
一瞬抵抗しようかとも思ったが、意図して思い出す事を阻む傷も無いと思い直し、素直に流される事にした。時折女々しい思考をするのがボクの悪い癖である。
始まりは――そう、ボクの住む名も無い村に一人の女性が訪れた事だろう。
糸のように細い金髪に、青を基調とした清潔感のある服装。自らを幻想のキリカと名乗るその美しい少女は、今より数年程前にふらりとこの地に現れたのだ。
……最初は全くと言って良い程気に留めていなかった。その見目麗しいという容姿に多少は心惹かれはしたものの、それだけだ。
だってこの村には特産品も観光名所も無く、あるものと言えば老人の穏やかな人情程度。これまで訪れてくれた多くの旅人は物資の補給が済めばすぐに出発してしまうし、旅人を自称する彼女もその例に漏れず明日には出て行くのだろうと思っていたから。
当時は単なる農夫だったボクには、すぐに立ち去る人物へ入れ込める程余裕のある生活はしていなかった。花より団子とはちょっと違うかもしれないが、見知らぬ彼女なんかより作物の方が大切だった事は確かである。
まぁともあれそんな訳で、ボクは村中を駆け巡るデラべっぴんな旅人さんの噂等どこ吹く風。ブリキのジョウロ片手に八割方育ったカブの葉を湿らせていた――――のだ、が。
『あら、カブですか? よく育っていますね』
――突然降ってきた声にふと見あげれば、そこに彼女が立っていた。
畑を荒らす害獣やその対処で気配探知には少し自信があったのだが、全く気配を感じる事は無く。まるでそこに突然出現したかのようで、そりゃもう珍妙な悲鳴を上げて驚いたものだ。
しかし彼女は驚き慄くボクを気にする事無く身を屈め、興味深そうな様子でカブを眺め始めた。
『良いですよね、カブ。幻想的で、抱きしめ心地も良いですし。あたし好きなんです』
そうして何か大切な物を思い出すように愛おしげな表情を浮かべ、葉を撫でる。まぁ言っている事がさっぱり理解できなかったのは置いておくとして、その穏やかな笑顔は老人ばかりのこの村では決してお目にかかれない美しいもので、ボクは一瞬で目を奪われた。
先の驚愕から来る不整脈を引きずっていた事もあった。身近に若い女性がいなかった事もあった。だけど、それとは別に彼女の笑顔は本当に綺麗だったのだ。それこそ幻想的という言葉が相応しいまでに。
……思えば、あの瞬間にボクは一目惚れをしていたのだろう。自分でも単純だとは思うが、してしまったものはしょうがない。いや、お恥ずかしい。
『……あ、自己紹介がまだでした。あたし、キリカっていいます。シュミは誰かの人生を変える事です』
その言葉にマトモに返せたかどうかは記憶に無い。多分、彼女の魅力にノックアウトされ夢現だったのではなかろうか。
とりあえずその後にボクの名前を呼んでくれたので何とか自己紹介は出来たのだろう。出来たはずだ。出来ていたらいいな、そう思いたい。
そうして彼女は数回ボクの名を口内で繰り返したかと思うと、頷きを一つ。にっこりと花の咲くような笑みを浮かべた。
『成程、とても良いお名前だと思います。でも、もし今の自分に何か思う所があるのならば――――』
……胸はドキドキ、頭はフラフラ。これ以上無い程に思考能力を鈍らせ切った畑案山子。
そんなボクに何を提案しようと言うのか。その時は全く分からなかったが、おそらく何を言われても同じだったに違いない。
『――人生、変えますか?――』
――後から考えれば、物凄く意味不明かつ恐ろしいその一言。ボクはそれに全く考えを巡らせる事も無く、一も二もなく頷いたのであるからして。
『この村は居心地が良いので、また遊びに来ちゃいました。オジャマでしたか?』
それから、キリカはちょくちょくと村に遊びに来るようになった。てっきり彼女との縁は袖の振り合い程度で終わるかと思っていたのだが、そうはならなかったようだ。人知れず安堵の息を漏らした。
はてさて一体こんな辺鄙な村のどこに気に入る要素があったのだろう。疑問ではあったが、村の老人達に孫のように可愛がられる彼女を見る内にどうでも良くなった。村をよく思ってくれているのなら、こちらにも異存はないのである。
そうしてボクもボクでこっそり育てるカブの量を増やしたりしてそれなりに仲の良い付き合いをしていたのだが――ある日突然、彼女が妙な事を言った。
『なんだか、あなたからは結構特別な力を感じます』
「結構」? その何とも微妙な雰囲気の形容詞に引っかかりを覚えつつ問い返せば、どうもボクからはそれなりに強い畑の匂いがするらしい。……「それなり」?
まぁ長い事畑仕事は続けている訳だし、付随して農耕スキルも高まっている。当然土の匂いが染み込んでいても不思議ではないのだが、何がどう特別だというのだろうか。
『さぁ? そこの所は良く分かりませんが、あたしのカンはよく当たると評判なんですよ』
……何一つとして具体的な事は言っていないのだが、自身が惹かれる女の子からの「特別」という表現のおかげか、これまで以上に畑の匂いを強める事に対し――つまりは農耕に対してのやる気が上がった。
クワを振り、種を撒き、ジョウロを振り回し、収穫し、また種を撒く。決して苦ではなかったが単純ではあったその流れに、より熱が入るようになったのだ。思春期のサガ、とも言えよう。
今までとは違う様々な作物を育てたいと思うようになり、村では少々高い値段のする「よくノビール」や「ぐんぐんグリーン」と言った畑の栄養剤にも目が向いて。そうなると長年使っていた農具も見直し、より良いものを得たいと思うようになった。
……なるほど。それを思えば確かにボクはキリカに人生を変えられたと言えなくもない。何故ならそれらを叶えるには、今ののんびりした生活では不可能であったから。
一旦欲が燻れば後は現金なもので、ボクは少しずつやれる事を増やそうと活動範囲を広げる事を決意した。種も、お金も、素材も、スキルレベルも。何をするにも何かが足りなかったのだ。
――頑張って、みようか。
種を買うお金を得るため小さい畑を限界まで使用し作物を育て、時には村の外に畑になりそうな場所を探しに行った。
農具を鍛える為に村の老人達に頼み込みレシピのお下がりや鍛冶工房を使わせて貰えるようになり、鍛冶素材を集めに洞窟や山に行くようにもなった。
当然ながら村の外を出歩くという事はモンスターと遭遇する確率が跳ね上がるという事であり、ボロボロになった事も一度や二度ではない。時には農耕のものも含めた無理が祟り、村のお医者様のお世話になった時もある。思い出きろく帳の遊んだ時間ランキングも、新パルテナに次いで第二位の位置づけと相成った。
しかし、不思議と止める気は起きなかった。それはスキルや自身のレベルアップが実感できていたおかげか、それとも徐々に良い農具や武具が作れるようになっていたおかげか。
忙しなく、そしてカツカツであった日々にボクは不思議な楽しさと満足感を得ていたのである。
『あらあら、大変そうですね。あたしで良ければオトモしましょうか?』
そうして走り回る毎日を送る内、キリカからそんな提案が成されたのは結構な幸運であったと言えるだろう。旅人たる彼女の力を得られ、何より二人で出かけられるという事実。直ぐ様「はい」のアイコンを選んだとしても仕方あるまい。
……結果100レベルオーバーの実力を目にして凹んだ訳だがそれは置いておくとして。
そういえば、ボクが彼女への気持ちに気づいたのはこの頃だった気がする。共に走る彼女の笑顔や、何気ない会話。それらを身近に感じる内に、ごく自然に「ボクは彼女に惚れているのだ」と自覚したのだ。
まぁ、自覚したからといって何が変わる訳でもなかったけど。何故ならその頃には既に彼女の隣が埋まっている事を知っていたのだから。
『あたし、本当は人を探しているんですよね。とても大切な人なんですけど、キオクソウシツになりやすいヒトで困っちゃいます』
――そんな所も素敵なんですけど。
愛おしそうにそんな事を語る彼女は正しく高嶺の花であり、届く手の無いボクといえば眺めるくらいが関の山。ラブ度の表示が無い事から薄々察してはいたのでショックは受けなかったけど、やっぱり少しは寂しい気持ちになったものだ。
ともあれそれより後の素材集めはより一層捗るようになり、レベルもスキルも加速度的に急上昇。いやはや、彼女がどこからか持ってきたシアレンスの枝から入れる迷宮はアホみたいに鬼畜であった、浅層しか行かなかったけどもう二度とやりたくない。
そしてつい先日(気力体力を瀕死になるまで削り)やっとこさ最上位農具の「喜びのクワ」をこさえる事が出来るようになり――――突然、キリカがこの村を離れると言い出したのだ。
『なんでも、セルフィアって街にキオクソウシツの人が居るらしいんです。もしかしたら、あたしの探している人かもしれないから』
……個人的にはとても残念ではあったが、そんな事を言われては引き止める訳にもいかないという物で。
可愛がりのジジババと化した老人達の惜しむ声を背に彼女は意気揚々と立ち去って――――それでおしまい。数年に渡り続いた関係はひとまずの終焉を告げた。
と言っても、別に完全に縁が切れたワケじゃないのは分かっている。会おうと思えば会えるだろうし、彼女も二度とこの村に訪れないなんて事は無いはずだ。去り際にも「また来ます」と言っていた事だし。
――しかし、その時には隣に「大切な人」を伴っているかもしれないと思うと気落ちするのは避けられらない。考えるだけでどんよりとした溜息が喉を上がってゲップに変わる。
うむ、だからこその傷心旅行。知らない景色を見て、知らない人と話し、知らない大地を踏み。精神的なスキル経験値を積んで、心から彼女の幸せを願えるようになる為に。
「…………」
……こういう所で怒れないからなよっちぃと言われるのだろうか。しかしそれをしたら逆恨み的なアレになるだろうし、だったら今の方がいくらかマシである。いや、個人的にそう思うって話ね。
ともかくとして、これで長い回想も終わりだ。ボクは手に持ったカブの種をリュックに入れると、ついでに他の野菜や華の種も手に掴む。
見知らぬ土地に行くのならば、イザという時にサバイバルを敢行できる準備も必要であろう。家具……は、流石に無理なので置いてかざるを得ないだろうが。
そうして持てるだけの道具を詰め込み、部屋の奥で窓の外を眺めていた二人だけの同居人達――生活用水を担当してもらうつもりのブルーフェアリーとタンパク質担当のコケホッホー、ボクが心を通わせられた数少ないモンスターだ――を伴い外に出る。
扉に施錠しつつ空を見上げれば、室内で聞いていた音の通り結構な雨が降っていた。旅立ちの日としては何とも微妙、らしいといえばらしいけれども。ため息と一書に苦い笑いが込み上げた。
――さて、既に村人達への挨拶回りと身辺整理は済んでいる。後は心置きなく旅立つだけだ。
「…………」
傘をささずにぬかるんだ土を踏み抜け、畑の中央に移動する。旅立つに当たり綺麗に片付けられたその場所には、一つの巨大な作物の姿があった。
降り落ちる雨を弾きながら悠然と佇み異界への入り口をその身に穿つ、大きな大きな根野菜。それは試行錯誤を繰り返し突然変異を起こさせた末に誕生した、現在この村の隠れた特産品にもなっている自信の一品。
――名づけて、すれちがいダンジョンの種。
3DS本体に登録すると、通信機能を通してこの世界では無い別の世界にお邪魔する事が出来、しかもWi-Fiを利用する事でいつの間に通信も可能なダンジョンの種の亜種である。
元々はカブ型のダンジョンの作物ができないかと思い色々と試していたのだが、試しに有り余るゲームコインを肥料に用いてみた所こんな物が出来上がったのだ。
何か妙なものを生み出してしまった感じはするが、マーベラスさんからは何も言われていないので特に問題ないだろう。と、思う事にしている。
どうせ見知らぬ土地に行くならば、違う世界に行くのも面白かろう。と言う事で、ボクは二人(?)の友人と共に大きく開いた入り口へと足を踏み入れた。
――さて、この先は一体どんな世界に続いているのだろう。
きっかけは失恋であるとはいえ、やはり冒険というものにワクワクするのは止めようが無い。
幾何学模様の魔法陣から放たれる柔らかな光に包まれながら、ボクは気づかぬ内に笑みを浮かべていたのである――――。
主人公 : 現在の名前「カブ」。性別は決めてないので、ナヨナヨ男でもキマシ的ボクっ娘でも好きな方をどうぞ。
所謂、〇〇の力を持ったオリ主が原作ありの色んな世界に遊びに行くよ! 的なアレ。
設定的に3DSソフト縛り。これ多重クロスになるのだろうか……。
好き勝手を好きな時に書ける雰囲気でありたい。ので基本短編式で不定期予定、フヒヒ。