無双†転生   作:所長

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7-小話 偽空海にご注意を!

 

「しかし袁紹はあっという間に滅びたねー。華麗なる滅亡だったと褒めてみようかな?」

「喧嘩売ってるわよ、それ」

「クスクス、袁紹さんなら喜びそうですねー」

「それも喧嘩売ってるわよ」

「でも大河を挟んだあんなに広い領地をひと月も守れなかったんだから、あの人を普通に褒めるのは無理なんじゃないかな……」

「別に無理に褒める必要がないって言、――な、なんで月がここにいるの?」

「あーあ、初日にバレちゃうとは。修行が足りぬぞ、この未熟者めが!」

「へぅ!」

「またあんたの仕業か!」

()()がお前の仕事っぷりを見たいっていうから、ここで会議のある日は女中役をすることになったんだよ。お茶煎れるの上手いしな」

「あんた『元()()』にお茶汲みさせるなんてっ、なに考えてんの!?」

「元相国だからお茶汲みしかさせられないんだろ? 肩書きなしとか、下手に使えそうな肩書きで招き入れてみろ。洛陽から江陵に舞台が移っただけって話になるんだよ」

「ぐ。あんたを足がかりにして陛下をどうにかしようと狙ってる、と思われるわけか」

「へぅぅ~……ごめんね、詠ちゃん。私の我が侭で……」

「月をよく知らないで騒いでる連中が悪いの! そんでもって、肩書きはともかく本当にお茶汲みさせるやつがいるか!!」

「へぅっ」「へぅ~」

「月の真似すんな!!」

「ベブゥ!」

「……。詠ちゃん? 『賈文和螺旋突き』は、2度目だよ?」

「え……ゆ、月? なんっ、何で、ボクをそんな目で見るの……!?」

「空海様に同じ技は二度通じないの(本人談)。……だから、ね。次は別の必殺技を見せて欲しいなって」

「自分が見たいだけか!」

「へう゛っ!」

「へっ、その技は二度目だぜ、文和!」

「とってつけたような台詞で思い出したかのように復活してんじゃないわよ!」

「ひらり」

「避けんな!」

 

「くふふふ。詠ちゃんは今日もツッコミが冴えてますねー」

「あわわ、空海様たち、あっちに逃げても行き止まりなのに」

「はわわ……詠さんが流れるように下着を見せてましゅ」

「はっ! ゆ、誘惑ですね! 誘惑は駄目です! 誘惑はいけましぇん!」

「空海様なら誘惑に負けたりしません、よ? ……あっ、でも……うぅ」

「おうおう姉ちゃんたち、そんなに空海様のモノを突っ込んでほでゅあーっ!?」

「空海様の命により、風さまのその発言は粛正対象ですっ!」

「はわわ!? み、明命ちゃんが――っ!」

「風さんの服の中から生えて――!? 中はどうなああわわわー!?」

「それは機密事項に触れていますよ、雛里さまっ♪」

「はわわわわ!? 雛里ちゃんしっかりー!!」

 

「はぁ……何を子供のように騒いでいるのだ全く……」

 

「空海様」

「はい、そこの黒髪眼鏡の可愛らしい――なんか目が怖いです」

「……こ、これで、どうですか?」

「はい、すごくかわいいです。何で怒ってたの? あ、先に言い訳しておくと文和の下着を見たのは不可抗力であって和解済みだからごめんなさい。……で、何で怒ってたの?」

「ふふっ、まったく……。実は――」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

『空海散歩 注意書き』

 

 編集部よりのお知らせ。

 昨今、空海元帥をかたる偽物が江陵の内外に出没しています。江陵上層ではお見かけする機会も多く、お姿などをご覧になったことのある読者の方々も多いかと思われますが、空海元帥の風体について今一度多くの方々に知っていただき、詐欺師に騙されぬようご注意いただきたいと思います。

 

 

 空海元帥の身長は六尺二寸五分(144㎝)、齢十歳と少々の男児とほぼ同じ大きさです。声は幼く細身ですが、大の大人を持ち上げる膂力があります。白木のような肌と艶のある短い黒髪で、童さながらに鈴を張ったような目と黒い瞳を持ちます。また、常より初雪のように白い着物と秋空のように青い羽織を纏っておいでです。

 

 空海元帥の周囲には日頃から数十名の兵士が控えており、将兵を引き連れずに歩く姿はあまり見かけられません。また、その書は絶筆と名高いものの、街中でそれを書いて配ることは滅多にありません。皆様もねだることがなきようご注意下さい。

 空海元帥の周囲では大抵の動物が大人しくなるようです。

 

 

 外見的な特徴ではありませんが、空海元帥を語る上では以下のことをよく知っておくべきでしょう。

 出身は江陵の近く。今までに北は洛陽、東は江夏、南は漢寿、西は長安までしか行ったことがないそうです。以前から『永遠の十七歳』を名乗っていましたが、江陵に来てから十七年目にあたる今年は、何らかの変化が期待されます。

 朝廷内では貨幣や塩鉄の流通と北軍の仕立てに関わっており、劉太尉兼大将軍様に次ぐ宮中第二位の官位『元帥』です。江陵内の高官でも元帥府内の高官でもありません。

 

 

・黄大将、鎮江将軍様からみた空海元帥。

 優しくはあるが底知れぬ。酒を嗜まれず茶を好む。文字を練習するために毎夜誰よりも遅くまで机に向かい、毎朝誰よりも早くから机に向かっておられる。しかし、実は身体を動かす方が得意らしい。

 あと頼れる女性が好みだと思う。

 

・黄中将、勁弓将軍様からみた空海元帥。

 かわいいのに難しい本をそらんじたりして格好良い。昔、街の人からお米を米粒のまま貰って、手が小さいからこぼれちゃうって困っていたときは特にかわいかった。お肉よりお野菜が好きだと思う。桃や柑橘を特に好んでいる。

 素直に頼ってくる相手に優しいのは間違いない。

 

・周統括官、軍師様からみた空海元帥。

 周囲の人間によく話しかけておられる。言葉遣いはあまり気にされないが、相手の顔を見て話すことを好まれる。見知らぬ人物に話しかける時には身振り手振りを大げさにする癖があるようだ。子供や老人には手を取って話しかけられることが多い。

 意志の強い女性が好みだと発言したことがある。

 

・趙少将、辰武将軍様からみた空海元帥。

 意外に逞しいお方だ。民草よりも商いや農作にお詳しい上、それを若者に優しく教えられている。語り部に聞く賢者や神仙とはあのような方を指すのだろう。

 

・賈情報官、従事中郎様からみた空海元帥。

 ふざけてるように見えるけど考えてることも多い。意見と反論はしていいが、無視したり逆らったりするのはやめた方がいい。これを読める者ならその違いがわかるだろう。

 

・董前相国様からみた空海元帥。

 お店の人たちの名前を全員覚えてるのが凄い。料理の材料もすぐにわかるみたい。嫌いなものを食べるときは目をぎゅっと瞑るからわかりやすいしかわいい。

 

 

 司馬常任幹事様並びに張少将様の発言内容は編集部の判断により掲載いたしません。

 諸葛内務官様と鳳軍務官様、程外務官様は多忙のためお話を伺えませんでした。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

「なるほど、こんな記事が……。ってか、こんなとこで17歳ネタを振られても困るし、何で俺が知らない俺の好みまで暴露されてるんだ」

 

 とある店の軒先。そこで渡された空海散歩を手に、空海は困惑の表情を浮かべている。

 

「記事のことも知らねぇし……やっぱあんた偽物じゃねぇのか!?」

「お前ここに5年も住んでて今さらそれを言うかよ。好みについては黙秘するが俺自身のことなんだからちゃんと全部当てはまってるはずだぞ」

 

 空海は読みやすいように本を広げ、店主からもよく見えるようポーズを取る。

 背格好を見せるつもりでいた空海だったが、店主が気にしていたのは江陵幹部から寄せられたコメントの方だった。

 

「……格好良くは見えねぇ。何か考えているようにも……」

「よーしハデにいい度胸だ! 表に出ろ。『はい喜んで!』しか言えなくしてやる!!」

 

 この日、一つの飲み屋が門出を迎えた。

 

 

 

「なんかカサカサこそこそしてるヤツらがいたことは知ってたけど、こういうことだったのかぁ……。俺が睨まれたのもコイツのせい、と。面白いヤツだ、気に入った」

 

 そして空海は路地裏に潜んでいた。

 

「いいか、こっちが風下だ。近づけば分かる」

「そうですね!」

「うむ。さすが()()だ……やはり忍者か」

 

 ちなみに空海は本当にわかる。神スペックなので。

 

 ――空海様、居ました!

 ――アレか? いや待て、アレは――

 

「すげぇデブじゃねーか!!」

「誰だてめぇ!」「どっから入りやがった!?」

「別に太りたくないとかないけど横幅が3倍は違うだろ!? 誰か気付けよ!!」

「空海様にそんな口聞いて生きて帰れると思ってんのかオラァ!」

「あらら初手を間違えた感。お前らいくら()()が格好良いからってごっこ遊びを火遊びにしたら駄目でしょう?」

「なんだこのチビは? 俺様の物まねかァ? お前ら、やっちまえ!」

「だーから、そこは『ヤッチマイナー!』だろうが!!」

「意味わかんねぇこと言ってんじゃねぇ! 意味がわかっていれば反省も出来ますがわけがわからない場合手の打ち様が遅れるんですわ? お?」

「ど素人が! お前ら勝手に名前騙られてる奴の気持ち考えたことありますか? 空海歴17年の俺が直々に『そのような意味で申し上げたのではない』してやろうか!」

『……え?』

「あ、言っちゃったよ。あっちゃーてへぺろー……ええい、もはやこれまで! 俺の名を騙る不届き者め! 面白おかしく後悔するがいい! 者ども出合え~い!」

 

 既に緊迫した空気は霧散していたが、扉や窓からぞろぞろと兵士があふれ出し、室内はあっという間に暑苦しい空間へと変貌した。

 

「ほほほほ本ももにょにょくくく空海げげげゲンシュイ?」

「おおお前はニシェモノ!? 殺すのは最後にして野郎(やろう)ぶっ成敗してやらぁ! あんまり殺さないように斬れ斬れぇ~い!」

 

 命令しながら先頭に飛び出した空海のせいで他の兵士が剣を抜けなくなったのは偶然である。

 

「方天戟飛び蹴り! 不殺『派遣切り』! 方天戟正拳突き! ええい、トンファーじゃないからやりづらい! 死ね! あ、いややっぱ死ぬな! 方天戟緊急蘇生光線!」

『――ゴッハァッ』

「空海様っ、飛んでたら守りづらいので降りてきて下さい!」

「ア、ハイ。浮いてた。周囲からも浮いてた。幼平ごめんね」

 

 空海は一定以上に興奮すると空を飛ぶ。ある程度落ち着くと降りてくる。

 

「ああ、しまった! こんなに暴れるなら車騎将軍位を貰っておくべきだった……!」

 

 なお、空海はこの後しっかり怒られた。

 残党は兵士がちゃんと捕縛した。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

『空海散歩 建安元年春の書』

 

 江陵で初めて味噌を扱った料理店。

 第四層南中央門前の通りに、その居酒屋はある。通りに面した壁は取り払われており、道行く人を眺めながら飲める一杯は「余裕の味だ、深みが違いますよ」と人は言う。

 最近はチビで太っちょの店員の口から威勢の良い『はい喜んで』という言葉を聞ければいいことがあるとも言われている。

 

 

 

 

■劉Bィの荊州生活

 

「『劉荊州ボクと契約して争いのない国を作ってよ下さい』っと」

 

 魂を込めて書き上げた珠玉の文を満足げに見下ろし、劉備はそっと筆を置く。

 荊州内の有力者に宛てる友好の手紙を書くことが、今の劉備に与えられた数少ない仕事の一つであった。

 たったそれだけの仕事で6万の兵士と4万の馬と5万の民を一時預かり扱いにしている劉表を太っ腹と言うべきか慎重と見るべきか臆病と蔑むべきかは意見の分かれるところだが、劉表としても難民の扱いが荊州の命運を左右する大事とみて丁寧に行っているつもりなのだ。不当な扱いをして人が集まらなくなれば今後の治政に差し障る。

 おまけに劉備は人徳に寄って立つ『仁』の将であるため、遠方にも直近にも置けずに閑職に留めている。具体的には劉備は宜城(ぎじょう)で半ば軟禁状態に置かれていた。

 

 

「『きょうはなんにもないすばらしい一日だった』と……」

 

 劉備の隣に座り真剣な表情で書き物をしていた張飛がそっと筆を置く。

 目が覚めたら食事をして日記を書いて寝るのが、今の張飛の生活のほぼ全てであった。

 徐州に残してきた民や関羽のことは心配であったが、今は劉表の許可がなければ荊州から動くことすら出来ないのだ。余計な動きをして劉表を刺激することは悪い結果を生むだけである気がしている。

 おまけに張飛は書類仕事の出来ない『脳筋』の将であるため、劉備の仕事を手伝うことも出来ない。具体的には劉備に「外に遊びに行ってきていいよ」と言われていた。

 

「鈴々ちゃんは何を書いてるの?」

「お仕事がはやく終わるようにおまじないをしてたのだ!」

「そっかー。ありがとう鈴々ちゃん」

 

 劉備は笑顔で告げる。張飛の場合、行動に害さえなければいいのである。

 

「早く愛紗ちゃんと会えるといいね」

「ちょっちゅね!」(※そうですね)

 

 

 

 

■水鏡女学院の討論会

 

「さて今日は10年ほど時を戻して、江陵の取るべき政策、問題が発生したときの解決の方向性、解決のための手段の模索、その道筋を考え、現実と照らし合わせてみよう」

 

 教室の前の方に座った空海が、室内の生徒達を見渡しながら告げる。

 空海の言葉を受けた司馬徽(水鏡)が教卓の前に立ち教本を開く。

 

「ではまず、10年前に何があったのか思い出してみましょう。そうですね……璃々」

 

 頭の高い位置、両サイドに結んだ髪をぴょこんと跳ねさせながら、璃々が元気よく立ち上がる。数えで10歳となったばかりの璃々にとっては古い話ではあるものの、水鏡女学院で過ごしてきた4年を超す時間が解答を戸惑わせない。

 

「はいっ! 前年に河賊退治を行い武の功績を、さらに北軍の武装並びに騎馬を仕立てて文の功績を重ねたことで空海様の元帥就任がありました」

「うん。懐かしいな。あの時は馬家から人を回して貰い、甘寧や周泰を捕らえた。学院を出たばかりの()()が指揮を執ったんだ。劉景升が働きかけて元帥位を創設し、就任の際に公瑾を元帥府付き軍師に据えた。当人を納得させるまでに時間がかかったな」

 

 表向きは皇帝の周辺を守る近衛兵である北軍の装備や騎馬を揃えたことで宸襟を案じたとして元帥府の開設許可が下りたことになっている。

 荊州南郡から江陵付近を独立させて元帥府直轄地に制定し、元帥は独立した地域の人事権を持ち太守の役割を兼ねることになった。周瑜が就任した軍師はこの時点で五品官相当とされていた。

 

「未だ本の普及を図っていましたね……。それに、衣服を作る仕事を奴隷から取り上げて職人達のものとしたのもこの頃でした」

 

 具体的には紡績、織布、染色などの仕事を職人制度で上書きしていったのだ。今までに発行された出版物の内、最も数の多いものが衣服の見本誌――いわゆるファッション誌であると言えば、後に与えた影響の大きさも想像が付くかもしれない。

 奴隷を単純な労働力から消費者へと格上げしたのも江陵の功績だ。于吉によって単純な労働力を簡単に確保できたことも政策を後押しした。

 

「江陵の方針は、大まかには地位の確立と安定。直近で元帥位を得ていることから官位は俺以外に回すつもりだ。これまでの動きを受けて、次はどうするべきかな軍師諸君?」

 

 空海の言葉に反応するように、生徒達の手がさっと上がる。空海の視線が一人に定まったと見た水鏡が名を呼んだ。

 

「では春華(しゅんか)、答えなさい」

 

 春華と呼ばれた少女、璃々と同い年の司馬()が静かに立ち上がる。

 

「はい。大陸各地より人を呼び込み、大陸各地に人を送り込み、衣服の材料などを集めて金銭を渡し、金銭を受け取って出来上がった衣服を渡します。流通は多額の金銭、多量の物資を扱いますので、その内から幾ばくかの利を得て府内の官位を発行します」

 

 司馬懿はほぼ教本通りの模範解答を自分の言葉に置き換えて告げた。教本を正しく理解していることの証左だろう。

 

「うん。言葉にまとめればまさしくその通りのことをしたんだが、方針を決めた時点では問題が山積していてね。実現までにはいくつかの段階を踏んで進んでいた」

「この時点で予想される問題と解答を踏まえ、先の空海様の問いに戻ります。江陵が取るべき道は他にありませんか?」

 

 再び手が上がり、今度は水鏡が迷うことなく指名する。

 

「何をおいてもまず江陵内の検地を行うべきでは?」

「それはもう終わっている。それまでにも実質は江陵県の太守相当の地位を兼ねていたんだ。元帥に就いてから検地していては遅すぎる。覚えている限りでは――」

 

 言葉を句切った空海が、額に手を当て一つひとつ確認するように指折り述べていく。

 

「元帥就任時の人口は269万人、戸数49万。要塞内の田畑が10万頃、要塞外の畑は主に樹木を植えさせながら拡張して4万頃、収穫量は玄米換算で5500万石ほど。

 およそ1割が余剰になり保存に回されていて……。あと税収は――ってこの辺は教本にも書かれてるか?」

 

 当時の説明を一つひとつ思い出していた空海だが、税収の話に差し掛かったところで隣の水鏡に目をやった。

 

「はい。ですが、元帥就任の項の後に書かれているのは方針決定後に出た数字ですね。私たちは前年の実績と、増加分を2割とした予想を元に行動を決定していました」

「税収が35億銭強と事業収入が同程度、支出で60億銭強の使い道はほぼ動かせないと思って良いと説明を受けてたから、10億銭は江陵内外の総予算だと考えていいかな」

 

 またしても素早く手が上がり、解答と問題点の指摘が繰り返される。

 

 やがて意見が出尽くし、肉付けされた解答が少しずつ司馬懿の述べた拡大政策に近付いていく。

 

「――というように、後から思えば金を借り受けて事業を拡大しておいても良かったとかそう判断できる要素もあるんだが、当時はまだ元帥位に就いたばかりで借りよりも貸しを増やしたかった時期だったこともあって見送られたんだ」

 

 提案された政策を選ばなかった理由を空海が補足する。水鏡がさらに説明を加えるため生徒達を見回す。

 

「たしかに、貨幣を発行できることを思えば、借り受けも将来の負担にはならなかったでしょう。しかし、多数からの借り受けを行えば空海様への警戒感を抱かせていただろうことや無闇に貨幣を垂れ流す愚を思えば、仕方のないことでもあったでしょう」

「そうだねぇ……。あの頃に孔明と()()が居てくれたら別の道を選んでたかもね」

 

 当時の状況を例に挙げ、空海は経済と交渉の専門家の重要性を説く。

 書類仕事に分類される大抵の仕事は優秀であれば出来る。だが、野心的な政策の立案と調整は、少々優秀なくらいの官僚では手に負えないものでもあった。

 

「策とは臨機応変であるべきです。それは軍略に限らず政略についても言えること。その時の在り方でより良い策を求める姿勢こそが最善の道であるかと」

「そうだね。そのためにこの学院を作ったわけだしね。黄巾騒動の時だって、学院がなければせいぜい荊州からあいつらを追い出すのが精一杯だったろうし」

 

 空海の言葉に生徒達がにわかに活気を帯びる。向上心の強い――少々どころで済まないような秀才たちが集まる女学院は、『成功談』に類する話への食いつきが良い。

 結果的に肉食系な女子を量産して遠回しに自分の首を絞めているわけだが、空海がそのことに気づくのは周囲を肉食系江陵女子に完全に固められてからのことであった。

 今は育ち盛りの江陵女子にせっせと栄養を与える時期である。

 

「話をしよう。あれは今から5年前、いや6年前の出来事から話した方がいいか――」

 

 

 

 

■董仲穎のお料理教室

 

「挨拶の仕方は習ったろう仲穎……おじぎをするのだ!!」

「あんた何でそんなに生き生きとしてんのよ」

 

 舞台に上がった董卓に向き合うように客席に座った空海が前列からヤジを飛ばし、董卓を庇うように賈駆が空海をはたく。

 二人の心温まらない声援を受けた董卓が舞台の上でぺこりと頭を下げた。

 

「きょ、今日はどこのご家庭にもある蜀南花竹のメンマを使ったお料理をっ」

「ご家庭に蜀南産メンマはないわよ!」

「しかも花竹。どうやって手に入れたんだそれ? 珍味すぎる」

「へ、へぅ~」

 

 思わず立ち上がった賈駆を見て董卓は目尻に涙を浮かべ、メンマの入った壺をフラフラとその場に降ろす。

 

「でっ、でも無いなら買いに行けばいいわけだし! 気にしなくていいわね!」

「男らしさ? アイツは謁見の間(究竟頂)においてきた。これからの戦いにはついてこられそうにないからな」

 

 この後、益州にメンマの大量発注が入るのだが今は関係ない。

 気を取り直して参加者に向き合った董卓が、袖をまくって包丁を握る。観客のうち二人から拍手が送られるが、台所に立つようになって間もなく3年という新米主婦(元相国)の緊張は高まるばかりだ。

 

「で、ではまず豚さんのお肉を小さく刻みます。食感を残したい場合にはお米粒より少し大きめに切ったところでそのまま使いますが、今回は食感を消すためにさらに細かく刻みましょう。切れ味に頼るというより、包丁を持ち上げて軽めに叩き付けるようなつもりでトントンと――あっ、まな板まで切れちゃった……」

 

 厚さ2センチほどの木のまな板が、半ばほどでたたき割られた。

 空海が愕然とした表情でぽつりと呟く。

 

「なにそれこわい」

「ちょっ、誰か代わりのまな板を持ってきなさい!」

 

 

 それはまな板と言うにはあまりにも大きすぎた。

 分厚く、重く、そして大雑把すぎた。

 それはまさに新種の嫌がらせだった。

 

 現物を目の前にした董卓も、空海も、頼んだ賈駆さえもどん引きである。

 

「うわぁ……」「……」

「……ええっと、お肉を細かくしたら手早くしっかりと混ぜます。軽くまとめたら脂身と赤身が馴染むようにしばらく寝かしておきましょう。その間に鍋を火にかけます」

 

 動揺を押さえ込んだ後の董卓の手際は良く、流れるように作業をこなしていく。決してツッコミを入れる勇気が足りなかったのではない。

 

「――あれ? 今どうやって火を付けた?」

「よくわからないけど、ギュッてすると火が付くらしいわ」

「ギュッてしたのか!」

 

 普通は立ち止まる着火作業すら流れるように済ませたので空海から疑問を抱かれたりもしたが、その間も董卓は止まらない。

 

「水気を切ったメンマを小指の先ほどの大きさに刻み少量の油で炒めます。メンマの香りを活かすため、油は風味の弱いものを選びましょう」

「かっこいい中華鍋回しきたー!」

「さすが月ね!」

 

 ちなみにこの鍋、形状と素材が中華鍋っぽくなったのは空海が提案したからである。むしろ何故この形状の鍋がないのかというのが空海の論だったが、自然発生するのが数世紀も後のことだとは勿論知らない。

 

「軽く火が通ったら食感が変わらないうちに火から外し、お皿に移してしばらく冷ましましょう。続いてノビルとネギを細かく刻み、片栗粉を混ぜ込みます。お砂糖とお醤油とお酒とごま油とお塩を5対4対3対2対1くらいの割合でこれに加えて軽く馴染ませます」

「なんて覚えやすさかしら。今夜からでも作れるわね」

「だがご家庭に砂糖はあるのだろうか」

 

 十数年前から荊州の南、交州で栽培させているサトウキビは、交州の遠さと情勢の不安定さもあって価格が高騰していた。空海用の白砂糖は地下工場で生成されているのだが、いずれにしても超高級調味料である。

 

「寝かせておいたお肉に調味料を加え、冷ましたメンマとよく混ぜ合わせます。そろそろお鍋にお水をたっぷり入れて火にかけて置きましょう」

「もはやメンマに肉を混ぜているのか肉にメンマを混ぜているのかわからないぞ」

「あ、あれでも美味しいんだからね? 美味しいは正義なのよ!」

 

 余りのメンマ率に、その食感が苦手な空海が渋い表情を浮かべるが、だんだんと趙雲の空気に染められてきていた賈駆が庇う。庇ってから自分の言動(メンマ)を振り返って青ざめ、逆に空海から慰められたりしたのだが、それは置いておく。

 

「次に、用意したシューマイの皮でタネを包み、タネの中や皮との間に残った空気を抜くように上から軽く押さえて形を整えます」

「きゅってした! 月がきゅってしたわ!」

「ああ、きゅってしたな!」

 

 シューマイ一つを数秒で作っていく新米主婦は、舞台の上でキラキラと輝いていた。

 

「仕上げに残ったメンマをのせて、蒸籠(せいろ)に並べていきます」

「追いメンマきたー! メンマ多すぎー」

「星の好みに合わせてたらだんだん増えていったのよっ。月のせいじゃないわ!」

 

 ちなみに空海は主賓でありながら試食係を担当しているので、メンマの総力戦に引き気味だ。シューマイと聞いて来たのに酷い仕打ちである。

 

「お鍋のお湯が十分に沸いたら蒸籠を乗せ、1刻余り蒸します」

「はい、気をつけて蒸します」

「はいじゃないわよ。あんたは蒸すな」

 

 軽やかに身を翻した董卓が、やりきった笑顔で舞台脇の台を指し示した。

 

「そして今回は――蒸し上がったものがこちらに用意してあります!」

「こちらにありますきたぁー!!」

「あんたたち楽しそうね……」

 

 一度は言ってみたかった、聞いてみたかった台詞だったので仕方ない。

 

 

「メンマがうまい。酒がうまい」

「月の作った料理はみんな美味しいわ。で、なんで星がいるのよ」

「ありがとう、星さん、詠ちゃん。今回は美味しく出来たね」

「うー、メンマのコリコリした食感が……」

 





>偽空海にご注意を!
 そういえば空海の身長とか設定を本編であまり説明して来なかったような気がしたので書いてしまいました。

>暴れん坊元帥
 なぜ車騎将軍位を貰っておかなかったんだ!

>ボクと契約して
 万国のプロレタリアートよ、契約せよ!

>『きょうはなんにもないすばらしい一日だった』
 朝ご飯を食べた後に夏休みの絵日記を書いて寝る生活の一幕。

>討論会
 203年春の出来事です。10年前は193年頃。
 193年というのは空海が元帥に就任して元帥府を開設、周泰が加入した時期でした。その2年後に孔明と鳳統が元帥府に加入。劉表が車騎将軍に就任しました。この辺りは本編であんまりやってなかったかなということで補足。

>おじぎをするのだ!
 ”トム・リドル” 彼が杖を振ると空中に書かれた文字が動き、並び替わっていく。
 出来上がった文字を見て、ハリーとハーマイオニーは鼻水を吹きだした。
 ”リトル・ドム(小型モビルスーツ・ドム)”

>き、きょきょ、今日は
 きょんにちょわ!

>ギュッてした
>きゅってした
 リッチャンハカワイイデスヨ

>メンマ
 特に理由のないメンマはいいぞォ、ケンシロウ!


 次は2章の改訂をしようと思ってたのですが、今は8章と平行して進めてるのでどっちが先になるのかよくわからなくなってきました。執筆のペースが上がらないです。
 長らくお待たせしていて申し訳ないのですが、続きはのんびり書いています。次はもうちょっと早く続きを投稿したい、と思っております。はい。


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