無双†転生   作:所長

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5-5 難攻不落絶対無敵七転八倒虎牢関

 虎牢関に到着してから十日。

 

「江陵一の将……これでは敵が多すぎるか。空海様の右腕、は、もっとマズいな」

 

 口にしただけで感じる不吉な未来を回避するため、趙雲は一瞬で言を覆す。

 

「何しとんー?」

 

 いかにも暇そうな、そして眠そうな表情の張遼が趙雲の隣に腰掛ける。風よけの天幕に材木の椅子と暖かい日差しはのんびりするのに最適だ。

 

「……実は名乗りを考えていたのだ。常山の昇り竜だけではどうにも印象が薄くて」

「いやいやいやいや」

 

 張遼は勢いよく否定する。何をとぼけたことを言っているのかと。

 

「今回ばかりは常山の昇り竜以上の名乗りはないと思うで」

「うぅむ。そう言われるとその通りなのだが」

 

 張遼は煮え切らない趙雲を笑い飛ばす。

 

「空海様が送り出してくれたんやで? そのままで十分やって」

「……そうだな。どうも暇になると色々考えてしまっていかん」

「あぁー、まぁなぁ」

 

 関に到着する直前に董卓軍から襲撃を受け、先陣に立っていた袁術軍が少なくない被害を受けて混乱、結果的に丸一日を無駄にするハプニングはあったが、全体的には連合軍は落ち着いていた。

 劉表が先頭に立ち、初日から定石通りの関攻めを始めたからだ。

 

 城攻め、関攻めとはまず、一方的な攻撃を受ける弓を防ぐため塀を設置すること、そしてその塀を壊されないようにするため人や馬が近づけないよう柵や堀を作る事、それらの作業を行うために弓を防ぐ盾を持ち関からの奇襲に備えながら前線へ人を送り込むことを後ろから順に実行しなくてはならない。

 そして、時間をかけて少しずつ塀ごと前進して行き、ある程度近づいたら雲梯を使って直接関の上に人を送り込むのだ。同時に門の破壊を試みたりもする。この時、前線と関が近づいているほど大量の人間を送り込みやすいため、前線丸ごと少しずつ前進していくのが関攻めの基本と言える。

 

 現在の関と前線の距離はおよそ200歩(約230メートル)。この辺りになると火矢が飛んでくることもあるため、防火対策に土や水を含んだ布などを用意して慎重に前進しているところだ。

 もっとも、この9日で3回ほども雪がちらつき、朝になれば持ち込んだ水の上から半分近くが凍っている事を考えれば、その歩みがどれほど遅くなっているのか想像が付くかもしれない。江陵や劉表以外の軍では、程度の違いはあれど凍死者すら出ている。

 

 時間が経つほど洛陽が遠くなっているかのようにすら感じられるのだ。このような状況下で長く暇を持てあました趙雲の思考が暗いものへと落ちるのも不思議はなかった。

 

 こんな戦いが起きてしまったこと、虎牢関をいかに攻略しきるかということ、洛陽で待つ出来事、董卓がどうなるのか、そして大陸の行く末。

 おそらくは連合に積極的に参加している諸侯ほど、それらに対する焦りが強いのだろうと考え、趙雲は少しばかり溜飲を下げる。

 ただ、それでも重圧が消えたわけではなかった。空海に寄せられた期待に応えられるか不安で震える自分が情けなく、趙雲は大きく息を吸い込んで立ち上がる。

 

「お? なんや、百面相はやめたんか?」

「……ふん、いい趣味だな。――少し身体が冷えた。鍛錬に付き合え」

「おお、ええでええでー」

 

 気恥ずかしさからぶっきらぼうに言い放つ趙雲を気にした様子もなく、張遼は嬉しそうに偃月刀を振り回す。

 

 

 そんな日がさらに2日続いたところで、江陵からの文が届いた。

 

 文を開封して最初の数行を目に納めた瞬間、鳳統が笑顔になる。

 

「前回に続いての朗報ですっ。予定をさらに4日早められましゅ! ……ます」

「おお」「ホンマに?」

「どうやら益州の街道整備が予想以上に進んでいたことで雲南までに2日ほど旅程を短縮出来たようです。帰路については更に早められる可能性が高く、4日というのは余裕を見て立てられた予想だそうです」

 

 鳳統がそこまで伝えたところで、ようやく皆から安堵の息が漏れた。だが、程立だけがその顔に僅かな不安の色を浮かべる。

 

「どうした、風?」

「いえいえー。大したことではありませんよー」

 

 そう言って趙雲に向き直った程立はいつもの眠そうな表情で――

 

「……ふむ。なに、虎牢関を抜ければわかることよ」

「おや? 風は何も言っていませんがー?」

「そうだな。何も言っていない」

 

 趙雲は悪戯好きの猫を思わせる笑顔で程立を眺める。

 

「……心配しなくても大丈夫ですよ。風のこれは杞人の憂いみたいなものですからー」

「本当か?」

「もちろんですよー」

「うむ、ならば気にせぬことにしよう」

 

 信頼を込めた笑顔を向けられた程立はうっすらと頬を染め、小さく笑った。

 食い入るように手紙の続きを読んでいた鳳統が顔を上げる。

 

「次は主に洛陽の董卓軍についてですね。……主力の将兵は虎牢関へと入っている人達でほとんどのようです。洛陽には数こそ残っているものの、質は高くないとか。冥琳さんと祭さんは、やはり半ば人質のように扱われているそうです」

「二人はどうもせんでええんか?」

「問題ありません。この手紙が届いていることこそ想定を外れていない証明になるかと」

 

 鳳統はひらりと手紙を振って示して見せ、読み終えた一枚を丁寧にたたんで次の一枚を手に取る。

 

「なら、あとはウチら次第っちゅーこっちゃな」

「はい。虎牢関には『錦馬超』と『飛将軍』の率いる計4万がこもり、虎牢関を抜ければ洛陽から20万には届かない程度の軍勢が出るそうです」

「両軍合わせて50万近くが集まるか」

「それらを劉将軍に上手く伝えればさらに1日は稼げるでしょう。むしろ、1日延びることはほぼ確実です。逆にあと2日で抜けなくてはならなくなりました」

「兵数を伝えて、兵力の温存を理由にこちらから将兵を貸し出すことを劉将軍に申し出てみましょう。これなら一騎打ちを提案しても受け入れやすいと思いますよ」

 

 程立が趙雲と張遼に視線を送る。趙雲は静かに息を吐き、張遼は笑顔を浮かべた。

 

「いよいよか。……1年前の雪辱を果たさせて貰おう」

 

 決意を口にした趙雲に、鳳統が手紙の内容を伝える。

 

「祭さんの評では、翠さん――錦馬超は『今はまだ馬上において張文遠に勝る』と」

「あん? んあ゛~っ、やっぱ白黒付けとくべきやった!」

 

 反応したのは趙雲ではなく引き合いに出された張遼だった。張遼はここしばらくの間、汜水関で戦いをふっかけ損なったことを悔やみっぱなしである。

 趙雲はそんな彼女を見ていつも通りの意地悪な笑顔を浮かべた。

 

「言っておくが獲物は譲らんぞ」

「っくぅー! わかっとるわ! ウチかて『飛将軍』は譲らんで!」

「無論だ。飛将軍では肩慣らしにはならんのだろう?」

「まぁなぁ……恋じゃあ狙って引き分けとか器用な駆け引きは望めへんし」

「おや、弱気だな。勝っても良いのだぞ」

「そりゃこっちの台詞やで。ウチにも勝ちきれんのに、勝てる相手なんか?」

 

 闘争を前に少しばかり高ぶっているらしい二人の言葉にはトゲがある。鳳統は場を和ませるため――彼女にしては本当に珍しく――意地悪そうな表情で、その言葉を口にする。

 

「お二人には空海様からのお言葉が書かれていました。手紙によれば『二人の流した血と汗を覚えている』と」

 

 一瞬遅れて、武人二人の顔が真っ赤に染まっていく。そして――。

 

「――うひへへへへ」

 

 そして張遼が壊れた。

 

「なんや空海様覚えとるって。ちょくちょく鍛錬に来とったんはウチを見に来とったんかいな。こらウチも恋を相手に負けられない戦いっちゅーやっちゃな! うひひへふふ!」

「お、おい霞、不気味すぎるっ。笑うな!」

 

 張遼に釣られて趙雲も頬を緩ませる。張遼をたしなめてこそいるが、趙雲もかろうじて笑うのを耐えているだけだ。

 軍師たちは顔を見合わせて悪戯っぽく笑う。

 

 先ほどまで感じて居たトゲのある緊張感はどこかへと消えていた。

 緩みそうになる頬を意識しながら、趙雲は芯から湧き上がる熱のようなものを感じていた。それを身体の中に押しとどめるように拳を握る。

 冬の空気にかじかんでいた手は、いつの間にか色を取り戻していた。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

「……来る」

「むっ、恋殿、戦の気配ですか?」

「ん。ちんきゅ、弓の準備する」

「了解ですぞー!」

 

 

 

 

「雛里っ、下がりぃ!」

「え!?」

 

 突然張遼に押された鳳統がよろける。

 直後、張遼は鳳統を突き飛ばした手をそのまま自身の隣に空いた宙にかざして――その右手に、関から250歩(約290メートル)近い距離を飛んで来た矢を掴んだ。

 

『おおっ』

 

 様子を見ていた劉表軍の幹部たちから驚きの声が上がる。

 

「あわわわ!?」

「なるほど。あれが飛将軍か」

 

 鳳統を掴んで横へ避けていた趙雲が感心したように告げた。張遼は笑みを浮かべる。

 

「せやな。遠当ての矢でもなしにこんな離れたとこまで飛ばしてのけるんは恋くらいのもんや。しかも的を外すとこまで恋らしいわ」

「これだけの距離だ。身体一つ分など誤差にもならんだろう」

「紫苑相手やったら眉間を射貫かれとるやろ?」

「弓の腕前で引き合いに出されるのが二黄の一角というのはとんでもないことだぞ」

 

 二人のやり取りを耳にして、やっと落ち着きを取り戻した鳳統が申し訳なさそうに顔を上げた。

 

「しゅみません……。もう少し後ろに居た方が良いでしょうか?」

「いやぁ、これだけ出来るんはあン中じゃあ恋だけやって。気にすることないで」

「本陣に居て貰っても構わんよ。私たちが仕事を終えるまでやることもないだろうが」

 

 張遼は手にした矢に目を落とし、そこに縛り付けられた紙を見て目を細める。

 

「こりゃ矢文やな。内容は……んっと、やっぱり一騎打ちしろって書いてあるわ。こない目立つ方法でやらんでもええやろうに」

「時は戻せません。これは後の布石としましょう。こちらの動き次第では好都合です」

「劉将軍を説得するのは風なのですけどー?」

 

 矢が飛んできたことを聞きつけた程立が少々慌てたように現れる。

 矢を片手に小さな紙切れに目を落とした張遼、それを覗き込むようにしている趙雲と、二人を見守るようにしている鳳統は、前線に近いこの場所で非常に目立っていた。

 漏れ聞こえた鳳統の言葉から素早く状況を理解した程立は、自身の持つ情報も合わせて事情を確認する。

 

「矢が届いたことは既に劉将軍の耳にも入っていますのでー、方針には賛成しますが」

「ひとまずは劉将軍の城攻めの影響が大きいということに。汜水関の折の因縁と、江陵を指名した一騎打ちという線ではどうでしょうか」

「実際、抜けるかはともかく堅実に戦っていたようですから、劉将軍だけでなくあちらも疲弊しているでしょう。そのくらいで十分ですかねー。ただし、雛里ちゃんは風と一緒に本陣へ来て貰いますよ?」

「あわわ……!」

 

 程立が有無を言わさぬ口調で鳳統を捕まえる。厄介事に巻き込もうとしているように見えて、矢が飛んでくる場所に置いておけないと考えたのも本音だろう。

 

「くくっ。そのまま本陣で吉報を待っているといい」

「ん、関の様子見とるとあんま時間もないみたいやし、ウチらはもう行くわ」

「あわっ、星さんも霞さんもお気を付けて!」

「本陣には諸侯が集まっていますので、一緒に見学していますねー」

「うむ」「おう!」

 

 趙雲と張遼は預けていた白馬に跨がり、振り返って前線を向く。

 遠く見える関の扉がゆっくりと開いた。

 

 

 

 

 関から現れた呂布と馬超、連合の前線から歩み出た趙雲と張遼。互いに数騎の供回りを連れ、両者はあと10歩(約11.5メートル)でぶつかると言う所まで近づいた。

 呂布と張遼の視線が絡み、張遼の僅かな仕草を合図にゆっくりと二人で移動して行く。

 

 続いて、若い木材のように明るいクリーム色の馬に跨がり長い槍を担いだ馬超が趙雲の前まで進み出た。

 

「よっ。今度はあたしが相手か。華雄の時見てたけど、1年前より強くなったんだろ?」

「ああ。以前は負け越したが……あの敗北は覚えているぞ!」

「地上のあたしと同じと思うなよ。馬の上なら母様にも負けねぇ!」

 

 二人はにらみ合う。だが、その声は楽しそうで。

 

「これまで流した血と汗を証明する」

「涼州騎馬の真髄を見せてやるよっ!」

 

 声と共に馬超の身体がふわりと持ち上がる。

 主人の意思を受けた馬超の愛馬が、全身を弾丸にして趙雲に迫った。

 

「む!」

 

 趙雲が――やはり馬ごと――斜め前へと逃げながら迫る槍を弾く。

 後手に回った上での対応としては十分以上、体勢の不利から考えればほぼ最上の回避を取ったにも関わらず、たった一撃で腕をしびれさせるほどの威力。

 趙雲は素早く、右手にかけていた力を左手に移して槍を掴み直し、ほぼ同時に足下から振り上げられた馬超の追撃を、今度こそ綺麗に受け流した。

 

 趙雲が二、三歩逃げ、馬の首を返したときには、馬超は既に趙雲に向けて馬を走らせている。一歩遅れて趙雲も馬超に向かって加速する。

 二人の突き出した槍が交差し、趙雲の槍が大きく弾かれる。

 今度は更に一歩早く馬の首を返し、その場に止まるようにして両者が猛烈な勢いで打ち合いだした。

 

 

 

 

「ひっさしぶりやなー、恋」

「……ん」

 

 趙雲と馬超から声の届かない程度の距離を置き、呂布と張遼がやや声を潜めるようにして話す。

 

「元気にしとったか?」

「ん。霞も元気」

 

 呂布という少女にしては珍しい気遣いに、張遼が笑みをこぼした。

 

「わかる? めっちゃ充実しとるからなぁ」

 

 張遼の言葉に呂布は何も考えていないような表情で頷く。そして、続いてやや難しげな表情で告げた。

 

「……月たち元気ない」

「そらまぁそうやろーな。ま、せやから(・・・・)ウチらが来てんねんけど」

 

 弱気を見せた呂布に対して、張遼は誇らしげに笑う。呂布は小さく首をかしげ、何かを納得するかのように頷いた。

 

「ほんなら今日は前哨戦(・・・)や。景気づけに勝たせてもらうで、恋!!」

「ん……来い!」

 

 二人は言葉と共に駆け出す。両者の矛がぶつかり、雷が落ちるような鋭い音を放つ。

 

 

 

 

 優勢に攻め続けているのは馬超だった。趙雲は押され続けながら、しかし全く譲らずに打ち続ける。そして息が上がっているのもまた、馬超だった。

 

「なるほど。人馬一体は確かに凄まじい……だが、今の私は絶好調(・・・)だぞ!」

 

 両者は1年ほど前に江陵で模擬戦をしている。馬上のことではないとはいえ、お互いの手の内には覚えがあった。

 だからこそ、馬超はたった1年で馬上の自分と打ち合うまでになった趙雲に驚愕し、同時にどこかすっきりしない感情を抱く。

 

「……強くなってんな」

「当然だ。私は空海様にふさわしい槍となる」

 

 まただ。こんな新参者が(・・・・・・・)空海の矛になっていることが苛立たしい。

 馬超は舌打ちを飲み込んで仕切り直しとばかりに槍を払う。

 

「いいぜ。空海様の側で大陸の中心に立てるってんなら……その槍さばき、まずはあたしが見定めてやる!」

「望むところ!」

 

 強く地を蹴った馬超の騎馬が趙雲に迫る。

 趙雲はかろうじて最初の攻撃を逸らし、続けざまに振るわれた素早く小さな振りを余裕を持って弾く。そして、弾いたその手で馬超の脇腹を小突くように槍を突き出す。

 

「チッ」

 

 先ほどからほとんど同じことの繰り返しだ。動きこそ様々だが、大振りから連撃を狙う馬超に対し、反撃狙いの趙雲が食いつき続けている。

 両者ともに数発がかすったのみ。受けた傷は趙雲の方がやや大きいが、攻撃の疲れは馬超に色濃く表れている。

 格下だと油断していたわけではないが、一度は完全に勝ちきっている相手に間違いなく苦戦を強いられているという事実は馬超の気を焦らせていた。

 そしてその焦りは、いつもより力んだ攻撃に現れている。

 大振りの払いを考えていたよりずっと軽くいなされて、馬超は僅かに体勢を崩した。

 

「しまっ――」

「貰った!」

「っくぅ!」

 

 趙雲の反撃をかろうじて防ぐ。防御は間に合ったが、甘い大振りの対価は左の肩にほど近い上腕からの出血。

 

 その瞬間、馬超の目に今までに無い光が宿ったことを趙雲は見逃さなかった。

 現在進行形で槍を交えている趙雲だけにしかわからないだろう劇的な変化。

 趙雲は全身をやや引くようにして馬超に声をかける。

 

「――どうやら、これまでのようだな」

「ふざけんなっ! こっからだろうが!」

 

 迂闊にも(・・・・)叫んだ馬超を見て、趙雲はその推測を確信に変えた。

 

「だからこそだよ、孟起殿()。貴女はようやく私を認めた(・・・)のだろう?」

「あっ!? ~~っ!」

 

 自らの心の変化を言い当てられ、馬超は悔しさと恥ずかしさから叫び出しそうになる。

 空海の槍として認めたという意味ではない。ただ、それを上からの目線で認めるのではなく『死力を尽くして競う相手』として認めてしまったのだ。

 未だ自らの勝利を信じる馬超をして、目の前の趙雲が自分と同じ舞台に上がりつつあることを認めざるを得ない。それは1年前に勝ち誇ってしまった代償でもあるのだろう。

 趙雲を恨むことも出来ず、ただその感情を飲み込んだ馬超は、苦虫を噛み潰したような表情で告げた。

 

「くそっ! 勝負は預けるっ、――決着は江陵(・・)で付けるからな!」

「ええ。空海様の前で(・・・・・・)

「ちっ……。お前、性格悪いって言われるだろ」

「おや。空海様には『いい性格だ』と褒めていただいているのだが」

「やっぱ性格悪い――っての!」

 

 言葉と共に馬超は派手に槍を振るう。

 

「おっと」

 

 危なげなく、しかし大げさにそれをかわした趙雲は反撃に移ることなく、馬の首を返して走り去る馬超を見送った。

 

 

 

 

 一方で数十歩離れただけの場所では、青い羽織が風を切るように翻り、赤い暴風に立ち向かっていた。

 

「――そこやッ!」

「ッ負けない……!」

 

 否。張遼が、呂布を追い詰めていた。

 

 圧倒的な腕力と勘の良さを持つ呂布に対して、攻撃を受け流し、点ではなく線の攻撃を可能な限り素早く繰り出す。わざと攻撃を止めさせて体勢を立て直し、わざと攻撃を受けて距離を離す。

 一手読み違えるだけで即死という状況にありながら、感じる確かな手応えに張遼は笑みを浮かべる。

 乗る馬がふらついたところで、自分から距離を取る呂布を張遼はわざと逃した。

 

「あとちょいかー」

「霞、強い」

 

 呂布は素直に賞賛する。張遼は少しだけ照れたように笑い、誇らしげに胸を張った。

 

「当ったり前やん。ウチは江陵で、美味い酒飲んで美味いもん食って、恋より強い連中を相手にして、一番見てて欲しい空海様の前で、ウチと同じくらい強い連中と武を競うてんねんで? これで強ぉならんかったら嘘やろ」

「ん……お腹へった」

 

 突然悲しげな表情を浮かべた呂布に、張遼は「しまった」と天を仰いだ。

 

「あっちゃー、恋の前で食べ物の話したんは失敗やったか……。まぁ、今のウチじゃ勝ち切れんみたいやし、このまま続けて負けたりしたらウチのこっわい軍師様らに怒られてまうからなぁ……。ここらで引き分けたフリしとこか」

「……勝てたかわからない」

「おおきに。恋に言われたら自信つくわ」

 

 張遼は軽く偃月刀を振り回して呂布へと斬りかかる。大振りで数合打ち合い、何度か派手に弾いて馬の首を返した。

 

「ほな、またなー。恋」

「ん」

 

 表情を消しながら本陣へと戻っていく張遼に倣い、呂布も関へと馬を向ける。その頃にはもう、呂布の頭の中は食べ物のことでいっぱいになっていた。

 

 

 

 翌朝、関の各所から煙が上がり、董卓軍が虎牢関から撤退したことが判明する。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

「空海様、洛陽より『機が満ちた』と」

管理者(あいつら)は?」

「もう間もなく偃師(えんし)に到着するかと」

 

「よろしい。では諸君――派手に行こう」

 




>杞人の憂い
 杞憂のこと。空は落ちるのか。後漢から見ても600年ほど昔のお話。

>血と汗を知っている
 ある曲の歌詞からのオマージュです。意味変わっちゃってますけど。ちなみに、空海や江陵の街には執筆中のテンションを切り替えるためのテーマ曲が。

>矢を掴む
 一発芸にありますね。私もリズム天国レベルでならやれる気がします。

>諸君。派手に行こう
 もしかして→了解した……


 2012年12月25日、狙い通り私の下にAmazonサンタさんから荷物が届きました。
 そう――
    代 引 き で

「代引きのお荷物が届いておりますが、ご在宅でしょうか?」「はい(震え声)」


 次の土日で5章が終わる予定。

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