十傑集が我が家にやってきた!   作:せるばんてす

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友人が言うことには

 

 

 

 あの限りなく迷惑な詐欺師、貝木泥舟がこの街から去って数日。僕の影に忍が住みだしたり、富士山が噴火したりと忙しい日々が続くものの、学生の本分からは逃れられない。高校3年の夏と言えば受験に向けて多くの学生が本格的に勉強しだす頃である。かくいう僕も大衆の中の一人であって、特に何も考えずガハラさんと同じ大学を志望して日夜勉学に勤しんでいる。

 

 とはいえ、人は弱い。幾ら僕が鋼の神経の持ち主でも何時間も一人で集中し続けていては熱疲労でポッキリ折れてしまう。僕の彼女もそうなることを予想していたのだろう。今日はお父さんが家にいるらしく学校で勉強会という運びになった。早速綺麗なままのノートと参考書を鞄に詰め込み、MTBのギアが外れそうな勢いで学校への道を急ぐ。途中厄介な浮幽霊に嫌々絡まれていた為1~2時間程時間を無駄にしてしまったがそれは社会奉仕としてのコラテラルダメージなので仕方のない犠牲だ。

 

 

 夕暮れ、ガハラさんとの楽しくも厳しい濃密な勉強も終わり。センター試験まであと何日という思わず息の詰まる電光掲示板を背にしながら僕らは校舎から出た。ガハラさんのほうはお父さんに迎えに来て貰うらしく別々の帰路となったが、充実した日にもはや何も惜しくはなかった。僕と彼女は何時でも会えるのだから。

 

 帰り道。急に喉が渇いて道端の自販機でジュースを買っていた時だった。同じ高校の制服を来た二人組の女子が僕の横を通り過ぎて行く。

 

「それにしても警察が学校に何のようなんだろ?」

 

 

 両親が警察官をやっているということもあるが、学校に警察が来たということに純粋に気になった。僕が校舎を出た時にはそんな姿を見なかった。きっとその後にでも来たのだろう。普段ならそれで聞き流してお終いだった。そう、その後に良く知る名前を聞かなければ……

 

「あれ知らないの? 確か山野とかいう名前の子について知りたいって話だったけど」

 

「知らない。まず誰それ?」

 

考える前に体が動いていた。見知らぬ女子高生の行く先を塞いで詰め寄る。

 

「なぁ、さっき山野って言ってたよな? それは後ろ髪が妙に逆立っている地味目な何考えているのか良く分からない男のことか?」

 

「えっ……見たことないのでよく分からないですけど――というかその言い方はあんまりじゃ」

 

「――じゃあ3組の山野 浩一って言えば分かる?」

 

「あっ…………確かそんな名前だったような」

 

「サンキュー! いきなりで本当ゴメン。お詫びにこの小銭でジュースでも買って」

 

 無理やり女子高生に小銭を押し付けてMTBに跨る。山野が警察に訪ねられるようなことをするはずがない――といい切れるほど長い付き合いはしていないし、断言できるほど奴の人柄を理解しているわけでもない。ただ僕はいつも無口でちょっと抜けている山野を信じてみたい。なにかの勘違いだってこともあるかもしれないだろうし。

 

 山野はこの時代には珍しく携帯を持っていない人間なので電話番号すら知らない。家も知らないが羽川ならと電話を掛けてみるものの生憎繋がらなかった。

 

そこで以前学習塾跡で山野と出会ったことを思い出す。忍野なら何か知っているのかもしれない。

 

MTBを学習塾跡に停めて階段を上がると、案の定そこに忍野がいた。

 

「やあ阿良々木君。随分息が上がってるね。何か良い事でもあったのかい?」

 

「僕がここに来て何か良い事でもあったパターンはあったか?」

 

「うん? そういえばあったようななかったような……まあどっちでもいいか。それでどうしたんだい阿良々木君。また怪異か何かかい?」

 

「残念ながら今回は違う。今は山野を探しているんだ。ほら、前ここにあいつもいただろう? だから忍野なら山野のいる場所が分かるんじゃないかなって」

 

「……ふーん」

 

「なんだよ忍野。その口ぶりは何か不満でもあるのか?」

 

「いやいや。そのことに関して僕は返すべき答えは持っている。けど阿良々木君、僕も忙しい身でね。いつまでも力を貸すということにもいかないんだよ。それに――」

 

「――それに?」

 

「人の付き合いにどうこう言うつもりはないんだけど、少年と、山野浩一とこれからも関係を続けるのなら、阿良々木君はどういう立場で彼と付き合うか決めたほうがいい」

 

「お前が忙しいのは分かったが、山野のことはどういうことだ?」

 

「それはこれから付きあっていたら分かるさ」

 

 とりあえず分かったということにしておこう。その辺の件は本人と話し合ってみるしかない。あいつも自分のことをなかなか話さないからな。よく考えてみると僕の知り合いは色々素性の知れない輩で構成されていた。

 

「それで、山野の家は何処だ?」

 

「家は分からないけど、さっきまで少年たちはここにいたよ。ここに来るまでに会わなかったということは逆方向じゃないかな?」

 

「それを先に言え!」

 

 太陽はもう沈みかけて、濃い影を大地に落としていた。ふと自身の影から金髪幼女が現れる。最近ようやく倦怠期が過ぎた忍だ。こう聞くと熟年夫婦みたいで嫌だな。長い付き合いになるだろうことは間違いないだろうけど。

 

「どうした忍。まだ起きるには早い時間だったと思うが?」

 

「なに。たまには夕涼みもよいかと思っての」

 

 忍もずっと僕の影の中ばかりにいても暇だろうし、人通りも少なくなってきたので特に文句はない。ないのだが……

 

「どうして忍野の前で出なかったんだ?」

 

「主様よ考えても見ろ。儂はあのアロハとほぼ毎日顔を合わせておったのじゃぞ、しばらく顔もみとうないわい」

 

「なるほど」

 

 無駄話をしている暇も勿体ないのでMTBに乗り込んだ。忍は前の籠の中にすっぽり嵌り込んでいる。どうでもいいけど僕は嵌って抜け出せなくなっても助けないからな。

 

 そこから10数分後。ようやく道路の先に見覚えのある後ろ姿があった。だが隣にもう一人随分と背丈の高い男性の姿が、父親なのだろうか? だとしたら警察関連の話はしにくい。いや、どうせ知られることなら話しておいたほうがいいのかもしれないな。心の準備があるのとないのじゃ大違いだし。

 

「おい山野!」

 

 MTBで一度追い抜いて正面に停める。山野は想像以上に驚いている様子で『ヒィッ!?』なんて声を出している。なんというか共和国の外務大臣から筆頭政務官へと任命されそうな雰囲気を醸し出している。その隣の顎鬚が立派な黒髪のナイスミドルは見知らぬ僕に警戒している様子だ。そりゃ突然MTBの籠に幼女乗せた男がいきなり話しかけでもしてきたら警戒もするはず。――だろうが今回はどうやら違うみたいだ。男の視線は怪しそうな人物に対する不信感というより、敵意に近いものだった。

 

「なっ、なんだ阿良々木君だったのか。てっきりメソ――っと危なっ。ゴメン何でもない」

 

「何それ!? 普通メソって言葉出てこないぞ」

 

「そんなことないメソ。結構使うメソよ」

 

「今更何処ぞの地方のゆるキャラみたいに語尾を特徴付けてキャラ立てしようとしても無駄だ!」

 

閑話休題

 

 これが学校生活ならばもう少し付きあっても良かったが、状況が状況だ。警察沙汰でもあるし、日も暮れかけている。それに先ほどからナイスミドルの視線が強まりつつあり大変居心地が悪いのだ。目を一度当の人物へ向けて含むような視線を山野に送ると、ようやく山野も気付いたらしく額を手で打った。

 

「そういえば紹介が遅れたね。こちら樊瑞さん、親戚のおじさんみたいな人。でこちら阿良々木君、僕の…………友達? でいいのかな?」

 

「おい。あまり悲しい事を言ってくれるな。僕には男友達は一人しかいないんだぜ」

 

「……ヤバい。ちょっと今阿良々木ハーレムなら入っていいかもって思った」

 

「いったい何時から僕にハーレムが出来たと言うんだ!?」

 

「それマジで言ってんの? ――いやっ言わなくていい! 本人の口から聞いてしまったら僕の中の何かが弾けそうになるから」

 

「弁護士を呼んでくれ。法定で決着をつけよう――ってさっきから話が進んでないじゃないか!? …………いいか。山野落ち着いて良く聞くんだ。警察がお前の事について学校で事情聴取していたらしいぞ」

 

 

 その時の山野の顔といったらまさに『山野が静止する日』というタイトルの絵画があったら相応しい表情だった。続いて大量の冷や汗を掻きながら考え事をして自身の世界に閉じこもると、普段から白い顔だというのに更に生気を抜き取られて真っ白に燃え尽きてしまった。――いや更に状態は悪化していた。口の端からは泡を吹き、終には『オクレ兄さん……』と謎の一言を残して白目を剥いてしまった。

 

 膝から先を折られて地面に倒れそうになる所を僕が助ける前に、樊瑞という中国人? のおじさんが脇を抱えて抱き上げる。まるで羽化したばかりの蝶の羽でも扱うかのように丁寧に抱き上げたので、こちらが手を貸す隙すらなかった。

 

「山野は大丈夫ですか?」

 

「ビッ…………山野様は気を失っていらっしゃるようだ。おそらく血管迷走神経反射性失神だ。しばらくすれば目も覚ますだろう」

 

 病名を聞いたところでどんな物かはさっぱり分からないが、そんな病名が出てくる人物の判断なら少しは安心できる。それでも心配なことには変わらないが逞しい腕に抱きあげられているだけで大丈夫だろうと楽観視できる力強さと包容力がその姿にはあった。

 

樊瑞さん……日本語ペラペラなんだな。

 

 しかし、おじさんみたいな人と言う割には山野のことを様付けで呼んでいるとは、察するところ山野は俗に言う富豪でその執事か専属のボディガードなのだろうか? あまり山野が家や自分のことを話さないのはそういう理由があってのことかもしれない。

 

「すみません。僕が急にこんな話をしたばかりに」

 

「いや。いずれにしろ知ることになるだろう話故に仕方あるまい。それより先ほどの警察の詳しい話を――むっ、時機が悪いか。伏せろっ坊主!」

 

 気付けば目の前にアスファルトの壁があった。いや、違うなこれは地面だ。口の中の石粒という違和感が意識を現実へと引き戻す。うつ伏せで頭上を何かが飛び交う気配を感じながら現状の把握に専念していると透き通った声が聞こえる。

 

『主様よ。また面倒事に巻き込まれておるようじゃな』

 

『――忍。僕はいいから山野達を守ってくれ』

 

『はて? 果たして本当に助けが必要じゃろうか』

 

「なにっ?」

 

 一度吸血鬼の眷属になった時の後遺症で今でも視力はそれこそ野球のボールの縫い目を余裕で追える程度の筈なのだが、頭上を行き交う苦無や手裏剣といった時代錯誤の武器は見えるものの、それを撃ち落としている何かが見えないのだ。ちょうど僕と山野、樊瑞さんの周囲1mに入って来た瞬間に

武器はまるで何かに弾かれたように明後日の方向へ飛んでいくことでそこに何かの存在を知覚できる。まるで無色透明のバリアにでも包まれているかのようだ。全盛期の忍ならこんなことも出来たかもしれないが今は吸血鬼としての力を殆ど失い、なれの果てまで落ちぶれてしまった今の忍にここまでの力はない。助ける理由すらない。

 

「噂をすれば玄武派の連中か、小僧。死にたくなければそこで伏せていろ」

 

 原因はすぐ側にあった。山野を抱えた樊瑞さんが手印を切ると宙から銅銭が現れ、闇に紛れた襲撃者のもとへ疾走する。闇を斬る一閃は攻撃対象でない自身すら背筋が寒気に襲われる鋭さ。あれをまともに喰らってしまえば怪異であろうと唯ではすまないだろう、況や人ならばをやである。

 

 思わぬ好戦、圧倒的と言ってもいい状況に呆然と周囲を見渡していると突然背後から獣の唸り声がした。

 

 振り返った先には周囲の闇を吸い取って生まれたかのような漆黒の毛並みを持つ黒豹が当然のようにいた。そのことに体が反応するより先に忍が動く。影から姿を現し片手をチョイチョイとカンフー映画でよく見たような古臭い挑発で黒豹を煽る。もっともこういった単純な挑発だからこそ効果も高い。黒豹の意識が忍に向いている隙に樊瑞さんに警告を発しようとしたのだが――

 

「忍ちょっと待ってくれ。どうやら敵対する意思はないようだ」

 

 件の黒豹――おそらく怪異と思われる何かがあまりにも丁度いいタイミングで現れた。そのせいで襲撃者の手によるものかと勘違いしていたが、こちらに襲いかかる様子もなく、どうやら樊瑞さんと知らない仲でもないようで恭しく平伏している。いや、これは誤解を生じる言い方だった。平伏してるのは人間の樊瑞さんのほうだ。何時の世でも宮仕えというのは辛いものだ。

 

「おおぅ。アキレス様。山野様は任せましたぞ」

 

 樊瑞さんはアキレス――というらしい黒豹の足元に未だ意識が戻らない山野をゆっくり置く。すると堅いアスファルトはまるで粘度を持った液体のようにズブズブと沈んで終には見えなくなってしまった。もうそこには無機質なアスファルトで舗装された道しかなく、先ほど確かに山野がいたと断言できる痕跡はなかった。

 

「な、何ということじゃ!?」

 

「忍がそんなに驚くことなのか。お前なら出来るだろ?」

 

「あの黒いの、わしとキャラが被っておる!?」

 

「そっちかよっ!」

 

 当のアキレスは忍を見て馬鹿にしたようにフスッと息を漏らすと、襲撃者に向かって飛び出した。こちらが謎の障壁に守られている今、攻撃が通じる唯一の相手に一斉射撃が集中することになる。しかしアキレスは焦る様子もなく全身に張り巡らせた筋肉を弓のようにしならせていく。そして手裏剣が当たる直前、跳んだのだ。恐ろしい勢いで縦回転しながら一人、二人とその爪牙に掛けていく。電柱の影に隠れようとも、電柱ごと貫き、死角であるはずの地面に伏せようが、地を蹴り、壁を蹴り、方向転換して正確無比に執拗につけ狙う。まさに夜の狩人だ。

 

「黒豹かと思っていたがどうやら熊犬だったらしい」

 

「むむむ。生意気に――そうじゃ、それならわしは赤カブトといったところかのう」

 

 どうじゃと言わんばかりに勝ち誇ってご満悦の様子の忍に真実を伝えるのはあまりにも酷だった。その流れなら二人が闘えば濃厚な負けフラグが漂っている。元々は怪異の王といえど弱体化した忍ではいささか分が悪いと言えよう。

 

 気付けば甲高い金属音も止み、周囲の殺伐とした気配も霧散していた。忍の言った通りだった。自分なりに友人を守ろうとせめて再生能力の高いこの体で肉盾ぐらいにはなれるだろうと考えていたが、思い上がりも甚だしい。そして忍野の言ったことの意味が少し分かった。

 

 

『人の付き合いにどうこう言うつもりはないんだけど、少年と、山野浩一とこれからも関係を続けるのなら、阿良々木君はどういう立場で彼と付き合うか決めたほうがいい』

 

 

 人ならぬ怪異が付き従い、人として最高の戦力を持つ協力者が傍にいる山野。

 

 それは僕にとっての忍、何でも知っていてあの地獄から助けてくれた友人である羽川だったかもしれない。世はこの出会いを運命と呼ぶのだろう。

 

 だが、境遇こそ似ているものの僕と山野の歩く道は違っていた。きっとこれから先も混じることはないのだろう。むしろ有り得ない。何故だかその時感じた確信は僕の中で揺らぐことはなかった。

 

 


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