混沌の使い魔   作:Freccia

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 分かってはいたことだが、周りの雰囲気が変わった。もっと具体的に言うならば、あからさまに避ける人間が増えた。あのシエスタですら目が合った時には逃げ出してしまう。

 代わりに、監視する人間は増えた。もともと見張っていたらしい教師は倍に、それと、青い竜と、時たまサラマンダーが加わった。

 ――正直、少し挫けそうだ。


第4話 Emerald

「ルイズ、買い物ができるような場所が近くにないか?」

 

 ルイズの朝の身支度、といっても着替えを準備したりといった差し障りないことだけだが、一通り終えて切り出した。

 

「……あるけど、何の用があるの?」

 

 ルイズはベッドの上に腰掛けて、なんでそんなことを言うのか分からないといった様子で、怪訝そうだ。

 

「服を買いたいんだ」

 

 そう、思いついたのが服だ。自分の何が悪いのか。まずは見た目だ。上半身裸というのがそもそもありえない上に、全身に刺青がある。加えて、夜に出歩いていたら、幽霊と間違えられた。確かに暗闇でぼんやり光る様子が見えればそれも仕方がない。

 

「……ああ、服ね。すっかり慣れてしまっていたけれど、うん、服は必要よね」

 

 ルイズもしきりに頷く。我が事ながら、慣れてしまうから不思議だ。そんなことを気にしていられなかったというのが正しいが、もうすっかり慣れてしまっていた。

 

「そうね。明日なら虚無の曜日で休みだし、案内してあげるわ」

 

「買い物程度なら一人でも問題ない。町の方角さえ教えてもらえれば十分だ」

 

 確かに地理といったものに明るくはないが、今までもなんとかしてきた。わざわざ案内してもらわなくても大丈夫だろう。

 

「……そういうわけにもいかないでしょう? だいたいお金はどうするのよ?」

 

「まあ、手持ちの宝石を売れば何とかなるはずだ」

 

 確かにこの世界の通貨はないが、交換の余りということで結構な数の宝石が残っている。換金さえできればそれなりのものにはなるだろう。

 

「へー、宝石なんて持ってたんだ。『断る』……まだ、何も言ってないじゃない」

 

 そうむくれるが、既に手が出ていた。

 

「俺だって多少は持っておきたい」

 

 今のところなくて困ったということはないが、一文無しのままというのはいくらなんでもいただけない。

 

「……ま、いいわ。でも、どうせ買うなら貴族の使い魔として恥ずかしくないものにしなさいよ」

 

 そう言うとベッドの側に設えてある鏡台をごそごそと漁って、随分と重そうな袋を取り出す。

 

「それは?」

 

「服の代金ぐらい出すわ。主人としてそれくらいは当然のことよ」

 

 差し出されたので思わず受け取ったが、中を覗くと金貨が片手では掴みきれないほど入っている。金銭的な価値と言ったものは良く分からないが、結構な額のはずだ。

 

「……意外だな」

 

「何が?」

 

 きょとんとした、という表現が相応しいような視線をこちらに向けてくる。

 

「……いや、大した事じゃない」

 

 ――もっとセコイと思っていた。

 

 ルイズは首を傾げているが、わざわざそんなことを言って怒らせる必要もない。せっかくの好意だ。有り難く受け取るべきだろう。

 

「まあ、夕方までには戻ると思う」

 

 そう言って部屋を後にする。その時にルイズは馬車を借りるように言っていたが、必要ないだろう。走った方がよほど速い。

 

 ――まあ、それはそれでかなり目立っていたようだが、今日で終わりにしたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……流石に人が多いな」

 

 辺りを見渡すと、石造りの街並みに、道端で声を張り上げて果物や肉等を売る商人達、老若男女と大勢が行きかっている。学園にいた人間の数にも最初は驚いたが、ここには更に多くの人間がいる。加えて、けして豊かとまでは言えないにしても、市場独特の活気といったものもあって、見ているだけでもどこか楽しくなる。

 

 ……一つだけ不満があるとすれば、周りの人間が絶対にこちらに近付こうとしないということだ。近づくと話していた人間も静かになる。洋服屋の場所を尋ねようともしただけなのだが、皆あからさまに避けていく。

 

 もちろん、それも仕方がないと納得はしてはいる。だからこそ服を買いに来たのだから。自分の姿を見てみれば、上半身裸で、更に異様な刺青がある。少し離れた場所から、「変質者」といった声が上がるのも、……不本意ながら仕方がない。おかげで、狭い道ながら随分と歩きやすい。

 

 とはいえ、こんな調子では今までしてきたようにそこらにある店を一つ一つ見ていくということもできない。学院内なら知られている分まだ何とかなるが、この格好で歩き回るというのはいくらなんでも問題があるかもしれない。現実問題として、既に騒ぎになりかけている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あんな格好で何をやってるんだか」

 

 物陰から様子を伺っているのは、学院長の秘書でもあるロングビルだ。様子を見るということで来ているが、今回は一人で来ている。他の教師達は授業があるという事で来れなかった。

 

 もっとも、それは事実ではあるが、怖いからできるだけ関わりたくない、それが本音だ。関わりたくないという事では彼女も同じようなものだったが、今後障害になるかもしれないということで、渋々ながらも引き受けた。

 

 

 

「……ちょっといいか?」

 

 なぜだか物陰に隠れているはずの自分に声をかけているような気がする。距離はそれなりに離れているはずだが、こちらに声がはっきりと聞こえる。様子を見ようと顔を出したのだが、目が合った。どうやらこちらに話しかけているというのは間違いないようだ。

 

 ――参ったね

 

 気配を消すといったことには自信があったのだが、相手を甘く見すぎていたらしい。

 

 

「……何でしょう?」

 

 こうなると誤魔化しようがない。諦めて出て行く。今までの行動からすればいきなり襲ってくるということはないはずだ。そう覚悟を決めて行く。

 

 

 

 

 

 

 通行人には話を聞けそうもないということで、見張りについている人間に聞くことにした。こちらから話しかければ出て来ざるを得ないと思ってはいたが、素直にとまでは行かなくとも、案外あっさりと出てきた。エメラルドグリーンの髪を肩口の下まで流し、シャープな形状のメガネと合わせて、落ち着いた雰囲気の女性だ。他の教師陣に比べると堂々としたもので、嫌々ながらというのは伺えるものの、他が他なだけに好感が持てる。

 

「道を教えて欲しいんだ。……どの道ついて来るんだ、手間が省けていいだろう?」

 

 断れないと分かっていて聞くというのはあまり趣味がいいとは言えないが、それはお互い様だ。こんなときぐらいには役に立って欲しい。

 

 

「えっと、……どこへ行きたいんでしょうか?」

 

 他の教師達に比べればマシなのかもしれないが、やはりこちらを警戒しながら尋ねてくる。

 

「洋服屋だ。いつまでもこの格好のままというのは不味いからな」

 

 自分の体を示して見せるが、格好と言うのも語弊があるかもしれない。上半身は服すら着ていないのだから。

 

 

「――ああ、自覚はしていたんですね」

 

 そう言って、しまったという顔になる。事実だからあまり気にはしないが、しばらく前にもこんなやり取りがあった気がする。

 

「……まあ、今日はそれを何とかしたいから来たんだ」

 

 格好を変えたらどうなるというわけでもないかもしれないが、こういった反応がごく自然に返ってくる辺り、意味はあるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 怒らせてしまったかもしれない、そう思ったのだが、案外大丈夫だったようだ。むしろ、そっぽを向くという仕草が子供っぽいとすら感じる。とりあえずは、安全と思っていいのかもしれない。

 

「何か好みだとかはありますか?」

 

 まず最初に聞かないといけないことを尋ねる。上半身裸な上に、奇妙な刺青で歩き回っているような相手だ。好みというものが全く想像がつかない。もし新しい刺青を、なんて言われても困る。

 

「……あえて言うならシンプルなもの、か。普通に見えるようになりさえすれば十分だ」

 

 ただ、淡々と言ってくる。注文も漠然としていてあまり参考にならない。まあ、これ以上怪しくなりようもないのだから、分かりやすいと言えば分かりやすいのかもしれないが。

 

「拘りがないようでしたら、私が行くような店でも構いませんか? あまり貴族向けといった店ではないので、それでもよろしければですが……」

 

 貴族達が好んでいくような店には行かない。わざわざ貴族に会いたいなどとは思わない。……たまにはそんな格好をしてみたいと思うこともあるけれど、今の私にそんな余裕なんてない。

 

「構わない」

 

 そう答えるだけだ。

 

 こうなった以上、道すがらできるだけ情報を聞き出したいと思ったのだが、この調子では会話を続けるのも苦労しそうだ。まあ、こんな相手から話を聞き出すなんて事も今まで散々やってきた。何とかしてみせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここには良く来るんですが、……いかがですか? 貴族の方は利用しませんが、デザインも評判でこの辺りでは男女を問わず人気があるんですよ」

 

 連れて来たのは自分も良く利用する場所だ。10人も入ればちょっと窮屈に感じるような小さくまとまった店だが、その分手に取りやすく工夫したディスプレイや外観に工夫を凝らしていて、一見しただけでもセンスの良さが分かる。流石に貴族向けに比べれば質で劣るが、デザインとしては悪くはない。むしろ、私はこちらの方が好きだ。店の雰囲気も、貴族向けのように入る人間を選ぶということはなく、開放的で好ましい。

 

「いい店だと思う。デザインも嫌いじゃないな」

 

 言葉にはあまり表れてはいないが、本当にそう思ってくれているようだ。店の様子を見渡しながらも、頷いている。

 

 店自体に対しては割と気に入ってくれたようで案内はうまくいったようだが、話を聞きだすということではあまり芳しいとは言えなかった。まずは今までどこで何をしていたのかを聞き出そうとしたのだが、それに対して随分と口が重かった。当たり障りのないことからと思ったのだが、失敗だったようだ。おかげで他の事を聞くのも難しくなってしまった。

 

 とはいえ、それでも分かったことはいくつかあった。何かを引きずっているのか少し暗い所があるが、誠実ではあるらしい。聞かれたくなければ無視すればいいようなものだが、聞いたことにはきちんと答えようとしてくれる。話してくれるのが一番いいのだが、私を含めて、誰にだって言いたくない事はある。そうである以上は仕方がない。

 

 それと、わがままな貴族のお譲ちゃんの相手ができるだけあって、かなり受身でもあるようだ。男としては物足りないが、うまくいけば利用できるかもしれない。それが分かっただけでも十分な収穫だろう。

 

「……貴族と何かあったのか?」

 

 いきなりそんなことを聞いてくる。

 

「どういうことですか?」

 

 意味が分からずに、思わず聞き返してしまう。

 

「……いや、貴族のことを口にするときに嫌っているように聞こえただけだ。まあ、単純にそれだけということでもなさそうだったが」

 

 表情を見ると、ハッタリといったといったところはない。真っ直ぐにこちらを見つめている。

 

 騙しやすいと思ったけれども、案外鋭いのかもしれない。こちらが探っていたように、向こうも似たようなことを考えていたようだ。そうであるならば、下手にごまかすわけにもいかない。

 

「……そう、ですね。私にも色々、あったんです。詳しいことは、貴方が言いたくないことがあるように、私も言いたくありませんが」

 

 わざわざ口に出したくはない。たとえ聞かれたとしても、そこは譲れない。

 

「……そうか。変なことを聞いて悪かった」

 

 そう言うと一足先に店に入っていく。

 

 後姿を見送り、思わず考え込んでしまう。

 

 本当に良く分からない相手だ。鈍いと思ったのに、学院の人間が全く気付けなかったことをあっさりと見抜いたり。魔力は桁違いにあったりと、もしも戦ったなら勝てる気はしないが、なぜか話していてそう脅威も感じなくなった。言葉にはし辛いが、戦うということを嫌っているように思う。

 

 昨日の広場での話を聞く限り、必要とあらば別なのかもしれないが、それでも結局、相手には怪我すらさせなかった。どうにも戦う姿というものが思い浮かばない。

 

 ふと気付くと店の中が騒がしい。覗き見てみると、騒ぎの中心は使い魔の彼のようだ。原因は、……たぶん格好のせいだろう。ここに来るまでは話を聞き出すということであまり気にならなかったが、やはり異様だ。そういった意味では、あまり関わりたくない。

 

 

 

 

 

 

 

「なんでもいいからとにかく普通に見えるような服を」

 

 やはりこの格好は目立つようだ。一瞬店員も離れようとする素振りを見せたが、その前にこちらから声をかける。気を取り直して採寸を初めたが、首の後ろの角のことが気になるようだ。とりあえず、飾りだと押し通したが。

 

 試しにすぐに着れるものをということで、以前愛用していたようなものに近い、黒のズボンと白いシャツを着てみた。特に特徴のあるものではないが、手作りらしいそれは丁寧に仕上げてあって、悪くないと思う。あまり個性のあるものではないが、むしろ今は下手に目立つよりもその方がいい。流石に顔の刺青はどうにもならないが、まあ、今までに比べれば十分に許容範囲だ。

 

 

 

 

 

 

 

「似合っていると思いますよ」

 

 そう笑顔で言ってきたのは、さっきまではいなかったはずのロングビル、で良かったはず。タイミングを考えるに、外で待っていたんだと思う。見た目通り、抜け目がないようだ。

 

「なら、とりあえずはこれでいいか」

 

 代金を払って店を後にする。他にもいくつか買ったが、そのうちのいくつかは仕立て直す必要があるということで、後で受け取ることになった。

 

 外に出て見回してみたが、あまり視線を感じない。この程度のことで喜ぶというのもなんだが、買って良かったと思う。

 

「この辺りで宝石を細工できるような場所はないか?」

 

 ふと思いついたので、尋ねてみる。

 

 

「宝石でも持っているんですか?」

 

 幾分興味を持ったように聞き返してくる。理知的な雰囲気を装っているようだが、そういった部分の方が本質に近いのかもしれない。

 

「ああ、案内してくれたお礼と、わがままなご主人様に土産でもと思ってな。このままじゃなんだが、細工をすればそれなりのものにはなるはずだ」

 

 腰に下げた皮袋から一つ取り出して見せる。単純なカットで見栄えはあまりよくないが、質的にはそう悪いものではないはずだ。何しろ、悪魔が集めていたものなのだから。

 

「…………」

 

 手に持った宝石をじっと見つめて何も言わない。随分と真剣な様子だ。

 

「何か問題でもあるのか?」

 

「いえ、問題というか……。いいんですか、そんな高価なものを? かなり価値があるはずですよ」

 

「別に構わない。それに、宝石も美人が持っていた方が喜ぶだろう?」

 

「……意外、ですね」

 

「何がだ?」

 

 驚いたように言ってくるが、何のことだか良く分からない。

 

「いえ、何と言いますか、そんな歯の浮くようなセリフを言うようには見えなかったので……」

 

 目を閉じて考えてみる。確かに、言われてみればそんなセリフだ。昔はそんなことは口に出さなかったが、今は言い慣れているような気がする。女王様な仲魔のおかげで慣れてしまったのかもしれない。ただ、自覚すると確かに恥ずかしいことを言っているような気もしてくる。

 

「……思ったことを言っただけだ」

 

 なんとなく、顔を逸らしてしまう。

 

「……えっと、腕利きの知り合いがいる店があるんで案内しますね」

 

 そそくさと先に行ってしまう。

 

 色々と変な癖が付いてしまっているのかもしれない。気付けるかどうかは別だが、できるだけ気をつけようと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 盗品を処分するのにも利用する店に来たのだが、カウンターに無造作に広げられた宝石を見て驚いた。店の主人も驚いているが、それも仕方がない。どれもこれも大きさといい質といい一級品だ。そんなものがいくつもある。貴族の宝物庫にもこれだけのものはそうないだろう。確かに傷があったりと年代を感じさせるが、それが問題にならないほどのものだ。

 

「……どれがいい?」

 

「え?」

 

 いきなり聞かれたので反応できなかった。

 

「流石に全部というわけにはいかないからな。一つ選んでくれ」

 

 並べられたもの右から左へ確かめる。実際に選ぶとなると悩んでしまう。どれもこれも素晴らしい。盗品を身につけるというわけにはいかなかったから、今までそういったものをつけたことはほとんどない。貴族からプレゼントされたことはあったが、下心が見え見えで、すぐに売り払ってしまった。どうしようかとは思うけれど、遠慮するのももったいないので、目に留まった一つを指し示す。

 

「……なら、このエメラルドをいいですか?」

 

 自分の髪と同じ色のものだ。別に、他意はない。

 

「髪の色と同じか……。確かに似合うな。じゃあこれとこれを」

 

 そう言うと店主にエメラルドともう一つを渡す。たぶん、それがご主人様へのお土産なんだろう。

 

 細工を頼んだが、流石にしばらくは時間がかかる。研磨などには魔法を使うので早いが、複雑なデザインを施すにはそれなりの時間が必要だ。繊細な宝飾品であるだけに、こればかりは魔法以外の部分こそ重要になってくる。

 

「ところで、あんな宝石どこで手に入れたんですか? そこらにあるようなものじゃありませんよ」

 

 聞かずにはいられない。確かに金を積めば手に入るかもしれないが、それにしてはそう大事にしている様子もなかった。ただ集めているといった感じにしか見えない。

 

「あれは、……もらったり、拾ったりしたものだ」

 

「もらった、ですか?」

 

 つい眉をひそめてしまう。あんなものをポンポンくれる相手なんているはずがないし、ましてや落ちているなんてありえない。

 

「……正確に言えば、力尽くで、だな。襲ってきた相手が持っていたりしたものだ」

 

 そうばつが悪そうに言う。

 

「力尽く、ですか……」

 

 思わず呆れてしまう。人のことが言えたものではないが、おとなしそうでいて、なかなかやるものだ。

 

「まあ、襲ってきたというのなら仕方がないですよね。身包み剥がされる位は自業自得ですよ」

 

「そう……だな」

 

 どこで何をしていたかということを聞いたときと同じように、口が重い。

 

 もしかして殺したんだろうか? 引きずっているように見えたのはそんなことなのかもしれない。

 

「えっと、時間がかかるみたいですけれど、これからの予定なんかはありますか?」

 

 多少無理やりという気がしなくもないが、話を変える。これ以上暗くなられたら会話にならない。それに、興味もある。

 

「別にないな。適当に街を見て回るつもりだ」

 

「……お暇でしたら、他にも街を案内しましょうか?」

 

「いいのか?」

 

 笑うとまではいかないようだが、嬉しそうだ。随分と表情の変化が分かり辛いが、しばらく話していて多少は分かるようになった。ただ、何だかぎこちない所もある。

 

「あれだけのもの頂くんですから、それくらいはさせて下さい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 顔はともかく、服を着たおかげで随分と目立たなくなった。といっても、知的な美人と一緒という意味では目立ってはいるようだが。まあ、そういった目立ち方なら構わない。

 

 このロングビルという女性、未だに本性は隠してはいるようだが、こういったタイプなら良くあることだ。ひたすら直情のルイズとは正反対で、少しは見習うべきだろう。まあ、それがルイズの良さなのかもしれない。自分を信じて真っ直ぐに行動できるというのは、正直うらやましいことだ。

 

 道案内では最初は城などの一般的な場所だったが、段々と裏道に入ってきた。表とは違って怪しげな商売をやっている所もちらほら見える。むしろそういった方面の方が詳しいのかもしれない。とはいえ、裏道にあるような店の方が面白い。

 

 進んでいくと色々と変わった店がある。木の根らしきものをそこらじゅうに吊り下げた、漢方薬を扱っていると思われる店、ガラクタ集めマネカタの店のような、なんだかよく分からないものばかりを扱った店。もう少し片付けないと商売にならないと思うのだが、成り立っているから不思議だ。

 

 不思議といえばもう一つある。そのなんだかよく分からない店でロングビルが何かを買っているということだ。「掘り出し物ですよ?」とのことだが、何に使うのか全く分からない。

 

 次に来たのは武器屋だ。入った店の中は薄暗く、光源はランプの灯りのみ。壁や棚には、剣や槍などが乱雑に並べられており、実用品というよりは骨董品屋といった雰囲気がある。その前に寄ったなんだかよく分からない店に比べれば片付いているが、ここも相当なものだ。

 

「そういえば武器はどうしているんですか? 青銅のゴーレムを剣で真っ二つにしたと聞いているんですが、錬金で作ったわけではなさそうだとか……」

 

 思いついたように尋ねてくるが、何と答えたものか。授業で聞いた内容からすると、錬金は金属を作るもののようだが、あれは違う。魔力から剣を作るという意味では同じだが、金属といった形をとらずにそのまま魔力を剣の形にしている。むしろ力技といえるだろう。

 

「あれは似ているといえば似ているが、違う。魔力をそのまま剣の形にしただけだ」

 

「……よく分かりませんが、なんだか凄そうですね。先住魔法を使うとかいう話も聞いたんですが、それがそうなんですか?」

 

 探りを入れにきたのか、随分と執拗に聞いてくる。まあ、いつまでも正体不明というわけにもいかない。全てを伝えるというのは逆効果だが、ある程度は話しておくのもいいかもしれない。

 

「あれは、魔法というよりは技だな。先住魔法というのがそういうものなのかもしれないが、俺がいた世界ではそんな言い方はしなかった」

 

「……いた世界というのはどういうことですか?」

 

 予想外の所に疑問を持ったようで、尋ねてくる。

 

「そのままの意味だろう? 呼び出される前にいた世界だ」

 

「ここからは遠い場所ということですか?」

 

 いまいちかみ合わない。どちらかというと、別世界というよりも、中世、古代の頃の、どこかにあると認識されていた新大陸のように感じているらしい。狙って呼び出したわけではないのかもしれないが、呼び出したからにはある程度は分かっていてもいいようなものだが。

 

「言葉通り別世界だ。異世界と言えば分かりやすいか? こことは全く違う、とまでは言わないが、それでもかなり違いはあるな」

 

「…………」

 

 手を顎に当てて考え込んでいる。まあ、中世レベルなら今自分達がいる世界すら分からない事だらけだ。いきなり言われても想像がつかないのかもしれない。そもそも、どこまで世界の理解がすすんでいるのか。星は球体、いや、魔法があるような世界なら、案外象の上に世界が乗っているという構造であっても別におかしくはない。

 

「あなたはサモンサーヴァントの呪文で呼び出されたんですよね?」

 

 考えがまとまったのかそう尋ねてくる。

 

「呼び出す呪文がそれなら、そうだな」

 

「あれはこの世界の生き物を使い魔として呼び出す呪文です。だから、異世界というのがあるかどうかは分かりませんが、もしあるとしても呼び出せないはずです」

 

 そう断言する。言うとおりならそうなのかもしれないが、ただ……

 

「ルイズならできるんじゃないのか?」

 

 ルイズなら人と違うことができてもおかしくないように思う。

 

「どうして彼女なら、なんですか? 失礼ですが、彼女は落ちこぼれとかいう話で……」

 

 どうにも納得できないようで、隠す様子もなく眉を顰めている。

 

「魔法使い、メイジか。それぞれには得意な属性があるんだろう?」

 

 暇つぶしに聞いていた授業でそんなことを言っていた。彼女は小さく頷く。

 

「ルイズの属性というのは虚無とか言うものじゃないのか?」

 

 ルイズが教室を爆破した呪文、あんなことは他の人間にはできないとかいう話だ。暴発のようなものだったが、確かに万能魔法に似たものを感じた。他の属性とは明らかに違う以上、あれが虚無とかいう伝説のものなのかもしれない。伝説になるぐらいなら他と違うことができても不思議はないはずだ。

 

「……どうしてそう思うんですか?」

 

 いきなり伝説と呼ばれるものを話しに出されても、納得し難いようだ。

 

「そうたいした理由はないな。ルイズが起こした爆発が他の四つの属性とは違うようだから、もしかしたらと思っただけだ」

 

「それだけ、ですか?」

 

「それだけ、だな。そもそも、虚無がどんなものかも知らないんだ。単なる想像でしかない」

 

 困ったように黙り込んでしまう。といっても本当に予想でしかない。どうしてと聞かれても、他に言いようがない。ただ、属性として万能魔法のようなものがない以上、そうであってもおかしくはないとは思うが。

 

「それより、ここでは何も探さないのか?」

 

 話題を変えるという意味もあったが、気になったので聞いてみる。他の店でも、彼女いわく掘り出し物を探していた。武器なんかを使うようには見えないが、案内ついでにここにも何かを探しに来たのかもしれない。

 

「ええ、まあ。あなたは、……武器なんて必要ありませんよね。しばらく待っていただけますか?」

 

「構わない。俺は適当に店の中を見ているから、気にするな」

 

 そう言って店の中を見渡してみるが、色々なものが乱雑に並んでいる。剣、盾、槍と分けるでもなく置いてある。中には刃が欠けてしまっていて、売り物にすら見えないものもある。

 

「ん?」

 

 特に目を引くということはなかったが、一つだけ気になるものがあった。他の剣に比べてもボロボロだが、魔力だかを感じる剣がある。思わず手にとって見る。鞘から刀身を引き抜くと、見た目にたがわず、刃にも錆が浮いている。

 

「オメー、使い手か」

 

「喋るのか」

 

 まさか剣が喋るとは思わなかった。良く見ると、柄の一部がカタカタと動いている。ここが口の代わりなんだろう。なるほど、喋ることができるなら魔力を感じてもおかしくはない。

 

「インテリジェンスソードですね」

 

 ロングビルが後ろに来て、肩越しに剣を見ている。

 

「もういいのか?」

 

「ええ。今、興味があるのはその剣ですね」

 

「これか? こんなものをどうするんだ?」

 

 手にある剣を見てみるが別に欲しいとは思わない。確かに珍しいのかもしれないが、それだけだ。武器としてみれば見た目に反して頑丈そうだが、女性が欲しがるものではない。

 

「確かにオメーには必要ないだろうけどよ。もう少しこう……」

 

 剣が何か文句を言っているようだが無視する。

 

「ええと、恥ずかしいんですが……。私、魔具を集めるのが趣味なんです」

 

 頬に手を当てながらそう言う。

 

「別の店で買っていたものもそうなのか?」

 

 言いながら剣を渡すが、他のものを含めて、なんで集めたがるのか良く分からないものばかりだった。

 

「そうですよ。もしかして貴方も何か持っています? もしよろしければ見せていただけたらなー、なんて……」

 

 手を胸の前で組んで、上目遣いに見てくる。

 

「あるにはあるが、やらないぞ」

 

 おねだりをする悪魔のような目をしていたので、一応釘を刺しておく。まさかルイズのようなことはしないだろうが、念のためだ。

 

「も、もちろんです。ただ見せていただければ十分です」

 

 図星だったんだろう。今までの様子と違って慌てている。

 

 目を合わせると、気まずげに視線を泳がせる。

 

「ほ、本当ですから!」

 

「まあ、見せるぐらいならいいか」

 

 いつでも取り出せるようにポケットにいつも入れているものを一つだけ取り出す。

 

「鏡、ですか?」

 

 随分と真剣に覗き込んでいるが、流石に正体は分からないようだ。確かに見た目はコンパクト程度の鏡でしかない。裏面にはびっしりと文様が刻まれているが、俺自身、どういった意味があるのかは分からない。ただ分かるのは、それの使い道だけだ。

 

「これは魔反鏡というものだ。名前の通り、少しの間だけ魔法を反射することができる」

 

 もう物反鏡と合わせても数枚しか残っていないが、切り札の一つだ。これのおかげで何度も命拾いした。

 

「……もしそうなら、随分とすごいものですね。もしかして、貴方がいたっていう場所にはそんなものがいくつもあるんですか?」

 

「そう手に入るものじゃないな。だから、そう簡単に渡すわけにはいかない」

 

 物欲しそうにしているのでもう一度釘を刺しておく。

 

「……そうですか。残念です」

 

 本当に残念そうで、やはりどうにか手に入れるつもりだったらしい。釘を刺しておいて正解だった。恨めし気な視線がどれだけ欲しかったのかをうかがわせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分遅かったじゃない」

 

 ルイズの部屋に戻ってきたのだが、随分と険がある。遅くなったからということで食事も済ませてきたが、そこまで遅いということはないはずだ。不機嫌になるという理由が分からない。

 

「そうか?」

 

「そうよ。使い魔は主人を守るものなんだから、こんな時間まで離れているものじゃないわ」

 

 そっぽを向いて拗ねた様が相手をしてもらえなくて不貞腐れている猫のように見える。猫と同じで、放って置かれたのが気に入らないのかもしれない。言うと怒るかもしれないが、見た目通りの仕草で可愛いらしい。

 

「土産もあるからそう怒らないでくれ」

 

 機嫌を直してもらおうと、土産のことを口にする。

 

「……何? 物でつる気なの?」

 

「む」

 

 良く考えたら、何でも物で解決するというのは褒められたものではない。すっかり物や金で解決するという癖が付いていたが、これも直さないといけないかもしれない。

 

「ま、まあ、せっかく買って来たって言うんなら受け取ってあげなくもないわ。……何?」

 

「…………」

 

 確か、千晶が子供の頃もこんな感じだった気がする。別に構わないが、良くないと思う。ルイズの今までの言動を見る限り、ツンデレと呼ばれるタイプなんだろう。ツンデレというのは流行っているのかもしれないが、いつまでもそのままというのは、正直相手をする側としては疲れるときがある。結婚などでは苦労しそうだ。もしくは、その後でか。その場合、苦労するのは相手の方かもしれないが。

 

「な、何よ?」

 

「……いや。まあ、受け取ってくれ。ルイズなら似合うはずだ」

 

 ロングビルの分と合わせてもう一つ加工を依頼していたものを差し出す。

 

「何か気になるけれど、……結構いい趣味してるじゃない。でも、真ん中の真珠なんてかなり大きいし、高かったんじゃないの?」

 

 ルイズに作ってもらったのは、中心に持っていた真珠を、その周りを蔦が絡むようなデザインの銀で覆ったバレッタだ。できるだけ可愛いというよりも、綺麗といったことを中心のデザインにしてもらったが、ルイズの整った顔なら十分に映えると思う。

 

「真珠自体は持っていたものだから気にするな。俺が持っていても仕方がないしな。それよりも気に入ってくれたか?」

 

「ま、まあまあね。あんたにしては頑張ったんじゃないの」

 

 口では素直じゃないが、気に入ってくれたようだ。にやけそうになる顔を無理やり抑えている。もう少し素直になっていいと思うが、その分全身で表現するからチャラといった所だろう。尻尾があったらパタパタと振っていたかもしれない。

 

「気に入ってくれたようで良かった」

 

 こちらもそう喜んでくれると贈った甲斐もあると、嬉しくなる。それでも照れているのか誤魔化そうとするが、可愛いものだ。自然と笑みも浮かぶ。しばらく前まで笑うということもなかったが、ルイズのおかげで笑えるようになってきたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「使い手ってのが何かは思い出したかい?」

 

 自室へ戻り、手に入れた剣に話しかける。傍から見ればちょっとまぬけかもしれないが。

 

「忘れた。昔過ぎて思い出せね」

 

「……はぁ」

 

 つい、ため息が出る。

 

 この剣は何か知っているかもと思ってわざわざ買ったのだが、期待はずれもいいところだ。それなりの値段ではあったので学院長のエロジジイに引き取らせるつもりだが、何だか損した気分になる。

 

「……まあ、こんなものを貰ったんだから、よしとするべきなのかね」

 

 指に絡ませた鎖がかすかに音を立てる。

 

 貰ったエメラルドはネックレスにしてもらった。せっかくの大粒のものということでカットだけに工夫をして宝石自体には最低限の装飾を、チェーンも銀の鎖で繋いだだけのシンプルなものだ。それでも、ものがものなので相当の品になっている。これだけでも十分な収穫だといえる。しかも、盗んだわけでもなくただでもらったというんだから大したものだ。それに、使い魔の彼が面白そうな魔具を持っているということも分かった。手に入れられるかは別だが、興味はある。

 

 高く掲げてみたエメラルドを月にかざす。月の光を柔らかな緑光にかえて反射する。

 

「売ればそれなりのお金にはなるけれど……。ま、せっかく下心無しのプレゼントだ。大事にするとしますかね」


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