混沌の使い魔   作:Freccia

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今回は今までと同じく一人称で。
ただし、実験的に一人の視点で通しての描写。
誰の視点か分からないという評価に対して、三人称で書く以外にこれもありかなと。

それと、本編とは別の短編は小話という形で別に分けました。


第30話 Reach for the Stars

 

 

 

 

 ――イザベラ

 

 ハルケギニア最大の強国であるガリアの第一王女であり、現王唯一の子。であるから、自然その権威は王に次ぐものとなる。例外である教皇を除けば、そのままハルケギニアの中でもと言い換えることができるだろう。

 

 しかし、今のガリア王と王女に関しては、それをそのまま当てはめられるかというと難しい。何しろ、貴族の証とも言える魔法がろくに使えないのだから。

 

 だからこその無能王であり、その娘。表立って言われることはなくとも、それは当事者であるイザベラ自身もよく理解している。ましてや古臭い価値観に凝り固まったトリステイン。魔法の才がないことをその目で見ればどうであろうか。最初はともかく、いずれは嘲るようになるのだろう、少なくともイザベラはそう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「――何というか、拍子抜けだね」

 

 学院に用意された部屋。一人、いや、正確には一緒にトリステインに来たビターシャルと二人だけになると、つい本音が出る。だが、そいつは部屋に戻るなりせっせと報告書だかの手紙を書いているからカウントする必要はないだろう。

 

 他の生徒と一緒に授業を受けて、早一週間。

 

 王家の者ながら碌に魔法が使えないということを十二分に見ただろうに、態度が変わることがない。むしろ、より一層腫れ物を扱うようになったのだから分からない。

 

 まあ、全く心当たりがないでもない。

 

 おそらく、ルイズと、その使い魔が関係しているんだろう。虚無の担い手というルイズであるが、驚いたことに、その魔法の腕前は表現に苦しむほど。

 

 いや、ここは正直に言おう。一見して私以上に才能がないと思わせるなど、ルイズが初めてといっていい。

 

 もちろん虚無の担い手というのなら秘めたものはあるのだろうが、少なくとも、講義中にそれが発揮されることはない。必ず爆発させるという状態からは改善したらしいが、精々、必ずという枕詞が取れるぐらいだ。親近感と、少しだけ優越感が湧いた。

 

 そんなルイズがいて、更にそのルイズを溺愛する大魔王みたいな使い魔がいれば、魔法の才能がない私にどうこう言えるようなやつはいなくなるだろう。むしろ、そんなやつがいたとしたら大したものだ。よほど骨のあるやつか、もしくは、ただの馬鹿か。

 

「――今日も機嫌が良さそうだな」

 

 ビターシャルが言う。見れば、いつの間に報告書を書き終えたのが、広げられていた便箋は既に封がされている。

 

「そうかい? ………まあ、そういうこともあるかもね。ああ、そうだ。あんたの国からの指示はもう来たんだよね? もちろん、言えないっていうのなら仕方ないけれどね。あんたならそんなことをしないというのは分かっているけれど、嘘を混ぜられるぐらいなら、話せないって言われた方がましだからね」

 

 ビターシャルは人間と敵対するエルフ。私に協力するのも、所詮はそれがエルフの利益につながるからでしかない。

 

「いや、構わない。君も知っているようなことで、隠すようなことではない。なに、つまるところ、私達がまず欲しいのは情報だ」

 

「情報、ねぇ」

 

 エルフっていうのは、確かに情報というものを重視する。そも、重鎮の一人であろうビターシャル自身がガリアと接触してきたのも、それが理由の一つだ。

 

 ビターシャルは続ける。

 

「ああ、私達が悪魔と呼んでいる者達。そう呼んではいるが、彼らについては何も分からない。その正体、目的、どこから現れたのすら」

 

「そういえば、ルクシャナが攫われたのものその調査がきっかけだって言っていたっけ。でも、どこからっていうのは目星がついているんだろう? 悪魔なんて呼び方をしているんだからさ」

 

 エルフはブリミルのことを忌むべき悪魔と呼んでいる。なら、ここでいう悪魔とやらも、ブリミルが降臨したという聖地から現れたと考えているだろうことは想像に難くない。

 

 ビターシャルは、なぜだか私のことをまじまじと見ている。

 

「何だい?」

 

「いや……。確かに君の言う通り、聖地から現れたのではないかと考えている。まだ確証は取れていないがね」

 

 ふと、思う。もしかして、私は何も知らないとでも思っていたのかと。まあ、あながち間違いじゃないけれど、王族としての最低限ぐらいは齧ってはいる。

 

「ふうん、聖地っていうのは本当にあんたらにとって鬼門だねぇ。ブリミルやら悪魔やら、ついでに、神の槍ってものまで流れ着くというんだから」

 

 教皇がこそこそ集めている場違いな工芸品、はっきり言えば、使い道も分からない武器がどこからともなく流れ着くという。全くもって、厄介極まりない場所だろう。

 

「――謝罪しよう」

 

 ビターシャルが言う。

 

「んあ? 何だい、急に」

 

「少しばかり君のことを見くびっていたようだ。それは謝罪する」

 

 クソ真面目な顔で言われると、こっちも困るんだけれどねぇ。

 

「いいよ、別に。どうせ役に立たないと思って、お勉強は聞き流していたからね。それに、私なんて実際、あんたの何分の一も生きちゃいないんだから。まあ、悪いと思うんだったら、次からはそういう扱いをしてくれれば良いよ。で、何だっけ? ……ああ、あいつからはどんな情報を得るつもりだい?」

 

「――まず、聖地に現れた悪魔との関係が知りたい」

 

「そりゃ、そうだね。実は指示を出していたのは自分だ、なんてことになった目も当てられないからね」

 

「そうだ。しかし、それは心配ないと思っている。私が知ることができた範囲で考えての結論ではあるが、そんなことをする理由がない」

 

「まあ、ね」

 

 それは、ビターシャルに同意する。

 

 ルイズとその周りについては念入りに調べた。基本的には学院内に篭るような、狭い範囲でしか活動していない。そこにちょっかいさえかけなければ無害もいいところ。政治には、少なくとも影響力を行使している様子はない。

 

 私は続ける。

 

「基本はこの国に対しても不干渉としているみたいだし、わざわざそんなことをすることはないだろうさ。もし関係があるとしても、放置しているからってところかね。とりあえず、ここは無関係だったと仮定しようか。で、あんたらとしては、聖地から現れたらしい悪魔とやらの情報を得る。首尾よく得られれば儲け物ってところか。ところで、トレードの材料は何かあるのかい? 何かあれば助力のお願いぐらいはできるだろうけれどさ」

 

 ビターシャルは首を振る。まあ、分かっていたことではあるけれどね。

 

「でも、駄目元では頼んでみるんだろう?」

 

「ああ、実現可能な条件であれば、全て飲む覚悟はある」

 

「それは、私の、ガリア経由でもってことだよね?」

 

「むろん」

 

 ビターシャルの目に迷いはない。

 

 エルフであるビターシャルの容貌は、施政者としては若造も良いところ。しかし、強い眼差しは経験を重ねたものだけが持つ迫力がある。それは、年月だけで身につくものでもない。

 

「ふうん。その言葉、覚えておくよ。んじゃ、ま、善は急げというしね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目的の人物はすぐに見つかった。ルイズの桃色の髪はとても目立つ。歩いている生徒の二、三人も捕まえれば、誰かがどこかしらで見ている。

 

 ルイズは図書館に、意外な人物と一緒にいた。学生らしく勉強していたのか、二人して机に本を広げている。ただ、そのもう一人は目を合わせても何も言わない。

 

 王宮でのように、私をじっと見るだけ。子どものように凹凸のない体だというのに、冷たい目だけはずいぶんと大人びている。従姉妹だというのに、王族の証である青の髪以外は私とは似ても似つかない。いや、魔法の才というごく一般的な尺度を基準にするなら、落ちこぼれの私が正しくはないのだろう。

 

「いくら本好きとはいえ、あなたが一緒にいるとはね。タバサ」

 

 ルイズは、私とタバサを恐る恐る見てはいても、何も言わない。タバサは身分を明かしてはいないだろうが、髪の色と私と面識があるということを見れば、事情持ちだということは分かるだろう。よほど愚かでなければ、それは察してしかるべきもの。仮にも公爵令嬢であれば、当然。

 

「ルイズ」

 

 私は言う。

 

「……はい」

 

 ルイズの表情が強張る。

 

「今日はあなたに、いえ、あなたの使い魔に用事があるの。彼女には席をはずしていただいていいかしら?」

 

 タバサが無言で席を立つ。しかし、これはこれでちょうど良かったのかもしれない。

 

「――タバサ。夜に私の部屋に来てもらえるかしら?」

 

 タバサは頷くこともなく、立ち去る。いつものことといえばそうだが、ルイズにはどう見えるだろうか。やはり、何か迷うようにタバサを見ている。

 

「二人で勉強をしている所、ごめんなさいね。さっきも言った通り、あなたの使い魔に用事があるの。ああ、私じゃなくて、 後ろのビターシャルが、だけれどね。あなたが一緒の方がいいかと思っているんだけれど、同席していただけるかしら?」

 

 当然、ルイズは頷く。

 

 権力を傘に切るやり方は、ことここに関しては望ましくなくとも、ようはバランスだ。使えるものは使わないと、とてもじゃないがやっていけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルイズと一緒に、今度こそ本命の人物の元へ向かう。私と一緒だということは既に知っていたのか、ルイズの部屋で至極当然といった様子で待っていた。学院が完全に相手の土俵というのも、こういう時には面倒がなくて良い。

 

「や、待っていてもらったみたいで悪いね。もう聞いているだろうから紹介はいらないかね? 後ろのビターシャルがあんたに話があるんで、よければ時間をもらえないかなと。ああ、ルイズに来てもらったのはその方が話しやすいというだけだからね。断るというのはそれはそれで仕方が無いことだって分かっているからさ。ええと、始祖に誓う――って言って信じてもらえるかね?」

 

「そこまで言わずとも、話ぐらいは聞くさ」

 

 少しばかり警戒してはいても、それだけだ。

 

「助かるよ。まあ、話は簡単だ。あんたの部下が、エルフの国の方に行っただろう? そこで見ているかもしれないが、最近困ったことがあるらしくてね。なんでも、今まで見たことがないような化け物どもが現れるようになったんだそうだ。で、まあ、単刀直入に言うとだ、そういう奴らに心当たりがないかい? 正体が分からない上に数が多くて参っているらしいんだ。――ああ、いや、もちろんあんたが直接関係しているなんて思ってはいないよ。そんなことをする意味がないだろうからね」

 

 ちらりとルイズの様子を伺う。

 

 特に口を挟むことはないようだ。全く知らないということはないだろうが、どこまで知っているのか。あまり、はっきりというのはよろしくないか。

 

 目の前の男に向き直るが、男の表情は変わらない。タバサへと違って命令するわけじゃないから、少しばかりやり辛い。

 

「まあ、何だ、馬鹿をやらかしたのもそれを何とかしようとしていたわけでね」

 

 後ろに立つビターシャルは何も言わない。同族を馬鹿にされて良い気はしないだろうが、そこは我慢してもらおう。

 

「その話は聞いている。が、化け物云々の話は知らないな。そもそも、遠出をしたのはあの時きりだ」

 

「そう。じゃあ、仕方ないね。となると、地道に調べるしかないってことか」

 

 さて、無関係と言われたからにはどうしたものか。藪をつついて蛇を出すのは論外。

 

「――ただ」

 

 少しだけ考え込むようにして男は言う。

 

「その話は気にならないでもない。それに、ルクシャナはまだこちらに残るつもりのようだが、一度ぐらいは帰ってもいい。二人に、送らせる。……滞在している間は、時間があるだろう」

 

 二人というと、あのエルフを蹴散らしたという悪魔かね。なんだなんだ、随分と気前がいいじゃないか。これだけ遠回しに言うからには、ただでとはいかずとも、対価は後払いってことだろう。

 

「ああ、助かるね。ビターシャル達も困っていたみたいでね」

 

 自分の名前が出たせいか、ビターシャルが息を飲むのが分かる。

 

 いや、こういうことははっきりと言っておかないとね。やだよ、ガリアに全部請求が来るとかさ。というか、だからこそ言質をとっておいたんだけれどね?

 

 

 

 

 

 

 

 思ったよりあっさりと要件が済み、ルイズの部屋をあとにする。ただ、背中にはどうにも恨みがましい視線。

 

「……なに? 言いたいことがあるならはっきりいいなよ」

 

 ビターシャルへ振り返らずに口にする。女々しいのは嫌いだよ。

 

「いや、君には感謝している。君のおかげで協力を取り付けることができた。ただ、どう報告したものかとね……」

 

 随分と覇気のない言葉に、つい様子を伺うと、疲れたように胃を抑えている。

 

「いいじゃないか、目的は果たせそうなんだから。対価のことは、まあ……」

 

 少しばかり考える。もし部下が白紙手形で交渉を終えていたら――

 

「私なら、一発殴るぐらいで勘弁するよ?」

 

「……そうかね。何とも、寛大なことだ」

 

 せっかくの美形も、どこか煤けている。だらしない、中間管理職というのはそういうものだろうに。もちろん、私は遠慮するけれど。

 

「まあ、何だ。ルクシャナを送ってもらえるというのなら、あんたも休暇がてら連れて行ってもらえばいいさ。それぐらいのお願いなら聞いてくれるよ」

 

「しかし、……私が役に立っているとは言えないが、君の護衛はどうする?」

 

「考えていなくもないさ。ほら――」

 

 視線の先、私の部屋の前に小柄な姿がある。

 

 しかしタバサ、夜と言ったのにいつから待っていたのだろうか? 窓の外を覗いてもまだ薄暗くなり始めたばかりだというのに。そりゃあ確かに、普段から難癖をつけているけれどさ……。

 

 

 

 

 

 

 

 部屋の中、私はベッドに腰掛け、ビターシャルとタバサが立っている。背の低いタバサとはいえ、どうしても私を見下ろす形になる。あまり好ましくないが、こればかりは仕方が無い。

 

 ビターシャルは私とタバサを何度か見たあとは、我関せずといった様子だ。あとで説明はしておかないとまずいだろうか。

 

 

「……さて、タバサ。あんたに来るように言った理由だ」

 

 タバサはいつもの人形のような目で私を見る。人形の名前だったタバサというのを名乗らせたのは私だが、皮肉なことに、思いの他相応しい名になったらしい。昔の、活発だったころの面影は既にない。

 

 いや、今その話はいい。

 

「私の護衛としてこの学院に来たそこのビターシャルは、今は隠しているが正真正銘のエルフだ。魔法薬なんかにも、それなりに詳しい」

 

 タバサは、跳ねるようにビターシャルを見る。どこかすがるような視線に、流石のビターシャルも戸惑うようだ。それも仕方がない、ビターシャルは私たちの事情を知らないのだから。

 

 タバサがもともと、既にこの世を去ったガリアの王となるはずだった男の娘で、母がエルフの毒薬で心を壊されたということなど。潔癖な所のあるビターシャルは、そのことを知ったら私を軽蔑するだろうか?

 

「タバサ、それなりに賢いあんたなら分かるよね? 」

 

「私は、何をすれば良い」

 

 珍しく、タバサの目には憎しみと、それ以外にも様々な感情が浮かんでいる。

 

 ……それで良い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビターシャルは、閉まる扉を見つめる。

 

「………私がエルフだと明かすことに、何か意味はあるのかね? それと、彼女を護衛代わりにするというには、どうにも剣呑な関係なようだが」

 

 ビターシャルの懸念はもっとも。

 

「なに、あんたの正体を明かしたことに大した意味はないさ。ただ、あの子も馬鹿じゃないから、やるべきことはやってくれると思うよ。ちょうど、小間使いも欲しかったしね。まあ、手綱はきちんと握っているから心配しなくても大丈夫だよ」

 

「君がそういうのなら、信じよう」

 

 ビターシャルも、それ以上の追求はしない。

 

 そりゃ、さ、私だって怖いよ。タバサがその気になれば、ろくに魔法の使えない私は抵抗なんてできないんだから。でも、それは今までだってそうだし、何より、手札が少ないんじゃ仕方ないじゃないか。私は人望なんてこれっぽっちもないんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出発の日は、それから三日後だった。ビターシャルからルクシャナに話したということもあるだろうが、着の身着のままで来たルクシャナ自身も気にはなっていたのだろう。ビターシャルからルクシャナの無事は伝わっているにしても、家族がいれば心配していることだろう。

 

 東に向かうのはルクシャナにビターシャル。見送りにはルイズにシキ、その愛人二人、そして、今もルクシャナとの別れを惜しんでいるテファ。ビターシャル曰く、彼女もハーフとはいえ、エルフらしい。どういう因果でここにいるのかはまだ分かってはいない。愛人その二の妹ということだが、姉の方は間違いなく人間。まあ、訳ありだろう。ルイズ同様、シキに大切にされているようだから下手に藪をつつくつもりはないけれどね。

 

 そんな様子を少しだけ離れて見ながら、ぼんやりと思う。よくもまあ、多少歳はいっていても美女、そして美少女ばかりが集まっている。見返りは案外女を要求されたりしてね。

 

 ……いや、ありえない話でもないのか。

 

 なかなかどうして、むっつりらしいしね。ほんの数日の調査でも分かるんだから、大したものだ。私に色気があるなら、色仕掛けも試すだけ試してみたどころだよ。残念ながら、そこまでの器量良しじゃないからやるだけ無駄だと分かっているけれどね。

 

 と、名残を惜しみながらもそろそろ向かうようだ。ルクシャナとビターシャルが準備された竜籠に乗り込む。

 

 そして腕を組んで立っていた2人の男。見る間に大きく、大きく、見上げるほどの巨鳥に姿を変える。そして、籠を掴むと軽々と飛び立ち、あっという間に見えなくなる。速度に優れる風竜よりはるかに速い。

 

 

 まあ、何だ。

 

 人と見分けがつかないことから最悪の妖魔と呼ばれる吸血鬼。こいつらに比べたら吸血鬼なんて可愛いものだ。本当、嫌になるね、全く。

 

「――おや、浮かない顔ですね。あなたとしても好ましい形になったというのに」

 

 ふと、聞き覚えのある声。見るまでもない、私が学院に来て早々に脅しをかけてくれたウリエルという男。面倒だから離れて見送ろうと思ったけれど、余計に面倒だったかね。

 

「そりゃあ、私としても助かるけれど、あんなにあっさり受け入れられるとは思わなくてね。後でどんな見返りを要求されるかと思うと、怖いじゃないか」

 

 振り返ればやはり、初めて会った時と同じように笑っている。私の経験上、そういうやつの方が……怖い。平気で人を殺せるのは、案外そういうやつだ。

 

「ああ、そのことでしたか。なに、あなたがが気を揉む必要はありませんよ。調べるのは私達の為でもありますしね。情報は、あるに越したことはありませんから」

 

「随分と余裕だねぇ。そりゃあ、人間はちっぽけなものだと思っているかもしれないけれど、集まれば小賢しい真似をするかもしれないよ?」

 

 こうも余裕だと、皮肉の一つも言いたくなる。

 

「然り。数というのとてもシンプルですが、最も強い力の一つです。――あなたは賢い人だ。それは、施政者として必ず理解しておくべきことです。この世界では魔法という大きな差があるといえども、基本は変わりません。その若さで理解しているというのは、誇って良いでしょう」

 

「……そりゃ、どうも。褒めてくれるというのなら、ついでに教えてくれるかい?」

 

「ええ、私に答えられることなら」

 

「じゃあ、教えてくれるかい。あんたらは何をしたいんだい? その気になればできないことなんてないんだろう?」

 

 少し、皮肉がすぎただろうか。しかし、ウリエルは余裕の表情を崩すこともなく答える。

 

「それは買い被りというものです。私たちとて、できないことはできません。そして私たちが何をしたいか、ですか。それは、少しばかり難しい。……まあ、主の望むままにとでも言っておきましょうか。ふふ、心配しなくとも良いですよ。なに、言ってしまえば昼寝のようなものですよ」

 

 ああ、触れるな、そして、起こすなってか。

 

「……分かりやすくていいね」

 

 ああ、本当に分かりやすい。私は、私達は眼中に無いってことか。

 

「理解が早くて助かります」

 

 言うべきことは言ったからか、去って行く。

 

 悠々と歩くその背中を見送って、見えなくなってようやく力を抜けた。

 

「……たかが小娘一人に、大人げないとは思わないのかね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寮の部屋に戻ると、少しだけ広く感じた。

 

 ぐるりと見渡せば、王宮の私の部屋よりずっと狭いというのに、なぜだろうか。何だんだで常に一緒にいたビターシャルがいなくなって、不安でも感じているんだろうか。

 

 ――馬鹿らしい。これが私にとっての普通じゃないか。

 

 力を抜いて、とベッドに倒れこむ。

 

 ああ、そうだ。メイドをどうにかしないと。このベッドだって今でこそ整えられているが、一人もメイドを連れてきていない。ビターシャルにやらせていたということをすっかり忘れていた。あいつのおかげで部屋のことは何もしなくても良かったというのに。エルフの魔法というのは本当に便利だ。部屋そのものが勝手に動く。

 

 でも、明日でいいか。

 

「………疲れた。あいつと話すと疲れるんだよ」

 

 つい漏れ出た独り言。しかし返事があった。

 

「それは残念。私は楽しいですよ?」

 

 ふと、ついさっき聞いた声。

 

「――ぎゃあぁぁあぁ!?」

 

 ベッドの端まで這っていく。端まで行って声の方を見れば、さっき別れたはずのウリエルが笑っている。

 

「おや、淑女の部屋に勝手に入るものではない、ぐらいは言うかと思いましたが」

 

 変わらないのに、とても嫌らしい笑みに見える。

 

「わ、分かっているなら来るな!?」

 

 くそ……。情けない。不意打ちぐらいで、動悸が治まらない。これぐらい、分かっていたことじゃないか。学院内にいる限り、すべてあいつらの手の内だと。

 

 ――落ち着け。

 

 こいつらは、私のことだってどうでもいいんだ。いざとなればどうとでもできる。逆に、何かがなければそれはない。ただ、睨みつける。

 

「――結構。しかし、涙ぐらいは拭ってからの方が良いかと」

 

「死ねぇぇぇぇ!」

 

 握りしめていた枕が中を舞い、男――ではなく壁に当たる。

 

「お転婆ですねぇ」

 

「うがぁぁぁぁぁぁ……」

 

 ガシガシと頭を掻き毟る。

 

 こいつは敵だ。

 

 わざわざ私で遊びに来やがった。これ以上乗せられるな、落ち着け。

 

 大きく一つ、息を吸う。

 

 微笑ましそうに見るな、この野郎………。

 

「………で、何のようだい。わざわざ私をからかいに来たわけじゃないんだろう?」

 

 周りには聞かれたくない、そういうことだろう。

 

「いえ、からかいに来たんですよ?」

 

 朗らかに、何の悪びれもなく言ってのける。

 

 ――ははは、こいつ、殺したい。

 

「……というのは冗談です。せいぜいが半分」

 

「こ、この………」

 

「ふふ、気丈に振る舞うのも良いですが、今の方が本来のあなたらしいと思いますよ?」

 

「知ったような口を聞くね。言葉を交わしたことだって数回しかないというのに」

 

「もちろん、調べた上でのことですよ。あなたが私たちのことを調べるより、私たちがあなたのことを調べる方がよほど簡単だと思いませんか?」

 

「は、そりゃそうだ。じゃあ、私のことは全部お見通しってわけかい?」

 

 頭が冷える。ようやく冷静になれそうだ。

 

「まさか。全てを理解するなんて傲慢なことは言いませんよ」

 

「どうだかね」

 

 いつでも余裕なんて顔をしておいて何を言う。

 

「少しばかりからかいすぎましたか。そこは謝罪しましょう。ただ、脅迫ばかりもよろしくないと思いましてね」

 

「どういう心情の変化だい?」

 

「心情の変化というわけではないのですが……。なに、あなたはルイズ嬢の友人としては好ましい。魔法が不得手なあなたこそ、彼女のことを理解できる。あなたの思惑はどうあれ、認め合える友人というのは貴重なものです。それは、あなたにとっても同じ。あなたが人として弁えるべきことを守るのであれば、私たちがどうこう言うことはない――ただ、それは言っておこうかと」

 

「人としてってのは随分と曖昧だね。そんなもの、それこそ千差万別だろうに」

 

「それはあなたの心に従ってということで構いません。私もそれぐらいはあなたのことを理解しているつもりです」

 

 私の思うまま好きにやれってか。何とも人を食ったやつだね。

 

「まあ、私が言いたかったことはそれだけです。では、お邪魔しましたね」

 

 それだけ言ってウリエルは出口へ向かい、思い出したとばかりにくるりと振り返る。

 

「何だ、まだ言うことがあるのかい?」

 

「ええ、髪は整えた方がいいですよ。おてんば姫なんて言われたくはないでしょう?」

 

 それではと、今度こそ部屋を出ていく。

 

「……ふふ、最後までコケにしてくれるね」

 

 沸々と怒りが沸き立つ。

 

 ……覚えてろよ。私にだってプライドってものがあるんだからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 使いにやったタバサが戻ってきた。一応は北花壇警備騎士団の一人。考えていたよりもずっと早く戻ってきた。

 

 うん、学院内で使う手駒として、これほど便利なやつはいないかもしれない。内実はともかく、指揮官である私が使うというのは、少なくとも形式上でも問題はない。

 

「……で、ルイズはどこにいる?」

 

 生徒の居場所を探す、たとえ、そんな雑用であっても。

 

「図書館で勉強中」

 

 愛想のないタバサの返事。まあ、そんなものははなから期待しちゃいないがね。しかし、また図書館か。

 

「この前も図書館にいたけれど、ルイズってのはそんなに真面目なのかい?」

 

 授業がある日はともかく、休みの日にも図書館篭りというのはルイズぐらいではないだろうか。少なくとも、他の生徒がそこまでやっているというのは、私は知らない。

 

「魔法を使えるようになる為」

 

 ああ、そうか。虚無の魔法も、色々と試してはみても結局は使い方が分からないんだっけね。才能があると言われても、それが使えない、か。

 

「……難儀なものだね。あんたにゃ、分からないだろう?」

 

 タバサは何も言わない。

 

 分かるはずがない、魔法を使えないってことがどんなに惨めかなんてね。

 

 

 

 

 

 

 

 ルイズはうず高く積まれた本と格闘していた。年齢に比べても華奢なルイズと比較すれば、それは言葉通りの山。

 

 図書館内を見渡しても、ルイズほど真面目な生徒はいない。それほど努力しても結果に結びつくとは限らない。

才能がないというのは、そういうことだ。

 

 案内させたタバサに、周りに声が聞こえないようサイレントだけを唱えさせ、待たせる。ここから先は、タバサがいない方が良い。

 

「――やあ、ルイズ。相変わらず真面目だね」

 

「え? イ、イザベラ様!?」

 

 慌てて立ち上がるルイズだが、私は気にせず向かいの席に座る。

 

「驚かせたのは私だけれど、図書館で騒ぐものじゃないと思うよ? 周りに聞こえる心配はないけれどね。私じゃ心もとないけれど、タバサのサイレントだから大丈夫だろうさ」

 

 顎でタバサを示すと、ルイズは確かめるように周りを見て、変わらない様子に納得したようだ。

 

「えっと、何か御用でしょうか?」

 

 ルイズは離れて立っているタバサのことは言わない。

 

 わざわざ説明したりはしないが、ルイズならそれなり正解に近い答えを出せるだろう。感情のままに行動する節はあるが、決して頭が悪いわけではない。純粋な理解力という意味では、むしろ優れている。

 

「用っていうほどじゃないけれどね、二人だけで話してみたいと思ってさ。あんたの使い魔じゃなく、あんたとね」

 

「私と、ですか?」

 

 思った通り、ルイズは怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「ああ。もう十分に見ていると思うけれど、私は魔法がろくに使えなくてね。ドットの魔法も怪しいぐらい。他のメイジならともかく、王女の私がだよ」

 

「それは……」

 

 ルイズは余計なことは言わない。ただ、深い、深い同情と悲しみの表情。いや、同情は少し違うか。共感というのが相応しいかもしれない。

 

「私も色々あったよ。……まあ、それはいいさ。ルイズ、あんたとはもう少し前向きな話をしたくてね。話を聞くに、魔法を使えるように色々とやっているそうじゃないか。私に虚無の才能があるとは思わないけれど、父親は虚無の担い手だそうだ。私も魔法を使えるように、何かヒントを貰えないかと思ってね」

 

「まだ結果が出ていないですけれど、そういうことでしたら喜んで」

 

 固くはあるも、ルイズは快諾する。

 

「助かるよ。ただ、もう少し楽にしてくれると嬉しいね。人目があれば仕方ないけれど、私は堅苦しいのは嫌いなんだ。その為のサイレントでもあるしね」

 

 くすりと、ようやく自然にルイズが笑った。

 

 

 

 ルイズは、今までの努力を語る。私にも覚えがあること。

 

 片っ端から魔法書を読み込み、声が枯れるまで呪文を唱える。昔は私もよくやったことだ。

 

 驚いたのは、シキに言われたという実戦の中で魔法の力を目覚めさせようというもの。私の脳筋すぎるという素直な感想に、全くだとルイズが笑う。

 

 周りからの陰口の話は、私だって今でこそ割り切っているけれど、辛かった。そして何より、誰かと比べられること。ルイズは二人の姉と、私はタバサという魔法の天才と比べられ、勝手に同情された。才能がないという陰口と違って、言った本人に悪気はないんだろう。でも、ただ馬鹿にされるより、そうやって同情される方が辛かった。こんなことは私たちにしか分からない。

 

 ああ、認めないといけない。

 

 散々私を馬鹿にしくさったウリエルが言った通り、私は、私のことを理解している人が欲しかったと。本当に癪に触るけれど。

 

「……あの、いくらなんでも馴れ馴れしかったでしょうか?」

 

 知らず不機嫌な顔になっていたのか、ルイズが不安そうに口にする。

 

「ルイズのことじゃないさ」

 

 そうだ、忘れてはいけない。つい話込んじゃったけれど、もともとの目的は別のことだ。

 

「……実はルイズにお願いしたいことがあってね」

 

「私にできることでしたら」

 

「嬉しいね。いや、大したことじゃないのかもしれないけれど、シキの部下にウリエルっているだろう?」

 

「ええ」

 

「それだけといえばそれだけなんだけれど、私の知らない間に部屋に入ってきてね………」

 

「……ええ。………え? っえ!? ま、まさか!? シキならともかく、ウリエルさんがそんなことを!? 」

 

 バンっと立ち上がり、テーブルに頭をこすりつけんばかりに謝罪するルイズ。

 

「いや、ルイズを責めるつもりはないんだよ。いきなり学院に留学してきた私に釘を刺すためだとは思うんだけれど、一応私も女だしね。そういうことは心臓に悪いから止めて欲しいから、それとなく言ってくれると嬉しいんだ」

 

「分かりました! 私に任せてください。 今すぐに!」

 

 そう言って走り去るルイズ。

 

「――いやあ、頼りになるねぇ。うん、友人ってのはいいものだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰り道、ウリエルがいた。いや、これは待っていたと言うべきだろうか。

 

「――あなたも、なかなかに面白い方ですね」

 

 そう、朗らかに言う。

 

「――いやあ、お褒めにあずかり光栄だね。私も好きにやらせてもらうことにしたよ」

 

 ははは、ざまあみろ。

 

 私だってやられるばっかりじゃないんだからね。後のことなんて知ったことか。


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