御了承下さい
100万回生きた猫
一人の男がいた。
男は満身創痍に陥りながらも身体中傷だらけで特に腹部は血に塗れコートを赤く染めていた。
敵と思われるマシンガンなどの銃を男に向けているスーツを着こなしたカタギとはとても思えない男達がいるのにも関わらず、瓦礫が散乱した真っ赤な階段を一段、また一段と両足で静かにゆっくりと降りている。
男は全てを理解していた
自分がもう長くはない事を……
しかし、そこには後悔など微塵も感じなかった。
“本当に生きてるかどうか確かめに行く”
…………答えは出た
………いや分かっていたかも知れない。
“過去を見ている”という左眼は戦いの中で光を失い、今を見ていた右眼でビシャスと対峙し、そこで全てを清算し終えた。
醒めない夢から醒めてしまったその瞬間から……こうなる事が決まっていたのかもしれない……
それでも………未練は無い…………
いや、あるのかも知れないがそれ以上望むのは贅沢ではないのか?。
…もうこれが最後か、
既に男の武器の愛銃ジェリコ941は手元に存在しなかった、そこには親指と人差し指で作った…自分自身で作り上げた銃の真似事をした手が男達に向けられていた。
これは男達に向けてだろうか……それとも……過去に対してか…いや自分自身なのか…
…その答えを知るものは、本人でしか分からない
男は微笑みながら震える手を突きつけ
「Bang…」
そして糸の切れた人形の様に静かに登り始めた朝日に照らされながら
………“倒れて逝った”
だが、その表情は穏やかな顔そのものであった。
…………………
対峙する男達は先程から、トリガーの引き金を引く事が出来なかった、ただ指に少し力を入れて引けば数多の鉛の弾丸が男の命を奪う事が出来る筈なのにも関わらず、理由は分からないが呆然と男の姿を目に焼き付けることしか許されなかった。
…ただ死んだのを確信したことは間違いないだろう。
…………………………………
最期男の脳裏に映り着いた記憶があった
「これは……夢ね」
「ああ…悪い、夢さ」
《あるとらねこねこがいました。
ねこは死んで生き返るたびに、好きでもない色んな人間に飼われていき、100万回死んで100万回生きた。
ねこは死ぬのが怖くなかった
やがてそのねこは自由な野良ねこになり、きれいな雪のような白いねこに恋をし、二匹は幸せに暮らした。
やがて月日が経ち白いねこは歳をとり死んでしまった。
とらねこは100万回泣いてそして死んだ。
もう二度と生き返らなかった。》
男はこの話が大嫌いだ、…猫が嫌いなのだ。
その時からだろう、醒めない夢から醒めたのは…
これはただ夢から醒めて………“生き尽くした”男の話
今回はエピローグと名のプロローグですのでかなり短くなってしまいました。