『気配』という、言葉があります。
私がその言葉を頻繁に見かけているのは、英雄譚等の物語の中でした。
気配、けはい、ケハイ………
その言葉を見る度に私は「どうやって、気配なんてものが分かるの?」、なんて。
疑問に思い、首を傾げていました。
自分に出来ないことを、あるかどうかも分からないモノを。
感じろ、だなんて。
信じろ、だなんて。
想像しろ、だなんて、無理だったから。
私は『気配』という言葉もまた、信じていなかったのです。
でも。
気配というモノは、私が今まで感じていなかっただけで。
確かに存在するものなのかもしれないのではと、今では思っているのです。
最初は気のせいだと思った、けれど。
首裏に感じる、このチリチリとした嫌な感じは絶対に気のせいではなくて。
私の中にいる使い魔さんも、しきりに何かを訴える。
だから私は、振り向きます。
私が感じる、気配というモノを信じてみて。
けれど、私の後ろで動くモノは、何もなくて。
以前よく訪れていた、本屋さんだった建物で行き止まり。
やはり、気のせいだったのかな?
そう思ったのですが、『そうじゃない』と。
『そうじゃないんだよ』と、私の使い魔――白猫さんは、訴えます。
視線は、自然と、上へ。
建物には、当たり前のように、窓。
四角くて、平凡な、窓ですが。
日中だというのに、その窓の中は光が届いていないのか、闇に満たされていました、だけど。
窓が。
不意に。
紅く光る。
「………っ!?」
錯覚するのでした。
私の息が。
時間が、意識が、思考が。
その全てが、止まるのを。
なんで?どうして? と。
止まった私の意識を守るように、繰り返される、安直な疑問。
でも、それよりも。
窓に光る紅い光は、眼に。
大きな入り口は、口に、見えて。
大好きだった本屋さんが、化け物の顔に、化けて見えて。
理性的に行われる、自己防衛の為の疑問よりも。
それ見て、私の中で先行するのは。
原始的で、本能的な、恐怖でした。
「マ、マイクさん……」
「どうしたの、シャルロットちゃん?」
動けない躰、震える声。
それでもなんとかマイクさんを、呼ぶ。
でも、マイクさんを呼べても。
理解が、恐怖に追いつかなくて。
言うべき言葉が、見つからない。
それはまるで、天敵に睨まれて、唄う次のメロディーを忘れた、小鳥のよう。
「マイク、さん!!」
もう一度呼ぶ。
必死に。
声は甲高く、悲鳴みたいな声だったけれど。
マイクさんは、本屋さんを見る。
彼に伝えたかったことは、伝わります。
本屋さんは、唸りをあげ、揺れ。
窓から漏れる、紅い輝きは、なおも増す。
「シャルロットちゃん!! 逃げるんだ!!」
マイクさんがすぐ傍で、叫ぶ。
けれどその声は、やけに遠くに聴こえます。
伝えたいことは、伝わっても。
思いまでは、届いていなかった。
私はただ、『逃げて』を言いたかっただけ。
でも、言いたい思いはあっても。
言いたい気持ちはあっても。
私の口は、身体は、震えて少しも動かない。
嗚呼。
覚悟を決めて、飛び出したのに。
私も戦えると勇み、飛び出したのに、これだ。
伍長さんの言った通り、結局私は足手まとい。
お姉ちゃんとヴィルヘルミナさんを見て、湧いた筈の勇気は、まさに偽りの衣服。
勇気の、ゆめまぼろしを着て。
伍長さんたちに威張り散らしていた私は、まるで裸の王様。
だから簡単に、恐怖を前にして。
ネウロイを前にして、それは霧散するのだ。
霧散した後に残るのは、裸の私だけ。
裸の私は臆病だから、死を見上げ、震えるばかり。
だから、私は思うのだ。
――私は、弱い
「シャルロットちゃん、ごめん!!」
「………え?」
突然。
私の躰は、空を舞う。
マイクさんは、見た目よりもずっと、力持ちだった。
だって、私をこんなにも。
遠く、とおくに投げ飛ばしたのだから。
「マイクさ―――!?」
死線を描く、紅い閃光は。
やけに遅く、見えました。
閃光に飲み込まれていく、マイクさん。
そこにはどんなに手を伸ばしても、届かない。
助けるつもりで来たのに、助けられた。
自分の無力が悔しくて、情けない。
でも、そんな私の思いとは裏腹に。
どうしてか?
私が最後に見たマイクさんの表情は、穏やかに見えました。
それはネウロイによる、欺瞞であった。
合わなかったネウロイの数。
大型ネウロイの、その巨大な体躯故、すぐにでも見つかるであろうという慢心が。
ネウロイをただの化け物と思っていた決めつけが。
「まさか」を、考える事を怠らせ。
今ここで、俺たちを死地に追いやるのか?
俺の侮りが、部下を、死なせたのか?
「畜生……」
ドライエから飛び降りた俺はすぐさま投げ飛ばされ、吹き飛ばされた小娘を回収する。
小娘は動かないが、胸が上下を繰り返すのを見る。
どうやら、ただ気絶しているだけのようだが。
しかし投げ飛ばしたマイクは、跡形もなく消し飛ばされ。
後に残るは光線の爪痕と、黒炭。
崩れゆく、建物。
中から現れる、ネウロイ。
俺を見下ろすそれは、新たな獲物を見つけて歓喜したのか、絶叫。
耳を塞ぎたくなるほどの、大絶叫。
俺は即、小娘を抱えていない方の腕で、FM mle1924/29軽機関銃を構え、撃つ。
片腕の中で、暴れ狂う照準。
だが的が大きく、こうも近ければ外すことなどまず、ない。
しかし放たれた25発の銃弾も、ネウロイの厚い装甲の前には無意味であることを改めて証明して見せるだけ。
ネウロイは、平然と。
俺の前に、聳える。
「……ちったあ痛がれよ」
その悪態は、精一杯の強がり。
ネウロイを生身で相手にしたことはあっても、流石に正面から堂々と戦った経験は乏しい。
駐屯地内での戦闘でも、そうであったように。
ルドルファー中尉のようなウィッチではない俺たちでは、小型であっても、正面からでは分が悪いからだ。
周りを見る。
壁になりそうな障害物はなく、両側の建物までの距離もある。
脇には、気絶した小娘。
これはまさに、紛うことなく窮地だ。
「……ははっ」
荷物を抱えた状態で。
笑いがこみ上げる程の、絶望的状況。
俺は、果たして。
この化け物と戦えるか?
……この際だ。
小娘を、見捨てるか?
「ふざけろ」
いや、俺にその選択肢を選ぶ権利など、無い。
「戦えるのか?」ではない。
戦うしかないのだ。
見捨てる事は、許されない。
マイクが最後に繋ぎ、託した命。
無駄にする訳には、いかないのだ。
「かかってきやがれ、くそネウロイ。人間なめんな………」
絶対強者へ吐き捨てる、挑発。
吐き捨てる己の、恐怖。
勝ち目がないのは分かっているが。
脇に抱える小娘を救うためには、俺が囮に。
『小娘を投げ飛ばし、ヘイトを集めながら小娘を投げ飛ばした逆方向に走る』しかない。
投げ飛ばした小娘は、マテオかトムが拾ってくれることを願うばかりだ。
とにかく俺には一か八の賭けを――
「――貴様ら何をやってるか!!」
空から突然の、叱り声。
なんだと思う、が。
瞬間。
響く炸裂音と共に、大型ネウロイが、横にぶっ飛ぶ。
「……………………………は?」
唖然。
開いた口が塞がらないとは、このことか。
ネウロイの巨体が目の前で、突如飛来してきた蒼い閃光に弾かれ、いとも簡単にぶっ飛んだのだ。
驚くなと言われる方が、無理だろう。
大型ネウロイは、脇の建物に突っ込んで、沈黙。
しかしその身体の大半を欠損しているにも拘らず、未だ白い欠片に変えないという事は、コアを仕留め損ねているためか?
空を見上げるのは、飛来してきた蒼い閃光を辿る故。
そこにいたのは、対戦車ライフルを片手に構えたルドルファー中尉。
その表情を、喩えるなら、悪鬼か。
「早くドモゼー嬢を連れていけ大馬鹿者!! 何のために私が――ッ!?」
「中尉!?」
突然に、黒い群集に飲み込まれていく、ルドルファー中尉。
黒は全て、ネウロイであった。
数はゆうに五十を超えるだろう。
それに飲み込まれたのだ。
まさかを、俺は思わず疑ってしまうが。
発砲音。
驚くべきことに中尉は、あの中でもなお、健在だったのである。
俺の抱いた一瞬の心配は、杞憂で。
中尉が死ぬ? それこそまさかであると。
俺には想像出来ない事だと、思ってしまうことは間違いか?
「分隊長!!」
「マテオ――!?」
マテオとトムが、戻ってくる。
が、俺たちを分断するかのように、もう一体。
今度は向こう側にいた大型ネウロイが、建物壊して横断してきたのである。
「マテオ!!」
「分隊長構いません!!先に!!」
先に行け、と。
そう叫ぶマテオはトムと共に、こちらに向かんとする新たな大型ネウロイに発砲。
ネウロイは奇声をあげ、マテオらの方に向く。
「マテオ、すまんッ!!」
囮となったマテオらの意思を読み取り、ドライエの助手席に小娘を乗せ。
己も乗り込み、急発進。
と、視界の端のバックミラーに映る、紅き閃光。
ハッと見れば、それは、マテオらがいたはずの場所を吹き飛ばしていた。
……マテオとトムは、どうなった?
後にネウロイは、こちらを向き、脚を進め迫る。
それが、答えかもしれない。
発光。
「ッおおおおおお!!?」
ステアを右に切って回避するも、近くを掠めるビームの爆風が、ドライエの片輪を持ち上げる。
すぐに何とかバランスをコントロールして運転を回復するも、そんなことをしている内に、ネウロイはより迫っていた。
どうする?
欲を言えば、このままアンブッシュポイントまでネウロイを誘導したいところではある。
しかしこのまま直進しても、いずれあの光線にやられてしまう。
脇道を使いたい。
だが土地鑑もなく、主要路以外の街の道を完全に把握している訳ではない俺には、どこに至るかも分からない脇道を使うという選択はできない。
ならどうする? と。
考えが浮かばない内に、再び、ネウロイは発光して――
「次の曲がり角、右折」
声を聴く。
弱弱しい声だが、はっきりと聴く。
考えるよりも先に。
俺は指示通りにステアを切って、光線を回避。
脇道に入る。
「次、37メートル先まで直進。曲がり角、左折」
続けざまに新たな指示。
俺は素直に指示に従い、幾つもある曲がり角の内の、37メートルのもので左折。
するとどうだ、大通りに復帰できたではないか。
「助かった、小娘。そのままナビゲートを頼む」
声の主――気絶から復帰した小娘に言葉を掛けつつ、バックミラーを覗く。
バックミラーにネウロイの姿はない。
しかし足音は、こちらにしっかりと向かってきている。
このまま付かず離れず見失わない距離を保ち。街に詳しい小娘の案内通りに引っ掻き回せれば、上手く。
上手く、アンブッシュポイントまで安全に誘導できるはずだ。
そう、考えるも。
「……小娘?」
声を掛けた筈の小娘から、返事がない。
気になって、助手席を見れば小娘は、震えていた。
……あの時に。
小娘はマイクに助けられ、目の前でマイクが死ぬ様を見ていたのだ。
ショックを受けていることは、言うまでもない。
なら、小娘は思うか?
己の無力を。
そして助けられ、そのせいで目の前で消されていった、マイクの事を。
「……マイクが死んだのは、てめぇのせいじゃねえ」
自然と出た、言葉。
それと共に、震えを抑えるように、慈しむようにくしゃりと。
小娘の頭を押さえ、少し乱暴に撫でる。
「マイクは、軍人としての職務を全うしたんだ。てめぇがそれを気に病むことは筋違いと言うやつだ」
「でも」
「でも、じゃねえ」
「……でも」
あれは仕方のなかったことである。
いったい誰が、あんなところに大型ネウロイが潜んでいるなんて想像できるものか?
誰が、ネウロイが欺瞞を行うなど思おうか?
だから小娘が、マイクに助けられたことを気に病んで、抱える問題ではない。
寧ろ、その責任を負うべきは……
と言っても、小娘は自分を責め続けるのだろう。
元々戦うつもりで飛び出したのに、何もできなかった事を。
「そんなに自分が許せないのなら、マイクの分まで生きのびろ」
「え?」
「生きて、誰かの役に立て」
これは小娘を縛る、呪いのようなモノなのかもしれないと、言いながらに思う。
こんなことを言ってしまえば、小娘は真に受けて、これからを歪に生きてしまうことは、簡単に想像できた。
だが俺には、こんなことでしか此奴を助ける手立てが思いつかない。
小娘の抱えた罪悪感を、別の方に向ける事しか、思いつかなかった。
「……」
小娘は無言で、頷く。
罪悪感が、俺の心に積もる。
緑色の信号弾を確認し、時計塔まで走る俺たち。
追いかけ、迫ってくるのは二体の大型ネウロイ。
……二体?
目の錯覚かとバックミラー越しにもう一度見るが、やはりネウロイは二体追いかけてきていた。
いつの間に、と言いたい。
一体増えているのは、ルドルファー中尉に撃たれた奴か?
はたまた別の個体か?
しかし数が増えたとしても、俺のやることは変わらない。
ネウロイの攻撃を避け、アンブッシュポイントまで向かう。
ただそれだけだ。
「伍長さん!!」
小娘が、呼ぶ。
「なんだ?」と返せば、この先時計塔に至るまで道は、今走る、この直進一本道しかないと言う。
時計塔までの一本道、目測500メートルくらいか?
それは短いようで、遥か遠くに感じる、距離だった。
繰り返す、バックミラー越しに見る発光と、即時行われる回避。
光線は奇跡的に全て避けきれていて。
このままいけるかと思えば、その直後に一発の至近弾。
抉られ、壊され、弾き飛ばされた石道の礫は跳ね――
「グッ!?」
そのうちの一つが俺の額を霞めた。
パッと、勢いよく吹き出る血飛沫が、俺の視界を遮る。
眼に入った血は、すぐに拭い、視界の確保。
ついでに傷の程度も、軽く触れて調べる。
傷は………たいしたことはなさそうで、表皮を切った程度か?
と、俺がそんな事をしていると。
隣から不意に、かしゃんと乾いた音が鳴る。
なんだ? と見れば小娘が、後ろを向いてシートに俺の銃の腹を当てて、いざ撃たんと構えていて―――
「ちょっ、おまっ――!?」
止める前に、引かれたトリガー。
俺は連なった発砲音を聴く。
しかしネウロイに放った弾丸は、一発たりとも当たらない。
短い小娘の悲鳴が上がる。
それは銃が、小娘の細腕の中で暴れるからだ。
蛇行を繰り返し、爆風に煽られ続ける不安定な車上。
更に小娘の細腕である。
いくら的が大きいとはいえ、扱いの難しい機関銃では、とても当たるとは思えなかった。
「おとなしく座ってろ馬鹿野郎!!」
「次は、外しません!!」
「何ねごと言ってんだ!!」と。
今度こそ怒鳴りかけた言葉は、またも詰まる。
小娘は、俺のポケットから盗んだのか、マガジンを手際よくリロード。
コッキングハンドルを難なく引いて、次弾を装填してみせ。
さらに銃身をシートに載せた体勢からフロントに背を当て、シートに銃床を開き載せ、また足を突っ張り。
ネウロイの攻撃を避ける為に激しく揺れる車上でも、ブレ少なく撃てる体勢をとる。
しかし俺が驚いている暇はない。
ネウロイは、再び発光。
「たああああああああああああ!!」
だが、それに先んじて小娘が発砲。
雄叫びに呼応するかのように、仄かに蒼く輝く小娘の身体。
そこから放たれた25発の銃弾は、蒼き弾丸となって今度こそ。
迫るネウロイの、巨体を捉えた。
ネウロイの絶叫を、背に聴く。
小娘の全力、その魔力を込めた弾は、思いのほかネウロイに致命打を与え。
撃破とまではいかなくとも大きく、ネウロイの身体は弾かれて。
そして弾かれたネウロイの、寸前に放った光線は、見当違いの方向へ。
「なんだお前、軍事訓練でも受けていたのか!?」
「う、受けて、いません」
「だったらなんで銃なんか扱える!!」
「ヴィルヘルミナさんが、扱っているのを、見て、知っている、だけ、です」
そんな馬鹿な事、あってたまるか。
それが、小娘の言葉を聴いた、俺の率直な感想だった。
ただ、そんな馬鹿げたことをやってのけた小娘は、銃を撃っただけとは思えないほど息が荒く。
身体から放たれ、輝きを見せていた蒼い光は、弱弱しく点滅を繰り返す。
おそらくは、魔力を弾丸に込めすぎたのか?
対して、小娘の銃撃を受けたネウロイだが。
フラフラと足取りおかしく、しかし未だ追いかけようと走っている。
が、遂には失速し、後ろを走るネウロイに道を譲るように避けていき。
そして俺は、後ろを走る、ネウロイの姿を見る。
後方を走るネウロイは既に―――発光
「なっ――」
前を走るネウロイを影に、攻撃の兆候たる発光を、隠していたのである。
回避は、間に合わない。
「っ!?」
放たれる、光線。
かつてない衝撃を、車体に、身に感じる。
しかし身構えていたことよりも、予想していたよりも。
意識が消えたり、吹き飛ばされたりすることはいつまでも、なかった。
ただ、衝撃が俺の身を震わせる。
「小娘!!」
ネウロイの光線の直撃を受け、なおも我が身が健在である理由は、すぐに知れた。
小娘が………シャルロットが、シールドを発現させ、ビームを防いでいたのだ。
「もう…………死なせない、誰も………」
より息、荒く。
より発光、弱弱しく。
「伍長さん………私は……今度こそ、絶対に………」
「こむすっ……シャルロット!!」
しかし全力を尽くし、防ぐ意思。
それは自分の為ではなく、俺の為。
此処で力尽きようと、貴方だけは守る、と。
その意志だけは、はっきりと知れた。
「頑張れ!!」
対して俺は、何もできない。
言葉を掛ける事しか、できない。
時計塔前の広場まで、残り少しの距離だ。
そう言って、小娘を少しでも励ます。
しかし残り少しの距離が、やけに遠くに思えてならない。
踏ん張っている小娘は、俺よりもこの時を、永遠に感じているのかもしれない。
だから、はやく。
はやくと。
俺はエンジン吹かしてドライエを急かす。
ステアは、きれなかった。
シャルロットの体力と集中力を切らさない為に、俺にはまっすぐ走らせることしか。
それだけしか、俺にはできなかった。
あと50メートル。
もう少しで、広場だが。
小娘の苦悶の声。
果たして、広場まで小娘の魔力は持つのか?
あと25メートル。
そこまで走って、シャルロットの張るシールドの大きさが既に、半分まで小さくなっていた。
急げ急げと、はやる気持ちの片隅で。
俺はふと気づく。
この一本道に入ってから、此処までの道に、一台も車を見なかった事を。
あと15メートル。
目の前に、突然増えだす車は、不自然である。
まるで、意図的にそこに集められたかのように。
密集したその中で、何故か車一台が通れる道は、意図があるように。
そして俺が。
ルクレール中尉の意図に気づくのは、広場まで残り5メートルの距離。
「シャルロットォ!!」
俺は、叫ぶ。
叫んで、報せ。
「対爆警戒!! 掴まれぇええええええ!!」
そして俺たちが。
密集していた車の群を抜け、広場に出た瞬間。
この世全ての音を消すかのように、炸裂した暴音が、俺たちの鼓膜を塗りつぶす。