ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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秘策の使い時です!

「川岸さん、去石さんは先に後方へ下がって。相手の進出を待って迎撃を!」

 

 硝煙漂うフィールドで、結衣は毅然として指揮を執っていた。フラッグ車であるタシュの姿を相手の前にちらつかせ、攻撃を誘う。砲口が向けられた瞬間に回避し、次の攻撃地点へ移動。ルーチンを繰り返し、時間稼ぎに徹する。

 しかし相手が予想外の行動に出てくることもあるので、常に周辺警戒は欠かせない。特にIII突には気をつけねばならなかった。車高が低いため普通の戦車では隠れられない場所に潜むことができるし、それを操るのは大洗でも手練のカバさんチームだ。車体に幟を立てるとか、場違いな偽装パネルを使うとか、何かドジをやらかしてくれれば楽に撃破できるのだが。

 

「お晴さん、後退を。稜線の陰へ」

「あいよっ!」

 

 チヌ車の砲身がこちらを向くのを見て、即座に退避命令を出す。タシュの車体が後ろへ傾き、稜線の後ろへ退く。廃艦となってから手入れのされていない土地は草が生い茂り、それを無限軌道が蹂躙する。排気と硝煙に混じり、すり潰された草の香りが微かに漂った。

 

 キューポラから顔を出して指揮を執る感覚は、操縦席とは大分違った。砲撃時の衝撃波、硝煙の香、爆風、全てがダイレクトに五感を刺戟する。以呂波はいつもこの中で戦っているのか……などということは考えていられない。結衣は矢継ぎ早に指示を出し、ひたすら時間稼ぎに努めた。だがその中で彼女は確かに、自覚のないまま、その状況を楽しんでいたのだ。

 

 

 やがて、彼女の耳に審判のアナウンスが聞こえてきた。大洗のルノーB1bisが、撃破されたという報せが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「作戦中止! 元の道へ撤退して!」

 

 千種の奇襲に対し、梓の判断は早かった。車庫の中で敵戦車が待ち伏せしていた……つまり、この作戦は先読みされていたということだ。

 隠れていたシャッターを突き破り、カヴェナンター巡航戦車が姿を表す。リトルジョン・アダプターを被せた2ポンド砲がM3へ向けられる。同時にT-35は車体側面の、TDP-3発煙装置を起動していた。噴き出した煙の中へ、巨体がゆっくりと身を隠していく。

 

 算盤玉型の砲塔からは河合が顔を出していた。敵前で堂々と姿を晒すあたり、やはり彼女も大物である。

 直後、カヴェナンターが再び発砲。ソキ車も撃った。予め装填していた二式擲弾器だ。しかし梓の回避命令の方が早かった。高速で放たれた漸減徹甲弾は前方を通り抜け、小銃擲弾が砲塔の間近を掠める。コツンとぶつかる音がして、梓は一瞬肝を冷やした。

 

「路地へ逃げ込んで!」

「あいっ!」

 

 佳利奈が元気よく返事をし、後退しつつ車体を旋回させる。M3リーは信地旋回ができないので、装輪車輌のように切り返しを行わねばならない。梓は小まめに指示を出し、佳利奈は阿吽の呼吸で操縦レバーを操る。

 

「ねえ! これからどうするの!?」

 

 山郷あゆみが車長席を見上げた。

 

「T-35を倒さないと……!」

「優季ちゃん、カモさんチームの安否確認をして!」

 

 手をかざし、友人の言葉を遮る梓。通信手席の優季がヘッドフォンに手を添える。

 

「カモさんチーム、お怪我はありませんか?」

《全員無事です! ごめんなさい!》

 

 ゴモ代の甲高い声が返ってきた。一先ず安心だ。

 だが、これでまた僚車を失った。作戦を先読みされていた以上、梓一人の責任というわけではない。否、責任の所在はこの際どうでもいい。

 

 「貴女が副隊長だからだ」と磯部は言った。

 自分に何ができるのか。何をしなくてはいけないのか。それが何よりも重要なのだ。

 

 初試合でチームメイトが敵前逃亡したとき、梓は皆を引き止めようとした。だが本当は自分も怖かったし、逃げ出したかった。そんな自分たちを、西住みほは受け入れ続けてくれた。だから彼女から学ぶことができた。『恐れ』への挑み方を。

 

「西住隊長に連絡しないと。やるなら今しかない!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 T-35の襲撃作戦は頓挫した。共闘で互いに手の内を知り、敬意を払っていたからこそ、以呂波はみほの意図を察することができた。そしてフィールドの地形も徹底的に予習していた。千種学園に保存されている、この学園艦の精密模型も役に立ったし、何よりこの艦で生まれ育った大坪たちの協力で、地の利を味方につけられた。

 

 以呂波から隊長車を預けられた結衣は的確な指揮を下し、麾下の車両への損害を防いでいた。主にマレシャルとSU-76iが砲撃し、残弾に余裕のないトゥラーンは控えめに攻撃する。一度撃ったらすぐさま射点を移動する。

 交戦するみほの方は、タシュのキューポラから顔を出しているのが以呂波ではないことに気づいていた。一瞬、彼女の脚に何かのトラブルが起きたのではないかと思った。しかしT-35が鋭い見切りで攻撃を回避したという話を聞き、全てを察した。自分の作戦は見切られていたのだと。

 

《西住隊長、このまま相手の数を削ろうとしても、潰し合いになるだけです!》

 

 副隊長の意見具申を聞きながら、周囲の状況を確認する。

 

 稜線の陰から砲塔を出したトゥラーンIIIが、三式中戦車へと発砲。しかしアリクイさんチームの退避行動が早かった。放たれた砲弾は地面に着弾し、大きくバウンド。遅延信管が作動して空中で爆発した。反撃のため砲を向け返すと、トゥラーンは即座に稜線の向こうへ隠れる。

 榴弾を撃ってきたことから、弾切れが近いことを推察できた。トゥラーンIII重戦車は携行弾数が少ないと、共闘時に聞いていたのである。

 

《市街地へ入る前に、クマウマ戦法を仕掛けましょう! これ以上戦力が減ったらもうできなくなります!》

「……そうですね」

 

 梓の正しさを、みほは認めた。後輩の成長に喜びを感じつつ。

 砲塔内を見下ろすと、優花里と目が合った。徹甲弾を抱えたまま、癖っ毛の相棒は力強く頷く。全員の心はすでに一つだ。みほは以呂波と違い、戦車での戦い自体に楽しみを見出しているわけではない。そこで生まれる仲間との絆、そして笑顔こそが、何よりも好きな物だ。みほは小学生の頃にその喜びを知ったが、黒森峰時代には家名の重さに囚われ、忘れかけていた。それを思い出させてくれたのが、大洗の仲間たちだったのである。

 

 できることならもう少し、敵との数の差を減らしたかった。しかし皆の心が一つになれば、十分に作戦を決行できる。無謀な精神論などではない、高い士気の生み出す勇気だ。

 

 むしろ以呂波がいない今こそ、フラッグ車を討ち取る好機とも考えた。だが指揮を引き継いだ結衣は以呂波から多くを学んでおり、また引き際を心得ていた。戦果を上げようなどとは考えず、撃った後はすぐに隠れ、時間稼ぎに徹している。

 ならば敢えて敵を合流させ、安心したところを急襲する。

 

「一度退いたと見せかけ、クマウマ戦法で反撃に出ます。けれど皆さん、一つだけお願いがあります」

 

 

 ……このときみほは初めて、仲間たちに我儘を言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大洗の戦車は再度煙幕を張り、発煙筒を放り出し、トラップ高校市街地へと後退を始めた。千種学園は市街地手前での合流を目指す。ソキ車だけは降車していたT-35乗員を跨乗させ、再び艦内線路へ潜った。艦首の甲板へ向かい、大洗より先回りして歩哨を展開するためだ。アンシャルド豆戦車も追跡を続ける。

 双方の見せた騎士道精神に盛り上がっていた観客席は一転し、緊張に包まれた。相手の一手先を読み合う攻防に、誰もが固唾を飲んで試合の流れを見守っている。

 

 そんな中、一人苛立ちを募らせる観戦者がいた。グレーの制服を着た、名門・黒森峰女学園の生徒だ。白く美しい髪、凛々しい眼差しが印象的で、スタイルも良い。きりりと引き締まった風貌の、いかにも黒森峰的な美少女だ。しかし今の彼女は焦燥に駆られていた。

 

「何やってんのよ、あんな連中相手に……!」

「落ち着け、エリカ」

 

 彼女の肩に手を置いたのは、西住まほだった。先輩になだめられ、逸見エリカはハッと我に帰る。黒森峰の隊長を引き継いだ彼女だが、未だにまほは憧れの人だ。

 そんな二人を尻目に、干し芋を齧りながら観戦する者もいる。言うまでもなく、角谷杏その人だ。傍らには先ほどまで使っていた傘が立てかけられている。

 

「ねえエリ公。西住ちゃん、例の新戦法を使うかな?」

「誰がエリ公よ、誰が!」

 

 悪態を付きながらも、エリカは大画面に向き直る。モニターの端には大洗の残存戦力……IV号戦車H型、M3リー中戦車、三式中戦車チヌ、III号突撃砲F型の四両が表示されている。すでに半数を失った形だ。

 

「今使わなきゃ機会を失うわ。これ以上消耗したら打撃力がなくなるじゃない」

「確かにそうだな」

 

 まほは後輩に同意した。偽情報にはまり、存在しないシュトゥルムティーガーを警戒したがため、大洗は初戦で三両を失った。そのためみほは千種学園の戦力を着実に削った上で、決戦を挑む方針に転換したのだ。しかし互いの手の内を知っているがため、双方に相手の腹を読み合う流れになっている。

 だが、みほには切り札があった。。今それを仕掛けるのはリスクが伴うものの、このまま消耗戦を続けるよりは良い。少なくともエリカとまほはそう考えていた。実際のところ、みほも同じ考えに至ったのだが。

 

「一ノ瀬って子はともかくとして、ハイターが通信手をやってるようなフザケたチームに負けたら許さないわ……」

「あー、あの落語家志望って子かー」

 

 頬張った干し芋を飲み込み、杏はふと笑った。ハイターこと高遠晴の、「やーねぇ」を思い出したのだ。元々ダジャレが好きなので、彼女の落語にも興味を持っている。いずれ会ってみたいものだ。

 エリカはふんと鼻を鳴らし、再び画面を注視した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 丁度その頃、タシュ重戦車の車内に大きなくしゃみが響いた。声帯から声を拾う咽頭マイクを通していため、仲間たちには少し不自然なくしゃみに聞こえた。

 

「うー、誰か噂してるね。さては逸見先輩か?」

 

 ぼやきながら操縦を続ける晴。ふと出てきた名前に、車長席の結衣が興味を持った。

 

「それって、黒森峰の隊長の?」

「あたしがいた頃は副隊長だったね。面白いお人さ」

 

 晴の言う『面白い人』というのは好意的な評価だ。千種学園のチームメイト全員に対しても同じように考えている。だがそう言われたとして、逸見エリカ当人は全く嬉しくないだろう。

 

「あたしゃ黒森峰では落語はやらなかった。代わりにあの人のモノマネをやったことがある。ただ『何やってんの!』って連呼するだけ」

「何ですかそれ?」

「あの人の口癖さ。結構ウケたけど、当人がすっ飛んできたから慌てて逃げたもんだ」

 

 しみじみと呟く晴。黒森峰にいた頃は真面目だったと言うが、やはり本性は隠しきれなかったらしい。

 そのとき、結衣は巨大なシルエットの接近を確認した。T-35重戦車は塗装が剥げたのみで、無事生還したのだ。さすがに以呂波の回避技術は冴えている。可能ならM3も仕留めたかったが、それは叶わなかったようだ。

 

 結衣が大きく手を振る。T-35の主砲塔から、以呂波が同じように手を振ってきた。短い間だったが、代理としての役割は果たせた。安堵に胸を撫で下ろす。

 だが、喜びは束の間だった。

 

 

《千種学園・CV.35ハンガリー仕様、走行不能!》

 

 

 突如入ったアナウンスに、結衣たちは眼を見開く。追跡を続けていた東ハルカがやられたのだ。

 

《ハルカ! 大丈夫か!? 怪我はないか!?》

 

 以呂波より先に、北森が叫んだ。

 

《東先輩、大丈夫ですか!?》

《ハルカ! ユタカ! 応答しろ!》

《……無事です、姉さん。ユタカも》

 

 少し間を空けて、東の声が返ってきた。操縦手共々、怪我はないようだ。北森の安堵の息が無線に混じった。

 

《三式にやられました。戦車がひっくり返って、外の状況が分からない……》

《了解です、ありがとうございました。回収車を待ってください》

 

 追跡に気づかれ、逆に不意打ちを受けたらしい。豆戦車の装甲ではひとたまりもない。だが車長としては初陣となる今回、ここまで敵を追い続けた活躍は見事だ。後はソキ車で送り込む歩哨が、市街戦で決着をつける際の要となる。市街地でのゲリラ戦は大洗の十八番、しかし相手の動きを掴めば勝機はある。

 

 T-35重戦車がゆっくりと近づいてくる。設計コンセプト自体を間違った欠陥戦車であっても、その巨体は圧巻だ。結衣が車長用キューポラから身を乗り出し、砲塔上に立つ。美佐子と澪、晴も降車した。

 多砲塔戦車はタシュの隣に停車し、同じように乗員が降車する。以呂波を降ろすためだ。さすがにこうした時は健常者と同じようにはいかない。北森らに体を支えられ、主砲塔から車体へ、車体から地上で待機する乗員たちの腕へ、そこから地面へと、ゆっくりと降りていく。几帳面な以呂波はその度に、チームメイトたちへ「ありがとうございます」と繰り返した。

 

 ようやく自分の足で地面に立ち、以呂波は結衣と向き合った。

 

「お疲れ様。どうだった?」

「……私なりに頑張った、とは思うけれど」

 

 結衣は以呂波と目を合わせると、少し苦笑する。

 

「何が何だか、分からないうちに終わっちゃったわね」

「そっか」

 

 以呂波も微笑み、右手を掲げた。結衣もそれに合わせて手を出し、ハイタッチを交わす。快音が宙に弾けた。

 

 やっぱり彼女はかっこいい、と結衣は思った。思いつつ、タシュへ乗り込もうとする以呂波を、下から押し上げる。それも最早自然なことだ。砲塔に溶接された取手が戦闘で吹き飛んでいたため、美佐子と澪が上から引っ張り上げる。万一足を滑らせ、車上から転げ落ちてしまった場合に備え、結衣と晴は下で待機し続けた。

 

 以呂波がキューポラから車長席に脚を入れるのを見て、ようやく他の乗員も持ち場へ戻る。慣れたタシュの車長席に立ち、隻脚の車長は進路を見据えた。オーストリアの古都を模した、優雅な街並みが見える。船橋たちがここにいたときは、さぞかし風光明媚な場所だったのだろう。この先が決戦の舞台となる。

 

 仲間たちも皆、再度乗車した。だが前進の号令をかけようとしたとき、小さな違和感を覚えた。六両のエンジン音が轟く中、他の音はほとんど聞こえない。しかし以呂波の耳は辛うじて捉えていた。

 自軍とは別のエンジン音が迫ってくるのを。

 

「敵……!」

 

 気づいたとき、前方の市街地に戦車が姿を現した。路地から飛び出してきた三式中戦車チヌだ。続いてIV号、M3、III突が次々と姿を表す。

 

「敵襲! 全車、迎撃隊形に散開してください!」

 

 まだ数ではこちらが上。しかしそれにも関わらず、大洗は攻勢に出てきたのだ。

 古来、敵の体制が整っていない所を奇襲するのは兵法の定石である。しかし迎撃戦闘を得意とする一弾流相手に、正面から襲撃をかける……西住みほらしくない戦術だ。

 

 そればかりか、慌てて車両間隔を広げる千種戦車隊の前で、彼女たちは予想外の隊列を組んだ。滑らかな動きで、IV号戦車を先頭にした楔形の隊列に。

 

 パンツァーカイル。ドイツ軍が対戦車砲陣地を突破するために編み出した戦術。

 みほのかつての母校である、黒森峰女学園の好む陣形でもある。先頭にIV号、右翼にチヌ車、左翼にM3が続き、M3のさらに左後方にIII突。左右非対称のため、どちらかというと戦闘機のフィンガー・フォー編隊に似ていた。しかし正面からこの陣形で来るということは、ここへ来て西住流の本道である突破・制圧を仕掛けることを意味する。重装甲のポルシェティーガーを失った今、それは自殺行為のはずだ。

 

「各車、発砲用意! 目標は敵フラッグ車!」

 

 考える間も無く、以呂波は迎撃を命じた。懐へ飛び込んでくる敵戦車を粉砕するため。

 

 




お読みいただきありがとうございます。
風邪をこじらせてヒーヒー言っていた流水郎です。
本当はもう少し話を進めたかったのですが、そういうわけなのでご容赦ください。

あと四〜六話程度で完結の予定です。
前回に続き活動報告に登場キャラよもやま話を書いているので、お暇のある方はどうぞ。

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