ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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束の間の休息です!

 千種学園は三両の敵戦車を撃破し、味方の損害は被撃破一両、擱座が三両となった。総合的に見れば大戦果と言って良いだろう。しかし以呂波は追撃中止を下令した。大洗の残存戦力は五両であり、千種学園は九両。ここで擱座した車両を置き去りにしては、数の優位が大きく損なわれる。

 トルディIIa軽戦車、SU-76i自走砲の乗員は直ちに履帯の修理に取り掛かった。戦車の履帯交換は根気のいる作業である。一方では大坪のトゥラーンIII重戦車が、スタックしたカヴェナンター巡行戦車をワイヤーで牽引し、脱出を手伝った。

 

 以呂波は降車し、船橋が撮影した写真を確認した。砲弾飛び交う中にも関わらず、鮮明な写真を撮ってのけた船橋の技量はさすがだ。細いスリットの切られたマズルブレーキをじっと見て、昔何かで見た対戦車砲の写真を思い出す。そして撃破された丸瀬の、「75mm砲にしては弾痕が小さい」という報告から、その正体を推察した。

 

「……多分、Pak 41の車載型です。ゲルリッヒ砲ですね」

 

 秋山優花里ほどではないが、以呂波の戦車知識は豊富だ。Pak 41の車載型をIV号戦車に搭載する計画があった、という噂も聞いている。だがそれを目の当たりにする日が来るとは思わなかった。材料調達の問題から少数生産に終わった火砲だが、弾種によってはタシュ重戦車の7.5cm KwK 42戦車砲に匹敵する装甲貫徹力を持つ。それに五十鈴華の照準能力が加われば鬼に金棒である。千種学園の全車両を1000m先から撃破できるはずだ。

 しかし千種学園の面々とて、この程度で怖気付く者はいない。

 

「ズリーニィを失ったのは痛いですが、敵三両を撃破しました。このまま連携を密にして追い込みましょう」

「そうね。早く修理を済ませるわ」

 

 カメラを返してもらうと、船橋は微笑んで踵を返した。自車のトルディIIaに駆け戻り、履帯の修理に加わる。

 以呂波としてはズリーニィI突撃砲を撃破されたことの他に、M3リーを仕留められなかったことも痛手であった。以呂波も姉と同じく、ウサギさんチームの『トラブルメーカーの才能』を警戒していたのだ。しかしそれを口にはしない。指揮官が僅かでも不安さを見せれば士気に悪影響を及ぼすし、待ち伏せ作戦に当たった大坪たちを落ち込ませてしまう。ポルシェティーガーと八九式という厄介な敵を排除しただけで、彼女たちは十分な活躍をした。

 

 時を同じくして、背後から轟々たるエンジン音が近づいてきた。全長十メートル近い巨体がゆっくりと迫ってくる。その異形のシルエットも、副砲塔に描かれた前身四校の校章も、主砲塔から身を乗り出す北森の笑顔も、以呂波たちはすっかり見慣れていた。最初にこの欠陥戦車を使うと言われたときは呆れたが、今や千種学園になくてはならない存在になっている。戦力としても、チームの象徴としてもだ。

 コイルスプリングとボギーで支えられた転輪が、地面の起伏を踏み越える。操縦手がゆっくりと制動をかけ、T-35はその巨体を停止させた。四つの副砲塔には前身四校の校章が鮮やかに描かれ、戦車道チームの志をアピールしている。

 

「お疲れさん、隊長」

「北森先輩、ありがとうございます。おかげで上手くいきました」

 

 車上から敬礼を送ってくる北森に、以呂波も労いの言葉をかけた。今回も農業学科チームは良い仕事をしてくれた。敵の前衛と出くわしたときはどうなるかと思っていたが、相手から盗んだ『対戦車バレー』にて乗り切った。欠陥戦車たるT-35を信じて戦う彼女たちには、以呂波も頭が下がる思いだ。

 

「まだまだこれからさ。丸瀬たちの分まで頑張らないと。だろ?」

「その通りです。よろしくお願いします」

 

 年下の隊長の言葉に、北森は満足げな笑みを浮かべた。首に巻いた咽頭マイクに指を当て、車内通話で号令を下す。

 

「B班はトルディ、C班はSU-76iの修理を手伝え! A班はT-35の足回り、それとエンジンのメンテだ! かかれ!」

 

 はい、という返事と共に、各砲塔と操縦席のハッチが跳ね上げられた。先ほどまで掩体壕を掘っていたため、乗員たちのジャケットは土で汚れている。T-35はその巨体故、履帯のサイドスカートに梯子をかけられるようになっていた。十名の乗員はそれを使って続々と降車し、割り振られた作業場所へと向かう。

 

 それを見送りながら、以呂波はゆっくりと地面に腰を下ろした。草の上に座り、両足を投げ出す。戦車に乗っている時は集中しているため、脚の疲労も感じない。しかし休息できるときにはしておかなくては、生身の左足にも負荷がかかるのだ。

 

 義足のソケット部を撫でながら、以呂波はふと風景を眺めた。草原、集結した戦車隊、見かわす仲間たちの笑顔。

 頭上を見上げると、黒い雲が青空を覆いつつあった。一雨降るかもしれない。

 

 思えばあの日とよく似ている。

 中学生の頃、練習中に一度チームを集結させ、整備と打ち合わせを行った。雨が予測されたが、練習は予定通り続行することにした。そして模擬戦形式の訓練の中、雨が戦車の装甲板を濡らし始めたときだった。

 幼少期から戦車長としての根性を叩き込まれてきた以呂波は、雨天でも構わず砲塔から顔を出し、入念に索敵を行っていた。だから気づいたのだ。砲弾飛び交う訓練場に、小さな子供が迷い込んでいることに。

 

 以呂波は即座に、無線で訓練中断を命じた。そして他の車両が発砲を止めた後、子供を保護するために降車した。

 そのとき事故が起きた。通信機が故障していた車両が、不意に遮蔽物の陰から飛び出してきたのである。操縦席の覗き窓からは背の低い子供が見えず、車長も砲塔内に身を収めていたため、その存在に気付かなかった。咄嗟に子供を庇い、以呂波の右脚は無限軌道に踏み潰された。

 

 生死の境を彷徨ったのに、それも随分と昔のことのように思えた。今の、千種学園で過ごしてきた短い時間が、それだけ濃密だったということか。時折、自分が障害者であることも忘れかけてしまう。

 

「……あ」

 

 ポケットの中で震えた携帯電話に、ふと声を漏らす。取り出すと画面に『丸瀬先輩』の字が表示されていた。通話ボタンを押し、耳に当てる。

 

「はい、一ノ瀬です」

《こちら丸瀬だ。今回収車が到着した》

 

 聞こえた声は滑らかで、いつもの丸瀬らしい爽やかさがあった。撃破された直後はさすがに悔しさを滲ませながら報告してきたが、吹っ切ることができたようだ。

 

《もう試合終了まで話ができなくなるから、これだけは言っておく。私は航空機こそ最も美しく、最も誇り高い乗り物だと考えている》

 

 パイロットの誇りについて、丸瀬はいささかレトロな考えを持っていた。第一次、第二次大戦期の戦闘機乗りのような、貴族的な気位の高さだ。そのせいか彼女は隊員の中でも、同性からの人気が最も高い。以呂波も彼女から、普通の戦車乗りとは違う雰囲気を感じていた。

 

《だが、無限軌道で地べたを這い回るのも、意外と面白いことを知った。貴女が片脚を失いながらこの道に戻った理由も、何となく分かった気がするよ》

「先輩……」

《我々の闘争心を、貴女の采配に託す。そして、明日からもよろしく頼む》

 

 明日、という言葉が以呂波の胸にじわりと染みた。この大会だけで終わりではない。千種学園の戦車道にはまだまだ先があるのだ。そして丸瀬はこれからも、共に戦車に乗ると約束してくれた。

 

「ありがとうございます、丸瀬先輩。今度、曲技飛行に同乗させてくださいね」

《ふふ、失神しないでくれよ。学校の英雄を酷い目に遭わせたとなっては、マルセイユの名が泣くからな。……幸運を、一ノ瀬隊長》

 

 その言葉を最後に、電話は切られた。

 愛車・44Mタシュ重戦車を顧みる。車外に出ているのは結衣と美佐子で、履帯の張力調整などを行っていた。走行装置の管理は操縦手の役目であり、装填手は他の乗員のサポートも行う。澪と晴はそれぞれの持ち場で点検に当たっていた。

 

「美佐子さん、手を貸して! 各車を見回るから!」

「はーい!」

 

 足回りのメンテナンスが一段落ついたのを見て取り、呼びかける。装填手は即座に駆けてきた。しかし美佐子は以呂波だした手を取らず、その背中と投げ出した膝の下に手を入れた。いつものように、ひょいと隊長の体を持ち上げ、歩き出す。つくづく疲れ知らずの少女だ。すでに慣れている以呂波は苦笑しながら、彼女の肩に腕を回して掴まった。

 

「お晴さんが花見弁当を作ってきたんだって! メンテが終わったら、出発前に食べようよ!」

「それ期待しない方がいいと思うよ。多分『かまぼこに偽装した大根』とか『卵焼きに偽装した沢庵』とかでしょ」

「あ、サンダース高に親善訪問したときのお土産で、『ちりとてちん』っていうのもあるって!」

「それは食べちゃダメなやつ!」

 

 いつの間にか落語の知識が増えている自分に複雑なものを感じつつ、以呂波は美佐子の腕に体重を預けた。

 

 

 

 

 

 

 千種学園において『疲れ知らず』の選手は美佐子のみではない。日頃から農作業に慣れ親しみ、T-35の副車長として工作・徒歩偵察に従事してきた東もまた、並外れた体力の持ち主だった。彼女は自分の新たな愛車・アンシャルド豆戦車の長所を理解しており、大洗の追跡を買って出たのだ。二人乗りで無砲塔の豆戦車なら敵に見つかりにくいため、以呂波も即座に許可を出した。

 

 東はシュワルツローゼ水冷機関銃に給水した後、敬愛する北森との合流を待たず戦車を走らせた。

 

「M3は履帯が損傷してるな」

 

 地面に残された履帯跡を辿りつつ、東は呟いた。彼女は観察力にも長けており、履帯跡の幅やパターンから車種を特定できた。追跡者としては優秀である。M3中戦車の履帯は断裂こそしていないものの、一部が欠けていることに気づいていた。

 

「なんか警察犬みたいだね、ウチら」

 

 隣に座る操縦手がぼやいた。

 

「あたしは犬派だから丁度いいよ。ドイツ戦車は猫が多いけど」

「でも戦車乗りは猫より犬の方が似合ってるよね」

「まあ大洗の去年の生徒会長は、雄のライオンみたいな人だったらしいけどな」

 

 他愛もない話をしながら、履帯跡を追う。道は平原から、起伏の多いエリアに入りつつある。山岳地帯の多いイタリアで設計された豆戦車のため、入り組んだ地形は得意だ。直列四気筒のガソリンエンジンを唸らせ、走り続ける。雨雲は近づいてきていた。

 ハンガリー仕様の四角いキューポラから顔を出し、東は前方で履帯跡が二手に分かれているのを確認した。大洗の残存車両は五両。ここまで一緒に走ってきたようだが、一両の履帯跡が隊列を離れている。

 

「……停めな」

 

 号令に応じ、操縦手が制動をかけた。キューポラに掴まって慣性に耐えながら、地面に刻まれた無限軌道の爪痕を見つめる。幅とパターンをじっと確認し、その主を見破った。

 

 

「西住さんが単独行動を……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……シュルツェンをやかましく軋ませながら、あんこうチームのIV号戦車は隘路を行く。本体に損傷はないが、いつの間にか車体右側面のシュルツェンが一枚脱落していた。

 操縦席の麻子は前進六段のギアを的確に切り替えつつ、愛車を走らせる。他国製戦車の変速機は四段か五段が一般的だが、ドイツ戦車はエンジンのトルク不足をギア比で補うため段数が多い。ティーガーIなどは八段もある。麻子はIV号戦車を自分の脚のように操るが、元々ものぐさな彼女はポルシェティーガーの無段階変速が少し羨ましかった。

 

 その隣で、沙織が慣れた手つきで通信機を操作する。別行動を取るチームメイトたちの状況把握を行っていた。

 

「ウサギさんチーム、戦車は大丈夫?」

《主砲駐退機の油漏れは直りました~。手が油まみれになっちゃったけど》

 

 宇津木の声が聞こえた。いつも通りマイペースだが、彼女も経験を積んで成長し、その口調も能天気というより『余裕』を感じられる。砲撃戦の中で損傷した自車の修理も、そつなく行えたようだ。

 

「分かりました! 何かあったらすぐ報告してね!」

 

 快活な声を最後に、沙織は通信を終えた。

 

 みほはいつものようにキューポラから顔を出し、進路、そして雨の降り出しそうな空模様を見つめていた。そして砲塔側面の装填手・砲手用ハッチからは優花里と華が顔を出し、周囲を見張っていた。護衛なしでの行軍のため、一層周辺警戒が欠かせない。

 

「戦車の存在自体を偽装してくるとは、やられましたね」

「うん……」

 

 優花里の言葉に頷く。試合前の諜報活動が認められているのと同じく、偽情報を流すのも禁止されてはいない。ましてや千種学園が行ったのは「テレビの取材が来た際、シュトゥルムティーガーを格納庫に置いておく」だけのことであり、ルール上批判される要素はない。

 

 みほ自身も相手の無線傍受を利用する形で、偽情報を流して優位に立ったことがある。昨年の全国大会一回戦でのことだ。あのときは優花里による潜入偵察によって、大洗が情報戦で先手を取った。フラッグ車や小隊編成を知られてしまったにも関わらず、当時のサンダース付属高校隊長・ケイは作戦を変更しなかった。彼女はフェアプレイを旨としており、物量に勝る自軍にハンデがあっても良いと判断したようだ。しかし副隊長・アリサは参謀格として焦りを感じ、グレーゾーンである無線傍受作戦を実行したのだ。

 

 今になって再び、情報戦の奥深さを実感する。昨年度カール自走臼砲に苦戦した心理を、以呂波は巧みに突いてきた。

 だが被撃破三両の憂き目に遭いつつも、みほはこの試合に高揚感を覚えていた。昨年の好敵手たちの多くは高校を卒業し、次のステージへ旅立った。しかしこの大会でまた、多くのライバルと出会うことができた。そして、友達になることも。

 

 ライバルは宝物。昨年知った教訓だ。

 

 そしてみほはすでに、反撃に転じようとしていた。

 

「こっちがやられた分、削り返さないと!」

 

 

 

 

 この後、千種学園の選手たちは知ることになる。

 相手の弱点を突くだけでなく、長所を利用するのも戦術である、と。




お読みいただきありがとうございます。
落語ネタがちょっと分かりにくかったかもしれませんが、サンダース大学付属高校の本拠地が長崎なので、ちょっと入れてみたくなりまして……。
次回から戦闘再開です。
そして以呂波は重大な選択をすることに。



……しかしまぁ、暑くなってきました。
職場の温室はカヴェナンターみたいなもんです。


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