ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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大洗の切り札です!

 千種学園が立て続けに三両を撃破した。同校の整備所(ピット)ではサポートメンバーたちが歓声を上げ、観客席では吹奏楽部が盛んに演奏していた。

 練度において、千種学園は大洗に及ばない。試合前から有利な状況を作っておくという、以呂波の策が功を奏したのである。『天の時』を作り出した妹の手並みに、観戦する千鶴も笑みを浮かべた。

 

「そうさ、以呂波……それでいい」

 

 しみじみと呟く千鶴を見て、守保はふと微笑ましい気分になった。自分が千鶴の面倒を見ていた時期が長かったので、彼女のことはよく分かっている。以呂波への嫉妬心も知っていた。だがそれも吹っ切れたか、または受け入れることができたのだろう。以呂波は自分の大事な家族であるのと同時に、競うべき好敵手だということを。

 他の面々も千種学園の奮戦と策に舌を巻いている。その中でもベジマイトは楽しげに、そして興味深げに観戦しつつ、思ったことを口に出した。

 

「よくよく考えてみれば、一年生があれだけチームを統率できているのも凄いよね」

「夫れ主将の法は務めて英雄の心を攬り、有功を賞禄し、志を衆に通ず」

 

 スクリーンから目を離さずに唱えたのは、カリンカだった。

 

「故に衆と好を同じうすれば成らざるは靡く、衆と(にくみ)を同じうすれば傾かざる靡し……私たちもそうやってチームを率いているわ。同じことよ」

「『三略』を読んでいるのかい?」

 

 守保が興味深げに尋ねた。『三略』は中国の兵法書で、『孫子』『呉子』『六韜』などと並び武経七書の一つに数えられる。カリンカが引用したのはその冒頭部であり、人心掌握の重要さを説いた言葉だ。戦国大名の北条早雲はこれを聞いたのみで兵法の極意を悟ったという。しかし現代戦やビジネスにも応用される『孫子』と比べ、今となってはかなりマイナーな書物だ。

 

「千鶴が読んでいると言うから、興味が出て買いました」

 

 淡々とした答えを聞き、守保は理解した。千鶴は意外と読書家であり、兄が家に置いていった本を読み漁っていたのである。

 カリンカは戦車道歴が浅いにも関わらず隊長にのし上がった才女だが、天才というより秀才に近いのかもしれない。ライバルである千鶴からも貪欲に学び取ろうとしているのだ。単なる友情や競争意識では終わらない、戦車女子独特の交流である。

 

 そのときだった。誰かがスクリーンを見て「あっ」と声を上げる。今まで動き回っていたカヴェナンター巡航戦車が、突如足を止めたのだ。丁度、砲撃によってできたクレーターにはまり込んだ状態でだ。見る者が見れば、『動かない』のではなく『動けない』のだと分かる。

 

「やっちゃったか……」

 

 守保が呟いた。着弾によって地面が脆くなった場所に、履帯がはまり込んだのである。脱出しようと履帯を回転させるほど、足回りがズブズブと地面にめり込んでいく。

 

「まあ、あんな足回りじゃしゃーないわ」

「うん、しょうがないね。見るからに接地圧高いもん」

 

 トラビとベジマイトが口々に言う。カヴェナンター改修キットを提供した守保も、こればかりは仕方ないと思っていた。

 カヴェナンター巡航戦車の足回りは上部支持転輪を持たず、大径転輪のみで車重を支えるタイプだ。この方式は高速走行に向き、転輪の数を減らせるので整備が楽というメリットがある。反面、転輪部の接地圧が高くなるため走破性は悪く、T-34などは幅広履帯と高トルクエンジンでそれを補っている。

 しかしカヴェナンターは鉄道で輸送するため履帯幅が狭く、転輪の間隔も広いため、軟弱地に足を取られても仕方ない。だが乗員からすれば「仕方ない」では済まない話だ。

 

 敵中での擱座。あの欠陥戦車もとい、千種学園の守護神も万事休すか……そう誰もが思ったときだった。千種学園の保有するもう一両の軽戦車が、大洗のIV号戦車目掛けて突撃を始めたのだ。

 敵の注意を惹き、カヴェナンターを守るつもりかと思われた。しかし砲塔から身を乗り出した車長の姿を見て、そうではないことに気づく。

 

 亀子が思わず笑った。

 

「あいつ、カメラ構えてらァ!」

 

 

 

 

 

 

 

 ……船橋にとっての写真撮影は、以呂波にとっての戦車道と同じようなものだった。違いを挙げるならば、船橋は親がカメラマンというわけではないことだろう。彼女と写真の出会いは偶然だった。だからこそ、船橋は尚更その生き甲斐を手放せない。

 

 西住みほ相手の写真偵察、しかも戦車砲の型式が分かる写真を撮れという難題。それにも関わらず、楽しげにカメラのファインダーを覗く。愛用のカメラにはカービン銃のような肩当てが付けられていた。出島に頼んで作らせた物で、これなら揺れる戦車上でも安定して構えられる。

 彼女の目は被写体のみを見据える。代わりに仲間たちの目が、トルディIIa軽戦車の進路を見守っていた。

 

《船橋さん、右からB1が狙っています!》

 

 動けないカヴェナンターから河合が警告した。擱座した状態だが、幸い大洗側はカヴェナンターにトドメを刺す余裕はない。後続のIII号突撃砲と三式中戦車は丸瀬、三木らが足止めしており、IV号とB1もより危険度の高いタシュとトルディを警戒している。

 

「回避用意」

 

 船橋はちらりと右側を見やる。ルノーB1bisが砲塔をこちらへ指向していた。車体を十一時の方向へ向けて避弾経始を作ると同時に、急所のラジエーターグリルがある左側面を隠している。砲塔は一人乗りのため車体の割に小さく、曲面的な鋳造装甲もコンパクトな印象を与えていた。

 

 その砲塔から突き出した47mm砲SA35が、トルディを狙う。車体の75mm短砲身は榴弾砲であり、対戦車用の本命はこの47mm砲だ。軽戦車であるトルディ程度なら十分に撃破できる。しかし敵の射線を見切ることに関して、船橋は以呂波に匹敵する技術を身につけていた。一瞬のシャッターチャンスを逃さない観察眼が、その能力の根底だ。

 砲口が黒点に見えた後、相手の偏差射撃のタイミングを計る。

 

「停止」

 

 命じる声は静かだった。操縦手が全力でブレーキをかけ、急減速によって土煙が舞い上がる。刹那、徹甲弾が眼前を通過した。

 急停車によるGの中でもカメラを手放さなかった。ストックをしっかりと肩に当て、再びファインダーを覗く。親指でズーム操作を行う。距離は十分詰まっていた。被写体はジグザグに動き続けるIV号戦車、それも砲身部。不規則な動きだが、動物写真も撮っている船橋は慣れっこだ。

 

 ルノーB1bisは一人乗り砲塔のため、再装填には時間もかかる。船橋は落ち着いて狙いを定めた。動けないカヴェナンターも砲を撃ち続けて相手を牽制している。IV号の方も攻撃よりも回避を優先していた。

 

 シャッターを切る。立て続けに三回、ストロボが光った。

 

「発進! 右へ転回して離脱よ!」

 

 操縦手が滑らかな足さばきでクラッチを繋いだ。ハンドルを捻り、アクセルを踏み込み、愛車を発進させる。制式採用された戦車で初めて捻り棒(トーションバー)式サスペンションを搭載したのは、スウェーデンのL-60軽戦車だ。トルディはそのライセンス生産型であり、路外機動性は良い。40mm砲の搭載で速度は若干落ちているが、十分良好な機動性を発揮できた。

 みほがちらりと船橋を見る。一瞬目が合ったが、船橋は即座にカメラのストックを折りたたみ、砲塔内に身を収めた。敵の動きを見るため顔だけはハッチから出している。

 

「確認して!」

 

 ストラップを首から外し、カメラを砲手に渡した。自分は操縦手の肩を蹴って方向を指示しながら、周囲の見張りに徹する。

 砲手が大急ぎでカメラを操作し、画面に写真を表示する。小豆色に塗装された長い砲身。その先についた、細いスリットの入ったマズルブレーキ。戦闘の最中の撮影にも関わらず、ブレは僅かだった。

 

「お見事です、委員長!」

 

 部下の歓喜の声を聞き、船橋は任務の成功を知った。

 だが喜びを噛み締めるのは後だ。味方から通信が入ったのである。

 

《こちら大坪! すみません、澤さんに逃げられます!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウサギさんチームは合流に成功した。掠めた砲弾によってオリーブ色の塗装はボロボロになり、側面に描かれたウサギマークも片耳が剥げ落ちていた。

 その後ろから快速のアンシャルド豆戦車が追い上げてくる。水冷式のシュワルツローゼ機関銃からは湯気が立ち上っていた。続いてトゥラーンIII重戦車、マレシャル駆逐戦車、SU-76i自走砲が林から飛び出してきた。

 

《西住隊長、すみません!》

 

 後輩の声を聞いても、胸を撫で下ろしている暇はない。三両を一方的に撃破され、相手は十両。T-35を除く、千種学園の全車両が集結しているのだ。このまま平原にいては的になるだけである。

 みほの頭の中ではすでに、逃げるルートが組み立てられていた。急停車でタシュの砲撃を回避した直後、全隊へ命令を下す。

 

「大至急撤退し、艦首側へ向かいます!」

「カバさん、アリクイさん、援護できますか!?」

《無理だ! ソキ車とアフリカの星に狙われている!》

《さすがに芋ってるだけのNoob駆逐とは違う……!》

 

 沙織の問いかけに、エルヴィン、ねこにゃーが応答する。まずはズリーニィを排除せねばならない。みほが彼女たちの方向を省みた。彼女は運に恵まれたと言うべきだろう。後衛との距離は約五百メートルだが、そのさらに後方の高台に、ほんの小さな光を確認できたのだ。幼い頃から戦車に慣れ親しんだみほは、それが発砲炎だと気づいた。

 双眼鏡で凝視すると、車高の低い突撃砲のシルエットが何とか見えた。さすがに陣地転換する度に偽装する余裕はなかったらしい。千種学園のズリーニィI突撃砲である。

 

「華さん! 三時方向、約千四百メートル先の盛り上がった場所にズリーニィがいます! 撃破して退路を開いてください!」

「お任せください」

 

 照準器を覗きつつ、華は逡巡なく返事をした。活花と同じく、彼女にとっては全てが真剣勝負だ。砲塔旋回ペダルを踏み、シュルツェンで囲まれた砲塔を旋回する。

 

 タシュが次弾を撃ってくる前に照準せねばならない。阿吽の呼吸が求められる。

 麻子が戦車を停止させた。ストロークの短い板バネ(リーフスプリング)式サスペンションのため、動揺が収まるのも早い。目標のシルエットは蟻のように小さいが、華の目はそれをスコープ内に捉えた。シュトリヒを表す三角形から素早く距離を計算し、ハンドルを回して必要な仰角を取る。

 

 優花里の拳が、砲弾を薬室へ押し込んだのはその直後。

 

「撃て!」

 

 華の白い指が、トリガーを引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「外れた! 次弾急げ!」

 

 二股に分かれた砲隊鏡で敵を見据え、丸瀬は叫ぶ。今しがた撃った75mm弾は三式中戦車の回避運動により、至近弾となった。III突の方は固定戦闘室のため、こちらへ砲を向ける余裕がない。そして三木の操る九五式装甲軌道車ソキが、時折対戦車擲弾を打ち込んで牽制している。もう一発撃つ余裕はあると丸瀬は読んだ。

 M3がIV号に合流した今、これ以上敵を一まとめにはできない。ズリーニィが後衛の二両を足止めし続ければ、千種学園は火力を結集して大洗を圧倒できるのだ。

 

「制空権、我が方に有り」

 

 これを撃った後、次に陣取る位置も決めている。丸瀬はカバさんチームのIII号突撃砲を相手に、ドッグファイトをやる気はなかった。猛訓練で鍛えた航空学科チームだが、練度では多くの修羅場を潜ったエルヴィンたちには敵わない。ならば高所を押さえて、一撃離脱に徹するのみ……空中戦の定石を戦車道に持ち込んだわけだが、合理的な戦法だった。

 装填手は命令前から、すでに次の徹甲弾を抱えていた。素早く砲尾へ押し込み、金属同士が乾いた音を立てる。ポールマウントの砲身が稼働し、再び三式中戦車へと照準。そのとき、以呂波の声が通信機に入った。

 

《丸瀬先輩、IV号がそちらを狙っています!》

「後退しろ! 射撃中止!」

 

 逡巡なく判断し、回避を優先させる。ズリーニィの戦闘室正面は100mmの装甲厚であり、この距離ならIV号戦車の砲撃も防げるはずだ。しかし五十鈴華は弱点射撃の達人であり、比較的装甲の薄い車体下部を狙ってくるだろう。とはいえ車高が低く見えにくい突撃砲に、長距離から照準するには時間もかかるはず。急所狙いとなれば尚更だ。

 

 退避する時間は十分にある……はずだった。

 

 遠方を睨んだ丸瀬の目に、小さな光が見えた。それが何か理解するよりも早く、強い衝撃が愛車を叩く。

 咄嗟に受け身を取った瞬間、血の気が引いた。彼女のズリーニィは敵の弾に耐えたことも、撃破されたこともあるのだ。だから今回の被弾がどちらなのか、体に伝わる衝撃で分かった。

 

 命中した弾は戦闘室正面、三式中戦車の砲撃を受けた箇所の近くに着弾していた。装甲の分厚い箇所、しかも入射角は斜めである。

 それにも関わらず、その砲弾は内側にコーティングされた特殊カーボンまで達していた。奇妙なことにその弾痕は、75mm砲弾にしては小さかった。

 

 戦闘室から無情に揚がった白旗が、風に靡く。

 

 

《千種学園ズリーニィI、走行不能!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 7.5cmPak.41対戦車砲。

 口径漸減砲と呼ばれる物の一種である。ドイツのヘルマン・ゲルリッヒ技師によって実用化されたため、ゲルリッヒ砲とも呼ばれる。

 砲尾から砲口へ行くにつれ、砲身内径が細くなっていく火砲だ。砲弾はタングステン弾芯に軟鉄を巻いたものを使用し、先細りする砲身によって外縁部が削られ、砲弾は75mmから55mmに圧縮されて放たれるのだ。それによって発射時の内圧が高まり、高初速を発揮する。

 大洗学園艦内で発見された、IV号戦車の新たな牙だった。

 

 ズリーニィがいなくなり、ソキ車も退避を始めた。これによりIII号突撃砲、三式中戦車の二両は本隊の撤退支援に取り掛かることができた。

 III突の75mm砲が吼え、放たれた徹甲弾が飛翔する。そして三式中戦車の砲は、野砲をほぼそのまま転用した代物だ。発煙弾も用意されている。

 

 M3を追撃していた大坪小隊は、それら遠距離からの攻撃で進路を阻まれた。SU-76iが足回りに被弾し、履帯が弾け飛ぶ。M3に照準しようとしていたマレシャルが、発煙弾で射線を遮られる。

 それまで巧みに砲撃をかわしていたトルディも被弾した。近くに落ちた発煙弾に視界を遮られ、直後にB1bisからの砲撃を受けたのである。これもまた被弾箇所は履帯。半ば偶然当たったようなものであり、装甲が貫通されていないため白旗判定は出ない。しかし右側の履帯前縁が千切れ、スピードの乗っていた軽戦車は独楽のようにスピンする。地面に渦巻き状の跡を描きながら、ゆっくりと停止した。

 

「全車、撤退!」

 

 タシュ重戦車へ牽制のため発砲し、みほのIV号戦車は走り出す。その後ろへ、M3とルノーB1bisが煙幕を張りながら追従した。

 

 

 

 以呂波は敵集団の後ろ姿を見つつ、味方の損害報告に耳を傾けていた。だがやがて、義足の膝を折り畳んで車長席に腰掛ける。その表情に笑みこそないが、不愉快そうではなかった。

 

「追撃中止。全車集結し、応急修理とメンテナンスを」

 

 

 

 




大変お待たせしました。
仕事の春ピークがひと段落つき、残業時間が少し減ってホッとしております。
夏になるとまた忙しくなるでしょうが、完結まで何とか頑張ります。
小説の執筆という楽しみがあるから、農作業も頑張っていられるようなもので。
今後も応援していただけると幸いです。

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