ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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ドナウ高校の反撃です!

「一ノ瀬隊長の策通りに事が進んでいるな」

「相手がこちらを見くびっていたのもあるけど、こうも上手くいくとはね」

 

 ズリーニィの乗員たちが言い合う。航空学科所属の彼女たちは戦車の中でも、昔の戦闘機乗りのように飛行帽とマフラーを着用していた。彼女たちが勝手にしていることだが、T-35のマーキング同様に宣伝効果が見込めるということで、船橋が許可を出したのだ。もちろんマフラーには燃えにくい素材が使われている。

 丸瀬は『カニ眼鏡』などと呼ばれる砲隊鏡を覗き、注意深く敵の様子を見る。敵車長はこちらを見ているがまだ発見できないようだ。戦車壕に入って車体を隠す、ダックインと呼ばれる戦法だ。さらに木や草を被せ、履帯跡を消して入念に偽装してある。さらに発砲で土煙が舞い上がらないよう、砲口の下の地面に水を撒いて湿らせるという徹底ぶりだ。

 

 とはいえこのままここから砲撃していても、発砲炎や土煙で発見されてしまう。なので別の地点にもう一つ壕を掘ってあった。農業科チームが日々穴掘り訓練を繰り返していた成果だ。

 

「大坪のトゥラーンが注意を引いている間に、ポイントBの壕へ移動だ」

「了解」

 

 操縦手がギアを切り替え、戦車を後退させた。ズリーニィI突撃砲がゆっくりと壕から出る。敵は気づいたようだが、そこへトゥラーンが砲撃しつつ突撃した。二次大戦期の戦車では行進間射撃の命中など滅多に期待できないが、牽制にはなっている。

 ジグザグ走行で敵の射線をかわしながら、再びT-35を遮蔽物として逃げた。回収車が来るまで利用するつもりだ。

 

「こちらズリーニィ。ポイントBへ移動する」

《隊長車、了解。大坪先輩、私も向かっていますので、頑張ってください》

《こちら大坪、了……きゃぁっ!》

 

 レシーバーから大坪の悲鳴が聞こえ、丸瀬ははっと丘の上を見上げた。T-35のすぐ側で、トゥラーンが被弾していたのだ。側面から煙を噴き、砲塔から白旗が飛び出す。

 

《千種学園トゥラーンII、走行不能!》

 

 無情に撃破判定のアナウンスが入った。III号戦車に回り込まれ、砲撃を喰らったらしい。

 

《大坪先輩、大丈夫ですか!?》

《ごめん、フェイントに引っかかった! III号がズリーニィの方へ行くと思ったら、私を狙ってきたの!》

 

 以呂波と大坪の声が聞こえる。乗員の技量差が出てしまったと言えるだろう。予定より早くトゥラーンがやられてしまい、これではズリーニィをカバーする車両がいない。以呂波のカヴェナンターが向かってきているが、ズリーニィはすでに発見されているのだ。

 現にIV号が、すでに丸瀬の方へ砲身を向けていた。

 

「まずい!」

 

 彼女が叫んだ瞬間、砲声が響く。しかし着弾地点は僅かに横へ逸れた。土煙が柱のように上がり、丸瀬は思わず顔を庇う。

 

 至近弾だ。次は絶対に当ててくる。彼女は直感的にそう思った。だが逃げたところで、敵を全滅させなくては勝利はない。回転砲塔のない突撃砲では逃げながら反撃するのも困難だし、もう第二の戦車壕へ逃げ込むのも無理だろう。例え以呂波の援護が間に合っても、IV号とIII号を相手にカヴェナンターでは分が悪すぎる。

 ならばチームの勝利のため、選べる道は一つ。丸瀬はそう判断した。

 

「突撃! 躍進射撃で片方だけでも仕留める!」

「よし!」

 

 操縦手も覚悟を決め、ズリーニィは前進した。

 できれば攻撃力の高いIV号F2を撃破したい。しかしIV号は横へ大きく逸れながら移動し、砲塔を旋回しつつズリーニィの側面へ回ろうとしていた。

 

 一方、IV号の近くにも着弾の土煙が上がった。2ポンド砲である。以呂波のカヴェナンターが到着し、牽制のため砲撃したのだ。

 しかしそれでもIV号はズリーニィのみに狙いを定め、III号がカヴェナンターに主砲を向けている。

 

「目標、一時方向のIII号戦車!」

 

 丸瀬は決断した。突撃砲は主砲の可動範囲が狭いので、目標へ車体ごと向けて照準しなくてはならない。側面へ回っていたIV号へ向けて回頭する暇はなかった。その間に向こうが撃ってくる。カヴェナンターを狙っているIII号を撃破するしかない。

 砲手が照準を合わせ、丸瀬は操縦手に停止命令を出した。特訓してきた躍進射撃である。停車すると車体の動揺に釣られ、長い砲身も大きく揺れた。

 

 それが収まるタイミングで、丸瀬は叫んだ。

 

「よーそろ……撃ェー!」

 

 砲手がトリガーを引いた。装填された徹甲弾が発射され、砲尾が後退して空薬莢を排出する。

 

 その瞬間だった。凄まじい衝撃が横殴りに襲いかかってきた。丸瀬たち乗員の体が一瞬椅子から離れて浮き上がり、車体自体が激しく震動する。

 

 だがそれも一瞬。丸瀬が衝撃でくらつく頭をもたげ、ズリーニィのハッチから顔を出すと、そこには白旗が上がっていた。そして敵のIII号にも、ズリーニィの砲撃が命中していた。

 

《ドナウ高校III号戦車、千種学園ズリーニィI、走行不能!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ズリーニィやられちゃった!」

「トルディと私たちだけじゃない! どうするの!?」

 

 蒸し暑いカヴェナンターの車内で、美佐子と結衣が動揺を見せる。澪も不安そうに以呂波を見た。

 敵はIV号とIII号が一両ずつで、分断されている。トルディIがIII号戦車に追われており、このままだとカヴェナンターがIV号と一対一で当たるだろう。戦車の性能差は言うまでもなく以呂波たちが不利だ。欠陥ばかりではなく、主砲の威力でもカヴェナンターは非力だ。

 

 以呂波は流れる汗をそのまま、無線機のスイッチを入れた。

 

「船橋先輩、状況は?」

《III号が相変わらず追ってくる! あんまり上手くなさそうだから、簡単には追いつかれないよ!》

「ではそのまま引きつけてください。IV号はこちらで始末します。アウト」

 

 合流しての戦力の立て直しなど、以呂波は考えていなかった。こちらが合流すれば敵も合流するだろう。それよりは各個撃破を狙うべきだ。

 

「私たちだけでやれるの!?」

「大丈夫だよ。近距離で側面に当てれば、2ポンド砲でも十分抜ける」

 

 操縦席から見上げてくる結衣に、以呂波は微笑みかけた。屈託のない笑顔だ。

 

「私の言う通りにすれば必ず上手くいくから、力を貸して」

「……分かったわ。何でも言って」

 

 このような状況で笑みを浮かべる以呂波の余裕に、結衣は取り乱しそうになった自分が馬鹿馬鹿しく、そして情けなく思えた。指揮官の態度は部下の心理にダイレクトに影響する。まして以呂波は一弾流宗家に生まれたベテランだが、結衣たちは今回が初陣だ。経験豊富な以呂波がやれると言えば、三人もやれると思うのである。

 

「……怖いけど、頑張る」

「うん、みんなでイロハちゃんの右脚になろう!」

 

 全員の決意が一つになった。彼女たちは以呂波の策を頼りにしているが、以呂波にとってはこの三人だけが頼りだった。乗員全員が時計の歯車のように精密に動かなくては、勝利はあり得ない。

 

「よし、まずはポイントBへ敵を誘導するよ!」

 

 

 

 一方の矢車はIV号の砲塔から顔を出しつつ、拳を握りしめていた。怒りの対象は以呂波たちよりも、むしろ自分自身である。相手の演技にまんまと騙されて釣り出されたこと、T-35の巨体を利用したトゥラーンの待ち伏せを見抜けなかったこと。何よりも彼女が初手から相手を侮っていたことが、全ての失態の原因だった。中学校時代から戦車道をやっていたが、T-35だのカヴェナンターだのを使う相手と戦った経験はない。そんな欠陥戦車より、ずっと強力な戦車を相手取り勝利したことがあるからこそ、油断が生じてしまっていた。

 

 だが、何とか窮地は脱した。脅威であったズリーニィは潰し、敵はカヴェナンターとトルディのみ。

 

「ドナウ・フュンフは林の中で、軽戦車を追跡中とのことです!」

「カヴェナンターを片付けたら向かうから、それまで見失うなと伝えなさい!」

 

 通信手の報告にそう返し、矢車は反転して離脱していくカヴェナンターに目をやった。巡航戦車と名乗るだけに速度は速いが、エンジン・乗員共に冷却不足という問題がある。そういつまでも最高速度では逃げられないだろう。

 焦らず、追いつめて撃破すればいい。

 

「追撃! パンツァー・フォー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドナウ高校の五号車に追われ、トルディは入り組んだ林の中を走っていた。最高速度50km/hのトルディだが、戦車とはいつでも最高速度を出せるわけではないし、ましてや林の中では遅くなる。だが追ってくるIII号戦車はやはり技量が他の車両に劣るようで、トルディは付かず離れずの距離を保っていた。

 

 後方から放たれる砲弾は見当違いな方向へ飛んでいく。トルディも砲塔を後ろへ向けて反撃するものの、やはり命中しない。二次大戦中の戦車で行進間射撃を成功させるのはほぼ不可能とされる。それができる化け物じみた砲手は、全国大会でも年に二、三人現れる程度だ。

 

「どうしてケンジはあの子が好きなのぉ!? 何で私の気持ちにぃ……気づかないのよぉっ!?」

「委員長、アシラ作戦はもういいと思いますが」

 

 去年のサンダース校副隊長の真似を続ける船橋に、砲手が冷静にツッコミを入れた。冷静というより、単にうるさかったのかもしれない。

 

「どうします? どこかで撒くこともできないんじゃ、いずれ追いつめられますよ」

 

 ハンドルを左右へ振りつつ、操縦手が言った。もしIII号を振り切ってしまえば、相手はIV号に合流しようとするだろう。以呂波のカヴェナンターが不利な状況に陥る。付かず離れずの状態で逃げ続けるしかないが、追われる側というのは不利だ。相手が下手とはいえ、いずれは追い込まれる可能性もある。

 

 船橋は砲塔からほんの少し顔を出し、追ってくるIII号をしっかり見ながら指示を出していた。

 戦車道チームの結成は元々彼女が言い出したことだ。かつて暮らしていた学園艦が「目立った取り柄が無い」という理由で廃校になり、統合されてからも外部からあまり関心を持たれない中、このまま高校生活を終えたくなかった。自分たちのことを世間に知らしめたいと考え、同じ思いの仲間を募りチームを作り、統合前の学校から『飾り』として受け継がれた戦車も整備した。

 

 その初陣となるこの試合。以呂波がいなければ成す術もなく敗北していたことだろう。隻脚の身でリーダーを引き受けてくれた以呂波に、船橋は心から感謝していた。同時に自分たちのためだけでなく、彼女の再起のためにも勝ちたいと思った。

 

 しかしトルディI軽戦車の主武装は36M20mm砲。スイス製のゾロトゥルン対戦車ライフルをハンガリーでライセンス生産したものである。読んで字の如く戦車を撃つためのライフルであるが、二次大戦中の戦車にはすでに威力不足であった。軽戦車ならともかく、III号戦車を相手取るには非力だし、互いに動き回る中で覗視孔を狙うのも困難だ。

 

 だが戦車の装甲は全体が同じ厚さではない。全ての装甲を厚くしては重量オーバーになってしまうからだ。攻撃を受けやすい正面が最も厚く、次に側面という順番である。

 

「一番装甲が薄い場所……上か下なら20mmでも抜けるかも!」

「そんな所にどうやって当てるんですか!?」

「三時方向に戦車を向けて! 林を抜けた先の斜面に出るわ!」

 

 地図をちらりと確認し、船橋は命じた。

 

「あの下り坂、かなり傾斜が急だったと思いますが……」

「そこは根性見せるのよ!」

 

 不安の色を浮かべつつも、操縦手はぐっとハンドルを右へひねって旋回させる。III号も同じように追ってきた。

 

「チャンスは一瞬! せめて相打ちくらいには!」

 

 船橋の賭けが始まった。

 

 木々の合間をすり抜け、敵の砲撃をかわし、走り抜ける。III号も必死で追いすがってくる。

 やがて木が減り、視界が開けてきた。戦車が減速しつつ急斜面を下り始め、船橋は砲塔の中へ頭を引っ込める。砲塔は後ろを向いたままだ。

 

 斜面をいくらか下った所で、トルディは何とか停止した。地形の傾斜を利用して身を隠す、ハルダウンと呼ばれる戦法だ。これで追ってくるIII号からは見えない。

 

「底を狙うのよ!」

「了解!」

 

 砲手も覚悟を決め、20mmライフルを俯角最大で狙いを定める。

 やがて斜面の稜線部分から、III号戦車が姿を現した。相手からすると下にいるトルディは死角に入っていて見えない。だがドルディはIII号の履帯が稜線を乗り越えてくる瞬間、その狙い所……底面を照準に捉えることができた。

 

 その一瞬を捉え、20mm弾が放たれた。着弾の音は撃発の音にかき消される。

 

 火薬の匂い漂う砲塔から船橋は顔を出した。そして敵戦車の砲塔から白旗が飛び出すのを確かに見た。だが歓喜の叫びを上げようとした瞬間、彼女は慌てて砲塔の中に戻る。III号が惰性により、そのまま斜面を下ってきたのだ。

 

「避けて避けて! 早く!」

「避けろって、あっ……きゃあぁ!?」

 

 背後から三号に追突され、乗員たちに衝撃が走る。トルディはその勢いでずるずると斜面を下り始めた。途中で石に引っかかり、車体が横向きになってしまう。ぐらり、と乗員たちの体が揺れた。

 

「総員対ショック姿勢!」

 

 船橋の叫びの直後、トルディは見事に横倒しになった。III号もろとも急斜面を滑り落ち、最下部まで落下してようやく停止する。

 

 乾いた音を立て、トルディの砲塔からも白旗が上がった。

 

《ドナウ高校III号、千種学園トルディI、走行不能!》

 

 レシーバーにアナウンスが入った後、船橋は倒れた戦車の中で体を起こした。咄嗟に受け身を取ったため怪我はしていない。

 

「二人とも、大丈夫?」

「生きてまーす」

「なんとか平気でーす」

 

 砲手と操縦手も起き上がった。怪我人はいないようだ。船橋はほっと胸を撫で下ろし、次いで隊長車に通信を入れる。

 

「あー、一ノ瀬さん、ごめん。III号やっつけたけど道連れにされちゃった」

《怪我人は!?》

「全員無事! 悪いけど後はお願い!」

《了解、ありがとうございます! アウト!》

 

 

 

 ……これで敵味方双方、残りは一両ずつとなった。方やあらゆる面で最悪の欠陥戦車、方や第三帝国崩壊の日までドイツ軍を支え続けたワークホース。

 

 だが戦車は人が動かすものだ。最後に勝負を決めるのは、戦車乗りの腕である。

 

 




お読み頂きありがとうございます。
相手もそう簡単に負けてはくれません。
次回で決着が付きます。

不自然な点や誤字脱字等ありましたら遠慮なくご指摘ください。
また「こんな戦車が出てきたら面白いかも」というのがありましたら、メッセージでご連絡をいただければ幸いです。
今後カヴェナンターに代わる隊長車と、第五話で言及されていた車両(日本製)がチームに加わる予定です。

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