ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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権謀術数です!

《トルディ、突入成功!》

「こちらカヴェナンター、突入成功です!」

 

 船橋に続き、河合も報告する。彼女の背後にある通信機は好調だった。カヴェナンターは車長が通信手を兼任するのだ。

 算盤玉型の砲塔はハッチを開け放ち、僅かながらも涼風を入れていた。以呂波たちが乗っていたときより温度は低いが、それでも走行中はかなりの高温となる。乗員は全員白鉢巻を着用していた。精神の統一や士気向上のために身につけるものだが、この場合は目に汗が入らないようにするという実利的な用途だ。

 

《了解! 一撃離脱で、可能な限り反復攻撃を行ってください!》

 

 返事が返ってくるのは早かった。河合は即座に命じた。

 

「左へ超信地旋回。敵後衛の方面へ退避」

 

 車長が冷静なら、乗員もまた冷静になれる。生徒会書記を務める操縦手が、ギアをニュートラルに切り替えてバーハンドルを捻る。左右の履帯が逆方向へ回り、車体が土煙を上げながら反転した。

 

 これが初陣。しかし河合はこのような場で感情をコントロールする方法を、ある程度心得ていた。あの怪物消防車で大火に立ち向かってから、それには更に磨きがかかっている。その根底にあるのは学園の代表であるという責任感、そして普段表には出さないが、華族の血筋というプライドだ。

 ましてや一年生である以呂波が常に勇気を見せている以上、先輩として、生徒会長として、臆してはいられない。ハッチから顔を出し、敵影を確認する。III号突撃砲、三式中戦車、ヘッツァー駆逐戦車。

 

「煙から飛び出し、敵後衛へ行進間射撃。虚仮威しになればいいです」

「はい!」

 

 砲手は砲尾の肩当に齧り付くようにして照準器を覗き込む。

 行進間射撃の命中率が悪いのは、主に縦方向への振動のためだ。しかしこの時期のイギリス戦車はまだ『陸上軍艦』の思想を受け継いでおり、移動射撃を重視していた。八九式などと同じく、席から立った砲手が肩当を使い、体を屈伸させることで俯仰を調節できるため、移動中のブレをある程度抑えられるのだ。現用MBTでは各種センサーとコンピューターによるスタビライザーで安定を保つが、この場合は謂わば『人力スタビライザー』である。

 

《河合さん、ご武運を》

「貴女も」

 

 船橋と短く言葉を交わし、河合は高速徹甲弾を手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? カヴェナンターって超信地旋回できたんかいな?」

 

 ようやく戦闘が始まり、観客席が活気付く。そんな中で疑問を口にしたのはトラビだった。

 履帯をそれぞれ逆方向へ回転させ、その場で素早く方向転換する超信地旋回。これには高度なトランスミッションが必要であり、二次大戦中の戦車でできる車両は限られる。ティーガーやチャーチル、クロムウェルなどだ。

 

「うーん、イギリス製戦車にはいくつか乗ったことあるけど、カヴェナンターの操向装置ってどうだっけ……」

 

 ベジマイトも首を傾げる。今しがた巨大モニターの中で、千種学園のカヴェナンターは現にやってのけた。見間違いではない。

 しかもよく見ると、車体表面が滑らかなような気がする。車体にリベットがほとんどないのだ。

 

「魔改造でもしたのか?」

「いや、魔改造とは言えないな」

 

 亀子の疑問に答えたのは男性の声だった。一同が振り向くと、千鶴とトラビにとっては見知った、背広姿の男がいた。

 

「兄貴」

「やあ」

 

 笑顔で千鶴の隣まで来ると、守保は妹のライバルたちへ目を向けた。この中で面識があるのはトラビと矢車、そして亀子くらいだが、他の者も守保のことは知っていた。

 

「初めまして。八戸タンケリーワーク社の代表、八戸守保だ」

「虹蛇のベジマイトです。どうぞよろしく」

「千鶴から話は聞いています」

 

 朗らかに挨拶するベジマイトに、冷静なカリンカ。戦車女子も多種多様だ。

 守保は一度モニターへ目を向け、カヴェナンターの動きを見守る。素早く滑らかな旋回、そして軽快な加速。行進間射撃を繰り返し、命中弾はないものの敵を撹乱している。少ない訓練期間でも、乗員はそれなりの練度を得ることができたようだ。以呂波の指導力と当人たちの努力の賜物か。若き社長は満足げな笑みを浮かべた。

 

「兄貴が手を貸したのか?」

 

 察した千鶴が尋ねる。如何に千種学園の整備力が優れていても、独力であの車両を改修することはできないだろう。

 

「ああ。我が社の新商品、カヴェナンター改修パックのモニターを頼んだんだ」

「そんなん売れまっか?」

 

 トラビが単刀直入に尋ねたが、それはもっともなことだ。千種学園は少々特殊な状況で、欠陥品でも使わねばならなかった。カヴェナンターのような欠陥戦車をわざわざ改造して使うチームが、他にあるとは思えなかったのだ。カタログスペックはそれほど悪くないが、そこまでするくらいなら普通はクルセーダーを買うだろう。

 だが実のところ、日本ではカヴェナンターを保有する学校が増えていた。

 

「大洗の快挙以降、新規で戦車道を始める学校も増えた。中には悪徳業者に騙されて、カヴェナンターを掴まされた所もあってね」

「……それは自業自得では?」

 

 辛辣な意見を述べたのはカリンカだった。彼女らしいといえばそうだが、他の面々も同意見だった。カヴェナンターのカタログスペックは比較的まともだが、自分たちできちんと調べれば、スペック表に載らない数々の欠陥に気づくはずだ。それを怠り、業者の口車に乗った結果と言える。

 この場にいる少女たちは戦車道に青春をかけ、艱難辛苦に打ち耐えて研鑽を重ねている。「生半可な気持ちでこの道に来るな」と言いたくなるのも、無理からぬことだ。

 

「そう言ってしまえばそうなんだが。高校生を相手に詐欺紛いの商売をしている連中がいる、っていうのは業界人として見過ごせなくてね」

「それで、どんな改造を?」

「簡単に言えば、試作車仕様だな」

 

 守保はモニターを見守りながら、大まかに説明した。

 カヴェナンターは独創的すぎるラジエーター配置の他にも、斬新な設計が多く盛り込まれていた。リベット留めが主流だった車体を溶接で組み上げ、それによって重量をおよそ102kg削減。転輪の素材にアルミ合金を採用することでさらに軽量化。

 

 その仕様で作られた試作一号車は1600kmの走行試験にも耐え、将来の採用を見越してメリット・ブラウン式変速操向装置を搭載した。後にクロムウェルやチャーチルにも採用された高性能トランスミッションだ。

 

 しかし熟練工が丁寧に作った試作車はともかく、量産型となると別の問題が出てくる。溶接工の不足から装甲はリベット留めに戻され、アルミも航空機への供給が優先されたため、転輪はプレス鋼製に変更された。これによって重量が増加した上、理由は不明だが冷却ファンも小型化されたせいで、エンジンのオーバーヒート問題が付きまとうようになった。

 

「その辺を試作一号車に準じた仕様に戻し、ついでにリトルジョン・アダプターで主砲の貫通力を底上げしている。榴弾は撃てなくなるが、まあ40mm榴弾なんて戦車道じゃほとんど使わないだろう」

「つまりあれは、謂わば『真カヴェナンター』ってわけですね」

 

 小さく頷きながら、カリンカが評する。そして、最も大きな疑問を口にした。

 

「それで、人間のオーバーヒートの方は?」

「ラジエーター配管にできるだけ断熱材を被せたから、ちょっとはマシになってる。本当はパイプの構造自体を変えたいんだが、連盟との協議に時間がかかっててな」

 

 それでも認可が下りる見込みはある、と守保は付け加えた。戦車の純然さを重視する者たちは、特殊カーボン以外の競技用改装を嫌う。しかし乗員の安全性のための改造なら、大抵は認可されるのだ。

 そこまで話して、守保は試合の推移に意識を戻した。以呂波の策には彼も一枚噛んでいる。詳細を聞いているわけではないが、妹が何を目論んでいるかは何となく分かった。

 

「テレビに出てたシュトゥルムティーガーも、兄貴の会社の売り物だろ?」

「ああ」

 

 千鶴の問いに短く答える。恐らく彼女は以呂波の策に気づいているのだろう。守保はシュトゥルムティーガーの件について、部外者には一切話していない。それでも察したあたり、やはり千鶴は一ノ瀬家で随一の能力の持ち主なのだろう。もっとも、妹のことをよく知っているからでもあるだろうが。

 

「……西住さんもきっと、もうすぐ勘づくんじゃないかな」

 

 義手を撫でながら呟くベジマイト。彼女の野生の勘は決して超能力の類などではない。少なくとも自分ではそう思っている。あくまでも研ぎ澄まされた感覚によるものだ。そのため試合前から行われていた謀略まで、全て察知することはできない。ただ千種学園がシュトゥルムティーガーを入手したことについて、若干の違和感を感じていた。千鶴から話を聞いて、全て察したのだ。

 

「そもそもこの試合、最大十両ってルールだし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……前衛の指揮を執る澤梓は、トルディとカヴェナンターが本隊を挟み込んだという報せを聞いた。『磯部典子直伝・発煙筒サーブ』のせいでT-35を取り逃がしてから、まだ林の中の捜索を続けていた。

 木々の合間には錆ついたトラックや小型バスなどが点在している。古びた学園艦にはたまにあることで、廃棄車両が放置されているのだ。何となく不気味なものを感じながらも、梓たちは千種学園の待ち伏せを警戒して進んでいた。怪しいところには機銃で探射を行いながら。

 

 千種学園はシュトゥルムティーガーの配置が間に合わず、軽戦車を突進させて時間稼ぎをしようと目論んでいる。みほはそう予想した。標的が入り組んだ地形に入ってしまっては、せっかくの大火力も活かせない。みほたちを平原に釘付けにしようとしているのだろう。

 だが軽戦車が付き纏っている間は、シュトゥルムティーガーの発砲はあるまい。数両を一気に吹き飛ばせる火力なのだから、撃つ前には味方車両を退避させるはずだ。

 

 その前にシュトゥルムティーガーを撃破せよ……副隊長・澤梓に命令が下った。すでに敵が射撃位置に選びそうな場所は予測済みだ。昨日、みほと梓が二人で話し合い、割り出した。そこへ向かっているシュトゥルムティーガーを探し出し、撃たれる前に撃破する。

 

 周辺警戒を厳にしながら、林道を進む。そのとき、斥候を勤める磯部が叫んだ。

 

《いた! 十時の方向! こっちへ向かってくる!》

 

 即座に双眼鏡を手に、木々の合間を見つめる。短めの髪が微かに揺れた。

 

 確かにいる。サンドイエローの、箱型の車体。傾斜装甲を組み合わせた、ヘッツァーと同じようなデザインだ。しかしその前面装甲から突き出た巨砲は、明らかにスケールがことなっている。対艦用の380mmロケット臼砲。それを積んだ車両が、ゆっくりと前進してくるのだ。

 

 戦慄したのは梓だけではない。他の乗員たちも唾を飲み込んだ。だが倒せない相手ではない。自分たちが注意を引き、ポルシェティーガーが背後を取れれば。

 

「こちらウサギチーム、シュトゥルムティーガーを発見! これから……」

 

 本隊へ報告する声は、不意に途切れた。敵の姿に違和感を覚えたのである。シュトゥルムティーガーはVI号戦車I型、すなわちティーガーI重戦車の車体を使っている。梓は大学選抜と戦った際、『義勇軍』のティーガーIを近くで見ることができた。複列転輪も、接地圧を下げるための幅広履帯も見た。

 

 だから気づいたのだ。目の前にいるシュトゥルムティーガーは履帯が細すぎないか、と。

 

「紗希、榴弾込めて。あや、一発撃って!」

「え、もう撃っちゃうの!?」

 

 突然の指示に戸惑いつつも、大野あやは敵へ砲塔を回し、38mm砲の照準を合わせた。丸山紗希が榴弾を手にとって砲尾へ押し込み、スイッチを押す。相変わらずぼんやりとした表情だが、彼女とて人並みの感情はあり、友人たちとは意思疎通ができている。そんな彼女もやや不安げに梓を見ていた。

 

 阪口佳利奈が戦車を停止させる。あやが足元の撃発スイッチを踏み、発砲。細長い副砲が火を噴き、放たれた弾は狙い違わず、サンドイエローの前面装甲に直撃した。シュトゥルムティーガーの正面装甲は厚さ150mmで傾斜付き。38mm榴弾など、塗装が剥げる程度の損傷しか与えられないはずだ。

 

 しかし予想に反し、榴弾はその装甲を貫通した。それどころか、大穴を開けて反対側へ突き抜けた。林の奥で何かに命中し、木々の合間で爆発する。

 

「あっ!?」

 

 誰かが声を上げた。シュトゥルムティーガーの周囲に木屑が舞い散ったかと思うと、大穴の空いた正面装甲が、前のめりにバタリと倒れたのだ。

 そしてその向こうから遥かに小さな、本体が姿を現した。虎の威を借る狐、という言葉を思い出す。

 

「西住隊長、偽物でした! CV.33が化けてました!」

 

 大慌てで方向転換する豆戦車を目で追いながら、即座に報告する。正しくはCV.35なのだが、装甲が溶接からリベット留めになっただけの違いなので、見間違えるのも無理はない。

 八九式が一発撃つ。豆戦車は辛うじて急発進し、直撃を免れた。そして、その直後。

 

《梓ちゃん、右!》

 

 ツチヤの叫びにハッと振り向く。そしてゾッとした。廃棄されていた錆だらけのバスが動き、自分の方を向いたのだ。しかも信地旋回で。

 茂みでよく見えなかったが、そのバスの足は無限軌道だった。次の瞬間、バスの外装が真っ二つに割れた。

 

「サンシェイド!?」

 

 秋山優花里から教わったカモフラージュの名を思い出す。トルディが隠れていたのと同じ仕組みの、サンシェイド(日除け)式偽装装置だった。

 

 ガラリと音を立てて転がった外装の合間に立つのは、トゥラーンIII重戦車。かさ上げされた砲塔から顔を出した大坪と、梓は目が合った。

 

「発進!」

 

 梓が咄嗟に号令をかける。

 

 撃て(トゥーズ)

 大坪の口がそう動いた途端、75mm砲が火を噴いた。

 

 轟音が林の空気を揺さぶり、M3の背後を徹甲弾が掠める。間一髪で急発進が間に合った。エンジンルームの後ろ、排気管のカバーが吹き飛び、無残に地面へ散らばる。しかしエンジンは無事で、この程度で撃破判定はでない。

 

 ポルシェティーガーが砲塔を指向すると、大坪はそれに気づいた。トゥラーンが後退していくと同時に、背後から新たなエンジン音が迫っていた。

 

 

 

 

 ウサギさんチームからの報告を聞き、みほはあることに気づいた。卓越した弾避けのセンスでトルディの襲撃をいなし、情報を整理する。

 準決勝時、千種学園の保有する戦車は八両だった。それに加えて、今間近にいるカヴェナンター巡行戦車と、シュトゥルムティーガーに化けていた豆戦車。これに本物のシュトゥルムティーガーを足せば、全部で十一両になってしまう。この大会は準決勝を除き、車両数は最大十両とされている。

 

 一ノ瀬以呂波はイカサマを行うような人間ではない。共に戦い、それはよく分かっている。彼女の乗るタシュ重戦車や、丸瀬のズリーニィ突撃砲などは未だ所在不明だが、それらを外してカヴェナンターをエントリーするわけがない。マシントラブルでも起きたなら話は別だが。

 

 ならば、考えられることは……。

 

「西住殿、まさか……!」

 

 優花里もまた、みほと同じ結論に至ったようだ。それを察したみほは自分の考えが正しいと確信した。だが今、その正しさは敵の策に嵌ったことの証明でしかなかった。

 

 敵にシュトゥルムティーガーのような大火力車両があると知っていれば、大抵は車両間隔を広く取り、入り組んだ地形へ逃げ込もうとする。つまり、一弾流のテリトリーへ自分から踏み入ることとなる。それでも昨年カール自走臼砲の脅威を味わったみほは、覚悟の上でそのように部隊を動かした。敵がデコイか否か確認し、探射を行うことで偽装を警戒するよう、今日まで練習を重ねてきた。

 

 だが。

 敵地へ潜入して情報を盗むのが有りなら、自分から偽情報を流すのも有り。

 

「前衛の皆さん、すぐに引き返してください! こちらからも向かいます、後衛も続いてください!」

 

 咽頭マイクに指を当て、みほは叫ぶ。

 

 

「千種学園にシュトゥルムティーガーはいません! 以呂波さんは私たちを分断する気です!」

 

 




お読みいただきありがとうございます。

カヴェナンターの操縦装置がバーハンドル型だと分かったので、初期の話もそのように修正してあります。
意図した方向と逆に車体が動くリバースステアリングの原因となったため、並行開発していたクルセーダーではレバー式に直されたようですが、カヴェナンターは何故かそのままだったとか……。
ちなみに「安全のための改造なら大抵は認可される」というのは、第一章のときも書きましたが、アンツィオ高校のセモベンテM41を見て判断しました。
あの車両は射撃時にハッチを開けて換気しないと乗員がガス中毒になるのですが、アンツィオの車両は閉めたまま砲撃しているし、カルパッチョたちも防毒マスクなどはしていなかったので。

では、また次回。
ご感想・ご批評などございましたら、よろしくお願いいたします。

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