ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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今回は二話同時更新です。
お気に入りから来た方は前の話からお読みください。


決戦の始まりです!

 その後、開会式は何事もなく終わった。以呂波とみほは互いに向き合い、「宜しくお願いします」と頭を下げた。それ以外に言葉は交わさない。

 スタート地点の平原へ戻った後、みほはM3中戦車の様子をちらりと見た。澤梓は落ち着いている。今年入った一年生の面倒もしっかりと見て、緊張を保ちながらも時折笑顔を見せていた。副隊長という立場に余裕が出てきた証拠だ。

 

「今の澤殿なら、大丈夫ですね」

 

 秋山優花里の言葉に、みほは微笑んで頷いた。年上で古参のエルヴィン、カエサル、磯部らを差し置いて澤を副隊長にしたのは、いずれ隊長を任せるためだ。当人は戸惑っていたが、やがて自分が指揮を取らねばならないことを理解し、納得した。

 そうなると、みほの方も時に厳しく接する必要があった。姉や、時には勇気を出して母にも相談した。そして後輩を指導する中で、自らも学んだ。

 

「みほさん。砲塔の点検は全て終わりました。問題ありません」

 

 IV号戦車から降りてきた華が報告する。彼女は新たな砲身に短期間でよく慣れ、特殊な砲にも関わらず、高い命中精度を発揮できるようになった。

 

「ありがとう、華さん」

 

 笑いかけながら、みほも新たな主砲を見上げる。75mm砲より小さな砲口、細いスリットの入ったマズルブレーキ。本来対戦車砲であり、IV号戦車への搭載は計画のみに終わった兵器だ。古くから戦車道を行っている学園艦からは、時折対戦車兵器が見つかるという。学園紛争華やかなりし時代、競技用戦車が過激な学生に悪用されるのを防ぐために保有していたらしい。

 しかし大洗女子学園にて見つかったこの砲は、戦車搭載用に調整されていた。旧時代の戦車道チームについては謎が深まる一方だが、優花里はこのような兵器を使えることに幸せを感じていた。

 

「これを見ればさすがの一ノ瀬殿も驚きますよ! 千種学園に負けないレア物です!」

「……いつから珍兵器合戦になったんだ」

 

 眠気覚ましにショカコーラを食べつつ、麻子がぼやいた。彼女たちはともかく、千種学園にとっては今に始まったことではない。

 続いて口を開いたのは沙織だった。

 

「でも以呂波ちゃんたち、今度はあのとんでもないのを出してくるんでしょ」

「うん。シュトゥルムティーガーには気をつけないと」

 

 対策はすでに練ってある。まず的になりやすい平地を避けること。そのためにはシュトゥルムティーガーが射撃位置につく前に、今いる広大な平原を突破しなくてはならない。まとめて380mmロケット弾に吹き飛ばされないよう、車両ごとの間隔も広く取る。

 だが当然、その怪物だけを警戒していればいいというわけではない。

 

 ふと、みほは自分と以呂波の辿ってきた道について考えた。それらは全く異なるようで、ある意味では似ている。

 前進を旨とする西住家に生まれた自分は、見つけた居場所を守るため戦ってきた。

 踏みとどまる戦車道を受け継ぐ一ノ瀬家に生まれた以呂波は、痛手を乗り越え前に進むために戦っている。

 

 彼女との試合では、多くのものを得られるだろう。みほの好きな大洗はもっと強くなるのだ。自分たちがいなくなる来年以降も、学校と戦車道が存続するように。

 みほは大きく息を吸い込み、全員集合の号令を発した。

 

 

 

 

 

 

 時を同じくして、千種学園の方も「搭乗員集合、各車長を先頭に整列!」の号令がかかっていた。

 乗員たちがバタバタと駆け出す中、出島・椎名ら男子整備員は各戦車の間を足早に巡り、最後の確認を行った。

 

「壊れないで動いてくれよ、M-17Mちゃん」

「あのアバズレ共を頼むぞ」

 

 T-35のエンジンに語りかけ、口汚くも女子たちを気遣う。それをしていたのは彼らだけではない。馬術部チームのトゥラーンには、大坪の愛馬セール号が寄り添っていた。試合前の曲馬パフォーマンスのため連れてこられたのだ。黒毛に四白流星の駿馬は、物言わぬ鉄の馬に口を寄せ、何かを祈っているように見える。

 あいつも俺たちと同じか……見送る立場の者として、出島たちは彼にシンパシーを感じていた。

 

 

 そして整然と並んだ乗員たちを前に、以呂波は最後の訓示を行った。脚を軽く開いて立ち、体重が均等にかかるようにする。

 

「皆さんのおかげで、ここまで来ることができました。大洗側は我々のことをよく知っています。今回は今まで以上に激しく、厳しい戦いとなるでしょう。しかし私は千種学園が大洗に劣るとは思いません」

 

 毅然とした態度が、仲間の信頼を得る。幼い頃から叩き込まれた戦車指揮官の精神だ。この学校で癖の強い仲間たち、特に晴や美佐子と接するうちに、隊長としての度量は大きくなった。

 思えば一年生である自分に、よくここまで着いてきてくれたものだ。船橋のお膳立てがあったからこそだが、全員の戦車道への熱意がそれだけ強かったということだ。

 

「今敢えて言うことは一つだけです。それぞれ自分の役目を理解した上で、一弾となって戦い抜きましょう」

 

 言葉を切り、息を大きく吸い込む。全員が姿勢を正した。

 

「千種学園戦車隊は!」

「勇敢! 冷静! 仲良し!」

 

 一際大きな声で唱和する隊員たち。以呂波が「乗車!」の号令をかけ、一斉に自車へと向かう。

 隊長車チームの中で、結衣は真っ先に操縦席へ飛び込み、エンジンの始動にかかった。タシュの操縦席には彼女の繊細な性格がよく表れていた。速度計の外側には白チョークで秒速が書き込まれ、燃料系の目盛りには時速30km/hで何キロ走れるかが書き込まれている。マジックではなくチョークを使う理由は、いつでも書き換えられるようにするためだそうだ。

 

 その間、以呂波は美佐子の肩を借りつつ、早足で戦車へと駆け寄った。思えば彼女から「二人三脚で進めばいい」と言われ、隊長を引き受ける決心をしたのだ。それほど年月は経っていないのに、随分と懐かしく思える。

 美佐子に下から押し上げてもらいながら、溶接された取っ手に手をかけ、砲塔上の澪と晴の手を借りて登る。キューポラのハッチから中へ入り、車長席に立った。晴と澪がそれぞれの持ち場に座ったとき、結衣がスターターノブを押した。

 

 二基のエンジンに火が入り、低く唸る。結衣はチョークを閉じ、油温計、水温計を監視した。

 他の車両も、続々とエンジンが目を覚ます。周囲には十両の戦車の唸りが響き渡った。

 

「……砲塔旋回、照準器異常なし……砲手、準備良し」

「エンジン出力、変速機正常。油温、水温、異常なし。操縦手、準備良し」

「閉鎖器動作良し、弾薬格納正常! 装填手準備良し!」

「車内通話、車外通話、テスト良し。通信手、準備良ーし」

 

 続々と報告する声を聞き、以呂波は皆がベストのコンディションだと確信した。誰もが声を弾ませ、それでいて正確に動作を行っている。これなら作戦も順調に進むだろう。ただし相手は意外性を以って奇蹟を起こした大洗女子学園。予想外の事態にも直面するはずだ。

 それもこのチームでなら、渡り合える。

 

「全車、準備完了」

 

 晴が報告した。以呂波が虚空を見つめる。

 やがて、冲天高く花火が打ち上げられた。笛の音を鳴らし、快音と共に白煙が弾ける。

 

 決戦の号砲が鳴った。

 

戦車前進(パンツァー・フォー)!」

 

 

 

 

 

 

 

 歓声を上げるギャラリーの中で、千鶴たちは静かに巨大モニターを見つめていた。昼食の時間にはまだ早いので、亀子が買ってきたナポリタン弁当は封を切らず、膝に乗せている。なお、ナポリタンという料理はアメリカ由来の和製洋食であり、イタリア人もイタリア料理とは認めていない。しかしアンツィオ高校の生徒たちは「ウチら日本人だし」と言って販売している。

 

 千種学園は揃って艦尾側へ前進しているが、九五式装甲軌道車ソキはあらぬ方向へ逸れていく。艦内の輸送用線路を使うつもりなのだと、千鶴は察した。決号工業高校にも同様の設備があるのだ。それを通じて大洗の背後を取るつもりだろう。

 地の利で言えば、この学園艦の出身者がいる千種学園が有利だ。人の和では恐らく互角だろう。そして天の時だが、どうやら自分のアドバイス通り、妹は情報戦で優位を取ったと見える。

 

 艦尾の平原を進む大洗女子学園は隊を三つに分けていた。先行するのはM3リーと八九式中戦車、続いてポルシェティーガー、ルノーB1bis、隊長車 兼 フラッグ車のIV号からなる小隊。その左後方にIII号突撃砲、ヘッツァー駆逐戦車、三式中戦車チヌの小隊だ。各小隊とも戦車同士の間隔を広く取り、車長がしきりに周囲を警戒している。

 

「シュトゥルムティーガーを警戒しているわね」

 

 カリンカが言った。380mmロケット弾の加害範囲は広く、密集していては一網打尽にされかねない。何せ元が対艦用なのだ。

 最大射程は6km近くあるが、長距離の間接射撃には観測手が必要だ。敵の位置を確認し、初段の着弾点と与えたダメージを伝え、照準を修正させるのだ。航空機を使えない戦車道では、その任務は軽戦車が前線に進出して行うことになる。

 先に観測車両を発見し、攻撃すれば脅威は減る。そのため見張りはいつも以上に厳重に行っているようだ。

 

「これがあの子の仕掛けた罠?」

「そういうことだな。冷静に考えれば怪しいと思うけど、変な戦車ばっかり揃えてる千種学園だから、違和感なく仕込めたわけだ」

 

 千鶴は笑みを浮かべつつ、売店で買ったコーラを一口飲んだ。炭酸の刺激を楽しんでいるとき、千種学園の方に動きがあった。新戦力たる35Mアンシャルド豆戦車が加速し、突出し始めたのだ。

 

 

 

 

 急遽戦力に組み込まれた豆戦車だが、車長 兼 銃手と操縦手を新たに訓練するには、あまりにも時間がなかった。しかし二人乗りだということが幸いした。T-35の副車長と副操縦手に、極短期ながらも転換訓練を受けさせ、乗員としたのだ。大型のT-35に比べれば扱いは楽なため、すぐに問題なく走行できるようになった。

 T-35の方は別の乗員を副車長に昇格させ、農業学科の生徒から新たに二名を補充した。農業学科は特に団結が強く、北森の人望も相まってすぐに人員は見つかった。

 

 アンシャルドは軽快に走りながらも、T-35に速度を合わせて追従している。豆戦車の元祖であるカーデン・ロイドには『多砲塔戦車の護衛』という役割があった。今回はT-35と共に、工作小隊として戦う。豆戦車のエンジンルームには折りたたまれた板が積まれており、T-35にも同様の偽装用具が多数括り付けられていた。

 

《ソキが艦内線路へ降りました。農業学科Bチームは『ソリャンカ作戦』にかかってください!》

「了解した! 東、前進する!」

 

 緊張した面持ちで以呂波の命令に答え、車長・東ハルカはT-35の巨体を見上げた。農業学科ではかなり小柄な彼女は、図体が大きい割に狭いT-35でも、見た目も中身も小型な豆戦車でも適応できる。くりくりとした目の見る先には、主砲塔に掴まる北森あかりの姿があった。

 

《艦尾側で会おうな。お前らなら上手くやれる》

 

 妹分の顔を見下ろし、笑みを浮かべて敬礼を送る。東の表情がパッと明るくなった。

 

「はい、必ず!」

 

 車長席に腰を下ろし、操縦手に増速を命じた。相棒もまたテンションを上げており、ギアを切り替えつつアクセルを踏み込む。イタリア製戦車は前進一速、後進五速などと言われるが当然ジョークである。平たい形状の豆戦車はエンジン音高らかに加速し、T-35を追い越していく。

 

 丁度、旧トラップ高校の校舎が左手側に見えた。近くを走っていたトルディの砲塔から、船橋が懐かしそうに母校を眺めていた。追い抜きざまに敬礼を送ると、彼女も答礼した。

 そのうち自分たちの母校、UPA農業高校も試合会場にならないかな……そんなことを考えながら、東は前線へと戦車を走らせた。

 

 




お読みいただきありがとうございます。
そして遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
もう二年以上連載しているこの作品、今年は完結にこぎ着けたいと考えております。
最終章が公開されたらさすがに話の内容に矛盾が生じると思いますが、そのときはそのとき、拙作は拙作で最後まで進めます。

新キャラ……というか、モブキャラから昇格した「東ハルカ」ですが、名前の由来はサツマイモの「紅あずま」「紅はるか」です。
「北森あかり」がジャガイモ由来なので、その妹分はサツマイモになりましたw

では皆さま、今年もよろしくお願い致します。

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