ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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試合前の陣中見舞いです!

 黒い装軌車両が道路を行く。箱型の車体はドイツの駆逐戦車を連想させるが、明確な違いが多数ある。まず非武装であること、そして戦車のような覗視口ではなく、視界の良いフロントガラスを備えていることだ。四つのヘッドライトが近未来的な雰囲気を引き立てている。

 ハンドルを握るのは一ノ瀬星江だ。運転のため和服ではなくダークスーツを着ていた。運転席はSFチックな内装で、宇宙船のような印象を受ける。路面の滑らかな公道を走っているからでもあるが、乗り心地も普通の戦車とは段違いだ。

 

「……なかなか良い車ですね」

 

 助手席に乗った女性が評した。長い黒髪を垂らし、凛とした表情で前方のみを見据えている。戦車道とその流派に詳しい者が見れば、彼女が星江と一緒にいることに驚くだろう。

 

「ええ。戦車と呼んで良いか分からないけど」

「装軌式スポーツカー、と言ったところですか」

「そうね」

 

 淡々と会話する二人だが、決して友人同士ではない。同じ年頃の娘はいるが、所謂『ママ友』などでは断じてない。むしろ敵だ。ただし憎悪を燃やすような仲でもなく、互いに一定の敬意を払っていた。片や一弾流家元・一ノ瀬星江、片や西住流家元・西住しほ。道を同じくし、歩み方を異にする者同士だ。

 

 車は星江の所有するリップ・ソー軽戦車。息子からの誕生日プレゼントだ。不採用になった無人戦車をベースとした、民間向けのホビー戦車である。その精悍さと無骨な鉄臭さを両立したフォルム、洒落たガルウィングドアなど、戦車道界の貴婦人たちを唸らせるに十分な逸品だ。しかもこれは八戸タンケリーワーク社で特別改造された物で、右ハンドルになっている。

 一ノ瀬家の新車に西住しほが同乗して向かう先は、当然ながら娘たちの決戦の場である。

 

「お互い、娘同士の出会いが友好的だったことを喜ぶべきかしら」

「……そうですね」

 

 しほが溜息を吐いた。二人が初めて会ったのは学生時代のことだ。当時しほは高校生で、黒森峰女学園にて鍛錬を重ねていた。年上の星江は大学の戦車道チームで活躍しており、試合後に観戦していたしほと偶然出会ったのである。

 西住流は王者の戦いであり、しほはその戦闘教義を強く信奉している。高校時代もそれは同じだった。だからそれと対極とも言える一弾流に良い印象はなく、その家元の娘たる星江と出会ったとき、ある衝動に駆られた。

 

 彼女を徹底的に論破してやりたい、と。

 

「あのときは若かったから」

「お互いにね」

 

 星江も苦笑しつつ、当時のことに思いを巡らす。しほから「一弾流の戦車運用は邪道だ」と決めつけられたとき、彼女はそれをあっさりと肯定したのだ。戦車の本領は前進・突破であり、それを可能にする戦力を揃えてこそ王道である。そして西住流と黒森峰女学園はそれを体現していると認めた。

 

 しかしその王道の戦が行えない状況でも、前線指揮官は最大限の戦果を上げねばならない。実際の戦争において、高性能車両の量産、戦略、それらを支える兵站を整えるのは軍上層部の仕事である。そしてそれが整わない状況では戦いを避けるのが、政治家の役目だ。その両者があてにならない状況で生まれたのが一弾流であり、邪道もまた存在価値はある……それが星江の主張だった。

 さらに星江は、「大戦末期、日本がそのような状況に陥った原因は多々あるが、一つに過度の攻撃偏重主義が挙げられる。西住流にもそれを後押しした責任の一端があるのではないか。一弾流はその尻拭いのため生まれたのだから、馬鹿にされる筋合いはない」とやり返した。結局そのときは双方の仲間が止めに入り、議論は中断されたが、出会いは友好的とは言い難かった。

 

「ああ、娘同士が仲良くなっても、私は貴女と馴れ合う気はないわよ」

「その言葉はそっくりお返しします」

 

 似た者同士は仲良くなれない場合もある。星江がハンドルを切り、リップ・ソーは駐車場へと入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大洗・千種両校の隊員たちはスタート地点に戦車を配置し、最後の準備に入っていた。フィールドとなる旧トラップ=アールパード女子校学園艦にて、大洗女子学園は艦尾側、千種学園は艦首側からのスタートとなる。許可を得た者は双方のピットへの陣中見舞いが許された。主に大会参加者やその家族たちだ。

 

 しかし千種学園の方には少々予想外の客人も訪れた。丁度、船橋がトルディ軽戦車の整備点検をしているところへ。

 戦車の命たる足回りは最もデリケートな部位だ。機動力が売りの軽戦車なら尚のこと、神経質に整備せねばならない。トーションバーで支えられた転輪を入念にチェックしていたとき、ふいに肩を叩かれた。

 

 見覚えのある、ツインテール姿の小柄な女性がそこにいた。そして大人びた風貌の、西住みほとどことなく似た女性も。

 

「やぁ、船橋ちゃん」

「角谷さん!? 西住さん!?」

 

 慌てて起立する船橋。振り向いた拍子にずれた眼鏡を直し、向き直る。

 元・大洗女子生徒会長は陽気な笑みを浮かべていた。トレードマークとも言える干し芋の袋を小脇に抱えたまま。

 

「良いチームになったねー」

「はい! お陰様で好調です!」

 

 予想外の登場だったが、船橋としてはとても喜ばしいことだった。相手校のOGだが、すでに卒業した彼女をスパイに使う西住みほでもあるまい。それに最も秘匿すべき、河合たちの搭乗車はちゃんと隠してある。サポートメンバーを見張りに立ててあるので抜かりはない。

 干し芋を齧りながら、角谷杏は辺りを一瞥する。そしてもう一人の女性……敵将の姉・西住まほは船橋に微笑を向けた。

 

「優秀な隊長を得られたな」

「はい。本当に、一ノ瀬さんにはいくら感謝しても……」

「貴女の目が冴えていた、と言っているんだ」

 

 その言葉にハッと目を見開く。角谷がくすくすと笑った。

 

「合格だってさ、まっちゃんの評価は」

「だから『まっちゃん』は止せ」

 

 角谷の言葉に溜息を吐く。彼女たちは高校卒業後、それなりに親しく付き合っているようだ。しかし根が堅いまほは、なかなか気安い付き合い方ができないようだ。

 

「一ノ瀬以呂波……彼女は貴女の読み通り、戦車道で生き返った。だがチーム全体に強い団結と忠誠心がなくては、優秀な指揮官も腕を振るえない。そしてチームメイトのみならず、学校の協力がなくてはそもそも戦えない」

 

 強豪を率いた女の言葉には重みがある。戦車道は大掛かりな競技だ。特に学園艦ともなれば、戦車の輸送に学校の船舶科の協力が不可欠となる。燃料・弾薬・糧食など、いわゆる兵站においても、隊員だけで全て回せるものではない。千種学園もサポートメンバー以外で、糧食関係では農業学科・調理学科が、物資の輸送には航空学科が協力してくれている。訓練の騒音も含め、高校戦車道は学校全体の理解があってこそできる競技なのだ。

 そのために生徒会を説得し、様々な部署から協力を取り付け、仲間を集め、時には大洗まで取材に赴き。成果を上げれば即座に宣伝して、同士を増やす。東奔西走して環境を整えたのは、他ならぬ船橋なのだ。

 

「チームの土台を築いたのは貴女だ。その手腕、尊敬に値する」

 

 再び微笑を浮かべ、右手を差し出してきた。その白い手を見つめ、船橋は満面の笑みで握手を交わすのだった。

 

 そのとき、まほは別の生徒と目が合った。よく知った少女だ。黒森峰と旧トラップ=アールパード女子校、延いては千種学園とを繋いだ功労者である。彼女は扇子をポケットへ押し込み、姿勢を正して敬礼を送った。まほも同じように気を付けの姿勢をとり、答礼する。

 いつものようなおどけた様子ではなく、かといって仏頂面でもなく。晴は穏やかな表情で、かつての先輩を祝福した。

 

「お久しぶりです、西住先輩。大学選抜チームへの入隊、おめでとうございます」

「ありがとう。元気そうで何よりだ、ハイター。いや、高遠と呼ぶべきか?」

「黒森峰ではハイター、本名が高遠晴、前座名が快風亭ヨタ子……お好きなのでどうぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 以呂波たちは、44Mタシュ重戦車への弾薬搭載・点検を行っていた。本来は試作車を組み立て中に破壊され、歴史の闇に消えた戦車だ。戦後に海外の戦車道チームで作られていたレプリカを、チーム解散に伴い守保が買い取り完成させたのがこの車両だ。

 この隊長車は準決勝後、出島・椎名らによって砲塔に手が加えられていた。義足の以呂波が乗り降りしやすいよう、数カ所に取っ手を溶接したのだ。それでも仲間たちの手助けは必要だが、その負担もいくらか減るのでありがたい気遣いだ。

 

「これで最後っ!」

 

 快活な声と共に、美佐子が75mm砲弾をラックへ納めた。先端が白く塗られ、榴弾であることが分かる。輸送中は安全のため信管を外しており、先ほど取り付けたところだ。満杯になったラックを満足げに眺め、ポケットから小袋を取り出す。喫茶店を営む祖父母からの餞別だ。

 美佐子はその中から、きつね色のクッキーを一枚摘み、澪の口元へ持っていく。彼女は照準器を磨くのに夢中だったが、鉄臭さの中に漂うお菓子の匂いには気づいた。

 

「はい、あーん」

 

 手を動かしたまま、美佐子の手から口でクッキーを取る。香ばしい風味を味わいながら咀嚼し、甘味に顔をほころばせた。

 

「……もう一つ」

「はーい」

 

 今度はチョコレートのかかった物を摘み、再び澪の口へ入れてやる。続いて装填手用ハッチから手を出し、外にいる結衣へ渡した。結衣も二枚ほど取り、以呂波へ回す。

 操縦手たる結衣は走行装置の点検を終え、各部のオイル点検に入った。エンジン、換気装置駆動部、変速機、減速装置。砲塔の駆動装置は澪の管轄だ。オイルの量は多すぎても少なすぎてもいけない。

 

 戦車は戦闘機と違い、任務完了後も現場へ留まることが多い。戦車道では試合終了後に入念な整備が可能なため、故障の多い車両もどうにか運用できる。特に千種学園では優秀な整備員がいるため、T-35でも稼働率を維持できているのだ。それでも日頃の点検整備を乗員が責任を持って行い、ノウハウを習得せねば、試合中に泣きを見ることになるだろう。

 以呂波は折りたたみ式の椅子に腰掛け、結衣の点検作業を見ていた。命令には従順だが判断力の高い彼女は、以呂波にとって理想的な操縦手だ。だが何となく、彼女が車長を目指していることは分かっていた。

 

「隊長殿、お客さんですよ!」

 

 サポートメンバーが叫んだ。

 以呂波よりも先に、美佐子が来客者を見つけた。

 

「プリメーラさん!」

 

 装填手ハッチから身を乗り出し、笑顔を浮かべる美佐子。以呂波もハッと立ち上がった。とはいえ義足と生身の脚にかける体重のバランスに注意し、慎重に立つ必要があった。主人の動きをコンピューターが感知し、膝関節を伸ばす。

 ベレー帽を被った少女は美佐子に手を振りながら、ゆっくりと近づいてくる。美佐子がドナウ高校で出会ったときと同じ、シャツとホットパンツという出で立ちだ。健康的な日焼け肌だが、どこか浮世離れした印象も受ける。以前捕虜交換の場で以呂波も顔を合わせたが、一度しっかり話をしてみたいと思っていた相手だ。

 

「Hola、一ノ瀬さん。改めて名乗らせてもらおう。私は赤島農業高校の、司令官(コマンダンテ)プリメーラ」

「一ノ瀬以呂波です。お会いできて光栄です」

 

 笑顔で握手を交わす以呂波。第一回戦で姉と対戦したのが、この農業高校の司令官だ。最終的には敗れたが、緒戦の勢いが凄まじかった。寡兵にも関わらず、千鶴率いる決号工業高校の半数を一方的に撃破し、追い詰めたのである。姉の強さを知る以呂波としては、敬意を抱くに十分だ。

 

「君の戦車道はとてもユニークだ。痛手を乗り越えた者の強さかな」

 

 義足をちらりと見つめ、プリメーラはそう評した。

 

「いえ、まだまだ未熟な采配です。プリメーラさんこそ……」

「興味は尽きないけど、特に気になるのは」

 

 以呂波の言葉を遮り、話を続ける。美佐子から聞いていた通り明るい人柄のようだが、どこか思考を読ませないところがあった。

 ふいに、タシュへと目をやる。砲身は綺麗に磨かれ、マズルブレーキの煤もしっかりと落とされている。高初速の砲は数発撃てばすぐに煤まみれになるため、手入れは欠かせない。このような点で戦車を雑に扱っているようなら、実力もたかが知れている。中には予めウェザリングを施し、相手を油断させる者もいるが。

 

 メンテナンスの行き届いた姿を眺め、以呂波へと向き直る。

 

「君の戦車愛は本物のようだね。後はお姉さんのように、指導者としての美学を持っているか。それが気になる」

「美学……ですか?」

 

 今ひとつ意味を掴みかねる以呂波だが、プリメーラは詳しく説明する気はないようだった。思わせぶりな笑顔を浮かべ、ちらりと艦橋を見る。役目を終えた学園艦のシンボルは、巨大ながらも何処か寂しげに佇んでいた。

 

「ま、この試合で分かるだろう。そんな予感がする。どちらか一方に肩入れする気はないけど、健闘を祈るよ」

「は、はい。頑張ります……」

 

 一方的に言われ、一先ず当たり障りのない返事をした。プリメーラはベレー帽の向きを直すと、軽く敬礼をして背を向ける。

 歩き去っていく彼女に対し、結衣が「何をしに来たんだろう」と言いたげな表情を浮かべた。ドナウ高校へ潜入した際、美佐子は彼女の言葉から勇気をもらったと言っていた。今のは一体何のメッセージだったのか。

 

 気になるが、以呂波は試合のことへと気持ちを切り替えた。集中せねばならない。今度の相手は、西住みほなのだから。

 


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