《一ノ瀬さんのことはやっぱり『義足の戦車長』じゃなくて、『凄腕の戦車長』だと思ってますね。私も広報担当として、そういう風にプロデュースしていきたいと……》
インタビューに答える船橋の声を聞きながら、一同は背後の異形戦車を凝視していた。
スターリングラードの凄惨な市街戦から、ドイツ軍は新たな火力支援車両を求めるようになった。即ち建造物を一撃で破壊して歩兵の突破口を開く、強力な榴弾砲である。150mm砲を搭載したIV号突撃戦車ブルムベアもそうして生まれたが、ドイツ陸軍は更なる怪物を求めた。
38cm突撃臼砲ティーガー、通称シュトゥルムティーガー。ティーガーの車体をベースに固定戦闘室を採用、正面装甲は傾斜付きで厚さ150mmだ。武装は絶大な破壊力を誇る、380mmロケット砲だ。
弾頭の炸薬量は125kgと、常識外れな威力だ。しかしそれを優花里が説明しても、みほ以外の面々はそれほど深刻に受け止めていなかった。昨年度の『大洗紛争』のせいだ。
「カールは確か600mm砲でしょ? あれに比べれば大したことないんじゃない?」
「それでも! 一発で二、三両は吹き飛びますよ! しかも射程は6km近くあるんですから!」
感覚が麻痺した沙織に、優花里は必死で力説する。380mmロケット臼砲はドイツ海軍が沿岸防備のため開発したもの、つまり本来は対艦用の兵装だ。その威力たるや、爆発の衝撃波だけで敵戦車を行動不能にするほどだ。
さすがにカール自走臼砲より破壊力は劣るが、有利な点もある。実際にカールを運用した愛里寿はよく分かっていた。
「……私はカールより、シュトゥルムティーガーの方が良かった。それなら護衛に三両もいらなかったはずだから」
ボコのぬいぐるみを抱きしめつつ、小さな大学生は昨年のことを思い出す。彼女は文科省から「運用試験」として与えられたカール自走臼砲に、M26パーシング三両の護衛をつけた。戦力上優勢とはいえ、重戦車三両を護衛に回すのは躊躇われたが、そうするしかなかった。
スペック上は10km/hで走行できるカール自走臼砲だが、実際には切り株程度の障害物でも走行に支障をきたし、不整地ではほぼ動けない。本来は攻城兵器であり、動く戦車を狙うことを想定していないのだ。破壊力は絶大ながらもオーバーキルで、側背面に接近されては的にしかならない。愛里寿としては「厄介なものを押し付けられた」と思いつつ、撃破されることを覚悟で最大限に効果的な運用法を考えたのである。
シュトゥルムティーガーとて原型のティーガーIより重量が増加しているため、機動力は劣悪だ。しかしそれでもカールよりはまともに動けるので、ある程度撃ったら陣地転換できる。装甲も厚いので、護衛車両も少なくて済んだだろう。
みほも彼女の言葉に頷いた。
「それに、今度の相手は一ノ瀬さんだから」
「そうです! 一弾流はカモフラージュの鬼ですよ!」
シュトゥルムティーガーの大きさは原型のティーガーIとあまり変わらない。大柄ではあるが、隠すことは可能だ。ましてや一弾流なら徹底した偽装を施してくるだろう。撃たれるまで発見できない可能性が高い。
「輪郭がシンプルですから、デコイも作りやすいのでは?」
そう言ったのは五十鈴華だ。華道を嗜んでいるだけに、戦車の造形を観察しての意見だった。ヘッツァー同様に傾斜装甲を箱型に組み合わせたデザインで、大きな凹凸がない。確かに千種学園のデコイ戦術にも向いているだろう。
「つまり目に見えない敵がこちらの射程外に陣取り、戦艦並みの火力を叩き込んできて、我々がそこに到達したときにはもうそこにはいない。見つけたと思ったらデコイだった……などという状況が考えられるわけですね」
「そ、それは確かに怖いわ……」
さすがの沙織も血の気が引いたようだ。みほは少し思案した。試合前に新車両をメディアに晒したのは単なるミスかもしれないが、あるいは千種学園の流儀なのかもしれない。決勝では敵になると分かっていても、彼女たちは大洗側に隠し事をしなかった。どの道一度試合で使えば世間に知られるのだから、ここで秘匿することに意味はないと思ったのか。または一撃で試合の流れを変えかねない車両を、隠して使うことに抵抗を感じたのか。
いずれにせよ、存在が明らかになった以上は対策が必要だ。
ふと、優花里は愛里寿に目を向けた。訊いておきたいことがあったのだ。
「島田殿。この前、ドナウ高校にいましたよね?」
その質問に、愛里寿はあっさりと頷いた。今となっては別に隠すことではないようだ。
「千鶴に頼まれたの。意見が欲しい、って」
「一ノ瀬殿のお姉さんに?」
「去年、あの人たちと非公式の試合をしたの。アクシデントがあって引き分けになったけど。……これは内緒ね」
唇に指を当てる愛里寿。表では知られていない戦いがあったのだと、みほは察した。元々西住流・島田流は一弾流とあまり仲がよくない。しかしみほの母……西住流家元・西住しほが、一弾流の家元を「いけ好かないが、一定の敬意を払うべき相手」と評したことがあった。表向きは敵対している流派同士でも、水面下で何らかの交流があるらしい。
そういった裏話を愛里寿が口にしたのは、みほだけでなく優花里たちにも一定の信頼を置いている証だった。しかし当人としてはもう一つみほに伝えたいことがあった。
「みほ。千鶴もボコが好きなんだよ」
「あっ! そういえばそうだったね!」
みほは思い出した。試合前の捕虜交換にて、以呂波がおまけとして『千種学園限定ボコ四体セット』を引き渡したことを。そしてそれが千鶴からの要求だったことを。
目を輝かせる二人の周りで、沙織たちは微妙な表情だ。みほに全幅の信頼を置く彼女たちでも、『ボコられ熊のボコ』の奥深さには未だついていけない。しかし西住・島田のみならず、一弾流家元の娘さえ虜にするあたり、ボコと戦車道には何か通じるものがあるのだろうか。
「今度三人で、ボコミュージアム行かない……?」
「うん! 絶対に行こう!」
戦車道を通じ、みほの交友の輪は広がっていく。流派や学校の垣根を超えて。当人は自覚がないのかもしれないが、優花里や沙織はそれこそが彼女の力だと分かっていた。他人に対して好き嫌いをしない故、敵を作らないのだ。
「西住さん。作戦会議はしないのか?」
いつの間にか、麻子が近くまで来ていた。戦車の操縦席で昼寝をしていたはずだが、話をある程度聞いていたらしい。
みほはハッと我に返った。
「みんなを呼んでこないと!」
「ああっ、みぽりんが行かなくてもいいってば!」
すぐさま駆け出す隊長を見て、沙織が慌てて携帯を取り出す。彼女は戦車の外でも通信手なのだ。
だがみほは数歩踏み出したとき、急によろめいた。体のバランスを崩し、片足で立ったまま手をバタつかせる。
「西住殿っ!」
即座に飛び出し、手を差し出す優花里。腹心の面目躍如と言った所か、見事にみほの体を抱きとめた。優花里の腕の中でゆっくりと体勢を立て直し、ふと息を吐く。
彼女の足元にタンポポが生えているのを見て、一同は何が起きたのか理解した。みほは花を踏みそうになり、慌てて避けようとして転びかけたのだ。
愛里寿がくすっと笑い、それを機にその場は笑いに包まれた。嘲笑ではない。戦車隊を指揮する凛々しい姿だけでなく、こんなドジな姿もまた、西住みほなのだ。
親しみの溢れる笑い声に、みほは恥ずかしそうに頭を掻いた。
千種学園がシュトゥルムティーガーを入手した。今や情報が瞬く間に拡散するインターネット社会、その知らせはすぐに広まった。ただでさえ注目を集めていた千種学園だけに、ネット上はその話題で持ちきりだった。
当の一ノ瀬以呂波はそれを確認したのみで、決勝へ向けた作戦会議と訓練、新戦力の錬成を続けていた。
「大洗は西住さんのIV号か、八九式のどちらかをフラッグ車にするでしょう」
各チームの車長を前に、自分の予想を述べる。座学用の小屋で机を囲み、結衣がホワイトボードの前で書記を務めていた。
大洗の編成を見るに、フラッグ車に向いた車両は限られている。M3リーやB1bisは大柄なため被発見率が高く、ヘッツァーは視界が悪い。III号突撃砲や三式中戦車チヌ、ポルシェティーガーは矢面に立たせたいだろう。消去法的に、正面戦力としては一切期待できないが練度の高い八九式か、指揮官の乗るIV号戦車となる。
隊長車にフラッグをつけるデメリットは、隊長が最前線で戦いにくくなることだ。黒森峰や聖グロリアーナのように重装甲の隊長車を持っていれば別だが、フラッグ車は真っ先に狙われるため、指揮官が陣頭に立って戦局を見るのが難しくなる。それを嫌う指揮官は自車にフラッグをつけない。
メリットもある。敵の優先攻撃目標を一両に絞らせることができ、囮としての価値が高まるのだ。防衛時も指揮官とフラッグ車が同じなら護衛対象が減る。西住みほは昨年度の決勝戦にてそれを利用し、フラッグ車同士の一騎討ちに持ち込んでいる。隊長または副隊長車にフラッグをつけるという、黒森峰の慣習を知っていたからだ。
逆に一弾流では、基本的に隊長車をフラッグ車にはしない。だが今回以呂波は敢えて、自分の乗るタシュ重戦車をフラッグ車に選んだ。
「トルディとソキは偵察に専念してもらいます。その方が戦略の幅は広がります。八九式がフラッグなら、船橋先輩が仕留めてください」
「IV号だったらどうする? タシュで長距離狙撃?」
船橋の意見は敵の能力を考慮してのものだ。あんこうチームの近距離での強さは極めて高いレベルであり、準決勝では千鶴たち実力者四両を相手に持ちこたえ、二両を撃破したのだ。さすがのみほも疲労困憊し、勝利の判定を聞いた直後に眠りこけたと言うが、凄まじい戦意と反射神経である。そんな相手と戦うならば、長距離から気づかれることなく撃破できれば理想だ。
だがそれは困難だというのが以呂波の見解だった。
「西住さんは澪さんの実力を知ってます。開けた地形を避けて行動するでしょう」
「接近戦は避けられない、か」
丸瀬が唸った。
「地形にもよりますが、キルゾーンを定めて追い込みましょう。ツチヤさんたちが手を加えているとはいえ、IV号戦車の足回りは高速走行に向きません」
戦車のサスペンションは衝撃吸収性に優れていれば良いというものではない。バネが柔らか過ぎれば停車時に車体の揺れが収まらず、射撃が遅れてしまう。IV号戦車のサスペンションは古めかしい
自動車部の驚異の技術力でチューンナップされているとはいえ、レギュレーションの範囲内ではサスペンションの構造自体を変えることはできない。千種学園はT-35重戦車を除きある程度の機動力を持っているので、取り逃がすことはないだろう。
あとはルーレットで決められる試合会場が何処になるか。地の利がどちらに味方するか、もうすぐ決まる。
「で、敵戦力を分断する作戦だけど、第一段階は成功かしら」
「ですね。後は……」
以呂波は新顔に目を向けた。新たな隊員である、生徒会長・河合だ。丁度タオルで汗を拭いており、端正な顔にも若干の疲労が見えた。今までにも船橋に請われ、政治的パフォーマンスのため戦車に乗ったことはある。ビッグウィンドにも率先して乗り込んで消火作業に当たった。しかし本格的な戦闘訓練は初めたばかりで、搭乗車両が難物では負担も大きい。
「私なら大丈夫ですよ。負担は大きいですが、役に立てるようになってみせます」
笑みを浮かべて言い切るあたり、さすが生徒会長と言ったところか。あまり派手さはないが、全生徒から信頼されるだけの度量はある。結衣は心配そうに彼女を見た。
「無理はなさらないでくださいね」
「ありがとう、大友さん」
後輩に対しても丁寧語を使う河合だが、卑屈さは見えない。自分が相手より上の立場だということも、何気ない所で示している。それでいて一年生である以呂波を隊長として立ててもいた。
『人の和』は強固だ。『天の時』も用意はしている。後は『地の利』がどちらに味方するかだった。
そのとき、外から小屋の戸が叩かれた。以呂波が「どうぞ」と答えると、勢いよく戸が開かれる。
「戦車道連盟より告知!」
手にしたプリントを掲げ、出島期一郎が声高く告げた。先ほどまで戦車や支援車両の整備をしていたため、顔や作業着に油汚れが着いている。
少女たちの視線が集まる。その告知というのが試合会場決定の報せだと察した。『士魂杯』も全国大会と同様、候補地の中からルーレットで試合会場が決定されるのだ。そして学園艦は七十二時間以内に指定された港へ入らねばならない。その限られた時間の中で、会場の地形に合わせた最終調整を行う。
重要な情報だけに、全員の視線は真剣だった。出島は勿体つけることなく、プリントに書かれた報せを読み上げる。
「決勝戦の会場は広島県呉港に碇泊中の、『旧トラップ=アールパード二重女子高等学校 学園艦』に決定!」
船橋が「えっ!?」と声を上げる。大坪、河合も思わず席から立ち上がった。千種学園の前身四校の一つであり、彼女たちのかつての母校。廃校となり解体を待つばかりだったその学園艦が、次の戦場となる。
三人だけでなく、他の面々も因縁めいたものを感じていた。業者の都合などで解体が進まぬ廃棄学園艦も多く、始末に困って試合会場として連盟に提供したのだろうか。それがルーレットにより偶然選ばれた。
場が静まり返る中、以呂波の脳裏に浮かんだのは『天佑』という言葉だった。
「……地の利は我が方にあり」
お読みいただきありがとうございます。
後一話だけ挟んで、決勝戦へと移っていきます。
行き当たりばったりで戦わせたくないし、キャラの像もしっかりと書いていきたいから、戦車に乗っていない時もちゃんと描写していきたいので。
ご感想・ご批評など、よろしくお願いいたします。
12/16
KV-2の榴弾についての記述が不正確だったため削除しました。
申し訳ありません。