ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

81 / 102
歩むべき道です!

「サンマ定食四つと、サンマ蕎麦一つで。定食のうち一つはご飯大盛りでお願いします」

 

 注文を取りまとめ、結衣が店員に伝える。休日だけに定食屋は客が多かった。学園艦で働く大人たちがよく利用する店だが、生徒の姿も見受けられる。繁華街には墺・洪・宇の料理店が軒を連ねているが、このような日本的な大衆食堂もちゃんとあるのだ。

 以呂波は校内ではすっかり有名人となっており、店員から目の下のクマを心配されたりもした。本当に無理は自重しようと、改めて心に決める。

 

 やがて料理が運ばれてきた。以呂波の注文はサンマの蒲焼が乗ったかけ蕎麦だ。食欲を唆る色合いの蒲焼が、出汁とあいまって香ばしい匂いを立てている。他四名のサンマ定食も続々とテーブルに置かれ、一同は嬉々として箸を取った。

 

「イロハちゃん、麺類好きだねー」

「うん、昔からね。スパゲッティとかも」

「じゃあそのうち、アンツィオ高校と試合したらどうだい。あそこは対戦相手にイタリア料理をご馳走する習慣があるらしいじゃないか」

「そういえば北森先輩が、それを見習ってボルシチの振る舞いをしようかって言ってましたね」

「……大坪先輩のグヤーシュも、美味しい……」

 

 サンマをつつきながら、和やかに雑談する五人。しかしそんな中でもやはり、以呂波は自然と戦術のことを考えてしまう。それも、西住みほに対する策が思い浮かんでいたのだ。

 

 機動戦には三つの要素がある。

 突破……敵陣に突破口を開けて切れ目を作り、敵を分断する。

 迂回……優勢な敵との正面衝突を避け、劣勢な敵を目指す。

 包囲……敵を正面から補足しつつ、別働隊で敵の退路を断ち、脆弱な側背面を攻撃する。

 

 昨年度に大洗を相手にしたチームは、包囲戦を仕掛けることが多かった。サンダース大附属高校しかり、プラウダ高校しかり。特に大学選抜チームは巧みな包囲機動で、大洗蜂起軍を一箇所に集め、身動きできない状況に追い込んだ。そうしてしまえば攻城用でもあるT28超重戦車が、その実力を最大限に発揮できる。澤梓らによる『ミフネ作戦』と題した無茶な救出作戦がなければ、大洗はあのまま押しつぶされていたはずだ。

 

 戦力に劣る相手が遊撃戦に出ることは誰でも予想できる。孫子の時代からの常識だ。それを防ぐためには包囲するのが有効だし、以呂波も決勝戦ではそうするつもりだ。千種・大洗共にゲリラ戦が得意分野、同じ土俵で戦っては長期の消耗戦となる。

 しかし数は互角である以上、下手に戦力を分散させては包囲する前に各個撃破されかねない。数に勝る相手を包囲殲滅する方法もあるが、その戦術は継続高校の十八番。同校と戦った経験のある西住みほなら、すぐにそれを見切り、対処してくるだろう。

 

 だが以呂波は戦いを有利に運ぶため、策を編み出した。姉の助言と、先ほど見た戦闘機がヒントとなった。後ほど船橋と話し合い、また守保にも連絡せねばならない。

 兄ならば『あの車両』を用意できるはずだ。

 

 決勝戦を心待ちにしながらも、以呂波は蕎麦をすすり、喉越しを楽しんでいた。

 

 

 

「なぁ、高遠さん」

 

 五人の皿がほぼ空になる頃、店長が声をかけてきた。恵比寿のような顔の温厚な中年男性だ。

 

「娘がよく、あんたの落語が面白いって言っててね。勘定オマケしとくから、よかったら一席やってくれないかな」

「おお、いいね」

「一度聞いてみたかったんだよ」

 

 他の客たちも期待の眼差しを向ける。晴はニヤリと笑って立ち上がった。

 

「それじゃ、みんなの財布のために一肌脱ぎますかね」

 

 店内がどっと笑った。店員が空いているテーブルに座布団を乗せて高座をこしらえ、晴は拍手と共にそこへ上がる。上方の落語では見台と膝隠しを演者の前に置くが、江戸落語では基本的に使わない。演者が脚に怪我をするなどして、正座の難しい場合にはそれらで足元を隠すことがある。道具も上方では張扇と拍子木を使うが、江戸落語は扇子と手拭いだ。晴は常に持ち歩いている。

 

 短いマクラの後、『雑俳』が始まった。晴の好きな落語だ。

 



ーーやぁ、八っつぁんかい。マァマァお上がりーー

 

ーーへぇ、ご馳走さんですーー

 

ーー何だい、ご馳走さんとは?ーー

 

ーー今、マンマおあがりってーー

 

 

 

 軽妙な語り口を聞きながら、以呂波は右脚を失ってから変わったことをふと考えた。戦術面においては「堅実だが大胆さに欠ける」と評された中学校時代と比べ、時には攻撃的になれるようになったと自覚している。それに加え、物事の見方が色々と変わってきた。

 

 『雑俳』は比較的短い中に笑いどころが多い落語で、前座噺に使われることが多い。しかし晴曰く「名人がやると凄い」とのことで、自分もいつかその境地に達したいと言っていた。同じ噺でも演者によって感じ方が変わるのは、ある意味戦車道と似ているかもしれない。同じ戦車でも乗り手によって、戦い方は異なるものだ。そして戦車道に求めるモノも。

 今ではそんな見方もできるようになった。昔は落語などくだらないと思っていたが。

 

「お晴さん、やっぱり巧くなってるわね」

「うん。どんどん面白くなってる」

 

 結衣の言葉に同意する以呂波。休日には師匠の家に行って稽古をつけてもらうこともあるようだが、戦車道の練習中も暇さえあれば落語の稽古をしている。元々落語家の巧拙など気にしてもいなかった以呂波でも、出会った頃より遥かに上達しているのが分かった。

 登場人物の八五郎が滅茶苦茶な俳句を詠むたび、店内にどっと笑いが起きる。だが晴当人はよく、本物の寄席では大してウケないだろうと言っていた。

 

 

 

ーー船底を ガリガリ齧る 春のサメーー

 

 

ーー何だいそりゃ?ーー

 

 

ーーサメが腹減らしてね、食べ物がないから船に食いついたんですよ。でも船が硬くてサメの歯が三本折れちゃって、サメがさめざめ泣いてるって設定の俳句ーー

 

 

ーーそんな設定知るかい!ーー

 

 

ーー駄目ですかねぇ。じゃあ次は…… ーー

 

 

 

 そのときだった。店の戸がガラリと開いた。

 今まで滑らかに言葉を紡いでいた晴の舌が、急に動きを止める。そしてほんの僅かな間をおき、軽く咳払いをした。

 

 

 

ーー ……クチナシなんてどうでしょうーー

 

 

ーークチナシか、いい題だ。やってごらんーー

 

 

ーークチナシや 鼻から下は すぐに顎ーー

 

 

 

 再び、先ほどまでと変わらない口調で演じ始める晴。だが以呂波は気付いていた。彼女の視線が一瞬、店に入ってきた男性を見て固まったことに。

 ぎょろりとした眼差しの中年男性は立ったまま、晴をじっと見ていた。店員が椅子を勧めようとしたが、やんわりと断り落語だけを聞いている。一緒に来た若い男も同様で、そちらは以呂波の視線に気づき軽く会釈した。

 

 晴の顔に汗が見えた。語り口にも気合がこもったように感じる。

 店内に笑い声が絶えぬ中、やがて噺はクライマックスに入った。

 

 

 

ーー山王の桜に去るが三下り 合いの手と手と手手と手と手とーー

 

 

ーー合いの手と手と手手とテテトテトテト タッタトット タタター テッタテッタトットター ーー

 

 

ーーそりゃ突撃ラッパだよ!ーー

 

 

 

「……お馴染みの『雑俳』でございました。どうも失礼を!」

 

 深々と頭を下げる晴に、拍手が浴びせられる。「良かったよ!」「将来楽しみだね!」などの声に感謝を述べつつ、テーブルから降りた。男性二人は短く拍手をした後、静かに出て行った。

 

 それをちらりと見送った後、晴は仲間たちの元へ早足で戻った。

 

「払っといておくれ」

 

 財布から取り出した千円札を結衣に手渡し、そそくさと店から出て行く。以呂波たちは顔を見合わせた。

 

「……さっきの人たち、知り合いなのかな?」

「行ってみましょう」

 

 結衣もやはり気になったようで、伝票を手にレジへと向かう。以呂波も美佐子の手を借りて立ち上がった。義足のコンピューターが体の動きを感知し、膝関節を伸ばして体重を支える。

 

 会計を済ませて外へ出ると、晴たちはやや離れた場所にいた。

 

「俺が入ってきたくらいで、どもっちゃいけねぇよ」

 

 そう言って、どんぐり眼の男は晴の頭を撫でる。晴は微笑を浮かべながらも、どことなく神妙な面持ちで頷いた。

 男は以呂波たちに気づき、向き直った。

 

「快風亭狂蔵と申します。娘がお世話になっております」

「弟子の狂助です」

「初めまして。一ノ瀬以呂波です」

 

 丁寧に頭を下げる以呂波。何となく、晴の父親だということは予想していた。面立ちが似ているわけではないが、仕草や雰囲気などが似ている。おそらく落語家なのだろうという気がしたのだ。晴からはたまにその噂を聞いていた。曰く「うちの親父は名人だけど、有名人じゃない」とのことで、テレビにはあまり出ないものの、寄席では非常に評判が良いそうだ。

 その仕事柄というべきか、一見強面でも愛想は良かった。

 

「あんたが戦車隊長さんだね。あの店の前を通ったら、たまたま娘の声が聞こえて……晴は戦車の中で、どんな仕事をやってるんですかね?」

「私の戦車の、通信手をしてもらっています」

 

 その答えを聞き、狂蔵は顔をしかめた。

 

「隊長さん。あんたを悪く言いたかないが、人選ミスだよ」

「えっ!?」

 

 突然の言葉に驚く以呂波に対し、弟子の方は少し笑っていた。思い当たる節があるらしい。一方の晴は不満げに父の顔を見上げた。

 

「親父、そりゃあんまりじゃないか」

「何言ってやがる。お前が小学校に入ったお祝いに、バーベキューやったときのことを忘れたのか? 俺が『焼けたからソース持ってこい』って言伝頼んだのを、お前『燃えたからホース持ってこい』って伝えやがっただろ!」

 

 途端に以呂波らは吹き出した。特に美佐子は爆笑した。もし試合中にそのようなミスを犯したらと考えると、とても笑えるものではないが。当の晴はわざとらしくそっぽを向き、口笛を吹いている。

 

「女房は女房でそそっかしい奴だから、大慌てでホース持ってきて肉を水浸しにしちまった。しょうもねぇことばっかり母親に似やがって」

「それがきっかけで師匠があたしに興味持って、中学のとき弟子にしてくれたんだ。あたしとしちゃ結果オーライだよ」

 

 開き直って言う娘に、狂蔵はため息を吐きながら苦笑した。娘の肩に手を置きつつ、再びその学友たちへ向き直る。すでに一ノ瀬以呂波の名を知っていたのだろう。当人にはあまり自覚はないが、すでに校外にも名を知られていた。

 仲間たちはさり気なく気遣いをする以外、以呂波を普通の人間として扱っている。本人の毅然とした態度と凛々しさもあって、自然とそのようになったのだ。チームメンバーで海水浴へ行く話が持ち上がり、盛り上がったところで、隊長が義足だと思い出す……そんなことさえあった。しかし外部からすればやはり『義足の身で戦車に乗る少女』というのは目立つ。

 

「俺はね、隊長さん。こいつを噺家にはしたくなかったんだ。戦車道が女の子のものなら、落語は男のものだ」

 

 落語という芸能が女性には如何に不向きか、以呂波も晴から聞いていた。今でこそ女流で真打になった例もあるが、一般的には女の落語などほとんど認められていない。落語家の必修科目である古典落語はほぼ全て男視点の物語で、女がやると興ざめするようなネタも多いのだ。

 親としては当然、もっと女性向きで、且つ収入の安定した仕事に就いてほしいだろう。しかし晴が落語家を志すのは、他ならぬ父親への憧れからだった。

 

「諦めさせようと思って、去年は堅い学校に入れたんだ。だがさっきの『雑俳』を聞く限り、こいつはもう噺家にしかなれねぇようで……」

 

 どんぐり眼で娘を見下ろす。だがその眼差しにはどこか、優しさがあった。

 

「隊長さん、晴を鍛えてやってください。戦車道で強い女になりゃ、噺家の世界でも何かしらの助けになるでしょう。お願いします」

 

 娘より年下の女子高生に向かって、狂蔵は深々と頭を下げた。続いて狂助、そして晴も。

 それに対し、以呂波も礼で応えた。足を軽く開いてバランスを取りながら、頭を下げる。

 

「お引き受けしました」

 

 狂蔵はその言葉を聞き、満足げに頷いた。踵を返しつつ、娘の頭を荒っぽく撫でる。「決勝戦、しっかりやれ」とだけ告げ、立ち去る。狂助も晴に親指を立ててみせ、師匠の後に続いた。

 

 

「……少しは認めてくれたみたいだ」

 

 二人を見送った後、晴は仲間たちに笑顔を向けた。しかしいつもの人を食ったような笑みとは違う。目が潤んでいる。彼女のそんな表情を始めてみる以呂波たちは、思わず言葉を詰まらせる。とはいえ、それは悲しみの涙ではない。

 結衣がハンカチを差し出すと、礼を言って受け取り、目元を拭う。

 

「お父さんが『堅い学校に入れた』って言ってましたが、何所のことですか?」

 

 以前尋ねてはぐらかされたことを、結衣は再度質問した。どうしても知っておくべきことではないし、誰でも隠し事の一つくらいはある。だがやはり、結衣は晴の素性が気になっていた。最初にタシュ重戦車の通信手席に座ったとき、「まるで棺桶だ」と言っていたあたり、あのとき始めて戦車に乗ったのだろう。だがその頃から、マイナーな戦車であるセンチネルの外見を知っていたり、サポートメンバーたちへ的確なアドバイスをしたりと、戦車自体に全く縁がなかったようには見えない。

 そして準決勝の最中、結衣の聞き違いでなければ、彼女は西住みほを「西住先輩」と呼んだのだ。

 

 知りたがり屋な後輩に、晴は普段のにんまりとした笑顔で答えた。

 

「黒森峰女学園」

「えええーっ!?」

 

 美佐子が一際大きな声を上げた。電線の上に止まっていたスズメが慌てて逃げ出す。澪もまた驚いたようだが、どちらかというと美佐子の大声の方に驚いていた。思考回路が常にシンプルな彼女は、思ったことを極めて率直に口に出した。

 

「お晴さん、黒森峰って顔じゃないでしょう!?」

「ツラで判断するんじゃないよ。否定はしないけど」

 

 苦笑しつつ自分の頬を引っ張ってみせる。美佐子の言い方はともかく、他三名も内心で同じことを思っていた。晴の容姿は十分整っている方だが、かの高校戦車道の王者・黒森峰のイメージにはそぐわないのだ。

 だが結衣同様、以呂波は薄々感づいていた。一昨年の全国大会における西住みほの行動について、意見を求められたとき。そして準決勝を観戦していた黒森峰についての発言。彼女がかの強豪校に近しい者であることを、何となく察していたのだ。

 

「戦車道はやっていなかったのですか?」

「チームに入ってたけど、乗員じゃなかった。『ハイター』ってコードネームで、雑用やってたよ……」

 

 ドイツ語で『晴天』の意味である。だが晴が言うには、洗濯が得意だからでもあったらしい。父親の言う通り、落語よりもっと堅い生き方をするべきだと思い、最初は真面目に勤めたと語った。

 

「でもいろいろなことがあってねぇ。西住先輩……みほさんの噂もいろいろ聞いたし、あの人が凄いことやってのけて、自分はこのままでいいのかって思った。マウス(ねずみ)の横にティーガー(トラ)がいるのを見ると、どうしても落語を連想しちゃうし」

「何のことですか?」

「左甚五郎でググりな。とにかく、一年間勤めて義理は果たしたけど、結局あたしのやりたいことは落語だったんだよ」

 

 扇子で額を叩きながら苦笑する晴。以呂波たちは知らなかったが、『ねずみ』という落語は彼女の父の十八番だったのだ。

 

「始めて寄席に出たのは十二歳のときさ。お客さんたちはみんな大笑いだった。噺が巧かったわけじゃない、あたしが子供で可愛いから笑ってくれたんだ」

 

 淡々とした口調で語り、晴は以呂波をじっと見据えた。大きな瞳に、熱が宿っていた。

 

「でもね、あの味が忘れられないんだよ」

 

 その瞬間、以呂波はあることに気づいた。彼女もまた、自分と同類だということに。自分にとっての戦車道が、晴にとっての落語道なのだ。ハンデを負いながらも、その道が自分の全てだと信じて進もうとしている。それが何よりの楽しみであり、生き甲斐であるから。

 最初は単なる奇人としか思わなかった彼女と、すぐに分かり合えたのは、根底の部分で似通っていたからかもしれない。義足で一歩踏み出し、以呂波は彼女の手を取った。

 

「これからも、一緒に頑張りましょう」

「そうですよ、お晴さん!」

 

 美佐子も同調し、晴の肩に腕を回す。

 

「落語家の格言にもあるらしいじゃないですか! 『船頭手を取りて、船、山登る』って」

「……『手を取りて 共に登ろう 花の山』でしょ」

 

 呆れつつ修正を入れる結衣。澪はクスクスと笑っていた。

 

「……たまに、みさ公の方が噺家に向いてるような気がしちゃうね」

 

 ぼやきながらも、晴は以呂波の手を握り返した。力強く、しっかりと。

 

「よろしく頼むよ。不束者なりに、あんたの耳になってやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……大勢の思いが交錯する中、千種学園は決勝に向けた準備を進めた。幹部が作戦を考える一方で、出島ら鉄道部員たちは義足の以呂波が乗り降りしやすいよう、タシュの砲塔に取っ手を溶接し始めた。さらに折りたたみ式のタラップまで開発した。同時に『極秘車両』のメンテナンスも行う。

 

 

 一方大洗女子学園でも同様に、自動車部による戦車の強化が行われていた。

 

 

「……試験の結果は上々、かな」

 

 IV号戦車の主砲を見上げ、ツチヤが鼻の下を擦った。格納庫に帰還したIV号戦車は射撃試験を終え、洗浄されたばかりのため、装甲板がまだ濡れている。その主砲は準決勝で限界に達し、砲身を交換されていたのだ。

 しかし今IV号に据え付けられた牙は、以前の48口径75mmではない。細いスリットが四本入った、珍しい形状のマズルブレーキがついている。秋山優花里は満面の笑みを浮かべつつ、その主砲を眺めた。

 

「いやぁ、まさかこんな掘り出し物が見つかるとは思いませんでした」

「寺田先輩がコスモスポーツを見つけたときみたいに、まだまだお宝が転がってるかもね。この学園艦」

 

 盛り上がる二人の傍で、みほは愛車をじっと見つめていた。この砲なら、千種学園の全車両を1500m先から撃破できる。砲弾も専用の徹甲弾、榴弾、そして空包も、八戸タンケリーワーク社から購入した。砲身の寿命は短いので、いずれまた通常の75mm砲に戻すことになるだろう。すでに砲身の手配はできているのだ。しかしそれまでの間、これが大きな力となるはずだ。

 自動車部員たちが協力し、その上にブルーシートを被せていく。顔が割れている以上、さすがに千種学園がスパイを送り込んでくることはないだろう。しかし優花里が防諜は必要だと主張し、みほもそれに同意した。情報戦の重要性を知っているのだ。

 

「ありがとうございました。短時間でいろいろ調節していただいて……」

 

 ツチヤへ丁寧に頭を下げるみほ。するとそこへ、友人の声が聞こえてきた。

 

「みぽりーん! お客さんだよー!」

 

 沙織の元気の良い声が聞こえた。千種学園で期待していたようなロマンスがなく、少し落ち込んでいた彼女だったが、気を取り直して女子力アップに励んでいる。もちろん通信の訓練にも手を抜かない。

 その隣にいるのは華と、人形のような風貌の小さな少女だった。ミルクティーのような色の髪をサイドアップにし、カチューシャを着けている。ふんわりとしたスカートを揺らしながら、みほに手を振っていた。

 

「愛里寿ちゃん! 来てたんだ!」

 

 みほはすぐさま、彼女へ向けて駆け出す。島田愛里寿……島田流戦車道家元の娘。みほの友人であり、最大の好敵手であった。

 何よりみほとしては数少ない、戦車以外で共通の趣味を持つ相手だった。早速、先日発売された『ボコられ熊のボコ』の新作の話をしようとしたとき、愛里寿は別の話題を切り出した。

 

「みほ、昨日、テレビ見た? 千種学園の」

 

 やや興奮したような口調で、彼女は尋ねる。一瞬何のことか分からなかったが、すぐに思い当たった。『士魂杯』での戦いぶりに加え、ビッグウィンド消防車の活躍が話題となり、千種学園にテレビの取材が入ったのだ。それが昨日放送され、みほも見たいとは思ったが、丁度練習の時間だった。

 

「ううん、見たかったけど、新しい砲の調整で忙しくて」

 

 それを聞き、愛里寿はポケットから携帯を取り出した。ボコのシールが貼られた可愛らしい代物だ。手早く操作し、動画投稿サイトへアクセスする。

 

「……これ」

 

 差し出された画面を見て、まず優花里が歓声を上げた。艦上火災に出動した、異形の消防車が映し出されていたのだ。

 

「ビッグウィンド! 動画で見ても大迫力です!」

 

 彼女の戦車愛はこのような改造車両にも及ぶ。しかし愛里寿はシークバーで動画を早送りし、しばらく先でピタリと止める。火災現場とは打って変わり、船橋がインタビューに答えているシーンだった。

 そのとき、みほは愛里寿が何を見せたいのか気づいた。画面の船橋がいる場所は、自分たちも利用した千種学園の格納庫だ。彼女のバックにはT-35の巨体が鎮座している。しかしその奥にあるサンドイエローの車両が、その姿をカメラの方へ晒していた。

 

 傾斜装甲を組み合わせた、箱型の車体。ティーガーのそれと同じ、複列大型転輪の足回り。大柄な車体ではあるが、それにさえ不釣り合いなほど巨大な、短砲身の大口径砲。

 みほの隣で、優花里もまた目を見開いていた。彼女は幼い頃、博物館でこの車両を見たことがあるのだ。

 

 

「千種学園が、シュトゥルムティーガーを……!?」

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
区切りの都合上、いつもより長めになりました。
晴の過去についてようやく明らかになりました。
私が落語をよく聞くようになったのは彼女というキャラを考えた後なので、何気に思い入れのあるキャラです。
結衣と澪の家族については番外編でいずれ書くかもしれません。

さて、ガルパン最終章は六章構成だとか。
PVでゴキブリの如くわらわら出てきたゴリアテや、潜航中の潜水艦内らしき所にいる桃ちゃんなど、「一体何が……」という要素がいろいろあって気になります。
ですがどういう展開になろうと、この小説はこの小説で完結させます。
整合性とれなくなる可能性が高いので、その場合はパラレルとして割り切るつもりです。
今後も応援してくださると幸いです。
ご感想・ご批評などあれば、よろしくお願いいたします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。