ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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アシラ作戦です!

「隊長、敵は来そうにありません」

 

 IV号戦車の砲手が矢車マリに言った。彼女はキューポラから顔を出していたが、双眼鏡を降ろして頷いた。相手にまともな火力はズリーニィしかいないのだから、向こうも待ち伏せに出ることは予測していた。だが敵がカヴェナンターなりトルディなりを斥候に出し、こちらを釣り出そうとしてくるのなら、ここで待ち構えて始末し、その意図を頓挫させてやる。そういう計画だった。

 

「ここまでね。……全車、進軍する。パンツァー・フォー」

 

 号令と同時に操縦手の背を蹴って、彼女の乗るIV号も動き出す。車体を隠していた茂みを無限軌道で踏み越え、道へ出る。III号を引き連れて進軍を再開した。

 

「敵が待ち伏せていそうなポイントはいくつかある。それらを潰しつつ索敵よ」

 

 地図を確認しつつ、矢車は仲間たちにそう告げた。車両数が五両なので、一両だけを単独で索敵に出すのは避けていた。II号L型ルクスのような偵察車両でもあればいいが、III号とIV号ならば集中運用で敵を粉砕したい。相手がT-34やM4シャーマンならともかく、欠陥戦車まで含まれている千種学園の戦車隊相手なら十分に押しつぶせる。一年生ながらも中学校時代に戦車道を経験していた矢車は、そう確信した。唯一警戒すべきはズリーニィ突撃砲の待ち伏せである。矢車は今回初めて見たくらいのマイナーな車両だが、確かな攻撃力を持っているはずだ。

 

 彼女たちが周辺を警戒しつつ進軍していたとき、不意にバリバリと音を立て、何かが道脇の茂みを押しつぶした。道の左側から現れたのは、全長五メートル程度の軽戦車……トルディだ。砲塔から車長が顔を出していたが矢車たちに気づいていないのか、下を向いて操縦手に指示を出している。

 

「攻撃!」

 

 矢車が命じたとき、やっとトルディの車長は敵の存在に気づいたらしく、矢車たちを見て驚愕の表情を浮かべた。続いて車内に何やら喚き立て、戦車をバックさせて行く。

 III号が発砲したが、そのときにはトルディは来た道を戻り、木々の合間へと逃げ込んだ。砲弾は遥か先へ着弾する。

 

「追撃よ! 斥候を撃破なさい!」

 

 ドナウ高校の戦車隊は一斉に左旋回し、林の中へ踏み込む。木の間隔は戦車が十分通れるくらいはあった。

 矢車は失笑してしまう。釣り出しを目論んでくるかと思えば、周辺警戒すら満足にできない車長に偵察を任せていたとは。所詮素人集団ということか。

 

 トルディの操縦手の腕はそこそこ良いようで、木の合間を巧みに縫って、回避運動を取りつつ走行している。対する矢車たちはIII号戦車が一両、やや本隊から遅れを取っていた。五号車だ。

 

「ドナウ・フュンフ、急げ!」

《すみません!》

 

 一両だけ技量に劣っている者がいると、全体の進軍速度も遅くなる。

 だがトルディの車長は半狂乱のようで、後ろを向いて必死で喚き、矢車たちに拳を振り上げている。20mm砲を乱射しているが回避運動を取りながらでは当たるわけがなく、当たったとしてもIV号・III号の前面を貫通できるものではない。この程度の相手を始末するのは容易いことだ。

 

 矢車たちも牽制のため発砲するが、こちらも走りながらでは命中は期待できない。あくまでも心理的圧迫が目的だ。それは効果絶大だったようで、敵車長のパニックがどんどん酷くなり、喚き散らすのが見えた。

 

「前に去年の全国大会の録画見ましたけど、ああいう人いましたよね」

「ええ。サンダースの副隊長だったかしら。アリサさんとかいう」

 

 装填手とそんな会話を交わしつつ、矢車は苦笑した。

 砲弾の一発が前方の樹木に命中し、めきめきと音を立てて倒れ始めた。トルディは間一髪でその下をくぐり、矢車たちは迂回して後を追う。

 

 林を抜け、広い丘に出た。しかしトルディの進路は、矢車が予測していた待ち伏せポイントへ向かうのではなく、闇雲に逃げ回るだけのようだ。

 

「徹甲弾装填、躍進射撃で仕留めるわ。停止」

 

 躍進射撃とは走行しながら照準合わせ、急停止して車体の揺れが止まるのと同時に素早く発砲するテクニックである。

 IV号の操縦手がレバーを戻し、制動をかけた。

 

「撃て!」

 

 車体の動揺が収まった瞬間、砲手がトリガーを引く。撃発の轟音が響き、マズルブレーキから炎が拡散する。

 しかし砲弾は当たらなかった。トルディはIV号の発砲の瞬間、左へ旋回して射線をかわしたのだ。

 

 そのまま左へ逸れていくトルディを、矢車は舌打ちしつつ追跡し続ける。比較的脚の速い戦車なので簡単には追いつけないが、隙を狙って再び躍進射撃を試みるつもりだ。

 相変わらず敵車長は見苦しく喚き立てているが、一応操縦手に指示は出しているらしく、回避運動を取れていた。時折20mm砲も撃ってはくるが問題にならない。

 

 

 そうしているうちに、やがて小高い丘の上に出た。茂みがいくらか見受けられるものの、遮蔽物が少なく敵に狙われやすい地形で、ことに矢車たちから見て右側には、下り勾配の先に平野が広がっている。矢車が予測していた待ち伏せポイントの一つだ。眼下に見える平野に陣取れば、丘の上を容易に狙撃できる。

 しかし矢車が見渡してみても、敵戦車らしきものは見えない。

 

「ドナウ・ツヴァイ、フィーアは右方向を警戒。狙撃に注意なさい」

 

 念のため部下に命じつつトルディを追う矢車は、妙な物を見た。前方に見えた大きな茂みが、動いたのだ。それどころか、火を噴いたのだ。しかも複数。

 大小の砲弾が近くに着弾し、機銃が装甲をノックする。まったく馬鹿な奴らがいたものだ、と矢車は思った。T-35に木の枝葉をつけ、茂みに偽装していたのである。隠し方は徹底していたが、自ら動いては隠蔽効果も何もない。もっとも近くを通るまで待ち伏せしたとて、T-35の主砲は榴弾砲だし、副砲は対戦車用の45mmだが射角が限られている。

 

「砲撃用意。目標、ソ連製十人乗り棺桶」

 

 乗っている戦車の無力さを思い知らせてやる。矢車は一斉に躍進射撃を行うことにした。

 

 急停車の直後、IV号の75mm一門、III号の50mm砲四門が一斉に火を噴く。大気を揺るがす轟音の直後、T-35の巨体に徹甲弾が殺到した。鈍い金属音と共に偽装用の茂みが吹き飛んで、木の葉が宙を舞う。

 

 その下にあったのは弾痕を穿たれた、オリーブ色の装甲板だった。多砲塔戦車で元々重量があるため、大型であっても装甲は厚くない。貫通判定が出て白旗システムが作動してしまう。主砲塔の上に、被撃破の証である白旗が上がった。

 

 撃破されたT-35の脇を抜けて逃げて行くトルディ。それを追って、矢車らもT-35の左側を抜けて行く。

 だがその瞬間、異変が起きた。先ほどまで半狂乱になっていたトルディの車長が、矢車の方を向いてニヤリと笑ったのだ。

 

 同時に矢車は気づく。T-35の背後に、砲塔をこちらへ向けた戦車が控えていることに。

 

「……罠……!」

 

 刹那、轟く砲声。

 矢車のすぐ後ろにいた二号車が直撃を受ける。潜んでいたのはトゥラーンII重戦車だった。短砲身とはいえ75mm、至近距離で直撃では、III号戦車の側面などとても耐えられない。たちまち白旗が上がり、車体から出火もする。

 

《ドナウ高校III号戦車、走行不能!》

 

 無線機に審判のアナウンスが入った頃には、トゥラーンはT-35の反対側へ身を隠す。

 

「味方を遮蔽物に……!」

 

 矢車は自分の油断に歯噛みした。T-35の偽装は自分を隠すためではなく、背後にいるトゥラーンを隠すためだったのだ。元々大きい上に木の枝などを付ければ、背後にトゥラーンが隠れるくらい簡単だ。

 

《隊長、トルディが逃げて行きます!》

《トゥラーンは反対方向に……!》

「フュンフは軽戦車を追跡! 残りでトゥラーンを片付ける! 包囲よ!」

 

 仲間の混乱を防ぐため、矢継ぎ早に指示を出す。技量に劣る五号車をトルディの追撃に振り向けて切り離し、残り三両を動きやすくしてトゥラーンを仕留める算段だ。トゥラーンは工業力の低いハンガリーで作られたにしては良い戦車だが、ドイツ戦車の完成度には及ばない。三両で十分だ。

 

 だが矢車にはまだ誤算があった。

 反転してトゥラーンを追い始めたとき、またもや砲声が響いたのである。IV号のすぐ隣に出ていたIII号が一両、砲塔側面に直撃を受けた。またしても上がる、白旗。

 

 矢車が警戒していた、平野からの狙撃だ。しかし開けた場所にも関わらず、敵の姿は見えない。戦車壕を掘り偽装を施して身を隠し、遠距離から砲撃してきたのかもしれない。

 二両が撃破され、一両は分離。彼女の手元に残された車両は自分の他に一両のみ。トルディ車長のあの狂乱ぶりも、最初から計算ずくだったのだと気づいた。

 

「嵌められた……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《トゥラーン、一両撃破!》

《ズリーニィ、一機撃墜……じゃない、一両撃破だ。こちらの位置はまだバレてなさそうだ》

《こちらトルディ。III号が一両だけ追いかけてくるわ》

 

 エンジンを切ったカヴェナンターの車内で、以呂波は先輩たちからの吉報に耳を傾けていた。

 

「やった! イロハちゃんの計算通り!」

「……凄い」

「この調子なら勝てるかもしれない!」

 

 美佐子、澪、結衣も歓声を上げた。以呂波自身も、体にゾクリと快感が走るのを感じる。久々に感じる戦車道のスリルだ。だが同時に、乗っているのがカヴェナンターよりもまともな戦車なら、最初から自ら陣頭に立つのにと、口惜しい思いもしていた。

 

「船橋先輩はそのまま、追ってくるIII号を引きつけてください。T-35の皆さん、怪我はありませんか?」

《こちら北森だ、十人みんなピンピンしてる。役目は果たしてやったぜ。後は頼む》

「了解、本当にありがとうございました。トゥラーンは敵戦車に突撃し注意を引きつけ、ズリーニィは誤射に注意して狙撃を続けてください。私たちも向かいます」

 

 滑らかな口調で指示を出しながら、以呂波は確かな喜びを感じていた。

 あるべき場所に戻ってきた、その喜びを。




今回もお読み頂き、誠にありがとうございます。
ようやくバトルシーンでしたが、如何でしたでしょうか。
千種学園有利に進んでいますが、さすがにこのままでは終わりません。
後アシラ(ASILA)作戦の由来は決してモンハンのモンスターではありませんw

今後間が空くこともあるかもしれませんが、応援して頂けると幸いです。

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