ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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別れの風です!

 火災が発生したのは、学園艦に洋上で燃料・物資を供給するための補給艦だった。学園艦と同じ製法で造られ、小型艦並みのサイズがある。火元はその甲板上の燃料集積所だ。当然、艦に備えられている消防車が出動したものの、火の回りが早く消火が追いついていない。折しも接舷して補給を受ける予定だった千種学園では、すぐさま救援隊の派遣を決定した。

 その中核が、ビッグウィンド消防車だった。着艦したルスラーンの格納庫から降ろされ、異形の車両は現場へと向かう。後部のキャビンには河合が乗り込み、整備班の面々はレヘル兵員輸送車で追従した。

 

 現場に到着したとき、さすがの河合も恐怖を感じた。引火した油が広がり、一帯が巨大な炎に包まれている。甲板上には火に包まれたドラム缶などが散乱し、艦のダメージコントロール班が懸命に消火を行っていた。

 

《エンジンの状態は万全ですが、少しずつ吹かすようにしてください。一気にフルスロットルにはしないように!》

「……了解」

 

 無線機を通じて出島と言葉を交わす。ヘッドフォンはともかく、喉に巻いた咽頭マイクにはまだ慣れない。強化ガラス張りのキャビンから火の様子を見つめ、ゆっくりと息を吐いた。

 彼女はここまでの規模ではないが、大火災を見たことがある。生まれ故郷たる、旧トラップ=アールパード二重女子校学園艦でのことだ。火の手は艦尾に位置するアールパード校側で上がり、馬術部で飼われていた馬が多数死んだ。その頃彼女はまだ小学生だったが、そこから二重女子校の没落が始まった。

 

「……貴方も、無念だったでしょう」

 

 スイッチやレバーの並ぶキャビン内で、河合はビッグウィンドに語りかけた。この異形の消防車は通常の火災では使いにくいし、特に市街地では周りへの損害も大きくなるだろう。何故学園艦に存在したのか不思議なくらいだ。そのため過去の大火災のとき、この車両は車庫の奥で埃を被っていた。それが廃棄されず千種学園へ受け継がれたのは、もしかしたら何かの手違いによるものだったかもしれない。だがそのおかげで、また千種学園の歴史に新たな一ページが作られる。

 

 補給艦の職員たちが駆け回り、太いホースを引っ張ってビッグウィンドへと繋ぐ。艦内の大型貯水槽から水を引くことができた。ただこの怪物の放水能力は一般的な水泳用プールを五十秒で空にできる。足りなくなった場合、海水を汲み上げざるを得ない。

 

《ホース連結完了》

「前進」

 

 仲間に呼びかけつつ、二基のジェットエンジンの始動準備に入る。Mig-21戦闘機の心臓であったこのエンジンは、放水用のコンプレッサーに役割を変えていた。凄まじいジェット排気によって水をスプレー状に放出し、火から酸素を奪うのだ。元はNBC兵器対策として作られた除染用車両であるが、油田火災の消火にも使われる。その消火能力は火を『殺す』と称されるほどだ。

 

 低い唸り声を上げ、エンジンが目を覚ました。操縦手が車体を前進させ、火の間近まで持っていく。巨大な炎の壁が眩しい。

 操縦席のハッチが閉まっていることを確認し、ポンプのクラッチを繋ぐ。ゆっくりとスロットルを開くと、エンジン上に並んだ六本のパイプから放水が始まった。白い霧状の噴射が放物線を描いて火へとかかる。だがこの程度では効き目がない。

 

「……行きます」

 

 レバーを引き、少しずつスロットルを開く。エンジンの唸りが一段と大きくなり、轟々と爆音が響く。それに伴って水勢も強まった。雄叫びの如く放射された水の粒が、炎の光を反射して煌めく。しかし次の瞬間には、その放水を受けた場所から炎が『消し飛んだ』。大抵の油火災に水は逆効果だが、大量の水を高圧の噴射すれば一瞬で酸素を奪い、油を冷却できる。

 

 

 河合は『砲塔』を旋回させ、炎の壁を削っていく。離れた距離に陣取った出島、椎名らは、怪物が問題なく動いていることに安堵していた。

 

 

「クウェート油田火災って、こいつを投入しても鎮火まで十ヶ月かかったんだよな」

「最初は五十年かかるって見積もられてたらしいからなぁ」

 

 男同士でぼやきながらも、決して高みの見物をしているわけではない。今は彼らがオペレーターだ。レヘルの座席には無線機が置かれ、周囲の状況を監視しつつ、艦の消防隊員からの指示を河合へ伝えるのだ。

 彼らとしては女子たちの活躍に、つくづく頭の下がる思いだった。千種学園では戦車道チームの活躍に刺激を受け、男子も運動部・文化部共に士気が上がっている。国から不要と見なされた前身四校の名誉回復が、新たに入学した後輩たちの未来にも繋がると信じて。出島と椎名は元々、そういったことにあまり興味はなかった。元々女子の胸や尻には何の関心もなく、SLの汽笛を聞いて気分がムラムラするような連中である。世間からどう思われようと、大好きな鉄道さえ弄っていれば満足だったし、戦車の整備員になったのも単純に、機械への興味からだった。そんな彼らだからこそ、女子たちも安心して愛車を預けるのだろう。

 

 だがその一方で、自分たちの立場に信念を持ち始めていた。

 

「お、見ろよデゴイチ」

 

 椎名の指差す先を見ると、海原を走ってくる船影が複数見受けられた。すぐさま無線機で報告する。

 

「会長、消防船が見えました。もう少しですよ」

《了解。この子で消せるだけ消して、後はお任せしましょう》

 

 滑らかな声で答え、河合は炎へとビッグウィンドを前身させる。ジェットエンジンが吠える度、炎の壁の一部が吹き飛んでいく。怪物の雄叫びを聞きながら、男二人は顔を見合わせた。

 

「この子、だってよ」

「女子ってヤツは……」

 

 すでに怪物消防車へ感情移入している生徒会長に、二人は苦笑する。人車一体、愛車の精神は、千種戦車隊の全員が持っている。彼女らが身を預ける戦車なのだから、整備も一層誠意を持って行わねばならない。

 

「さっさと終わらせて帰りたいな。お姫様たちのために、さっさと戦車を直さないと」

「ああ。あのアバズレどもを勝たせるのが、俺たちの仕事だ」

 

 あくまでも職人気質の二人である。口は悪いが、根は紳士だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 消火作業が完了したとき、空にはすでに星が瞬いていた。千種学園の貢献はすでにネットを通じて知られ、反響を呼んでいた。『士魂杯』における活躍と併せ、もはや「不要な学校の寄せ集め」という評価は過去のものになりつつある。だが戦車道チームにとっては、まだ最強の敵との戦いが残っていた。

 

 

 立て込んだ中ではあったが、千種学園の学園艦は入港することになった。大洗女子学園のメンバーと戦車を下船させるために。

 

 

 

「皆さん、お世話になりました」

「お世話になりました!」

 

 みほが深々とお辞儀をし、他の大洗隊員たちも一斉に礼をする。それぞれ荷物をまとめ、戦車もトランスポーターに乗せてあった。見送りに来た千種学園のメンバーは寂しげである。準備期間の合同練習を通じ、他校の生徒とは思えないほど親密になっていた。

 だが『昨日の友も今日は敵』の言葉通り、共闘はここまでだ。次は彼女たちとの決勝戦が待っている。

 

 以呂波は機械仕掛けの義足で、ゆっくりと前へ出る。みほと向き合い、出会ったときと同じように握手を交わす。

 

 片や、前進を旨とする西住流宗家に産まれながら、母校と友情を守るために戦い、国を相手に踏みとどまった少女。

 片や、踏みとどまる戦車道を身に叩き込まれながら、自分と仲間たちの、再起と前進のために戦う少女。

 対照的な立場でありながら、二人は互いに親近感を覚えていた。

 

「決勝戦、全力でいきます」

 

 相手の目をしっかりと見て、以呂波は宣言した。

 

「良い試合にしましょう!」

「……はい!」

 

 快活な笑顔で答えるみほ。その愛らしい表情からは“大洗の軍神”などという、仰々しい渾名は想像できない。当然、自らそう名乗ることもないが、その名に相応しい実力者である。共に戦った千種学園の面々には分かっている。

 

 やがて、大洗隊の面々は自分たちの学園艦へと乗り込んでいった。タラップを上がりながら手を振る彼女たちに、千種の隊員たちも手を振る。そのとき以呂波はすでに、勝つための策を練り始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……東京、某所。

 テレビを消し、作務衣姿の男は溜息を吐いた。強面の中年男性だが、ぎょろりとした大きな目にイガ栗頭という出で立ちは、どことなくコミカルな印象を受ける。意味もなく部屋の畳を撫で、イグサの線を数えながら、ちゃぶ台に肘をついて考え込む。

 不意に笑みを浮かべ、隣にいる若い弟子を顧みた。

 

「狂助。明日、千種学園ってところに行ってみようと思う」

「分かりました。それじゃあ手続きしておきますんで」

 

 弟子は笑顔で答える。大抵の学園艦は部外者の乗艦に許可が必要だ。審査がどの程度厳しいかは学校によるものの、生徒の家族であればすぐに入れることが多い。黒森峰女学園は女子校の上、機密保持などの理由から厳しかったが、千種学園は共学。父親なら問題なく乗艦できるはずだ。

 

「凄い戦いでしたね。お嬢さんは何処にいたんでしょうか」

「さぁてな」

 

 苦笑しつつ、卓上の猪口へ手をやる。すかさず弟子が徳利を取り、酒を注いだ。

 

「バカ娘がどんなところで暮らしてるか、見に行ってみるとしよう」

 

 


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