ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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試合後です!

「いぃぃやったぁぁぁ!」

 

 美佐子の特大の歓声が、タシュの車内に反響した。車体後部には数個の弾痕が穿たれ、点検ハッチが着弾の衝撃でひしゃげている。砲塔には白旗が揚がっていた。しかし乗員たちは皆歓喜の笑顔を浮かべていた。結衣が操縦席から砲塔を見上げる。

 

「澪、凄いわ! 当てたのよ!」

 

 澪の膝を叩き、ポカンとした表情を浮かべる彼女に呼びかける。照準器のシュトルヒを表す三角形の向こうに、小さく敵フラッグ車が見えた。狙撃の快楽に酔った澪は、横転して静止したI号C型を陶然と見つめていたが、やがてゆっくりと目を離した。白い頬は紅潮し、火照っている。ゆっくりと深呼吸しながら、微笑と共に言葉を紡ぐ。

 

「当てたんだ……私が……」

「そうだよ! 澪ちゃんがやったんだよ!」

「う~ん、天晴れ」

 

 美佐子と晴も口々に賞賛する。義足の右脚を戦車の床へ下ろし、以呂波が彼女の肩に手を添えつつ着座する。振り向いた澪に笑顔で頷くと、頭上のハッチから覗く空を仰ぎ見る。丸く切り取られた青空を、爆音を立てて双発のレシプロ機が横切って行った。連盟の『銀河』だ。流麗な機影が通過して行き、遠ざかる爆音に耳を傾ける。

 

「……勝った」

 

 義足のソケットをさすり、以呂波は感慨深げに目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

「西住殿! 西住殿!」

 

 優花里に肩を揺さぶられ、みほはハッと我に返った。仲間たちの顔を見回し、ほんの数秒ではあるが、自分が眠っていたことに気づく。試合終了のアナウンスを聞いた途端、体からふっと力が抜けたのだ。

 

「勝ったん……だよね?」

「はい! 我々の勝利です!」

「以呂波ちゃんたちが決めてくれたよ!」

「やりましたね!」

 

 優花里、沙織、華が口々に答える。ただ一人、麻子だけは沈黙していた。操縦桿を握ったまま熟睡していたのである。手練の四両を相手取った激戦には誰もが疲労しており、特にみほと麻子の負担は大きかった。しかしみほは晴れやかな心持ちだった。それにほんの僅かなうたた寝にも関わらず、不思議と熟睡した後のように頭がすっきりとしていた。

 

 キューポラの縁に手をかけ、ゆっくりと立ち上がる。周囲には先ほどまで鎬を削った、決号・ドナウ校のクルーたちが下車し、総勢二十名がIV号を取り巻いていた。ハッチから顔を出したみほを出迎えたのは、敵手たちからの盛大な拍手だった。

 

 

 

 

 

 

 

 大洗・千種の応援者たちが勝利に沸く。撃破された車両の乗員たちはもちろん、在校生やその家族、外部のファン、そして千種学園の前身となった四校の卒業生たち。様々な人々が勝利を喜んでいた。敗者の決号工業高校、ドナウ高校の応援団も、奮戦した隊員たちに惜しみない拍手を送った。砲撃の音に負けるなと言わんばかりの、万雷の拍手を。

 

 そんな中、試合会場の隅に設けられた整備所(ピット)では別の戦いが始まろうとしていた。

 

「あーあー、派手に壊したなぁ」

板バネ(リーフスプリング)も逝ってる。ボギーもいくつか丸ごと取り替えなきゃ駄目だぞ、こりゃ」

 

 出島期一郎、椎名五十六が口々に言う。トランスポーターで回収されてきた43MトゥラーンIII重戦車は、ドリフト機動によって足回りを激しく損傷していた。当然ながら真横にスライドすることを想定した設計ではないのだ。今回乗員の大坪たち共々あんこうチームの影武者として戦ったが、ドリフトまで模倣することでその技量をアピールした。宣伝効果は高いはずで、船橋は大いに賞賛していたが、整備士泣かせの戦法だった。

 

 だが幸いにも彼らは紳士であり、懸命に闘った女子たちを責めるようなことはしない。

 

「おい、誰かクルーの皆さんにお菓子でも配ってやれ。対戦相手にも……パフェなんか止せ! 腹壊したらどうする! ってかどうやって持ってきた!?」

 

 賑やかなサポートメンバーたちの元へ、あんこうチームのIV号戦車もまた回収車で運ばれてきた。足回りはほぼ完全に潰れ、シュルツェンも全て吹き飛んだその姿に、誰もが思わず唖然としてしまう。被弾しても貫通しなかった場所には焦げ跡や塗装の剥げが残され、満身創痍の出で立ちだ。

 

 出島たち千種学園の整備班が舌を巻いたのはレオポンさんチームだった。ポルシェティーガーと共に帰還したツチヤは戦車から降りるなり、後輩たちに矢継ぎ早に指示を出して被撃破車両の修理に取り掛かったのだ。試合までの準備では彼女たち大洗自動車部と、千種学園鉄道部が共同で戦車のメンテナンスを行ったが、ツチヤたちの手並みは出島たちにとっても良い刺激となった。

 もっとも取りまとめ役である出島・椎名らとしては、鉄道部の女子整備員がツチヤらと「戦車は鉄道か、自動車か」で言い争うのが悩みの種だったが。ツチヤたちは日本の法律上戦車は大型特殊自動車であることを根拠に、戦車は自動車であると主張した。一方千種学園の鉄道部員たちは走行装置が無限軌道であることを理由に、軌道(レール)上を走るのだから鉄道だと主張。結局試合まで決着はつかなかった。

 

「偉いもんだよな、あの人は」

「ああ。ポルシェティーガーをドリフト仕様にするってのは、少し病気だと思うけどな」

 

 雑談しながらも作業に取り掛かる二人。破損したボギー式懸架装置を取り外そうとして、不意に出島が手を止める。ポケットの中の携帯が、アメリカ民謡『I've Been Working on the Railroad』を奏でたのだ。取り出すと画面には『生徒会長』の文字が表示されていた。

 

「はい、こちらデゴイチ」

 

 最近あだ名で呼ばれるのに慣れてきたようで、自ら名乗ることも多くなってきた。大洗カモさんチームの影響だろうか。

 

 椎名は仕方ないので、他のメンバーと共に作業に取り掛かった。そうしている間に電話中の出島が次第に表情を変える。最後には「分かりました」と言って電話を切り、相方の方へ向き直った。

 

「シゴロク、緊急事態だ! “アレ”の出番だぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……やがて、戦いを終えた選手たちは次第に集まり、チームの垣根を超えて談笑を始めた。これは戦争ではなく、互いにに憎しみがあるわけではない。負けた側には悔しさもあるが、指揮官である千鶴とトラビが明るく振舞っていれば、部下たちも自然と笑顔になる。皆互いに握手を交わし、健闘を讃え合っていた。

 

「Лучше було б, лучше було б не ходить, Лучше було б, лучше було б не любить, Лучше було б, лучше було б та й не знать, Чим тепер, чим тепер забувать……」

 

 T-35の主砲塔上に腰掛け、北森がバイヤンを弾き鳴らしながら歌う。曲はウクライナ民謡『コサックはドナウを越えて』である。リズミカルで一見明るい曲調だが、歌詞の内容はコサック兵が縋り付く恋人を振り払い、戦に赴くというものだ。勝利の場に相応しい歌詞かは別として、軽快なリズムに合わせて他の乗員たちが踊り、観賞する四校の選手は歓声を上げていた。

 

 少し離れたところで、トラビは草の上に腰を下ろしていた。膝の上には後輩が頭を預け、膝枕の体勢で寝息を立てている。背の高いすらりとした体型の少女だが、あどけなさの強く残る顔立ちで、可愛らしい童顔だ。目元に涙の跡が見える。トラビは舌先を震わせ、「オホルルルル……」という声を出しながら、彼女の頭を撫でてやる。

 近くには髑髏の目出し帽が脱ぎ捨てられていた。試合中はハイテンションな彼女も燃え尽きてしまったらしい。まさか全開走行するI号C型を二千メートル先から狙撃されるとは、トラビも思っていなかった。それをやったのが五十鈴華ならともかく、千種学園の加々見澪という砲手だったことも、驚きに拍車をかけていた。

 

「何が起こるか分からへんなぁ」

 

 ぼやきながらも楽しげに、そして満足げに、アイヌ人の隊長は部下を労わる。そこへ近づいてきたのは、また別の部下だった。

 

隊長(カピテーン)。この方たちが、お話ししたいそうです」

 

 トラビが振り向くと、副隊長代理たる矢車マリの姿があった。そして彼女に案内されてきた、大洗アヒルさんチームの面々がいた。

 

「初めまして。大洗八九式中戦車車長の、磯部典子です」

「ああ、こちらこそ。ドナウ高校隊長のトラビや」

 

 きりっとした佇まいで挨拶する磯部は、同チームの後輩たちよりかなり低身長だ。しかしモットーとする根性論のためか、小さな体から熱い血潮が感じられ、それが風格を作っている。現に彼女の指揮する八九式は昨年度の全国大会、そして『大洗紛争』でも様々な手柄を立ててきた。

 だが今回は最初に撃破された。ドナウ高校の、クーゲルブリッツ対空戦車によって。

 

「矢車さんから聞きました。あの対空戦車の投入は、私たちを真っ先に撃破するためだったと」

「せやで。あんたらははっきり言うて脅威やからな。大砲でちまちま狙うより、機関砲でカタつけよう思うたんや」

 

 トラビがきっぱりと答えた途端、磯部はすっと前に進み出た。そしてトラビの両手を取り、ぐっと握りしめる。

 

「私たちは今まで、『相手はたかが八九式だ』とか、低スペックだとか、散々バカにされてきました。それでも自分たちにできることを考えて、チームに貢献してきた自負があります」

 

 きょとんとするトラビに向けて、再び口を開く。力強い口調で。

 

「あなたは私たちを、私たちの乗る八九式を脅威と見てくれた。撃破されたのは悔しいけど、そのことは嬉しいです! ありがとうございました!」

 

 深々とお辞儀する磯部。佐々木、河西、近藤の三人も「ありがとうございました!」と唱和して一斉に礼をする。嘘偽りのない、熱い言葉だった。戦間期の歩兵支援戦車で多くの修羅場をくぐってきた彼女たちは、“チームメイト”たる八九式に強い誇りと、愛情を持っていた。だからこそ、自分たちを侮らず、重大な脅威として対策まで練ってきたトラビに対し、深い敬意と感謝の念を覚えたのだ。

 

「……あんたらの戦車にはきっと、神様(カムイ)が宿ってはるんやね」

 

 トラビは彼女たちに笑顔を以って答えた。大洗の強さの秘密が一つ、分かったような気がした。そして彼女たちと接点を持てたことにもまた、大きな喜びを感じていた。

 

「でも! 次はやられません!」

「もっとレシーブの技術を磨いてきますから!」

「機関砲弾の雨なんて、全部打ち返しちゃいますよ!」

「また試合してくださいね!」

 

 口々に言う、アヒルさんチームのメンバーたち。シェーデルを膝枕したまま、トラビは彼女たちに笑顔で敬礼をした。

 

「そのときはきっとまた、ええ試合ができるやろね」

 

 次いでふと真顔に戻り、副隊長代理へ視線を移す。真剣な面持ちに思わず姿勢を正す矢車に、彼女は厳かな声で告げた。

 

「ほな、マリちゃん。ウチらの持っとるIV号戦車、全部クーゲルブリッツに改造しよか」

「冗談か本気か分からないこと言わないでください!」

 

 矢車は大慌てでツッコミを入れた。それを見て破顔大笑する、トラビとアヒルさんチーム。もはやそこにいるのは、敵と味方ではなかった。

 

 

 

 そんな明るい輪から外れた場所で、二人の少女が並んで腰掛けていた。

 

 一ノ瀬以呂波、そして一ノ瀬千鶴だ。

 




お読みいただきありがとうございます。
準決勝は決着がつきました。ようやく……(滝汗)
思えばエライ話数になっちゃいましたが、やっぱり大洗との対決までちゃんと書きたいので、今後もお付き合いお願いいたします。
決勝戦までに日常パートも挟みますが、今度は潜入偵察とかはやらないので、短めに済ませられると思います。

最近本作の感想欄に頂いたコメントに、片っ端からBad評価を入れてる人がいるようですが(誰がやってるか薄々分かってますが、ここでは言いません)、読者の皆様にはそんなことは気にしないで、お気軽にご感想を書いて頂ければと思います。
大変励みになりますので!

ちなみに出島の携帯の着メロは日本でよく知られた鉄道の歌の元歌ですが、訳詞の著作権がまだ有効なので、民謡であり著作権上問題ない元歌の題を文中で使いました。

それともう一つ。
最近2chの某掲示板で本作が話題に上ってましたが、「主人公が戦車道事故で片脚を失った」という点だけでアンチ・ヘイトと勘違いされていました。
読まずにそういうことを言う人は結構いるので気にしていませんが、私としてはアンチ・ヘイトとして書いているつもりは一切ないと明言しておきます。
私としては戦車道はスポーツなのだから、現実の義足の陸上選手のような女の子がいてもいいのではと思って考えた話です(戦闘機なら義足のパイロットもいたし)。
以呂波の怪我の原因は守保が社員に少し語っていますが、下車中の轢過事故であり、競技用戦車自体は原作同様にちゃんと謎カーボンでコーティングされています(これは今更言うでもないけど)。

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