ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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勝負の分かれ目です! (後)

 あんこうチームは追い詰められていた。それまで複数両で攻めてきた敵が、戦法を変えたのである。

 最初に二式軽戦車ケトが単独で仕掛けてきた。IV号が初撃をかわした後も食い下がり、執拗に肉薄してきた。小柄でフラットな車体が擦れんばかりに接近して、紙一重のところですれ違い、また迫る。IV号の側面目掛けて、目掛けて真っ向から突っ込む形で。

 

「ブレーキ!」

 

 麻子が急制動をかけた。履帯がコンクリートの地面と擦れて火花を散らし、甲高いスキール音が鳴る。刹那、優花里の肩に掴まったみほは、体に小さな衝撃を感じた。ケト車の37mm砲弾が、砲塔前面をかすめたのだ。しかし致命傷ではなく、相手はそのまま急転回して走り去っていく。

 

 だが即座に、次の相手が来た。五式中戦車チリ。風化処理(ウェザリング)が施された砲塔に、一弾流の定紋『芙蓉に一文字』が鮮やかに描かれていた。みほは即座に砲塔を指向させつつ、相手の射線をかわす。西住流に『防御』という言葉はない。実は一弾流でも同じで、敵の攻撃に対しては『邀撃』か『迎撃』、または『回避』を行うものとしている。そもそも戦車自体が防御的な兵器ではないのだ。

 みほの西住流は亜流と言えるものだが、その点は母や姉の教えを受け継いでいた。例え劣勢な状況下でも、反撃は試みる。

 

「徹甲弾、残り十発!」

 

 優花里が報告しつつ、砲弾を薬室へ押し込む。装填手はただ砲弾を込めるだけでなく、弾薬の管理も仕事に含まれる。全弾撃ち尽くしてから弾切れを報告するような装填手では話にならない。

 残弾は少ないが、みほとしては計算ずくのことだ。こちらが必死で抵抗しているように見せれば、相手も以呂波たちによる狙撃作戦に気付きにくいだろう。それにどの道、IV号の48口径75mm砲身は限界に達しつつあった。数々の試合を経て内側の施条(ライフリング)が摩耗しているのだ。替えの砲身の目処はついている。砲手の華としては、今まで自分たちを支えてくれた砲身への感謝の意味も込めて、ここで撃てるだけ撃ちたかった。

 

「華さん、走行間射撃を!」

「いつでも大丈夫です」

 

 冷静に答えながら、足元のペダルで砲塔を旋回させる。華はすでに砲塔の癖を熟知しており、微調整用のハンドルをほとんど使わない。チリ車の砲塔からも千鶴が顔を出し、同じように主砲をこちらへ向けようとする。

 両者の距離は、互いの白目が見える近さだった。マスケット銃の間合いである。そこで互いに相手の射線を微妙な動きで避けつつ、自分の砲身を突き付けようとしていた。近代兵器の戦いというより、剣術家同士の間合いの読み合いだ。

 

 しかし数秒後、千鶴の方は突然、操縦手に退避を命じた。両端垂れ履帯で滑らかに旋回し、IV号に背を向けて逃走する。八九式やチハ車と違いシンクロメッシュ機構を搭載しているため、変速も素早い。

 華は旋回ペダルをぐっと踏み込み、最適なタイミングで足を離した。砲塔はさらに惰性で少し旋回するも、照準器内にチリ車の姿を捉えることができた。

 

「照準良し」

「撃て!」

 

 発射レバーが引かれた。しかし75mm砲が吠える直前、千鶴はその砲口を目視していた。マズルブレーキから広がった発砲炎と陽炎の向こうで、チリ車の車体が左へ逸れる。

 空振りだ。だがそれよりも、IV号の車内では優花里がトラブルに気づいた。発砲後に閉鎖器が開放されたにも関わらず、空薬莢が排出されなかったのである。

 

「排莢不良!」

 

 整備を怠っていたわけではない。大量生産される戦車砲弾には不良品、例えば薬莢が僅かに太いものが稀に発生する。発射するまでは問題ないが、撃発により熱膨張した薬莢が筒内に張り付いてしまい、自動排莢されないのだ。

 このままでは次の弾を装填できない。優花里はすぐさま、強制排莢用のレバーに手を伸ばす。時を同じくして、みほは続いて迫ってくる無砲塔戦車に気づいた。

 

「右へ転回!」

 

 水温計を気にしつつ、麻子が指示通り戦車を変針させる。すでに疵だらけのIV号は辛うじて、ホリ車の射線から逃れることができた。その105mm砲はM4シャーマンどころか、M26パーシングさえ正面から撃破できる威力だ。しかしその角ばった無骨な戦闘室は固定式で、旋回させることができない。

 そのためか、IV号が主砲を向けようとすると相手はあっさりと後退した。同時に傾斜装甲の重戦車が、間に割って入る。ジャーマングレーに塗装されたKW-1改、トラビの乗車だ。

 

 丁度そのとき、優花里は空薬莢の摘出に成功した。不良品の金属筒が砲尾のトレーに落下する。彼女は即座にそれを拾い、ハッチから外へ放り出した。

 これで主砲は撃てる。だがみほはいよいよ、自分たちが追い詰められたことを悟っていた。KW-1改は主砲を一発撃つと即座に転回し、後部機銃を撃ちながら退避した。銃弾がIV号の装甲に跳ねる中、再び二式軽戦車ケトが突進してくる。間を空けない波状攻撃だった。

 

 

 

 

 カバさんチームのおりょうがこの場にいれば、千鶴らの技が何なのか分かっただろう。相手に一人ずつ交代で斬り掛かり、それをせめぎ合う草の如く絶え間なく続ける。そして敵が疲労し、捌ききれなくなった隙に討ち取る。

 

 草攻剣。

 幕末の武装組織・新撰組が使ったとされる集団戦法。千鶴はタンカスロンの中で、それを戦車戦術に応用していた。

 

「頃合いか……」

 

 ポニーテールを靡かせながら、額に巻いた白鉢巻のずれを直す。決着の時……そう思うと、千鶴の胸は燃えるように熱くなった。今相対している西住みほだけではない。以呂波との、そして自分自身との決着をつけるのだ。

 

 決号工業高校の隊員は皆、世間一般から爪弾き者にされた不良少女たちだ。しかし少なくとも千鶴の元に集まる彼女たちは、他より劣っているからそうなったのではない。各々何かしら飛び抜けて優れている故に迫害されたか、或いはろくでなしの親を持ったばかりに歪んでしまったか、どちらかだった。

 千鶴自身は前者に近かった。一ノ瀬家三姉妹の中で最も才能に恵まれ、それを高めるための努力も惜しまなかった。母・星江でさえ、いずれ自分を超えると明言した。それにも関わらず、真っ先に後継者候補から外されたのは千鶴だった。面倒を見てくれた兄・守保の影響もあり、我が強すぎたのである。後継者として適任とされたのは堅実な実星と以呂波だった。

 

 表には出さなかったが、悔しかった。妹である以呂波を常に可愛がっていても、彼女が羨ましくもあり、妬ましくもあった。いっそ自分が男であればとさえ思った。兄のように己の道だけを生きていけたら、と。

 中学の頃には自分から女らしさを排除し、アウトローであると割り切った。しかし戦車道特待生として入学した決号で、千鶴は自分と似た物を抱えた仲間たちを大勢見つけた。そしてベジマイト、カリンカ、トラビといったライバルたちも。皆何らかの事情で表舞台に立てなかった、陰の実力者たちだ。

 

 誰もが戦車道に自己表現を求め、足掻いている。千鶴自身もまた、リーダーとして仲間たちを導きながら、道を模索していた。そして以呂波もまた、こちら側にやってきた。

 自分の戦車道は何か。今日ようやく、その答えに決着がつく。

 

「亀。畳み掛けるぞ」

 

 後方を省みると、亀子のケト車はぴったりと背後についていた。相棒は砲塔ハッチから笑みを返し、親指を立てる。

 装填手が自動装填装置を操作し、トレーに置かれた砲弾が装填棒(ラマー)で薬室に押し込まれた。増速。チリ車が先に路地から飛び出し、亀子が背後に隠れて続く。IV号戦車は退避を試みていたが、直後に105mm砲の轟音が辺りに反響した。ホリIIの一撃はIV号の行く手にあった建物に直撃、瓦礫とガラスの雨を道へ降らせた。後退で路地に入ろうとしていたIV号は行き脚を止め、落下物を避ける。

 

「良い仕事だ、清水……!」

 

 千鶴はほくそ笑みつつ、後退するホリIIの姿を見送る。次いでIV号の、というよりはキューポラから顔を出すみほの様子を観察した。自車の後部を気にしている。どうやら瓦礫の一部がIV号のエンジンルーム、冷却ファンの上に乗ってしまったようだ。こうなると冷却不良の原因にもなるが、このような状況下で悠長に取り除いてもいられまい。

 

 好機だ。千鶴のチリ車が主砲を指向すると、みほも気づいて自車を発進させる。だが千鶴がすっと右を指差し、その合図で亀子が横へ飛び出した。

 二両はIV号を挟み込むようにして接近する。千鶴は機先を制したと確信した。チリ車の砲撃をかわしても、小型砲故に照準が早いケト車が装甲の薄い箇所、または履帯を狙える。それをしくじっても、トラビのKW-1改がバックアップに入る。如何に“大洗の軍神”と言えど、以心伝心の連携の前に単騎では為す術もあるまい。

 

 二両の連携攻撃に対し、IV号は急激に加速した。冷却不良によるオーバーヒートを覚悟の上であろうか、捨て身の回避に打って出たと見える。

 

「撃て!」

 

 75mm砲が火を噴いた。轟音と共に砲が駐退し、放たれた徹甲弾は吸い込まれるようにIV号へ向かう。しかし、命中はしなかった。IV号が急激に姿勢を変えたのだ。

 

「ドリフト……!」

 

 昨年の決勝戦、西住まほとの一騎打ちで使われた動き。履帯がスキール音を立て、路面と火花を散らす。操縦手の技量は昨年からさらに向上し、履帯は千切れる寸前で何とか強度を維持していた。重さを支える多数の小径転輪も外れない。

 しかし今回は相手の背後に回りこむ動きではないと、千鶴はすぐに気づいた。

 

「亀!」

 

 彼女が叫んだ瞬間、小豆色の車体がケト車の側面に激突した。装甲板同士が激しくぶつかり合い、ケト車はぐらりと傾く。亀子が砲塔内に退避した直後、彼女の愛車は重い音を立てて横転した。

 ドリフトの軌道と突然の突撃によって照準が撹乱され、また亀子の見切りでも避けきれなかったのである。横倒しになった二式軽戦車ケトは白旗システムが作動した。

 

 続いてIV号の75mm砲が、チリ車を狙う。

 

「車体を敵へ! 副砲用意!」

 

 千鶴は声を荒げた。主砲の75mmは装填が間に合わない。操縦手が右履帯にブレーキをかけ、左の操縦桿をぐっと押し込む。油圧サーボを採用しているため余計な力は要らない。五式中戦車チリの角ばった車体がゴリゴリと音を立て、信地旋回で敵へ向き合う。同時に車体左側の副砲手が、37mm砲弾を装填した。

 狙うは敵の、IV号の履帯。両車が照準を合わせたのはほぼ同時だった。鎬を削るその一瞬、千鶴は快楽に身を委ねた。

 

「撃て!」

 

 一式三十七粍戦車砲の軽い砲声は、IV号の7.5cm kwk 40の咆哮にかき消された。IV号は左の履帯が弾け飛び、チリ車は車体前面に弾痕を穿たれる。日本戦車としては厚い正面装甲も、近距離から48口径75mm砲を受けて無事では済まない。砲弾はカーボン層で止まり、コンピューターチップが装甲貫通の判定を出す。

 直後、チリ車の砲塔、キューポラのすぐ横に白旗が揚がった。それでも千鶴は落胆の色を見せない。

 

「……鬼神に恥じぬ勇、古今無双の英雄!」

 

 『抜刀隊』の歌詞を引用し、千鶴は『敵の大将たる者』を讃えた。“大洗の軍神”は自分たちの連携攻撃を相手に単騎で立ち向かい、二両を撃破したのである。

 だが、ここまでだ。犠牲はどうあれ、フラッグ車さえ倒せば勝利だ。みほは別の戦車に側面を取られたことに気づいた。トラビのKW-1改。幅広の履帯はゆっくりと停止し、43口径75mm砲があんこうチームの側面を捉える。履帯が千切れた今、もう回避運動は取れまい。反撃するにしても、今から砲塔を回して間に合うものではない。

 

「終わりにしろ、トラビ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トラビのKW-1改、以呂波の44Mタシュ、矢車のクーゲルブリッツ。

 三両の砲手が発射ペダルを踏んだのはほぼ同時だった。草原では対空戦車の左機関砲が、僅かに残った弾を全て吐き出す。30mm弾はタシュの後部、それも最も脆い、エンジンの点検ハッチへと吸い込まれるように命中する。

 しかしその一瞬前に、タシュの75mm砲が火を噴いた。砲口に陽炎だけを残し、徹甲弾が飛翔する。二千メートル先を疾駆する、小さな点のようにしか見えない目標へと。

 

 80km/h近い高速を維持するI号戦車C型。しかし澪の研ぎ澄まされた感覚は、その未来位置へ極めて正確に射弾を送り込んだ。シェーデルが気づいて目を見開いた直後、砲塔側面が強く叩かれた。

 高速の軽戦車故、当然ながら装甲は薄い。特殊カーボンのコーティングで乗員室への貫通が妨げられるため、着弾の衝撃は車体をぐらりと傾かせた。シェーデルは咄嗟に砲塔内で受け身をとる。オーバーラップ配置の大径転輪とサスペンションも荷重を受け止めきれなかった。

 

 I号C型は傾いたまま惰性で十メートルほど走った。そしてようやく、運命を受け入れるかのように横転する。千切れた草と土埃が風に舞う中、白い旗が揚がった。それを最後に静寂が辺りを包む。

 

 

 KW-1改の砲撃はIV号に当たらなかった。否、命中はしたが右側の履帯を破壊し、転輪を削ぎ落としたのみだった。装甲貫通判定が出ていないので、撃破には至らない。

 トラビは動けないIV号の側面を撃った。しかしあんこうチームは切れていないかった右履帯のみで強引に車体を旋回させ、正面を相対させたのだ。無論、片側の履帯のみで思い通りの旋回ができるはずもない。座して敗北を待つよりはという、大洗の不屈の精神がこの行動を取らせた。結果、KW-1改の射線から僅かに外れ、被撃破を免れたのだ。千鶴とトラビが驚愕の表情を浮かべてIV号を見ていた。

 

 運に助けられた面も強い。そして今度こそ、IV号戦車は全く動けなくなった。だがそれで十分だった。

 

 

《決号工業高校・ドナウ高校フラッグ車、走行不能! よって……》

 

 審判長の声……大洗のメンバーにとっては聞きなれた、蝶野亜美1等陸尉のアナウンスが聞こえる。試合の終わりだった。

 

 

 

《大洗女子学園・千種学園の勝利!》

 

 

 




軍歌『抜刀隊』ですが、すでに著作権が失効しているので、歌詞を本文中に使っております。

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