ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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勝負の分かれ目です! (前)

 突撃砲小隊が撃破されるより前、三木の乗る九五式装甲軌道車ソキは鉄道橋を越えていた。E-100撃破後、線路を通じて市街地に入っていた彼女たちはあんこうチームの援護に向かっていた。武装が三八式騎銃と二式擲弾器だけでも、敵の邪魔をするくらいはできるだろう。

 しかし相手もそれを予測していたのである。千鶴はあんこうチームとの『決戦区域』へ邪魔者が侵入するのを防ぐべく、砲戦車小隊を警戒に当たらせていた。線路上を走行できるソキ車がいる以上、線路周辺を重点的に監視するのは当然のことだった。三木らは履帯走行に切り替えて線路から降りた直後、砲火の中を逃げ回る羽目になった。

 

 みほのIV号戦車は四両の敵戦車を相手取り、一歩も退かぬ戦いを繰り広げていた。西住家の次女として叩き込まれた技術は、大洗にてさらに磨かれた。戦力不足の中で際どい戦いを強いられ、特に味方の損害を減らす技術は大いに向上したのだ。それは自分の乗る戦車についても同様で、巧みに相手の攻撃を見切り、反撃のチャンスを見つけ、突破口を開こうとする。

 

 薄い装甲板のシュルツェンは掠めた砲弾でバラバラになり、地面に散乱していた。しかし本体には文字通りの擦り傷のみで、小豆色の塗装は剥げても致命傷はない。

 もちろんここまで敵の攻撃を回避できるのはみほ個人の技量ではなく、操縦桿を握る冷泉麻子の腕に依るところも大きい。水温計と油温計を監視しつつ、エンジンとギアの回転音に耳を傾け、常に最適の出力で操縦を続ける。また意外なことに、彼女の多少我儘な性格もプラスに作用していた。戦車乗員は車長への服従が求められるが、操縦手は車長の次に戦術的思考が要求される。判断力のある麻子だからこそ、自分の考えで最適の操縦ができるし、みほの命令を極めて迅速に理解できるのだ。

 

「前方に敵」

 

 路地から飛び出してきた戦車を目視し、報告する。丁度後ろに砲塔を向けており、みほも後部を警戒しているときだった。二式軽戦車ケトはその快速を活かしてみほたちの進路に先回りし、脱出を妨害し続けていた。さらにIV号戦車の位置を味方に伝えているせいで、時折ホリII車の105mm砲が建物越しに撃ってくる。市街地にはすでに瓦礫が散乱していた。

 

「回避!」

 

 叫びざま、みほは麻子の右肩を蹴った。阿吽の呼吸での急回頭。IV号は射線から逸れ、放たれた砲弾は後方へと通り過ぎていく。

 反撃は間に合わない。みほは瞬時にそう判断した。相手は小型の37mm砲故に装填が早い。こちらが砲塔を正面に向ける前に第二射が放たれるだろう。砲塔後部に受ければ無事では済まない。

 

「加速して強行突破! 衝撃に備えて!」

 

 加速、と言いかけた時点で、麻子はエンジンを吹かしていた。仲間たちは対衝撃姿勢を取り、みほも車内に身を収める。

 刹那、IV号は道を塞ぐケト車に衝突した。体当たりという手段は非常にリスクが高く、実行した側も履帯断裂や故障などのトラブルを起こす可能性が高い。しかしIV号とケト車は約18tの重量差があった。

 

 鈍い衝撃音の直後、ケト車のフラットな車体が弾き飛ばされた。再装填を済ませていた砲が明後日の方向を向いて暴発する。砲手がすでにレバーへ手をかけていたのだろう。砲塔から顔を出していた亀子は必死でしがみついて耐え、一瞬みほと目が合った。

 

「右へ逃げてください」

 

 命令しつつ、右手で秋山優花里へサインを出す。対衝撃姿勢を解いた彼女は即座に作業にかかる。装填手席に近い即用弾はすでに使い果たしており、操縦席の後ろにある砲弾を取らねばならなかった。それでも彼女は可能な限り迅速に徹甲弾を担ぎ、握り拳で装填した。自動的に尾栓が閉じる。

 

「装填完了!」

「撃て!」

 

 無心で照準器を覗く華が、発射レバーを引いた。IV号戦車はケト車に背を向けて逃げる姿勢で、砲塔も後ろへ向けたまま。轟音と共に放たれた75mm弾は一直線に軽戦車へと向かう。

 だが相手は体当たりを受けた直後にも関わらず回避運動を取った。車体がまだ動揺しているうちから履帯を回し、寸でのところで射線をかわしたのである。

 

「ちょっとキツくなってきたんじゃない……?」

 

 沙織が地図を見ながら呟いた。しかしそれに対するみほの答えは淀みないものだった。

 

「戦車道で大切なのは諦めないことと、逃げ出さないこと」

 

 それは、彼女が最も尊敬する戦車乗りの言葉。それを聞いた優花里が、汗の滲んだ顔に微笑を浮かべる。沙織も小声で「よし」と呟き、気合を入れ直した。

 みほは砲塔を正面に戻させつつ、周囲の見張りを続けた。額に浮かぶ汗もそのままに。彼女の目的は敵の撃破ではなく時間稼ぎ。以呂波がI号C型を撃破するまで、耐え続けなくてはならないのだ。

 

 

 

 

 紙一重で撃破を免れた亀子は、ふっと息を吐きながら操縦手へ追撃を命じた。額に巻いた白鉢巻のおかげで汗が目に入ることはない。千鶴と同じ装備だ。

 千鶴の五式中戦車チリが後ろに来ていた。ちらりと振り替えってウィンクを送ると、千鶴もコクリと頷いた。『まだ戦える』という意思を伝えたのだ。熟練した戦車乗り同士なら言葉を交わさずとも、アイコンタクトと手信号だけである程度の連携行動が取れる。

 

「可愛い顔しやがって、ロックなお嬢様だぜ」

 

 いつも通り、女の子らしからぬべらんめぇ口調でみほを評する。彼女としては褒めているつもりだ。

 

「タンカスロンならピアノ線でも仕掛けてやるんだけどな……」

《首チョンパかいな。エグイわー、決号コワイわー》

「ちげーよ! 履帯に引っ掛けるんでェ!」

 

 トラビはわざとボケたのだろうが、亀子は律儀にツッコミを入れた。地面にピアノ線の塊を設置し、戦車の足回りに絡めて動きを封じる……ソ連軍がよく使ったトラップだ。一弾流では迎撃戦闘の有効な手段として研究しているが、正規の戦車道で使えるかはグレーゾーンだ。

 それとは別に、千鶴の方は次の手を考えていた。

 

《包囲は諦めるか。相手は『多敵の位』を分かってる》

 

 宮本武蔵の書いた『五輪書 水の巻』にある、多数を相手取るための戦術だ。一弾流では『五輪書』を教材の一つとしているが、西住流ではどうだか分からない。しかし相手を右へ左へと引きずり回し、包囲を許さない動きは武蔵の教えと似ていた。大兵法も小兵法も心得た、優秀な戦車隊長だ。

 だが千鶴とて、自分がそれに劣るとは思っていない。彼女の目を見て、亀子は相棒が何をするつもりなのか気づいた。

 

「鶴、草攻剣か?」

《ああ。トラビ、合わせられるか?》

《ほいほい。何度か見たことあるし、いけるで》

《こちら清水。いつでもいいよ》

 

 仲間たちの声は弾んでいた。皆この状況を楽しんでいる。心底戦車道が好きなのだ。千鶴は不敵な笑みを浮かべ、号令する。

 

《亀、お前から仕掛けろ。この先の十字路だ!》

「合点承知!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砲声から離れた草原の中を、I号戦車C型が疾走していた。地面の起伏をトーションバー式サスペンションで受け止め、操縦手の的確な操作で稜線を越える。ここでスピードを絞らねば戦車はジャンプし、格好は良いが足回りを損傷するリスクが生じる。脚の速い現用MBTなどでもあることだ。

 小さな一人乗り砲塔から顔を出し、シェーデルは前方の地形を確認した。この先は起伏が少なく、青々とした草原が続いている。髑髏の目出し帽の下で、口元に笑みを浮かべた。

 

「全開走行、やっちゃおっか」

「りょーかい……」

 

 命令を聞き、操縦手の少女がペロリと唇を舐めた。I号C型は二人乗りなので、乗員はシェーデルと彼女の二人だけだ。眼鏡をかけた淑やかそうな顔立ちだが、その表情には静かに燃えたぎるような高揚感があった。左足でクラッチを踏み込んで変速レバーを切り替え、アクセルを踏み込む。最適のタイミングでクラッチを繋いだ。

 直列六気筒のエンジンが吠えた。規定内のチューンナップで最大限の強化が施されている。履帯の回転が速くなり、千切れた草が宙に散る。ジャーマングレーの小柄な車体が風を切って驀進した。速度計の針が右へ右へと動き、やがてカタログ上の最高速度である79km/hを突破。風圧がシェーデルの体を叩く。心地よい刺激だった。

 

「イヤッホォォォウ!」

「L6! L6! L6!」

 

 二人で歓喜の叫びを上げながらも、シェーデルは車長の任を放棄してはいない。しっかりと周囲を見回し、敵の有無を確かめている。

 しかし二千メートル先の、それも徹底的に偽装された戦車を見つけ出すのは、彼女でもほぼ不可能だった。

 

 

 

 

「目標発見、十時方向! 距離二千、速度80km/h超!」

 

 偽装のため草を付けたキューポラから、以呂波が双眼鏡で的を視認した。彼女らの44Mタシュ重戦車は徹底したカモフラージュが施され、装甲の大半が偽装網と草で覆われている。遠目に見れば草原の風景に完全に溶け込んでいるはずだ。以呂波自身も草などをつけたヘルメットを着用し、双眼鏡の反射で敵に見つからないよう、レンズにメッシュを被せてある。

 

「お願いね……!」

 

 抱きかかえた徹甲弾に向けて呟き、美佐子は黒い弾頭に軽くキスをした。そしていつものように、砲尾へ押し込む。快音と共に閉鎖器がスライドし、薬室を密閉した。澪が前髪をたくし上げて照準器を覗く。ハンドルで砲塔を旋回させ、サイト内に小さな敵影を捉えた。彼女の腕に全てがかかっている。結衣は固唾を飲んで親友を見守り、晴は扇子を口に当て、小さな覗き窓からじっと前方を見ていた。

 

「澪さん」

 

 砲手席をちらりと見下ろし、呼びかける。

 

「発砲のタイミングは任せる」

 

 以呂波のその言葉を最後に、澪は周りの音が一切聞こえなくなった。ドイツ製の照準器を覗き、三角形でシュトルヒを図り、距離を測定する。ボアサイトの後試射もしていないため、照準が正確という保証はない。だが彼女は迷わなかった。

 

 信じるのは、自分の感覚と、誇り。

 

 心静かに敵の動きを追うと、相手の豆粒のようなシルエットが徐々に大きく見えてきた。そればかりか二千メートル離れているはずの距離がぐっと近くなり、標的が目鼻の先に見えた。まるで砲口の先に的が吸い付いているような、そんな感覚だった。

 

《一ノ瀬さん! 後ろからクーゲルブリッツが来てるよ!》

 

 ツチヤからの報告も、澪には聞こえていなかった。以呂波がキューポラから振り向くと、背後から接近してくる対空戦車の姿を視認できた。その球形砲塔から顔を出す、矢車マリの姿も。

 明らかに発見されている。しかし以呂波は、澪をちらりと見るだけだった。

 

 

 

 

 

 

 タシュの動きに不審さを認めた矢車の勘は当たっていた。トラビの許しを得て、残弾僅かなクーゲルブリッツで草原へ向かうと、すぐにそれは分かった。草の上に履帯の跡を発見できたのだ。それを辿って稜線を越えたとき、ジャーマングレーの重戦車が目に入った。その角ばった車体と、砲塔側面に描かれたレオポンのマークは見間違えようがない。

 大洗女子学園のポルシェティーガーだ。

 

「あいつは囮よ」

 

 矢車は直感的に判断した。車体に草などを乗せてカモフラージュしているが、いささか大雑把だったのだ。まるである程度目立つように装甲を露出させてあるような、そんな偽装の仕方だ。

 ポルシェティーガーは重い砲塔を回し、88mm砲を指向する。だがその前に、矢車は三百メートルほど先の稜線に草の塊を見つけることができた。徹底したカモフラージュ……しかし双眼鏡で凝視すると、偽装網の裾から僅かに黒鉄色の履帯が見えたのだ。そして上面には、偽装ヘルメットをかぶった人の頭が。

 

 あれが本命だ。

 

「目標二時方向、タシュ重戦車! 距離を詰めて!」

 

 背後を振り返ると、ポルシェティーガーは撃ってこない。ただ砲塔から顔を出した車長が、何かを報告しているように見える。砲声で気取られるのを危惧しているのだろう。

 クーゲルブリッツの操縦手はハッチを開けて視界を確保し、偽装された敵戦車を視認した。増速しながら二本のレバーで履帯の回転を操り、相手の背後へ回り込む。試作のみに終わったタシュ重戦車故、矢車は詳細なスペックを知らない。しかし重量と最大装甲厚からして、後面の装甲は薄いと見ていた。至近距離からなら30mm機関砲の徹甲弾でも、十分に貫通できるほどに。

 

 タシュのキューポラから以呂波が振り向いた。目が合った途端、矢車は例えようもない高揚感を覚えた。自分を打ち負かした相手。そして、戦車道の奥深さを教えてくれた相手でもある。黒森峰に入学できなかった悔しさから高慢に振る舞い、戦車道本来の楽しさも忘れかけていた自分を、あの義足の少女はぶち壊してくれた。今の矢車にとって、彼女とトラビの二人は特別な存在だった。

 

 だが以呂波はすぐに、正面へと向き直った。逃げる気配はなく、彼方を走るI号C型に照準を合わせている。矢車は今こそが、借りを返すチャンスだと確信した。

 

「頑張れ!」

 

 坂を登る愛車を励ましつつ、矢車は球形砲塔に身を収めた。相手が稜線の上にいる故、仰角を取る必要があったのだ。二重構造の揺動砲塔故、車長が顔を出していては砲を上に向けられない。

 砲手が目標に照準し、砲塔がぐっと傾いていく。

 

「用意」

 

 左砲手が、発射ペタルに足をかけた。




お読みいただきありがとうございます。
次回で準決勝は決着です。
本当はまとめて投稿したかったのですが、多忙なのでまた間が空いても……と思いまして。
なので相変わらず話の進みが遅いですがご勘弁を。

ご意見ご感想等ありましたら、よろしくお願い致します。
今後もお付き合いいただけると幸いです。

ところでふとマイページの「付けられた評価一覧」を見たら、何故か評価を非公開にしている評価者さんの名前も見られるようになっていましたが、これってハーメルンの仕様が変わったのでしょうか。
或いはバグ?
図らずも私の全作品(エターなってるモンハン小説含む)に1評価を入れている人も分かってしまったのですが、まあだからどうという物でもないですな。
できれば知りたくなかったけど!
今後もブレずに頑張ります。

追記
昨日は「できれば知りたくなかった」と書いたけど、考えてみれば知れてよかった気がしました。
詳しくは言いませんが、あの人がやったなら多分作品内容への評価ではないのでしょう。
自分の書く物に自信を持って頑張ろうという気になりました。

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