ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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球電、光ります!

 仲間たちの協力によって、44Mタシュ重戦車は草原の狙撃ポイントへ到着した。以呂波は携帯電話の時計を確認し、敵フラッグの到達まで余裕があることを確認する。まずやるべきことは車体の偽装、そして何よりもずれた照準の再調整だった。

 

「……あの木で合わせる……」

 

 草原の中に突き出た木を指差し、澪が以呂波に告げた。距離はおよそ千五百メートル、ボアサイトには丁度良い目標である。以呂波もそれを確認し、澪に笑顔を向けた。

 

「お願いね、澪さん」

 

 義足の友人の言葉に、澪はこくりと頷いてハッチから身を出した。顔を半分隠した髪が風に揺れる。小柄な体で砲塔上面から車体へと移り、地面に降りた。美佐子も作業を手伝うべく降車する。

 

 照準器を砲腔の向きに合わせる、ボアサイトと呼ばれる作業だ。現用の戦車では砲腔視線検査具を使用するし、競技戦車用にも連盟公認の器具が売り出されている。しかし今は持ち合わせておらず、澪はより古典的な手法を使わざるを得なかった。

 

 まず砲口に糸を十字形に張る。正確さを期するには細い糸が望ましく、旧日本軍では馬の尻尾の毛が最良とされていたという。学園艦にいるときなら大坪に頼めば調達できるが、今回は結衣の長髪が役に立った。美佐子に肩車してもらい、煤けたマズルブレーキに髪の毛を貼り付ける。走って風に当てたため、砲身は十分冷めていた。

 

「大丈夫?」

「ん」

 

 結衣に声をかけられ、美佐子の肩の上で小さく頷く。その澄んだ瞳は砲口をじっと見つめ、我が子を労わる母のような、大切な物に対する慈しみの色があった。

 その様子を見て心配は不要だと判断し、結衣は車体の偽装に取り掛かった。美佐子も作業を終えた澪を降ろし、偽装網を広げるのを手伝う。他の乗員のサポートも装填手の任務に含まれるのだ。

 

 髪を貼り終えた澪は車内に戻り、砲手席に座る。左へ身を乗り出し、砲尾から砲腔を覗いた。砲身内に切られたライフリングと、砲口に十字に張った髪が見える。ゆっくりと旋回・俯仰のハンドルを操作し、その十字の中心部を目標の木に合わせる。

 今度はスコープを覗いて、照準の中心を同じ位置に調整するのだ。本来なら試射もしたいところだが、万一砲声を聞かれては不味い。これは隠密作戦なのだ。

 

 以呂波は砲塔の上に腰掛け、義足をだらりと垂らして前方を見つめていた。彼女の義足は優秀な職人が作った物で、ソケットはぴったりと切断面にフィットする。このソケットの良し悪しで義足との一体感が変わるのだ。それに加え、油圧と空気圧で膝関節が支えられ、それを制御するコンピューターによって本物の脚に近い動きを可能にしている。

 しかしそれでも揺れる戦車内で長時間立ち続けていれば、一日中スキー板を履いて過ごしたような疲労に襲われる。そんな彼女を、通信手席の晴が見上げた。

 

「西住先輩たち、保ってるみたいだよ。四対一でね」

「あの人は『多敵の位』を心得ていますから」

 

 涼しい顔で答える以呂波。晴も彼女を見て微笑み、そして両手を合わせて祈り始めた。

 

「はんにゃ~は~ら~み~た~じ~、どうか我らの弾を命中させたまえ。南無妙法蓮華経、懺悔懺悔六根清浄、アーメン」

 

 混沌とした呪文に美佐子が腹を抱えて笑い出し、以呂波も思わず笑みをこぼした。束の間の、長閑な時間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「千鶴ちゃん、堪忍な。ドナウの車両はほぼ全滅や」

 

 KW-1改のキューポラから顔を出し、トラビは報告した。IV号戦車のキューポラと主砲を積んではいるが、砲塔自体は四十二年型のKV-1そのままである。故にソ連戦車の例に洩れず、内部は狭苦しかった。ドナウ高校の戦車はこのKW-1の他、矢車マリのクーゲルブリッツ、そしてフラッグ車のI号戦車C型の三両を残して全滅してしまったのだ。

 それでもトラビは笑みを浮かべ、余裕を持って指揮を執っていた。今自分たちがここでIV号を片付ければ勝利なのだ。

 

 しかしそれもまた容易ではないと、トラビはよく分かっていた。あんこうマークのIV号戦車はトラビらの包囲をかわし、囲まれる前に頭を押さえて反撃、逆に右へ左へと相手を引きずり回すのだ。

 そして足止め部隊が壊滅した以上、以呂波の乗るタシュ重戦車があんこうに合流することをトラビは予測していた。

 

《以呂波がこっちへ来る前に片付けるぞ》

《アタシが奴のケツを引っ叩いて、清水の射線上に出す!》

 

 威勢の良い声と共に、後ろから二式軽戦車が速度を上げて駆けてくる。KW-1改を追い越しざま、亀子は一瞬だけトラビと目を合わせた。だがすぐに前方を睨み、砲塔から顔を出したまま進撃する。彼女もまた狩人だな、とトラビは感じた。

 

「左折。回り込んでバックアップするで」

 

 矢車への心配を脇へ置き、アイヌの戦車長は“軍神狩り”に専念した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、矢車マリのクーゲルブリッツはIII号突撃砲、そしてズリーニィI突撃砲の砲火に晒されながら逃走していた。相手が無砲塔故、蛇行運転を繰り返せばおいそれて当たるものではない。しかしさすがに、あれらの車両を30mm機関砲で正面撃破するのは無理があった。

 矢車はハッチから僅かに顔を出し、敵の動きを監視しながら操縦手に指示を出す。指揮は冷静さを保っていたが、顔には苦渋の表情が浮かんでいた。

 

「壊滅した……隊長から預かった部隊が……!」

 

 拳を握りしめ、声を漏らす。指揮下にあった五両の戦車はすでに撃破され、この場には今や自分のみ。信頼して車両を預けてくれたトラビ、そして自分を代理に指名した副隊長に合わせる顔がない。

 せめてこの二両の突撃砲に一矢報いたい。その計画を脳内で懸命に組み立てていた。クーゲルブリッツの連装30mm高射機関砲は元々、戦車の上面装甲を撃ち抜くための航空機関砲なのだ。薄い箇所に当てることができれば、勝算はある。しかし背後を取り、尚且つ至近距離まで肉薄するには相手の技量が高い。

 

「決号の砲戦車隊と合流するのはどうですか?」

 

 左砲手が提案する。確かにこのまま逃げ続け、二式、三式砲戦車の前に引きずり出すことはできるだろう。だがその砲戦車隊は千鶴たちの“あんこう包囲網”の外側で警戒に当たっている。そこへ敵をおびき出して万一仕損じれば、この突撃砲たちを西住みほに合流させることになる。

 

「いや……私たちだけで仕留める。次、左折して」

 

 操縦手が左のレバーを引き、指示通り旋回する。その直前にズリーニィが撃った砲弾は辛うじて当たらなかった。

 

「何処へ……?」

「この先に鉄道橋がある。その下をくぐるの」

 

 ダメ元よ、と告げ、矢車はうっすらと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 追撃する丸瀬、エルヴィンは無砲塔の不便さを感じながらも、クーゲルブリッツの撃破に意欲を燃やしていた。あの対空戦車に八九式とトルディIIaを撃破された今、あの機関砲でこれ以上引っ掻き回されてはたまらない。

 

「なかなか照準が合わせられないわ……!」

「焦ることはない。最悪、一ノ瀬が敵フラッグを撃破するまで鬼ごっこを続けてもいいんだ」

 

 ペリスコープで敵を視認しながら、丸瀬は砲手に告げる。自分たちが追撃している限り、相手は味方の援護に向かえないと分かっているのだ。

 

 ふいに、クーゲルブリッツが特徴的な球形砲塔を旋回し始めた。丸瀬は操縦手に増速を命じ、並走するIII突の前につけさせる。

 

「将軍、敵は反撃を試みています! 正面の厚いこちらが先行します!」

《うむ、頼んだぞ!》

 

 30mm機関砲とて、正面装甲厚100mmのズリーニィIには分が悪いだろう。そのためIII突の前にズリーニィを出して、庇える態勢を作ったのだ。

 やがて敵の砲塔は真後ろを向き、二門の機関砲が丸瀬たちを睨んだ。しかし何故か発砲はない。単なる虚仮威しなのか、慎重に狙っているのか、もしかしたら既に弾切れなのか……複数の可能性が丸瀬の脳裏に浮かぶ。だがやがて、クーゲルブリッツが頭上を通る橋の下に到達したときだった。球形砲塔がぐっと傾き、大きく仰角を取って上を向いたのだ。

 

「何だ……?」

 

 飛行機もいないのに、対空砲火でもしようと言うのか。いや、連盟の双発爆撃機『銀河』が試合を監視しているが、それを撃ち落とせば反則どころの話ではない。

 丸瀬が意図を掴みかねているうちに、クーゲルブリッツはそのまま斜め上に機関砲を撃った。断続的な発射音と共に、二門の砲身から曳光弾の光が帯を引く。

 

 次の瞬間、車内に鈍い音が数回響いた。途端にズリーニィは速度が遅くなり、急に静かになる。エンジンが突如停止したのだ。丸瀬は何が起きたのか分からなかったが、インカムに入った審判からのアナウンスが全てを物語っていた。

 

 

《大洗・III号突撃砲、千種・ズリーニィI、走行不能!》

 

 

「バカな!?」

 

 声を荒げつつハッチを開け、自車を確認する。車体上面には被撃破を示す白旗が確かに飛び出していた。加えて上面装甲に五、六個の弾痕も穿たれている。弾いた物もあるようだが、いくつかは装甲を貫通し、カーボン層まで達していたのである。

 背後を見ると、III突も同じように白旗が揚がっていた。その上エンジンから出火し、エルヴィンたちは消火器を手にハッチから飛び出すところだった。

 

「くそっ、一体どこから!?」

「何が起きたぜよ!?」

 

 修羅場をくぐり抜けた彼女たちでさえ、すぐに事態を把握できなかった。消火器から吹き出した白煙がエンジンルームに浴びせられる。丸瀬は消火作業を手伝うべく降車しようとして、ふと頭上……鉄道橋の下面を見上げた。そのコンクリート部分に多数の弾痕を見つけ、彼女は相手が何をしたのか分かった。

 

「跳弾させたのか……!」

 

 上面装甲は大半の戦車にとって急所であるのと同時に、最も面積の広い場所だ。跳弾の軌道は人間に予測できるものではないが、毎分数百発の機関砲で橋の下面を撃てば、跳ねた弾はシャワーとなって敵の頭上に降り注ぐ。そして何発かは命中し、装甲を貫通してもおかしくはない。

 

 丸瀬は舌打ちしつつも、走り去るクーゲルブリッツの後ろ姿に敬礼を送った。

 

 

 

 

 

 

「……本当に当てちゃったよ」

 

 後ろに向かって答礼しつつ、矢車はぽかんとした表情で呟いた。砲手たちが同じように唖然とした顔で彼女を見つめた。

 

「自信なかったんですか……?」

「いや、ドイツ空軍のパイロットがさ……機関砲を地面に跳弾させて、戦車の底面装甲に当てて撃破した話を聞いたのよ。だったら上からでも、って……」

「それで試してみたと」

「うん」

 

 運が良ければ一発くらいは当たるだろう、程度の気持ちでやったのだが、二両とも撃破することができた。少女たちは汗ばんだ顔に笑みを浮かべ、大戦果に喜ぶ。だがこの後どうするかが問題だった。指揮下の車両は全滅してしまい、クーゲルブリッツの継戦能力もそろそろ限界だ。今の作戦でかなりの弾を消費したのだ。

 

「残弾は?」

「右はもうゼロです」

「左もあと一連射で弾切れですね……」

 

 左右機関砲の射手がそれぞれ報告する。これでは仲間に合流しても、役に立てるかは分からない。そもそも自分の能力はまだまだ、トラビや千鶴と肩を並べて戦えるほどではないと矢車は考えていた。

 同時に一つ、考えていることがあった。一ノ瀬以呂波は本当に、西住みほを助けにいくのだろうか、と。自軍のフラッグ車を撃破されては負けだが、この状況であの隻脚の少女は守りに入るだろうか。そして彼女を逃がそうとしたB1bisや、突撃砲たちの気迫。以呂波が何か重大な使命のために動いているような、そんな予感がした。

 

 地図を広げて地形を確認し、矢車は決断した。

 

「……草原に向かって。あの子の動き、何か気になるから」

 

 




お読みいただきありがとうございます。前回から大分間が空いてしまいました。
農繁期はやっぱり大変です。
あまり話の進みが遅くても何だと思い、二話同時更新としました。
後数話で準決勝は決着がつく……と、思います。

最近Twitterで本作を「タンクポルノとしてのガルパンをよく書けている」と言ってくださった方がいまして、「タンクポルノ」という所で何かストンと落ちるものがありました。
ああ、私が書きたいガルパン二次はそれなんだな、と。
しばらく忙しい日が続くので更新はまた間が空くかもしれませんが、キャラ・戦車の描写に手を抜かないように頑張っていくので、見守ってくださると幸いです。

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