ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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マカロニ作戦Dreiです!

 犠牲を払いながらも、以呂波らの乗るタシュ重戦車は遁走に成功した。同行するのはツチヤ率いる大洗自動車部の、試製重戦車ポルシェティーガーのみ。しかし手持ちの残存戦力によって足止めを行うと同時に、タシュの行き先を分からなくさせる必要があった。

 敵が視界から消えた後、以呂波は一時停止を命じた。そしてタシュの75mm、ポルシェティーガーの88mm砲を近くの建物へと指向させる。ツチヤらは砲手が照準器を通じて狙いを定めていたが、タシュはそうはいかない。先ほどの戦闘で照準にズレが生じたため、応急的な方法を取っていた。

 

「仰角、もう少し……止めて」

 

 以呂波の指示通り、澪が砲を操作する。義足の少女は装填前の砲腔を覗き、直接狙いを定めていた。要するに砲身自体を照準器代わりに使うのだ。なんとも原始的ではあるが、静止目標なら当てられる。

 彼女の右手側では美佐子が砲弾をいじっていた。弾頭の先端が白いことから榴弾だと分かる。その信管調整ネジを工具で回し、起爆のタイミングを調節しているのだ。

 

「できたよ!」

「装填して」

 

 装填手用の手袋を嵌めた手で、いつものように砲尾に砲弾をセットし、薬莢の底を拳で押し込む。自動的に鎖栓が閉まり、発車準備が完了した。美佐子が手を引っ込めるのを確認し、以呂波は号令する。

 

「撃て!」

 

 二両の砲手は同時に発砲した。轟音の直後、放たれた榴弾が壁を突き破って屋内へ飛び込む。その直後に遅延信管が作動し、弾頭に詰まった炸薬が爆発した。建物の反対側の壁が破壊され、瓦礫が道路へと落下していく。

 それを確認後、二両は即座に発進した。美佐子がハッチを開け、空薬莢を車外へ放り出す。現代戦車の焼尽薬莢なら底部を残して燃え尽きるが、競技用戦車は大きな薬莢が丸ごと残ってしまう。邪魔な上に熱くて危険なので、こまめに捨てるのも装填手の仕事だ。

 

 金属の筒が路上に転がっていくのを見届け、美佐子はふと今榴弾を打ち込んだ建物を見上げる。砲腔による照準でも、75mm弾はしっかりと狙い通りの場所に命中していた。

 

「イロハちゃん、凄い!」

「大したことないよ。近距離だし、相手は建物だから」

 

 キューポラから顔を出しつつ、以呂波は涼しい顔で答える。彼女の言う通り、静止目標だからことできる技だ。砲腔を覗いて狙いを定める以上、装填した後で照準を修正することはできない。つまり動く敵戦車を狙い撃つのは不可能であり、ましてや高速戦車を遠距離から狙撃するなど、話にならない。

 

「ここから私たちは発砲禁止。狙撃地点で照準器を直すよ」

 

 澪が点検した結果、照準器自体は損傷しておらず、単にズレが生じているだけだった。これなら早急に狙撃地点へ向かってボア・サイティングを行えば、何とか精度を取り戻せる。それまでにできるだけ砲身を冷まさねばならない。

 

「ナナホシさん、カバさん、ツバメさん、ヒラメさん。後はお願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方のドナウ高部隊は矢車マリの指揮で、以呂波らへの追撃を開始した。ルノーB1bisには手こずったが、まだ手元にはIV号突撃砲三両と、決号の四式中戦車一両がある。今から追撃すれば十分敵を足止めできるだろう。

 

Fuchs, du hast die Gans gestohlen(キツネよ、ガチョウを盗んだな),  gib sie wieder her, gib sie wieder her(返すんだ、返すんだ)~」

 

 クーゲルブリッツの揺動砲塔を水平にし、矢車はハッチから身を乗り出して周囲を警戒する。口ずさむドイツ語の歌を聞いて、乗員たちは彼女が副隊長代理というポジションに馴染んできたのを察した。黒森峰に入れなかった悔しさから高慢に振舞っていた彼女だが、練習試合敗北後は次第に角が取れていった。元々彼女に目をかけていたトラビが何かと指導したのも大きい。

 

 矢車自身、トラビの影響をかなり受けていることを自覚していた。額に巻いているアイヌの鉢巻・マタンプシはトラビから貰った物だが、これが本来どういうアクセサリーなのかも聞いている。今では男女共用だが、元々はアイヌの女性が狩りに出かける男へ送った品なのだ。

 男扱いされているわけではないが、トラビの語る狩猟本能にはいつしか共感を抱くようになっていた。戦車乗りは狩人だということを彼女が教えてくれたのだ。

 

 時に野をかけて獲物を追い、時に息を潜めて待ち伏せる。その中で感じるスリルと、獲物を射止めたときの快感。それはマリが黒森峰への受験に失敗してから、迷走の中で見失っていたものだった。

 つまり、『戦車道は楽しんで励むべき』ということである。

 

「右へ迂回。敵突撃砲の待ち伏せに注意して」

 

 榴弾による瓦礫で道を塞がれ、やむなく回り道をするときでさえも、彼女の口調には余裕があった。むしろ、そう心がけねばならなかった。一ノ瀬以呂波は好人物だが、戦車道に関しては嫌がらせのプロだということを、矢車は身に沁みて知っている。現に練習試合で最後に勝敗を分けたのは精神的な『余裕』の差だった。

 

 それを抜きにしても、恐らく自分は以呂波には及ばないだろう。しかも今回は練習試合とは逆に、乗っている戦車の性能も相手が上だ。それでも構わない、個人の功名手柄に意味などないのだ。自分が以呂波に勝てなくても、ドナウ高校は千種学園に、そしてかの大洗女子学園に勝つ。

 一年生の身で副隊長代理に任命されたとき、彼女はそう決心した。

 

「国定さん、斥候をお願いします」

《了解だ》

 

 四式中戦車の車長は矢車に敬礼を送り、自車を前に出した。決号工業高校の生徒からも、現場指揮官として一定の信頼を得ている証だ。

 チト車は路地へ入った後、後続する矢車らに手信号を送って停止した。車体左側の通信手席からフロックコート姿の少女が降車する。当然ながら戦車道では乗員への直接攻撃が禁止されているため、敵の待ち伏せが予測される場合に下車偵察を行うのは有効だった。行軍速度は遅くなるが、これ以上の戦力消耗は避けねばならない。以呂波が西住みほに合流する気なら、進行ルートを予測して先回りすれば遅れを取り戻せる。

 

 通信手が路地の先に顔を出し、そこで敵が待ち構えていないか確認する。彼女が車長に向けて親指を立てると、チト車は再び進み始めた。それに続いて矢車のクーゲルブリッツ対空戦車、そしてIV号突撃砲三両が路地を抜ける。

 

「……敵影無し。右折」

 

 慎重に周囲を確認し、矢車は右折した先にあるT字路へ戦車を進ませた。チト車のやや後ろにクーゲルブリッツがつき、回転砲塔を持たないIV突は互いの死角を補えるよう、梯型に隊列を組んで進む。

 その時ふと、前方の景色に違和感を覚えた。矢車も他の隊員も、十分に用心深く動いていた。しかし彼女たちの相手もまた、熟練した偽装(カモフラージュ)の達人だった。

 

 行く先に建つビルの壁面に、黒い点が三つ見えた。そして矢車は次の瞬間、それが砲口だということに気づいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《マスターアーム・オン!》

「FOX2!」

 

 III号突撃砲、ズリーニィI、そしてマレシャル。三両の突撃砲が一斉に発砲した。ビルの壁面を模した偽装パネルから突き出した75mm砲が、轟音と共に火を噴く。エルヴィンらが『大洗紛争』で使った手口である。今回は撃破されたSU-76iを含めた四両分のパネルを用意していた。

 こうした偽装を見破るのは素人の想像以上に困難だ。しかしそれでも矢車の乗るクーゲルブリッツ、そして四式中戦車チトの二両だけは寸前で気づいた。両車の操縦手は車体を大きく横に振り、寸でのところで射線をかわす。近くを掠めた徹甲弾は後方へ通り過ぎ、流れ弾の一発が後詰めのIV突へ命中した。履帯が断裂し、転輪が弾け飛んで路面を転がる。

 

 さらにIII突の放った一撃だけは狙い通りに、別のIV突の正面を貫通していた。行き足をとめた車両から白旗が揚がる。

 撃破、小破各一両の戦果。

 

 しかし相手も黙ってはいなかった。特にチト車の乗員は千鶴から『後の先』を叩き込まれており、回避の直後には反撃の体制を取っていた。無骨な砲塔が旋回し、高射砲を基とした75mm砲が獲物を狙う。偽装パネルをつけていても一度見つけた的は見逃さない。

 

《陣地転換だ!》

 

 エルヴィンの号令で、三両は退避行動に移る。丸瀬は敵の砲口を目視し、以呂波直伝の技術でチト車の狙いを見切った。

 

「川岸、狙われているぞ!」

 

 彼女の忠告は一瞬だけ遅かった。マレシャル駆逐戦車が回避しようとした瞬間、チト車が発砲。鈍い衝撃音と共に、独特の平たい車体へ着弾する。傾斜装甲とはいえ、最大装甲厚20mmのマレシャルでは受け止めきれなかった。衝撃で路面を少し滑走し、白旗が揚がる。

 

 III突は車体上面の近接防御兵器から発煙弾を発射した。空中で破裂した弾から煙が吹き出し、III突とズリーニィはそれに紛れて遁走する。撃破されたマレシャルを尻目に。

 

「川岸、大丈夫か?」

《申し訳ないッス。先輩たち、私らの代わりに大漁旗掲げて欲しいッス!》

 

 後輩の返答に、丸瀬は胸が熱くなった。千種学園は一弾流の規則により、味方と戦果を競うことを禁じている。個々の功名手柄を重視しては連携プレーが疎かになるからだ。丸瀬は斃れた仲間の分までチームに貢献することを常に意識していた。

 

「任せておけ、一緒に勝利を祝えるようにしてやる」

 

 飛行帽のゴーグルをつけ、丸瀬は力強く答えた。

 

 ズリーニィとIII突は偽装パネルを捨てて走る。敵は三両に減ったが、丸瀬、エルヴィンらは追われる立場となった。敵の最優先撃破目標は以呂波だが、この突撃砲二両を始末せねばこの後も戦力を削られる……そう判断したのだろう。特に決号のチト車は練度が高いようで、虎視眈々と躍進射撃の機会を狙っている。丸瀬は以呂波直伝の射線見切り法で、エルヴィンも修羅場をくぐって得た勘と経験で回避運動を取った。

 

 回転砲塔を持たない車両は追われる立場になると弱い。だがカバさんチームはこのような状況を打開する技を持っており、それを丸瀬たちツバメさんチームにも伝授していた。今それを成功させるには、敵の注意を逸らす協力者が必要だった。

 

《マルセイユ、フメリニツキー! 用意はいいか?》

「いつでもいけます、将軍!」

《全員着席、準備万端だ》

 

 コサックの頭領・フメリニツキーの名で呼ばれたのは、近くで待機している北森だ。立ち並ぶ建物を挟んだ反対側に陣取っている。

 III突とズリーニィは蛇行しつつ併走する。常勝将軍と撃墜王の名をソウルネームとする二人は目配せをし、車内に身を収めた。操縦手に「増速」と声をかけ、丸瀬は徹甲弾を手に取った。75mm弾はずっしりと重いが、すでにその重みには慣れている。緊張で心臓の鼓動が高まるも、スリル嗜好を持つ彼女はそれさえ楽しむことができた。

 

《今だ、決行!》

撃て(ヴォホーニ)!》

 

 エルヴィン、次いで北森の声と共に、三発の砲声が響いた。横合いの建物のガラスが割れ、突き抜けてきた榴弾が爆ぜる。さらに機銃の曳光弾が飛び散り、断続的な銃声・砲声が空気を揺さぶった。

 どうということはない、T-35がビルの反対側で、その無駄に多い武装を闇雲に発砲しただけである。だが相手からすれば、さながら複数両の戦車が駆けつけてきたように感じたのだ。チト車の車長がそちらに気を取られた、その隙こそが狙い目だった。

 

《行くぞ! CV.33ターン、別名ナポリターン!》

「回せー!」

 

 カエサルの号令で、III突は時計回り、ズリーニィは逆時計回りに転回。履帯に強引にブレーキをかけ、慣性を利用した急旋回だ。路面と擦れた履帯が火花を上げ、甲高いスキール音が響く。

 

 両車共に、操縦手は優秀だった。車体が百八十度回転したところでピタリと止め、砲手がGに耐えながら照準を合わせる。相手が驚愕の表情を浮かべたとき、丸瀬とカエサルがそれぞれ装填を終えていた。

 

「ヨーソロー!」

「FOX2!」

 

 二門の75mm砲が吼えた。マズルブレーキから炎が散り、大気を震わせた徹甲弾が敵戦車へと吸い込まれる。III突の砲撃はIV突の防盾下部へ、ズリーニィの一撃はチト車の車体左端へそれぞれ命中。長い牙が装甲を食い破り、標的となった二両は行き脚を止める。チト車は脇へ逸れ、鈍い音を立てて建物に衝突した。

 二両の敵戦車から白旗が揚がるのを見たとき、丸瀬は体から汗が噴き出すのを感じた。

 

《見事だ、マルセイユ!》

「将軍方には及びません!」

 

 無線機越しに言葉を交わすエルヴィンと丸瀬だが、相手の笑顔が目に見えるような気がした。この技はアンツィオ高校発祥で、CV.33豆戦車で行うものだった。それをカバさんチームが失敗を重ね、突撃砲で行う技術を確立したのである。それには乗員全員に高い練度と連携が必要であり、丸瀬たちも火のような練磨を経てこれを会得したのだ。

 

 指揮下の車両が全滅し、クーゲルブリッツは即座に横道へ逃げ込んだ。さすがに突撃砲二両と正面から戦うのは分が悪いと踏んだのだろう。丸瀬らの取る行動は決まっている。追う者と追われる者の立場は入れ替わったのだ。

 

《よし、追撃するぞ!》

「了解!」

 

 




お読みいただきありがとうございます。
劇場版で使われた「マスターアーム・オン!」という台詞は戦闘機が火器管制装置を起動したことを示すもので(戦車用語ではない)、監督が遊びで入れたらしいですね。
ちなみに丸瀬の「FOX2」は空対空ミサイルを発射する際のコールです。

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