ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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橋はちゃんとあります!

 やられた。トラビはそう思った。

 大坪も寸前まで撃破を確信していただろう。

 

 だがトゥラーンIIIの砲手が必殺の接射を放とうとした瞬間、その砲塔左側を105mm砲弾が叩いた。大口径の徹甲弾の直撃でシュルツェンは吹き飛び、トゥラーンの主砲は横へ大きくぶれて撃発した。放たれた75mm砲弾はKW-1改の脇を通過し、ビルの外壁に当たった。コンクリートの破片が宙を舞い、バラバラになったシュルツェンが地面に転がる。

 トゥラーンの装甲を固定するリベットもいくつか吹き飛び、砲塔側部に確かな弾痕が穿たれていた。やがて砲塔の小さなハッチが開き、白旗が揚がる。

 

《有効! 千種学園・トゥラーンIII、走行不能!》

 

 トラビはトゥラーンの姿を一瞥し、ゆっくりと弾の飛来した方向を見た。決号の五式砲戦車ホリIIが、横合いの道から姿を現わす。車長の清水が角ばった戦闘室から顔を出した。後からは護衛の二式砲戦車ホイも追従しており、千鶴の手伝いに向かう途中だったようだ。

 

《無事かい、エセ関西人》

「……おおきに」

 

 無線から聞こえてきた言葉に、微笑と共に感謝を返す。そして白旗の揚がったトゥラーンへ視線を戻した。

 砲塔から大坪が姿を見せる。その表情にはベストは尽くしたという自負と、撃破を果たせなかった悔しさが入り混じっていた。しかし次の瞬間、彼女はトラビを見て目を見開いた。ドナウ高校の隊長は敵である大坪に向け、姿勢を正し、整然とした敬礼を送ったのである。唇を真一文字に結んだ凛々しい表情には確かな敬意がこもっていた。いつものおどけた態度とは違う、『高貴な野蛮』と称されるドイツ騎士道の姿だった。

 

 大坪がおずおずと答礼すると、トラビは操縦手に発進を指示した。KW-1改が再び動き出し、千鶴の元へと向かう。清水らもその後へ追従した。

 

 

 

 

 

 

 ドナウ隊長車、撃破失敗。報せを受け取り、西住みほの表情に一瞬だけ焦りが浮かんだ。だがすぐさま自分を律し、冷静に指揮を続ける。みほ率いるあんこうチーム、澤梓率いるウサギさんチームは敵フラッグ車・I号戦車C型を追跡している。如何に高速戦車とて、入り組んだ市街地では下手に最高速度を出せない。それにただ逃げて振り切ろうとするのではなく、千鶴の待ち伏せ地点に誘導しようという意図が感じられた。ならばこちらを引き離さないよう、一定の距離を保つはずだ。

 

《敵が合流する前に、フラッグ車を撃破します!》

 

 常にキューポラから身を乗り出して指揮を執るのは、母親に叩き込まれた精神だ。しかし彼女はあまり自覚していないが、この行為はチームに少なからず良い影響を与えていた。ついて行くべき背中を見ることで、素人集団だった大洗チームは一つに纏まったのだ。

 

 特に澤梓にとって、その背中は大きなものだった。彼女は元々責任感の強いタイプだが、戦車道を甘く見て参加したと自覚している。そんな澤と仲間たちを見放さず引っ張ってくれたのは、あの背中なのだ。そして今彼女は、みほについていくだけでなく、追いつかねばならない立場となっていた。

 

 IV号とM3は躍進射撃のタイミングを図りつつ、I号C型を追う。すると、相手は突如急旋回した。履帯がスキール音を立て、舗装された地面をドリフトする。フラッグ車、それも高速戦車を任されるだけあって、操縦手の腕は見事だった。履帯を損傷することなく、変則的なUターンを見事に成功させたのである。さらにそのまま、IV号の側面へ滑り込む。

 目出し帽をかぶった車長が砲塔に潜った時点で、反撃するつもりだとみほは気付いていた。二人乗り故、射撃も車長が行わねばならないのだ。麻子に制動と旋回を指示した直後、I号C型が撃った。

 

 砲塔から突き出た長短二本の銃身、その左側、長い方が火を噴いた。EW141対戦車ライフル、距離300mから30mmの装甲を貫通できる。一発目はIV号の急制動によって、すぐ前方を通過した。しかしこれはセミオートマチック式のライフル、如何にみほと言えど、立て続けに撃たれた二発目・三発目はかわせなかった。だからこそシュルツェンのある側面で受けたのである。

 厚さ5mm程度の追加装甲は容易く貫通され、穴が点々と開く。7.92mm弾とはいえ高初速であり、この距離ならIV号の側面を容易く貫通できる。しかしシュルツェンを貫通したことで弾の入射角の変わり、自前の装甲には塗装が剥げる程度の傷しかつかない。

 

「あや、撃って!」

 

 M3の副砲にはすでに徹甲弾が込められていた。梓の号令で、大野あやが発砲。I号C型は再び急カーブで回避するも、IV号の背後を取ることを断念した。再び速度を上げて逃走し、みほと梓は追撃した。

 

 その行く先にあるのはバイパス上を通る、比較的高い橋だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……亀ちゃん、本当に大丈夫なの?」

「こちとら建築学科だ。信用しろ」

 

 二式軽戦車ケトは橋を見上げる場所に陣取っていた。車長である亀子は不意の敵襲に備え、周辺警戒を行う。操縦手はハッチから顔を出し、双眼鏡で橋を監視した。もう少しでターゲットが橋へ差し掛かるはずだ。

 戦車道の試合が行われる場所は交通も止められており、バイパスは静かだ。ただ遠方からは砲声が聞こえ、建物に反響している。千鶴の五式中戦車チリは決戦の場所へ移動し、トラビのKW-1改もそこへ向かっているはずだ。しかし亀子の作戦が成功すれば、この場で西住みほを討ち取ることができる。

 

「タイミングさえ合わせれば、後は戦車の重さで崩れる。……ドロップくれ」

 

 亀子が手を出すと、砲手が古風なドロップ缶を渡した。蓋を開けて軽く振り、一粒を掌に出す。それがハッカ味であるのを見て微笑み、口へ放り込んだ。

 

 彼女の額には汗が滲んでいた。先ほど力仕事を済ませたばかりなのだ。仮にフラッグ車であるIV号を仕留められなくとも、M3中戦車を分断できれば価値はある。そのときは尋常の戦車戦で勝負を決するまでだ。おそらく千鶴はそれを望んでいるだろうし、亀子も察していた。だが勝つためにありとあらゆる手段を尽くすのも、戦車道の面白さである。

 仕損じたときに備え、橋の先で千鶴とトラビがIV号を待ち受ける。そしてI号C型はその速度性能を以って、再び草原へ逃走。そうすれば追いつける車両はない。

 

 潜入偵察で見た西住みほのことを、ふと思い出した。決してカリスマ性があるようには見えず、西住流の名からイメージされるような威圧感などまるでなかった。もっとも一ノ瀬千鶴のような無茶苦茶な隊長もそういるものではないが、西住みほは亀子が今まで見た戦車指揮官とは異なるタイプだった。

 彼女は他者に対して好き嫌いをしない。だから敵を作らない。チームを引っ張るのではなく、チームが自然とついてくる。本人が自覚しているかは分からないが、そういう力を持っているのだろう。だからこそ『大洗紛争』に勝てたことは疑う余地もない。亀子が見た西住みほはそういう人物だった。

 

 ではこの状況に、あの女はどう対処するだろうか。亀子は作戦の成否よりも、そのことが気になっていた。

 

《こちらシェーデル! 橋にとうちゃーく!》

「見えたわ。I号C型!」

 

 無線に連絡が入った直後、操縦手が報告した。橋の上へ目を移すと、蛇行しながら疾駆する軽戦車が目に入った。砲塔を後ろへ向け、EW141を発砲している。それを止めたかと思うと急激に速度を上げ、80km/hはあろうかという勢いで橋を駆け抜けていった。

 やがて、後から追ってくる小豆色のIV号と、オリーブドラブのM3が確認できた。作戦開始だ。

 

《柳川、用意良し》

「了解。やるぞ」

 

 砲戦車小隊からの連絡に答え、亀子は円筒型の砲塔内に身を収めた。一式三十七粍戦車砲にはすでに榴弾が込められ、砲手は橋の中央部の支柱へ照準を合わせていた。

 37mm榴弾では炸薬量も少なく、建築物の破壊には非力だ。しかし本命はこれではない。

 

 支柱に括り付けられた、E-100超重戦車の150mm榴弾である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「脚早すぎー!」

「こっちの倍以上出てるよー!」

 

 遠ざかっていくI号C型を見て、山郷あゆみ、阪口佳利奈が焦りの声を上げる。あんこうチームのIV号が敵フラッグ車を狙い、ウサギさんチームのM3はその後ろを守っていた。澤梓は背後からの攻撃に即応できるよう、副砲を後ろへ向けて走っていた。

 M3中戦車はT-35などの多砲塔戦車と違い、あらゆる方向からの攻撃に対処するため砲を増やしたのではない。また前後両方の敵を気にしなくてはならないため、梓の負担は増した。それでも砲を一門後ろに向けておけば、敵は格段に攻撃が仕掛けにくくなる。雷撃機などの後部銃座と同じだ。

 

 橋の中ほどに差し掛かった時、ディーゼルエンジンの音が微かに聞こえた。梓がハッと後ろを振り向くと、決号の二式砲戦車ホイ一両、三式砲戦車ホニIII二両が見えた。

 

「後方から敵三両!」

 

 報告した直後、砲戦車小隊は橋の手前で停止した。

 躍進射撃。砲口を見た瞬間、梓は判断した。

 

「速度落として!」

「あい!」

 

 M3が減速したとき、みほも同じ指示を出していた。相手の偏差射撃は逸れ、橋のコンクリートを砲弾が叩く。榴弾だった。爆炎と破片が巻き上がる中、梓とみほは車内に身を収めて突破する。

 何故徹甲弾ではなかったのか。梓が疑問を感じた直後、大きな振動が車体を揺さぶった。

 

「な、何!?」

「下からっぽいけど……!?」

 

 大野あやの言葉通り、振動は橋の下から来たものだった。梓がキューポラから顔を出すと、眼下に広がる爆煙が見えた。橋の支柱に括り付けられた150mm榴弾が、亀子のケト車の砲撃で誘爆したのだ。

 立て続けに二回、支柱が爆破される。コンクリートの破片が飛び散り、振動が橋の上の二両を揺さぶる。その頃I号C型は橋を渡りきり、走り去ろうとしていた。

 

 蔦が絡みつくように、橋の路面に亀裂が入っていく。梓の背筋がぞくりと寒くなった。支柱が破壊され、さらに榴弾で路面の脆くなった橋は二両の戦車を支えきれなかった。不快な音を立て、M3の背後で路面が断裂した。IV号のいくらか先で橋が折れ曲がり、戦車がゆっくりと後ろへ傾いていく。

 

「桂利奈ちゃん、全速前進!」

 

 このままでは転落する。梓の号令は半ば悲鳴に近かった。しかし射弾回避の際減速したせいで、M3もIV号も運動エネルギーを失っている。阪口桂利奈も冷泉麻子もギアを一速に入れ、急激に傾斜した橋を懸命に登ろうとした。エンジンが唸りを上げ、戦車は懸命に傾斜に抗う。だが履帯が路面上を滑り、空転を始めてしまう。二両は徐々に橋からずり落ち、バイパスへ落下しつつあった。

 眼下に二式軽戦車の姿が見える。仮に落ちて撃破判定が出なくとも、待ち受けているあの敵車両に始末されるだろう。このまま頑張り続けていても、背後にいる砲戦車がフラッグ車であるIV号を狙撃するはずだ。まさしく進退窮まった。

 

「落ちる! 落ちるよぉ!?」

「どどど、どうしよう!?」

 

 そのとき、梓はみほと目があった。彼女は一瞬、背後にいるM3を省みたのだ。

 梓は歯噛みした。こんなときでも先輩は、自分たちを気にかけてくれている。自分は彼女の座を受け継がなくてはならないのに、ここでその背中を守ることもできないのか。自分たちのことはいい。せめてフラッグ車であるあんこうチームを救うため、できることはないのか。

 

 だが不意に、彼女の袖を引っ張る者があった。車内を見ると、丸山紗希がいつも通りの無垢な瞳で梓を見上げていた。小さな唇を開き、ぽつりと言葉を漏らす。

 

 

「……くうほう……」

 

 

 

 

 

 

 

 ……IV号の履帯が悲鳴を上げ、ゆっくりとずり落ちていく。司令官、それもフラッグ車の車長であるみほだが、真っ先に脳裏に浮かんだのは自分のことではなく、後輩の心配だった。どうにかしてウサギさんチームを助けたい。しかし彼女でさえこの状況を打開できる方法は考えつかなかった。

 

 万事休す……そう思ったときだった。不意に、後ろから殴られたような衝撃を感じた。

 殴られたのは彼女ではなく、戦車の方だ。車体に加えられたその衝撃に、IV号は一気に押し上げられる。空転していた履帯が路面を掴み、麻子が反射的にアクセルを全開にした。勢いの加わったIV号は折れた橋を一気に登り、駆け抜ける。

 

 みほが背後を振り返ったとき、そこに見えたのは転落していくM3中戦車だった。その主砲に硝煙と陽炎を認め、みほは何が起きたのかを理解した。後輩たちは空砲でIV号の背を押したのだ。

 

《西住隊長、行ってくださいッ!》

 

 梓の言葉を最後に、M3は橋から落下していった。衝撃音が響き、その直後に小さな砲声が聞こえる。

 

《大洗・M3中戦車、走行不能!》

 

 アナウンスが入ったとき、みほは目に涙が浮かんだ。だがすぐさま袖で拭い、毅然として号令を下す。

 

「全速で突破!」

 

 麻子が全力で増速し、IV号は疾走する。みほは砲塔へ身を収めた。

 背後から砲戦車が撃ってくるも、ホニIIIの徹甲弾は辛うじて狙いが逸れた。しかし小隊長車たるホイ車の撃った弾が、砲塔後部へ直撃する。みほは優花里の肩に掴まって衝撃に耐えるが、戦車に撃破判定は出ない。

 当たりどころが良かった。ホイ車の撃った二式穿孔榴弾は成形炸薬弾で、距離によらず100mmの装甲を貫通できる。だがIV号の砲塔後部に命中したため、シュルツェンと雑具箱で威力が減衰したのだ。

 

 吹き飛んだシュルツェンが路上に散らばる。みほは振り返ることなく、橋を渡りきった。

 

 

 

 

 

 

 亀子からの報告を聞いていた千鶴は、ふと笑みを浮かべた。

 

「……大した連中だぜ」

 

 口から出たのは澤梓たち、ウサギさんチームへの賞賛だった。一部で“大洗の首狩りウサギ”などと呼ばれる彼女たちは、味方の大将首を見事に守ってみせた。もし草原での戦闘で、目論見通りM3を撃破できていれば、ここで勝負が決まっていたことだろう。

 しかし、この作戦は無意味ではなかった。IV号に護衛はいなくなったのだ。

 

《これで西住みほちゃんは丸裸のスッポンポン、っちゅーわけやな》

 

 通信機からトラビの声も聞こえてくる。平常運転に戻ったようだ。

 

「変な言い方すんな。とっとと合流しろ」

《ハハ、もう着くで。清水ちゃんも一緒や》

「よし。亀、お前も早いとこ、こっちへ来い。柳川隊もだ」

 

 五式中戦車の砲塔に立ち、千鶴は各員に指示を飛ばす。橋落とし作戦でフラッグ車を仕留められなかったが、彼女の表情には抑えがたい歓喜の色が浮かんでいた。千鶴だけではない、トラビも、亀子も、皆喜んでいる。彼女たちにとっても西住みほはヒーローだった。それを自分たちの手で倒すのだ。

 

「残りの車両は敵のフラッグ車への合流を阻止しろ。特に以呂波はこっちに近づけるな。総員、一弾となれ!」

 

 




お読みいただきありがとうございます。
劇場版を見た後、何らかの形で空包によるアクションを出したいと思ってました。
ウサギさんチームの見せ場も書きたかったのでこういう形になりました。
サブタイトルの由来はお馴染みの『戦略大作戦』ですw

トラビが大坪に敬礼を送るシーンですが、「敵に向けて敬礼する」というのは私がガルパンで見てみたかったものの一つでした。
史実では戦闘機乗りがよくやりましたが、武道である戦車道なら、相手選手に敬意を払うことも多いだろうと思いまして。


では、ご感想・ご批評などあれば今後の糧としますので、よろしくお願いいたします

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