ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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鋼のユサールです!

 四式中戦車の砲声がビルに反響する。放たれた75mm徹甲弾はタシュ重戦車を射線に捉えていたものの、砲塔前面の装甲に弾かれた。直前に以呂波が回避行動を指示していたためである。その車長席に立つ以呂波は衝撃でよろめくも、油圧式の膝関節はしっかりと主を支えた。

 必勝を期した『ニセ住みほ作戦』は破綻した。だが敵フラッグ車であるI号C型を、IV号戦車の前に出すことはできた。ただし、千鶴の乗る五式中戦車チリのおまけ付きで。

 

《私たちは敵フラッグを叩きます! 一ノ瀬さんたちはできる限り、敵の戦力を抑えてください!》

《了解、全力を尽くします。先ほどでんでん虫チームが線路を通って市街地に……》

 

 無線で言葉を交わすみほと以呂波。さすが熟練した指揮官だけに、二人とも判断にも澱みがない。

 

 愛車共々あんこうチームに扮した大坪はその声を聞きつつ、敵陣を見やった。先ほどまで敵の砲口は彼女のトゥラーンIIIに向けられたが、今は以呂波のタシュ重戦車が狙われている。フラッグ車が偽物だと分かった以上、相手は千種学園の隊長車を優先攻撃目標としたのだ。

 

 そして敵の隊長車、KW-1改が後退を始めた。幅広の履帯で道路を踏みしめ、戦闘区域から離れようとしている。四式中戦車とIV号突撃砲が路地から飛び出して発砲してきたので、大坪はすぐさま自車をビルの陰へ退避させた。75mmの徹甲弾が至近を掠めていくのを感じる。

 同時に彼女は相手の意図を察した。無論、以呂波もである。千鶴は西住みほ相手に単騎で挑もうとはしないだろう。それにあんこうチームと共に行動しているウサギさんチームを、どうにかして排除しようとするはずだ。

 

《西住さん! ドナウの隊長車がそちらへ向かおうとしています!》

「一ノ瀬隊長、私が追うわ!」

 

 大坪は叫ぶ。彼女と以呂波の車両は丁度、道を挟んだ向かいの路地に身を隠していた。以呂波がタシュの砲塔から振り向き、大坪を見つめる。その時間は一瞬だった。互いの目が合った直後、義足の隊長は決断した。

 

《分かりました、援護します。大坪先輩はKW-1改を撃破し、合流を阻止してください》

 

 その命令に「よし」と呟き、頭へ手をやった。今や無用の物となった、みほの茶髪を模したウィッグを脱ぎ捨てる。自前の黒々としたショートヘアが露わになった。

 トゥラーンIIIの外見上の特徴は、砲塔上面のトサカ状の張り出しだ。砲の大型化に伴い、砲尾が天井に当たるのを防ぐため、砲塔の上部をかさ上げしてあるのだ。ポルシェティーガーにも見られる細工だが、トゥラーンのそれは特に大きい。大坪が顔を出すハッチはその上に配置されていた。彼女は装甲の張り出しを馬のたてがみに見立て、そっと撫でる。セール号と同様、このトゥラーンもまた、大坪にとって大事な相棒だった。

 

 二次大戦期のハンガリーは戦車の国産化に努め、兵器としての重要性を認識していたが、戦車競技には忌避感を持っていた。国民の馬への愛着故にだ。西住流が元は馬上砲術だったように、東西の戦車競技の多くは馬術から発展している。そのためマジャル人たちは軍事のみならずスポーツにおいてまで、戦車が馬に取って代わることを恐れたのである。そのためか、ハンガリー戦車を使う戦車道チームは世界的に見ても少ない。

 

 だが大坪はこのトゥラーン戦車と苦楽を共にし、単なる人殺しの兵器という枠を超えた、戦車の良さに気づき始めていた。出島期一郎が言ったように、生き物でも機械でも、乗り物のことを理解して大事に乗ってやれば、必ず乗り手の期待に応えてくれる。人間と機械との間にも、確かに絆は存在するのだ。

 一回戦では活躍できたが、先の二回戦では何もできないまま撃破された。今回はみほの影武者という大役を命じられたものの、それもすでに必要なくなった。ならばチームのため、やるべきことを全力で成すしかない。

 

「行くよ、私の宝物(キンチェム)

 

 

 

 

 作戦は決まった。その中で船橋はトルディIIa軽戦車を駆り、味方の援護に奔走していた。徒歩偵察を行うT-35乗員たちの声に耳を傾けながら、味方の側面へ赴き『火消し』となる。

 スウェーデンで生まれ、ハンガリーで独自の発展を遂げたトルディ軽戦車だが、二次大戦ではすぐに力不足となり見切りをつけられた。しかし本物の戦場と違い、戦車のみで戦わねばならない戦車道でなら、軽戦車でも強みを発揮できる場面はある。40mm戦車砲とて近距離から側背面を狙えば十分な貫通力を発揮するし、インファイトを強いられる路地では『取り回しやすさ』という利点があるのだ。

 

《IV突が電気屋の裏手から、味方の側面を取ろうとしています!》

「了解、今向かうよ!」

 

 農業学科チームの報告に応え、船橋は即座にトルディを走らせる。傾斜した車体前面の装甲に千種学園の校章が輝いていた。以前は同じ場所に、アールパード女子高の校章が描かれていたであろう。同じ学園艦で暮らしていた船橋にとっても、この戦車は思い入れのある存在だった。

 今までの試合を通じて操縦手の練度も向上しており、コンクリートの地面を軽快に走る。船橋は地図を見ながら方向を指示した。

 

「そこ、左!」

 

 操縦手がハンドルを切り、左折する。入念に整備された足回りは旋回もスムーズだ。

 曲がった先にジャーマングレーの車体が見えた。低いシルエットの突撃砲だ。車体にはドナウ高校の十字形校章が描かれており、カバさんチームのIII突ではないと確認できた。信地旋回で車体の向きを変え、大通りにいるルノーB1bisへ砲を向けようとしている。

 

「カモさん、左から狙われてる!」

《うわっ! バックバック!》

 

 ゴモ代の声が聞こえ、B1bisのずんぐりとした車体が後退し、射線から逃れた。同時に船橋は砲塔内に身を収め、徹甲弾を手に取る。武装が20mm対戦車ライフルから40mm戦車砲になり、彼女も装填の訓練に励んできた。素早く薬室へ押し込んだとき、砲手はすでに照準を行っていた。

 IV突もトルディの存在に気づいたようだが、もう遅い。

 

「撃て(フォイア)!」

 

 轟音と共に発砲炎が光った。放たれた徹甲弾はIV号突撃砲の後部、厚さ30mmの装甲を直撃した。船橋は覗視口から敵車両の様子を確認する。無効だった場合、即座に次弾を撃つつもりでいた。しかしその必要はなく、IV突のエンジンルームからは黒煙が吹き出し、戦闘室からは白旗が揚がった。

 一両撃破だ。

 

「後退して! 離脱するわよ!」

 

 命令を下しつつ、硝煙香る砲塔から顔を出した。ギアを切り替え、トルディはバックで元の路地に戻る。休んではいられない、クーゲルブリッツが軽戦車狩りにやってくる。30mm機関砲の弾幕を相手にしては勝ち目がない。しかしこちらが背後を取って先に撃てば、撃破は可能だ。

 

 しかし、一旦味方の方角へ走ろうとしたとき。船橋は背後にエンジンの音を聞いた。

 振り向いたとき、そこにはすでに球形砲塔の対空戦車が。

 

「な……!」

 

 咄嗟に、操縦手の右肩を蹴る。しかしハンドルを切って回避行動を取った瞬間、30mm機関砲が火を噴いた。放たれたのは連装砲の右側だけだったが、曳光弾が帯を引いてトルディの装甲板に跳ね返る。そして徹甲弾は鈍い音を立て、そこへ複数の弾痕を穿った。

 船橋が対衝撃姿勢を取った直後、トルディは建物に衝突して行き脚を止める。その直後に砲塔から白旗が飛び出した。

 

《千種学園・トルディ軽戦車、走行不能!》

 

 

 

 

 揚がった白旗とアナウンスで撃破を確認し、矢車マリは仲間の元へ引き返し始めた。クーゲルブリッツ対空戦車の砲塔は三人乗りだが、今は彼女と右機関砲の砲手しか乗っていない。そして仕切られた車体の方には操縦手のみが搭乗し、通信手は降車していた。

 

「上手くいきましたね」

 

 右砲手が笑顔を向ける。今回二両目の戦果だ。

 

「うん、IV突を一両失ったのは痛いけど、一先ず……次、左折」

 

 言葉を切り、指示を下す。クーゲルブリッツは砲塔と車体が完全に仕切られているため、車長が操縦手の肩を蹴って方向を指示することができないのだ。

 路地を曲がった先で、降車していた乗員二名と落ち合う。矢車と同じ騎兵風パンツァージャケットを来た少女二人が、手を振りながら駆け寄ってきた。矢車も右手を軽く上げ、彼女たちを労う。

 

 千種学園がT-35の乗員に徒歩偵察をさせていることを、矢車は察していた。そこで自車からも乗員を偵察に出し、斥候の居場所を探らせ、見つからないルートを通って奇襲をかけたのだ。

 クーゲルブリッツの任務は軽装甲車両の排除。これで最優先撃破目標であった八九式に続き、トルディIIaが片付いた。矢車としても練習試合で手玉に取られた借りを返せた。後はトラビたちが本物のフラッグ車を倒すまで、この区域の指揮を取らねばならない。

 

 黒駒亀子が何をするつもりかは聞いていた。今頃バイパスの頭上にかかる橋で作業にかかっていることだろう。決号工業は荒っぽいことをするものだと呆れたが、よくよく考えれば『大洗紛争』で行われた数々の作戦に比べれば、どうということはないかもしれない。それでも成功すればそこで勝負が決まる大仕掛けだ。ただトラビも千鶴も本音では、尋常の勝負でかの西住みほを仕留めることを望んでいるのではないか……矢車にはそう思えた。

 

 大通りの砲声は静かになった。が、エンジンの唸り声、というよりも雄叫びが聞こえてくる。刹那、通信が入った。

 

《ポル公が正面から突っ込んでくるぞ!》

 

 決号の四式中戦車からの報告だった。クーゲルブリッツが大通りに顔を出した直後、矢車もそれを目撃することとなった。

 無骨な車体に88mm砲を搭載した、失敗作の烙印を押された重戦車。ガス・エレクトリックの猛虎がこちら目掛けて突進してくる。強引に突破し、トラビを追うつもりか。

 

「左機関砲、履帯狙って」

 

 機関砲を左右交互に使うのは弾の節約と砲身冷却のためだ。クーゲルブリッツの揺動砲塔はマイナス五度まで俯角を取れる。ポルシェティーガーの幅広の履帯も、30mm弾なら破壊はできるはずだ。もう一度足を止めてもらおう。

 しかし左砲手が発射ペダルを踏もうとしたとき、予想外のことが起きた。ポルシェティーガーが急加速したのだ。

 

「な、何!?」

 

 矢車は驚愕の声を上げた。虎は電気モーターのブースターシステムを使用し、重戦車の域を超えた異様な速度を叩き出す。I号C型の全開走行には及ばないが、凄まじい速度で迫ってくるジャーマングレーの虎には凄まじい威圧感があった。砲手は慌てて砲塔を旋回させて狙おうとするが、ポルシェティーガーはすぐに目の前を通過してしまった。

 そしてその背後に、IV号に扮したトゥラーンIIIが追従していた。

 

「阻止して!」

《任せな!》

 

 威勢の良い声から僅かな間を置き、四式中戦車チトが路地から飛び出す。そのとき砲塔はすでにポルシェティーガーへ指向しており、距離は衝突寸前にまで迫っていた。チト車の75mm砲はIV号戦車などのそれと比べ、いくらか貫通力が劣る。ポルシェティーガーの100mmの正面装甲を確実に貫くため、ギリギリまで引きつけてから飛び出したのである。度胸と熟練度、両方を兼ね備える決号だからこそできる技だ。

 

 しかしその五式七糎半戦車砲が火を吹こうとしたとき、ポルシェティーガーは急激に転回した。そのとき矢車も、チトの車長も再び驚愕する羽目になった。大洗自動車部の驚異的な技術力は広く知られている。しかし鈍重なポルシェティーガーを『ドリフト走行向け』にチューンしていたなどと、誰が想像できようか。

 激しいスキール音を立てながら、虎はスピンして射線をかわす。後部から黒煙が吹き出していた。矢車はエンジンブローかと思ったが、すぐに煙幕だと気付いた。

 

 煙に身を隠しながら味方の方へ退いていくポルシェティーガー。そしてその煙に紛れたトゥラーンが、チト車の横を掠めるようにして突破した。シュルツェンがチト車の装甲に当たって折れ曲がり、バラバラと外れていく。大洗の校章が描かれた一枚が支柱と共に脱落し、地面に転がった。

 同時に、他の大洗・千種の車両が一斉に発砲した。IV突や四式が隠れている周囲に榴弾が着弾する。トゥラーンを追おうとした車両は出鼻を挫かれた。さらに榴弾の爆発で建物が一部崩れ、瓦礫が塵と共に降り注ぐ。一部の車両は目の前に積み重なった障害物のせいで、追撃を断念せざるを得なくなった。

 

 そうしている間に、トゥラーンは遠ざかって行く。

 

「トラビ隊長、偽物がそっちへ行きました!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 KW-1改のキューポラから、トラビは後ろを振り返った。護衛に連れてきたIV号戦車J型が、トーマシールドを軋ませながら着いてきている。やがてそのさらに後方から、追い上げてくる小豆色の戦車が見えた。

 トゥラーンIIIは車体右側のシュルツェンがなくなり、左右非対称のシルエットとなっていた。嵩上げされた砲塔上には大坪が顔を出している。まだ大洗のパンツァージャケットを着ているものの、ウィッグを捨て去った今、西住みほでないことはすぐに分かる。

 

「後方に敵。五号車、迎え撃ってや」

了解(ヤヴォール)

 

 IV号J型は信地旋回を行い、後ろを向いて停車した。このJ型はIV号戦車の最終型ではあるが、生産工程簡略化のための急造品なのだ。砲塔は旋回用モーターが省略されており、乗員が手回しで動かさなくてはならない。九十度の旋回につき、重いハンドルを八十五回も回す必要があった。

 だが装填手が補助ハンドルで旋回を手伝い、IV号J型は素早くトゥラーンに照準を合わせた。

 

 その直後に、発砲。マズルブレーキから炎が広がった。しかしトゥラーンは直前に一瞬だけ右へ車体を振り、続いて左へと操向レバーを切る。このフェイントで微妙に照準がずれ、徹甲弾は砲塔部のシュルツェンをもぎ取るだけに終わった。あんこうマークを大きく描いた鉄板が後方へ吹き飛んでいくが、大坪は構わず敵を注視する。

 J型が離脱しようとするも、トゥラーンは立ち止まることなくそれに肉薄した。大坪はハッチから顔を出したまま、撃て(トゥーズ)の号令をかける。

 

 至近距離でのすれ違いざま、ほんの一瞬の隙に、トゥラーンはIV号へ一撃を見舞った。金網のトーマシールドは成形炸薬弾なら防げるが、徹甲弾には意味がない。轟音と共に放たれた75mm弾は金網に穴を空け、砲塔側面を穿った。

 舞い散る破片、砲塔から飛び出す白旗。トゥラーンは微妙な加減速以外立ち止まることなく、そのままトラビを追う。

 

「しゃーない、相手してあげよか!」

 

 ニヤリと笑い、トラビは操縦手に反転を命じた。装甲の分厚い正面を向け、相対する。

 

「徹甲弾込め! 偽物にはご退場願うで!」

 

 装填手が素早く、75mm徹甲弾を装填する。高い音を立てて閉鎖機が閉まった。ソ連製戦車にIV号戦車の主砲を積んだため、照準機もドイツ製の、三角形でシュトリヒを測るタイプに換装されている。それを覗きながら、砲手はトリガーに指をかけた。

 

 だがそのとき、偽物は予想外の動きを見せた。突然車体を大きく振ったのだ。

 まさか、とトラビは思った。急激な転回操作によって、トゥラーンの履帯はけたたましい音を立てながらコンクリートの上を滑っていく。車体は横を向き、慣性でドリフトしながらトラビの右へと回ってくる。

 

 それは昨年の全国大会決勝にて、本物のあんこうチームが見せた動きそのものだった。

 

「八時方向へ後退! 壁を背に!」

 

 トラビの判断は咄嗟のものだったが、論理的だった。VW-1改は後部をビルの壁へぴたりとつけ、背後へ回られることを防いだのだ。

 しかしトゥラーンはドリフトによって履帯や転輪を破損しながらも、KW-1改の側面を取った。そしてその喉元に、75mm長砲身を突きつけた。重装甲でも十分貫通可能な、超至近距離で。

 一方のトラビもKW-1の砲塔を回させた。だが彼女の砲がトゥラーンを捉えるのはほんの一瞬だけ遅かった。

 

 

 刹那。砲声が空気を揺さぶった。




お読みいただきありがとうございます。
キリの都合上、ちょっと文字数多めです。

ハンガリーが戦車道に消極的というのは、ガルパン公式設定にハンガリー系の学校がない(ブルガリアやルーマニアがあるのに)理由を考えてみた結果です。
史実の日本軍騎兵科も、馬を愛するがゆえに戦車への転換が遅れていたので。

そして大坪がトゥラーンを「キンチェム」と呼んでいますが、これは二重帝国時代に活躍した名馬の名でもありす。
ヨーロッパ中で五十四のレースに出場し完全無敗という戦績もさることながら、飼育員や相棒の猫との絆など人間臭いエピソードもあり、大変魅力的な馬です。

さて、ここからは激しい戦いを立て続けに書かねばんりませんが、また多少間が空くかもしれないので、ご了承ください。

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