ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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ジャガイモ作戦です!

「……砲塔旋回、照準機確認……砲手、準備良し」

「エンジン出力、変速機共に正常。操縦手、準備良し」

「閉鎖機動作異常なし! 砲弾格納正常! 装填手準備良し!」

 

 エンジンのかかった戦車の中で、仲間たちが矢継ぎ早に報告してくる。欠陥構造により温度の高まるカヴェナンターの車内で、以呂波は彼女たちの声に耳を傾けていた。車内には氷水を入れた魔法瓶を人数分持ち込んである。エンジンより先に乗員がオーバーヒートする戦車なので、熱中症対策は必須だ。

 

「準備はいいけど、私たちがこれに乗らなくてもよかったんじゃない? この暑さには慣れないわ」

 

 生真面目な結衣もさすがに弱音を吐く。隊長車チームと馬術部チームは訓練において、カヴェナンターとトゥラーンIIを交代で使っていた。トゥラーンIIはマイナーな戦車とはいえ、カヴェナンターのような致命的な欠陥は存在しない。だが今回の試合で、以呂波は敢えて自分がカヴェナンターに乗ることを選んだのだ。

 

「この戦車は履帯が細いから、デリケートな操縦ができる人の方がいいの。結衣さんの腕を買ってるってことで一つ」

「それはありがとう。自分で言うのも何だけど、要領がいいのも時には損ね……」

 

 愚痴を言いつつも以呂波への文句や非難がない辺り、彼女の大人しく真面目な性格が見て取れる。以呂波としては他にも、欠陥戦車を馬術部に押し付けては士気が低下するという考えがあった。

 

「予算が追加されたら真っ先にこいつを買い替えるから、それまでの辛抱だよ。お兄ちゃんにいい戦車ないか聞いてみる」

「じゃあいっそ、オープントップの奴にしない? 風通し良さそうだし!」

「……それ、死んじゃう……」

 

 相変わらず体力の有り余っている美佐子と、辛そうな澪が言った。

 地図を眺めて作戦を反芻しつつ、以呂波はハッチを開けて顔を出す。結衣も操縦席のハッチを開けた。額に当たる外気が心地よい。林と丘のフィールドを見渡し、他の車両へ目を向けた。

 

「そのためにも、この勝負は勝たないとね」

 

 笑みを浮かべ、以呂波は言った。右脚と一緒に失った自分の誇りを取り戻すため。自分を信じてくれる人たちのため。勝たねばならない。

 

「開始十秒前! 各車、準備はいいですか?」

《ズリーニィ準備良し》

《トゥラーン準備良し!》

《トルディ、準備良し!》

《T-35も行けるぜ》

 

 他の車両も快調なようだ。この旺盛な士気と仲間意識だけが千種学園のアドバンテージだろう。後は以呂波の策にかかっている。

 

 短く笛のような音がして、空中に白煙の花火が弾けた。試合開始だ。

 

「パンツァー・フォー!」

 

 号令に従い、各車の操縦手が一斉に戦車を前進させた。戦いの火蓋は切られたのである。

 以呂波の乗るカヴェナンターを先頭に一応はパンツァーカイルを組んでいるが、以呂波は隊列運動をあまり重視していない。同種または同程度の性能を持つ戦車を多数用意してこそ、複雑な隊列運動の効果も出てくる。車種が全て違い、速度や射程もバラバラでは、奇麗に隊列を組んだところで意味を成し得ない。

 

「トルディは先行して索敵。T-35とズリーニィはポイントA、次いでポイントBへ進出、ジャガイモ作戦にかかってください」

《船橋、了解! 頑張るよ!》

《T-35、北森も了解。ジャガイモ掘りまくるぜ!》

《こちらズリーニィ、丸瀬。この作戦に必勝を期す》

 

 トルディIは増速してカヴェナンターを追い抜き、走り去って行く。双眼鏡を首に下げた船橋がハッチから顔を出し、以呂波に大きく手を振っていた。

 T-35とズリーニィIは左へ緩やかに旋回し、隊列から離れた。丸瀬が以呂波と互いに敬礼を交わす。

 

「トゥラーンはポイントCへ移動、ジャガイモが終わったら同地点でT-35と合流してください」

《大坪、了解。隊長さんも気をつけてね》

「ありがとうございます」

 

 トゥラーンIIの車長・大坪は馬術部員で、気さくな少女だ。トゥラーンは統合前に彼女のいた学校の戦車で、名前が騎馬民族由来ということもありお気に入りらしい。ハッチから身を乗り出して以呂波に笑顔を向け、彼女も走り去っていく。

 戦力がほぼ完全に分散し、カヴェナンターも単独となった。

 

「私たちはポイントEで待機すればいいのよね?」

「うん。戦況を見て途中から参戦だね」

 

 結衣の質問に、以呂波は簡潔に答えた。戦車道の隊長には自ら先頭で戦うタイプと、後方で指示出しに徹するタイプがいるが、双方ともにメリット・デメリットがある。先頭タイプは危険度こそ高いが、最前線の状況を自分の目で直接見て適切な判断を下せる。

 後方タイプは隊長車が真っ先にやられるという危険が少なく、自車が直接戦闘を行わないので作戦指揮に集中できる。ただし前線部隊を任せられる能力を持ち、かつ状況を的確に伝えてくれる副官が必要となるため、部下に高い練度が求められる。

 

 千種学園は経験が浅いため、本来なら仲間を鼓舞するためにも、隊長が先頭に立つべきだろう。しかしカヴェナンターではやむを得ないとチーム全員が理解してくれた。車内温度の問題もさることながら、弱点である放熱版が前面に剥き出しでは矢面に立ちようがない。イギリス軍人は時代錯誤なソードフィッシュ雷撃機を使って多くの戦果を上げたが、彼らの根性を持ってしても、この欠陥戦車を実戦に使うことはできなかったくらいだ。

 

「まずはジャガイモ作戦が完了するまでは大人しくして、船橋先輩からの偵察報告を待たないと」

「船橋先輩もだけど、北森先輩も凄く張り切ってたよね! ジャガイモ作戦の練習も凄かったし!」

「……グラウンドが穴だらけだった……」

「車両数は同じでも、物量はこっちが上だったわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……斯くして、勝敗を決する作戦を請け負ったT-35とズリーニィは、以呂波が指定したポイントへ到着した。独ソ戦において多くが故障で落伍したとされるT-35だが、記録では最も早く脱落した車両でも数百キロは走行していた。農業学科による徹底したメンテナンスを受けたT-35は、何とか高い稼働率を達成したのである。

 ポイントAと名付けられた地点は前方に小高い丘が有り、その上に敵がいれば狙い撃ちできる場所だ。かなりの距離はあるがズリーニィの射程内である。

 

 巨体をゆっくりと停止させ、北森がハッチから顔を出した。

 

「行くぞ! ジャガイモ作戦、作業開始!」

「おおーっ!」

 

 号令に応え、一斉に各所のハッチが開いた。主砲塔から、副砲塔から、機銃塔から、操縦席から、計十人の乗員がぞろぞろ降りてきた。皆日焼けした健康的な少女たちで、作業着姿だ。車外に人数分ロープで括り付けてあったスコップや、元々備えられていたつるはしなどを手に、続々と穴掘り作業を開始する。

 

「よし、私たちも掘るぞ!」

「了解!」

 

 丸瀬以下、ズリーニィの乗員四名も降車して作業に加わり、計十四名で穴掘りを行う。T-35の乗員は日頃土方仕事に慣れ親しんだ農業学科なので、この手の仕事も早い。要するに以呂波はこの巨大戦車を『十人の工兵を運ぶ輸送車両』として使ったのだ。

 しかし今回の試合において、T-35に与えられた役目はもう一つあった。

 

「正直、もう一つの任務は嫌な気分だけど……」

 

 北森は最愛なるT-35の巨体を見上げた。四つの副砲塔には千種学園の基となった四校の校章が描かれており、戦車道チーム結成にかける少女たちの思いを表している。

 八戸守保が言ったように、これを売り払った方が戦力増強はできただろう。だが以呂波は自分たち農業学科の思いを汲み、残しておいてくれた。自分たちの気持ちを理解してくれたことが、北森は何よりも嬉しかった。

 

「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、って言うしな。隊長の期待には答えてやらないと」

 

 

 

 

 

 

 

 北森らがジャガイモ作戦と号した穴掘りに勤しんでいるとき、船橋ら広報委員の乗るトルディIは遥か先へ進出していた。軽戦車であるトルディはバルバロッサ作戦において、ソ連軍戦車相手に大きな損害を出した。だが戦車道で偵察に限れば十分利用価値はある。

 

 船橋は地図を確認しつつも、砲塔から身を乗り出して周囲への警戒を怠らなかった。T-35とズリーニィによるジャガイモ作戦も、トルディによる索敵が成功しなくては意味を為さない。要となるのはズリーニィIだが、彼女へ課せられた責任もまた重大だった。

 

「……おっ、停車」

 

 前方の地面にあった不自然な線を、船橋は見逃さなかった。履帯の跡である。双眼鏡で確認し、五両分あるのを確認する。

 

「トルディから隊長車へ。敵の履帯の跡を発見。五両まとまって動いてて、林の中に入ったみたい」

《隊長車、了解。北森先輩、ジャガイモの方はどうですか?》

《ポイントAは豊作だ。今ポイントBを収穫してる》

《了解。船橋先輩は敵を追跡し、発見したら見つからないように監視してください》

「トルディ了解。アウト!」

 

 話しながら、船橋は操縦手の背を軽く蹴った。それを合図にトルディは再び走り出した。

 敵の履帯跡を辿りつつ林へ入り、木々を避けながら進む。もちろん敵から発見されないように、履帯跡とは距離を保っている。

 

 木にぶつからないよう注意しながら操縦手に指示を出し、時折双眼鏡で索敵する。やがて、遠くにサンドイエローの何かを見つ出し、再び停車命令を出す。

 

「敵ですか?」

 

 砲手が船橋に尋ねた。

 

「木が邪魔でよく分からないわ。降りて確かめてくる」

「お気をつけて」

 

 砲塔のハッチから出て、地面に降り立つ。

 姿勢を低くし、茂みや樹木に身を隠しながら、船橋は素早く、少しずつ目標に接近していった。エンジン音が聞こえる。間違いなく敵車両だ。

 

 茂みから頭を少し出し、数を見る。林の中にそれなりに広い道が通っており、そこにIII号戦車が四両、横並びに揃っている。ここを千種学園が通って来る可能性を考え、待ち構えていたようだ。だがIV号が見当たらない。待ち伏せしているのだとすれば、恐らくIII号とは別の角度から道を狙えるようにしているはずだ。

 

 そのとき、ずっと奥の方の茂みで何かがキラリと光った。

 

「……おっと!」

 

 船橋は慌てて頭を引っ込める。道を挟んだ向かい側の先にIV号がいたのだ。キューポラから顔を出す矢車マリが、双眼鏡で周囲を警戒している。そのレンズの反射で気づいたのである。

 

「隠れ方は上手いけど……詰めが甘かったね」

 

 IV号は木々の合間に隠れ、車体を茂みで隠蔽し、砲身のみを突き出していた。III号で注意を引きつつ横から砲撃する作戦だったようだが、双眼鏡の反射にまでは頭が回らなかったらしい。斥候が徒歩で忍び寄っているとは思わなかっただろう。

 

「こちら船橋。敵、発見」




登場人物・戦車メモ


大坪涼子
好きな戦車:M18ヘルキャット戦車駆逐車
好きな花:アマリリス
・馬術部に所属する二年生。
・動物好きの気さくな人柄で、トゥラーン戦車を愛馬のように可愛がっている。
・馬術部を戦車と一緒にパレードさせたいと考えているが、戦車の音を怖がらない馬がなかなかいない。


41MトゥラーンII重戦車
武装:45M-75-25戦車砲(75mm)、34/40M機関銃(8mm)×2
最高速度:43km/h
乗員:5名
・ハンガリー軍の40MトゥラーンI中戦車の改良型。
・トゥラーンIはチェコのT-21をベースに、砲塔を2人乗りから3人乗りにするなどの改良を施して作られたが、40mmの主砲では力不足であった。
・トゥラーンIIは武装を短砲身75mm砲に強化し、砲が大型になった分俯角を稼ぐため砲塔天井をかさ上げした発展型で、75mm砲搭載のためハンガリー軍の基準では重戦車となった。
・それでもソ連軍戦車には威力不足だったため、長砲身75mmを搭載し、最大装甲厚を60mm→90mmに強化したトゥラーンIIIも開発されていたが、戦局の悪化と混乱から試作のみに終わった。
・トゥラーンとはかつて中央アジアに存在したという伝説上の民族の名で、ハンガリー人やトルコ人などの共通の祖先と云われている。
・千種学園では乗車する馬術部チームが四名のため、通信手が空席となっている。



北森あかり
好きな戦車:T-35重戦車
好きな花:マリーゴールド
・農業学科の三年生で、同学科からの参加者十名を率いる。
・廃校になった母校の遺産であるT-35に並々ならぬ愛着を持ち、失敗兵器と知りながらも信じて戦うことを決意している。
・芋掘りと農業機械をいじるのが大好きなので、T-35の整備の手間もあまり苦にならない。


T-35重戦車
武装:KT戦車砲(76mm)、20K戦車砲(45mm)×2、DT戦車機銃(7.62mm)×5
最高速度:30km/h
乗員:12名(内2名は車外要員)
・ソ連の開発した多砲塔戦車。
・実用化された戦車の中ではマウスに次ぐ巨体を持ち、中央に歩兵支援用の主砲、右前部と左後部に対戦車用の副砲、左前部と右後部に機銃塔という、計5つもの砲塔を持つ。
・乗員は十名で、前方副砲砲手は副車長を、前方機銃塔銃手は副操縦手を兼任し、史実では車外に機関士と上級操縦手が随伴して、計12名のクルーで運用した。
・五つもの砲塔は射撃管制が困難、砲塔が互いの射角を邪魔しあう、多砲塔のせいで重量に余裕がなく装甲の強化が困難、故障が起きやすいなど、多砲塔戦車のコンセプト自体が間違っていることを証明した。
・千種学園の車両は傾斜装甲を採用した1939年型で、副砲塔・銃塔には千種学園の前身となった四校の校章が描かれ、史実よろしくプロパガンダ戦車となっている。

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