ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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戦局、動きます!

 あんこうチームのIV号戦車、ウサギさんチームのM3中戦車が市街地へ踏み込んだ。ケト車を惜しくも取り逃がしたカバさんチームは、ツバメさんチームことズリーニィと合流し、索敵に当たっている。

 

 西住みほは路地に潜みつつ、III突、ズリーニィからの情報を頼りにI号C型を探していた。彼女のIV号戦車の前にはウサギさんチームが先行し、安全を確認しながら進む。本物のあんこうチームを発見されては影武者も意味がなくなる。

 

 だが彼女たちには一つの懸案事項があった。以呂波から送られてきた情報、すなわち「敵五式中戦車の所在不明」とのメッセージだ。

 

 

 その懸念通り、一ノ瀬千鶴の駆る五式中戦車チリは市街地を探っていた。決してそこに本物の西住みほがいると知っているわけではない。ただ千鶴の戦闘に関する洞察力は群を抜いている。大洗・千種側が何かを企んでいるのを察し、それを阻止するために動いているのだ。自軍フラッグ車のI号C型を囮とし、時折副砲の砲手を降車させ、徒歩で索敵させる。入り組んだ市街地での戦いにおいて、こうした偵察と安全確認は非常に有効だ。

 チリ車の角ばった砲塔から顔を出し、周囲を警戒しつつ指揮を執る千鶴。半自動装填装置を積んでいるチリ車は砲塔が大きく、対比で彼女の姿が小さく見えた。

 

「妹さんはドナウに任せちゃって……いいんですか?」

 

 装填手が千鶴の顔を見上げた。彼女は新入生だが、自分たちの総大将のことはよく分かっている。妹である以呂波との対決を楽しみにしていたはずだ。

 しかし指揮官たるべく教育を受けた一ノ瀬姉妹にとっては、直接砲火を交えることだけが勝負ではなかった。

 

「以呂波とは頭の中で、いつも戦っていたさ。あたしが継承者候補から外されたときから、な」

 

 戦車長は前を向いたまま答える。戦車の旋回により、ポニーテールが小さく揺れた。

 

「あいつとは大会が終わったらサシでやりたい。けど、今は小手先の小兵法だけが勝負じゃねーよ」

「と、言うと?」

「大局を見ろ、ってことだ」

 

 試合中でも、後輩の質問にはできるだけ丁寧に答える。自分が卒業した後のことを考えると、後進の育成は大会優勝にさえ勝る課題なのだ。

 曲がり角の先を見に行った副砲手を見守りながら、千鶴は続ける。

 

「あたしらもそうだけど、以呂波や西住みほは奇策を駆使する。奇策はキマれば強い、だが大局、全体の戦況を見ながら戦う相手には通じねーんだよ。例えば……」

 

 一旦言葉を切り、操縦手に前進を命じる。副砲手が「危険なし」のサインを送ってきたからだ。幅広の履帯が回り、大柄な車体を路地から大通りへと運んで行く。

 千鶴は笑みを漏らした。大洗女子学園の戦歴は調べ直してあるが、西住みほとて無敗ではない。特にある人物に対しては黒星が多かった。

 

「去年の、聖グロリアーナの隊長とかにはな」

 

 

 

 

 

 千鶴とみほは近い位置にいた。ウサギさんチームのメンバーが徒歩偵察を行い、突撃砲二両と連携して索敵する。彼女たちが探しているのは敵フラッグ車のI号C型だが、それだけが目的ではない。降車して斥候を務めていた澤梓が、疵痕だらけの五式中戦車を見つけたのは幸運と言ってよかった。

 弾痕や焼け焦げなどが刻まれた砲塔から、古風なフロックコート姿の千鶴が周囲を見張っていた。梓は咄嗟に、近くの建物へ身を隠す。幸い気づかれなかったようで、チリ車はそのまま通過し、梓の少し先に停車する。ほっと胸を撫で下ろし、額に滲んだ汗を拭った。

 

 彼女の情報はすぐに、M3の後ろにいるあんこうチームに届けられた。

 

「大通りに以呂波ちゃんのお姉さんがいるって!」

「やはり一筋縄ではいきませんね……!」

 

 優花里が唸った。潜入偵察で千鶴に捕らえられた際、今まで戦ってきたどの好敵手とも、異なるタイプの戦車指揮官だと感じた。否、戦車“道”に限らなければ、似た面のある者を見たことがある。大洗で磯辺典子率いるアヒルさんチームと大立ち回りを演じた、赤備えのサムライ。勇猛と奸智を兼ね備えた彼女らの戦い方は、型にはまらない野試合で磨かれたものなのだろう。ましてや一弾流は連盟に認可された戦車道流派であるにも関わらず、非正規の強襲戦車競技(タンカスロン)を推奨している異端の集団なのだ。

 

 車長席に立つみほも、優花里と同じことを考えていた。彼女の采配は『戦車上の魔術師』とも言える自在の戦術だが、西住流の戦闘教義(ドクトリン)からすれば邪道であると自覚している。しかし姉のような正道の戦いは、あくまでも相手を上回る戦力と、それを支える整備力・兵站力を整えることが絶対条件だ。それが到底望めない大洗女子学園だからこそ、彼女の『魔術』は磨かれた。

 だがこの『士魂杯』は相手もまた邪道。一回戦、二回戦もそうだったが、今度の相手は特に曲者だ。今は排除するチャンスだが、こちらの姿を見られてはまずい。M3やIII突、ズリーニィに攻撃させるとしても、完璧に奇襲を成功させなくては撃破は不可能だろう。

 

「チリをやり過ごしつつ、敵フラッグを捜索します。一ノ瀬さんたちからの情報にも注意して……」

「みぽりん! カバさんから連絡!」

 

 命令よりも先に、沙織が報告を受け取ったようだ。すぐさま彼女の言葉に耳を傾ける。

 

「フラッグ車を見つけたって! FJ307地点、薬屋さんの前にいる!」

 

 みほはすぐさま地図を確認した。すぐ近くだ。

 

《こちら梓。決号の隊長車、動き出しました》

 

 続いて聞こえた後輩の声には震えがあった。緊張と恐怖を押し殺しているのだ。上級生であるエルヴィンや磯辺を差し置いて、彼女に副隊長を任せたのは来年のためである。大洗の現三年生に加え、卒業した角谷杏らを交えて協議した結果、時期隊長を任せられるのは澤梓だけだと満場一致で決まった。そのためには副隊長を任せ、指揮官の在り方を覚えさせるべきとの判断だ。

 現に、彼女は成長している。戦いの緊張は隠しきれなくても、勤めて冷静に敵の動きを報告する。

 

《路地へ入っていきます。今なら気づかれないで出られます!》

「……前進、敵フラッグ車を襲撃します!」

 

 みほは即断した。どの道何度もチャンスは巡ってこないし、影武者もいつまで敵を欺けるか分からない。この機会を逃す手はないのだ。

 梓が自車に戻り、まずM3が発進する。続いてあんこうチームのIV号も、路地から踏み出した。操縦手である阪口佳利奈と冷泉麻子は、エンジン音が響かないよう慎重に走らせねばならなかった。操縦手は車長と同じくらいの忍耐と度胸、そして判断力が要求されるのである。

 

 住民の退避した大通りは広く、道脇に様々な店が軒を連ねている。みほはキューポラから周囲を警戒し、敵影がないことを確認した。

 

 だがそのとき、予想外のことが起きた。疵だらけの中戦車が、路地から後退してきたのである。

 

「……あっ!?」

 

 みほが思わず声を上げる。梓の報告通り、路地へ入ったはずの五式中戦車チリ。それが急にバックして、再び大通りへ出てきたのだ。

 その角ばった砲塔上で、一ノ瀬千鶴もまた驚愕の表情を浮かべてみほを見ていた。彼女は大洗の車両がいると分かっていたのではなく、かといって自身が語った大局観からの行動でもない。

 予想外な行動の原因は、千鶴もやはり年頃の女の子だったため、と言える。つまり路地へ入ったはいいが、進路上に犬の糞があり、それを履帯で踏むのを嫌がって大通りへ戻ったのだ。

 

 全くの偶然から、本物の西住みほを発見してしまった。千鶴はすぐさま叫んだ。

 

「トラビ! そっちの『あんこう』は替え玉だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千鶴の報告を受け取り、トラビは双眼鏡を覗いた。路地へ出入りを繰り返すIV号戦車には確かにあんこうのマークが描かれ、砲塔から顔を出すのも西住みほそのものだ。しかし目を凝らせば、なるほど、IV号戦車にしては砲塔上に不自然な盛り上がりがあり、さらによく見ればリベットも確認できた。

 

「人間まで偽装したんやな! 大したもんやね!」

 

 トラビは感心し、楽しそうな笑みを浮かべた。砲火を交える中、敵の姿を正確に確認するのは難しい。味方同士の誤認・誤射さえ珍しいことではないのだ。IV号戦車を見慣れている自分たちを騙した相手を、トラビは心から賞賛した。

 同時に、ここから戦いの流れが変わることも理解していた。無線機を通じ、さらに連絡が入る。

 

《部下に以呂波を食い止めさせて、あたしに合流してくれ》

 

 千鶴は以呂波との直接対決という選択肢を、完全に切り捨てた。本物のフラッグ車を見つけ出した状況で、別の場所にいる妹を攻撃するなど、戦術的に無意味だ。野蛮さの中にも、常に冷めた目線で戦局を見る冷静さを持っている。彼女はそういう指揮官なのだ。

 

《軍神狩りにはお前の力がいる!》

「せやね、(カムイ)狩りはアイヌの仕事や」

 

 嬉しそうに答え、ちらりと右の路地を見る。矢車マリの、クーゲルブリッツ対空戦車が控えていた。

 

「マリちゃん、ここの指揮を頼むで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦局は動き始めた。観戦する守保は巨大モニターを注視する。

 西住みほは千鶴の相手をするより、敵フラッグを追うことを選んだようだ。IV号戦車とM3が追撃するも、高速を誇るI号C型にはなかなか追いつけない。しかし入り組んだ市街地でなら撃破の機会もあり得る。逆に千鶴はそれを利用して、I号C型を使ってみほを自分の射線上に出そうとするだろう。

 

 IV号に偽装したトゥラーン、以呂波の乗るタシュと交戦していたトラビの部隊は、彼女のKW-1改とIV号戦車J型が後退し、離脱する動きを見せている。千鶴に合流して援護しようと言うのだろう。偽装が見破られた以呂波たちはどう動くだろうか。

 そして決号の二式軽戦車も、奇妙な動きを見せていた。E-100の遺した150mm榴弾を積んだまま、交戦区域から遠ざかって行くのだ。その先にはバイパスを横断する橋が確認できる。果たして何を企んでいるのか。

 

 

「分からなくなってきたな、これは」

 

 唸りつつ、紙コップのコーヒーを一口飲む。ドナウ高校で飲んだコーヒーの方が美味だったが、常に贅沢を求めることはできない。秘書も同じ物を飲み、角谷杏は相変わらず干し芋を食べている。そして星江は何も口にせず、ただ試合の成り行きを見守っている。

 

「……守保」

 

 ふいに、彼女は息子の名を呼んだ。

 

「以呂波の戦車に乗っているのは、どんな子たちかしら?」

 

 それを聞いて、守保は母の横顔をちらりと見た。頬は少し痩けているが、眼光には鋭さがある。以呂波が右脚を失ってから急に老け込んだと聞いていたが、どうやら家元としての精神は健在のようだ。

 

「あんたが選手への評価を訊くのか? 男の俺に」

「例え金儲けのためでも、貴方は良い戦車乗りを大勢見てきたはずよ」

 

 視線をコーヒーカップへ戻し、若き実業家は一秒ほど思案した。星江の言う通り、ビジネスの上で官民問わず、多くの戦車乗りと関わってきたのだ。男である自分が戦車に乗ることはないが、普通の男よりは戦車乗りのことを理解している。

 

「……装填手の子はまあ、明るくて単純で、力がある。少しうるさそうだが、気遣いはできるタイプだ。装填手のポジションは丁度良いだろう」

 

 装填手の仕事は弾を込めるという単純作業だが、弾薬の管理に責任を持ち、他の乗員の補助をするのも仕事だ。決して軽い役割ではない。以呂波がその装填手として信頼をおいているのだから、相楽美佐子という少女はそのポジションでは有能なのだろう。

 

「砲手の子はどうも臆病みたいだが、以呂波が言うには集中力が凄いそうだ。実際命中率も良いし、自分の弱点を克服できれば立派な戦車乗りになれる。操縦手の結衣って子は優等生に見えるが、意外と野心があるタイプと見た。あの子はいずれ、戦車長をやらせてもいいと思う」

「なるほどね……」

 

 何かを考えるように、星江は数回頷く。

 

「通信手は?」

「会ったことがないから分からないな。以呂波が言うには落語家志望で、変人だとか……」

 

 ふと、守保が言葉を切る。モニターに新たな動きがあったのだ。

 

 トゥラーンの偽装を見破られた以呂波たちが、攻勢に出はじめたのである。

 

 




いろいろ考えた結果。
「リボンの武者」どころか「リトルアーミー」でさえガルパンだと認めない人もいるのだから、二次創作で読み手全員のニーズに応えるのは無理だと割り切りました。
ガルパンらしくないと思う人がいても別にいい(読む人全員がそうだったら問題だけど)。
ガルパンは落語のようなもので、人によって解釈の範囲は広いし、懐の深い作品ですから。
まあそれでも「男は戦車に乗らない」「死人は出ない」という原作のルールは遵守しますが(そういうテーマの二次創作を否定する意図はありません)、本作はあくまでも「私の書くガルパン」ということでひとつ、今後ともよろしくお願い致します。

さて、戦車道の試合中に犬の糞なんてものを出すのは嫌だったのですが、私としては西住殿がしくじったと思われる展開にはしたくなかったので、こういう「偶然」を起こす要素を作らざるをえなかったのです。
ご勘弁を願います。

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