ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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狩りの始まりです!

 

「柳川隊を向かわせた。なんとか逃げろ」

 

 III突に出くわした副隊長車へ、千鶴は冷静に指示した。救援に向かわせたのは二式砲戦車一両と三式砲戦車二両だ。味方の支援に関してはプロフェッショナルと言って良い。

 続いて、隣にいるトラビへ目を向けた。角ばった五式中戦車と、傾斜装甲ながらも無骨なKW-1改が並び、砲塔から顔を出す少女たちを引き立てている。千鶴もトラビも十分美少女に分類できる容姿だが、そう呼ばれることはまずない。日頃の言動のせいだ。

 

「トラビ、ちょっと偵察に行ってくる」

 

 持参したショカコーラを「ヒンナヒンナ」などと言いながら食べていたトラビだが、突然の申し出に目を丸くした。千鶴は決号の指揮官で、しかも乗っている五式中戦車チリは決して偵察向きではない。ベジマイトのように自ら豆戦車で斥候をしながら指揮を執る隊長もいるが、あくまでも例外である。

 

「千鶴ちゃんが?」

「敵の動きがどうも、臭うんだよ」

 

 市街地へ雪崩れ込もうとしているのは敵のフラッグ車である大洗IV号と、千種学園の44Mタシュ、その他四両だ。フラッグ車を晒すことで戦力を引きつけ、その隙に別方向から決号・ドナウ側のフラッグ車を狙おうという魂胆だろう。だがそれにしては引っかかることがあった。

 近くにいる自軍フラッグ車・I号C型を指差し、千鶴はその疑念を口にする。

 

「こいつを仕留められる砲手、五十鈴華以外にいるのか?」

「……なるほど」

 

 トラビは納得した。この軽戦車の速力と乗員の技量を、大洗の面々は先ほど間近で見たはずだ。それなのに名射手の乗るIV号戦車を囮にしては、どうやってI号C型を仕留めるつもりなのだろうか。

 

「チトはお前に貸すから、以呂波たちの相手は頼む。代わりにフラッグ車を貸してくれ」

「囮用やな。ええで」

 

 フラッグ車を伴っての偵察。リスクの大きい作戦だが、トラビは即決した。ノーリスクで勝てる相手でないことは承知済みなのだ。

 

「シェーデル、千鶴ちゃんの指揮下に入りや」

「ヤヴォ~ル」

 

 酔っ払いのような返事をし、I号車長のシェーデルは千鶴に敬礼を送る。相変わらず髑髏の描かれたバラクラバで素顔を隠し、奇妙な挙動をしていた。タンカスロン畑の出身者にはこのような変人がたまにいるものだ。そういう奴に限ってやたらと手強かったりもするから、余計に不気味である。ただこのシェーデルという二年生は強い戦車より「面白い戦車」を好んでおり、癖の強い戦車でも楽しんで乗りこなせるという長所があった。

 トラビは千鶴に向き直り、悪戯っぽく笑った。

 

「千鶴ちゃん、キツくなったら色男のこと考えるんやで。誰でもエエから」

「気が向いたらな。そういうお前は誰のこと考えるんだ?」

「とりあえず、千鶴ちゃんのお兄さんでも」

「よし。お前、後でシバく」

 

 満面の笑みで告げ、千鶴は操縦手に発進を命じた。航空機用のガソリンエンジンが唸り、無骨な中戦車は旋回する。完全に反転したとき、再びトラビの方を顧みた。無線機越しに声が聞こえてくる。

 

《お前こそ忘れるなよ。以呂波が相手なら……》

「ほいほい。殺す気でやらなアカンのやろ」

 

 苦笑混じりに答え、トラビは手を振ってチリ車を見送った。そしてシェーデルのI号C型も、ふらふらと不規則な動きで続く。

 残された四式中戦車チト二両の車長はハッチから顔を出し、隊長に向けて敬礼を送っていた。が、やがて苦笑を浮かべながらトラビへと向き直る。

 

「うちのアネさんは物騒な人だけど、サイコパスじゃないスよ」

「分かっとる分かっとる。千鶴ちゃんなりの礼儀なんやろ」

 

 トラビは千鶴や決号の面々について、ある程度理解していた。というより、どこか自分と近いものを感じていた。

 アウトローというのは社会に対して、何かしらの不満を持っている。トラビとてそうだ。外国系の学校に入ったのも、アイヌ民族であることにこだわるのも、日本人の何かが嫌いだったから。戦車道を愛するのも、自分が狩猟民族だという実感を得られるからだ。

 

 だが様々な相手と対戦してみると、自分と同じく戦車道に自己表現の場を求める少女は意外と多かった。そしてその戦車は狩り甲斐のある(カムイ)だ。アイヌの宗教観では熊などの動物を神の化身とし、その肉や毛皮を人間への恵みと解釈している。他にも樹木や道具など、あらゆる物に神が宿るとされる。

 本来人殺しの道具であった戦車にも、乗り手次第で何かが宿る。トラビはそう信じていた。仲間や対戦相手の戦車にそれを見つけるのが、彼女の密かな楽しみだった。

 

「改めて言うで。相手に脚が無くても腕が無くても、戦車に乗ってはる以上は本気でかかるのが礼儀! 千鶴ちゃんが言うたのはそういうことや! ええな!?」

了解、隊長(ヤヴォール、マイン・カピテーン)!》

 

 隊員たちが一斉に唱和する。トラビは手をかざし、前進を命じた。

 

 

 

 

 

 

 一方、以呂波率いる陽動部隊の周囲には『歩兵』が展開していた。当然ながら戦車猟兵などではなく、T-35の乗員たちだ。彼女たちによる徒歩偵察も、今や千種学園の常套手段となっている。数名は折りたたみ自転車を使って迅速に展開し、市街地での敵の動向を探る。千種学園のタンクジャケットはグレーが基調のため、市街地では目立ちにくい。

 

「来たぞ! 先頭にKW-1改!」

 

 ビルの陰に潜み、北森が報告する。ジャーマングレーと日本軍迷彩の車両が続々と道を通過していった。IV号J型一両、IV号突撃砲四両、四式中戦車チトが二両。おそらくクーゲルブリッツも近くにいるだろう。陽動は成功したと見て良い。しかしドナウの隊長車を矢面に立たせ、一ノ瀬千鶴は何をしているのか、北森は疑問を感じた。

 

 

 後方で報告を聞いていた以呂波も、同じことを思った。タシュの車内で地図を見ながら、姉が何を考えているのか考える。否、考えるまでもなかった。やはり千鶴は何かおかしいと気づいているのだ。戦車の床を義足でコツコツと叩き、以呂波はくすっと笑う。

 

「お晴さん、西住さんに連絡を。決号隊長車の動向不明、注意されたし、と」

「あいよ!」

 

 タイラバヤシかヒラリンか、などと呟きながら、晴が無線機を操作する。彼女にとっては戦車道も落語の延長なのだろう。その一方で美佐子が徹甲弾を抱え、砲尾へと押し込む。快音を立てて閉鎖機が閉まり、澪が照準機を覗きながら砲塔を回した。六両の戦車全てが、砲撃の準備を整える。

 そうしているうちに、以呂波も大通りを駆けてくる敵を視認した。高まった緊張感が、高揚感へと変わっていく。姉の姿がそこにないのは少し寂しいが、相手にとって不足はない。この場にいなくても、自分の戦いは千鶴に伝わるだろう。

 

「撃ち方、始め!」

 

 刹那、七門の戦車砲が一斉に火を噴いた。砲の数と車両数が合っていないのは、ルノーB1bisがいるためだ。車体の75mm砲は榴弾砲のため貫通力はないが、砲塔の47mm砲はそれなりの威力を持つ。

 発砲炎が広がり、硝煙が漂った。放った砲弾は道路の表面を叩き割り、塵が宙へ舞い上がった。しかし敵車両は之字運動を行って回避したため、直撃弾は船橋のトルディIIIが撃った40mm砲だけだ。それもKW-1の重装甲には通用せず、乾いた音を立てて弾かれる。他にはIV号J型のトーマシールドが吹き飛んだ程度で、大した損害は与えられなかった。

 

「一ノ瀬隊から西住隊へ。敵主力とドンパチ戦闘開始」

 

 砲声轟く中、晴が冷静に連絡を行う。咽頭マイクならエンジン音や砲声といった騒音に邪魔されず、声だけを相手へ届けることができるのだ。

 今度は敵の番だった。しかし千種・大洗連合の戦車とて置物ではない。発砲後はすぐに二手に分かれ、横道へと退避する。敵の75mm徹甲弾も空を切るだけだった。

 

《四式中戦車が一両、薬屋の方から側面へ回ろうとしてるぞ!》

「トンボさん、足止めしてください!」

《了解、任せて!》

 

 斥候からの報告を聞き、トンボさんチームことトルディIII軽戦車が路地裏へと入っていく。船橋はチーム名の由来となった眼鏡をかけ直し、以呂波に敬礼を送った。

 二手に分かれた戦車隊はトゥラーンIIIとB1bisの二両と、タシュ、ポルシェティーガー、マレシャルから成る三両だ。

 

「お馬さん、カモさんは先に後退を。たいやき、レオポン、ヒラメさんはもう少し敵を足止めしてから退避します」

《了解ッス!》

《遊撃戦は大洗の十八番だよ〜》

 

 号令をかけつつ、美佐子に徹甲弾装填のサインを出す。日々の筋トレの成果か、装填速度はさらに磨きがかかっていた。義足で結衣の背中を蹴り、戦車を前進させる。

 タシュは砲塔を斜めに向け、建物の陰から半身を出した。敵を一瞥し、以呂波は砲手へ命令を下す。

 

「目標、KW-1改!」

 

 澪は無言で砲塔を旋回させ、素早く照準を合わせた。物静かな彼女も、先ほどE-100の砲身を破壊してから気分が高揚している。紅潮した白い頬がその証拠だった。

 

「撃て!」

 

 号令と共に、撃発。砲尾が駐退し、空薬莢が転がり出る。射線は確実に敵隊長車を、ドイツ製の牙を備えたKV-1を捉えていた。しかし相手は砲撃の寸前、車体を僅かに旋回させた。それによりタシュの一撃は砲塔側面へ斜めに命中し、生み出された避弾経始で後方へ受け流される。徹甲弾は描かれた校章に傷をつけるだけだった。

 敵の車長・トラビは笑っていた。嘲笑でも、緊張感に耐えかねてのものでもない。歴戦を経た戦車乗りの笑みだと以呂波には分かった。

 

 敵の砲口が黒い点に見えた瞬間、後退を命じる。タシュが再び建物の陰に隠れるのとほぼ同時に、KW-1改の砲撃が眼前を掠めた。紙一重だ。トラビはタシュの砲撃を読んで避けながらも照準を合わせ、即座にカウンターを決めてきたのである。以呂波の背筋にぞくりとした感触が走る。畏怖と高揚の混在したものだった。

 

 一弾流には『後の先』という技がある。その名の通り、敵より後に動いて先を取るという技術で、多くの武芸に存在する概念だ。戦車道の場合、相手の初弾をかわして隙を突くといった技が時折使われるが、一弾流ではそれを極めて高いレベルまで磨く。その一弾流宗家である以呂波が見ても、トラビの『後の先』は見事だった。

 

「この人も、一筋縄ではいかない……!」

 

 相手の強さを実感しながらも、以呂波は自分が決して彼女たちに劣るとは考えなかった。今頭にあるのはこの前線を維持することだ。

 あんこうチームが敵フラッグ車を撃破するまで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃。III号突撃砲に追われる亀子は、重荷を背負った状態ながらどうにか市街地まで逃げていた。相手が無砲塔なのが救いである。III突が躍進射撃のため停止した瞬間に急転回すれば、射線はかわせる。ただ敵もさるもので、徹甲弾ではなく榴弾を撃ってくるのが厄介だった。外部にくくりつけてある150mm砲弾に誘爆させようという魂胆だ。

 

「右だ、右!」

 

 操縦手は四本の操縦レバーを駆使し、車長の声に応える。小ぶりな軽戦車が土煙を上げて曲がると、至近弾が地面を叩く。爆発の衝撃波で車体が、そしてワイヤーでくくった150mm弾がガタガタと震えるが、幸い爆発はしなかった。

 

「柳川、まだか?」



 千鶴の差し向けた仲間に、無線で尋ねる。血の気の多い彼女だが、こういう状況で冷静に振る舞える胆力があった。そして聞こえた返事も、また冷静だった。

 

《視認しました。援護します》

 

 刹那、前方のビルに発砲炎が見えた。砲声が三発。ケト車のすぐ脇を砲弾が掠めていくのを感じたが、それらはケト車にも、III突にも当たらなかった。だがそれで十分だ。

 伏兵の存在を知ったIII突は、戦闘室上面から小さな缶のような物を射出した。空中で爆ぜ、白い煙が傘状に広がる。擲弾を発射するための近接防御兵器だ。F型のIII突には装備されていないはずだが、後付けで搭載したのだろう。煙がジャーマングレーの車体を覆い隠すと、エンジン音が次第に遠ざかっていった。

 

「気をつけろ、あたしに当たったらどうするんだ!」

 

 窮地を脱した亀子は、救援に来た砲戦車隊に向けて叫んだ。彼女たちは車両の前面にグレーの偽装ボードを貼り、背景のビルに溶け込んでいたのだ。奇しくも今のIII号突撃砲が、大洗紛争で使ったのと同じ手口である。

 二式砲戦車の砲塔から小隊長が顔を出し、あっけらかんとして答えた。

 

「そのときはまぁ、それまでってことで」

「ばかやろう! 副隊長をなんだと思ってやがんでェ!」

 

 怒鳴りながらも、亀子は笑っていた。ひとしきり叫んだ後、次に口から出た言葉は「あー、面白ェ」だった。

 

 

 

 







高校時代、三階のベランダの外側に張り付いて忍者ごっこしてる連中がいましてね。
教師に見つかって怒られてましたが、「落ちたらどうするの!?」と言われたそいつらの答えが、

「そのときはまぁ、それまでってことで」

でした。

それはさておき、お読みいただきありがとうございます。
こういう戦いを書いてると、劇場版って本当に凄い出来でしたね。
各キャラにちゃんと見せ場が用意されてて。

では、ご感想・ご批評などありましたら、よろしくお願いいたします。

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