ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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陽動作戦です!

 一般人の退去した市街地に、エンジン音が轟く。決号・ドナウの戦車隊は素早く陣地を展開し、敵も来着に備えた。伏撃を得意とする決号だが、今回は同門の相手のため、ただ待ち受けるだけでは見破られてしまう。各車両の連携が肝要だった。

 ドナウ高校もまた、トラビの指示の下で素早く陣地を展開した。

 

《IV突、全車配置よし!》

《よし。八九式はもうおらへんから、トルディと軌陸車の接近に気いつけや。見つけたらすぐマリちゃんを呼ぶんやで》

 

 仲間たちの声を聞きながら、矢車マリは草原から通じる街道を監視していた。彼女のクーゲルブリッツ対空戦車は武装が機関砲のため、長距離から精密な砲撃を行うのは困難だ。しかし斥候・撹乱のため接近してくる軽戦車に相手を絞れば、自然と交戦距離は近くなり、その弾幕で一網打尽にできる。

 

 特徴的な球形砲塔を軽く叩き、矢車はくすっと笑った。彼女は高校受験の際、かの戦車道の名門・黒森峰女学園を第一志望としていた。不合格となったため滑り止めのドナウ高校へ入学したのだが、入った途端に戸惑うことばかりだった。隊長からして関西弁を話すアイヌ人という意味不明な人物で、乗っている戦車も独ソ混合のキメラ。常に飄々として、行動原理も分からない。しかも黒森峰からスカウトを受けたにも関わらず、「暑いところは苦手」という理由で断ったという話も聞いた。

 だが実際のところ、その変人は自分より遥かに上の実力者だった。それこそ黒森峰でも活躍できたのではと思うくらいに。あの義足の戦車長もだ。矢車が思っていたより、戦車道の世界は深かったのである。

 

「黒森峰に行ってたら、対空戦車なんて乗る機会もなかっただろうなぁ」

「本当ですね」

 

 右機関砲の砲手が笑って相槌を打つ。同じ理由で入学した者は他にもいるのだ。

 

 ふと街道上に数個の黒点を視認し、双眼鏡を覗く。小豆色に塗られた、シュルツェン装備の戦車が先頭にいた。装甲には今や全国に名を響かす『あんこう』のマークと、大洗女子学園の校章が見えた。その後ろにはルノーB1bisや、角ばった形状のポルシェティーガー、そしてパンターに似た形状の戦車……タシュも確認できる。矢車は即座に報告した。

 

「敵フラッグ車、街道より接近中!」

 

 

 

 

 ……対する西住みほ、もといニセ住みほも、クーゲルブリッツの姿を視認していた。相手がすぐに退いたため砲撃はできなかったが、発見されたことで彼女たちの任務が始まった。トゥラーンはIV号よりやや小ぶりだが、シュルツェンを同じ形状に変更し、塗装やマーキングも同じにすれば見分けはつきにくい。戦時中にもシュルツェン装備のIV号をティーガーIと誤認したり、M24チャーフィーが味方からパンターと間違われ誤射されるような事態が多発したのだ。

 以呂波と本物のみほが会話中に考えついた策だが、乗っている乗員まで偽装してしまうという徹底ぶりは一弾流のものである。大坪は丁度みほと背格好が似ており、且つハッチから顔を出して戦う度胸もあり、影武者に最適だった。

 

「こちら陽動部隊。敵に発見されました。作戦にかかります」

 

 咽頭マイクに手を当て、以呂波が報告した。そうしている間も義足でしっかりと車長席に立ち、周囲の見張りを怠らない。周囲の稜線や地形を見て、敵の潜んでいそうな箇所を割り出しながら行軍する。高度なことだが、幼い頃から戦車に慣れ親しんできた彼女の脳は、流れ作業のように情報を処理した。

 本物のみほからの返事はすぐに返ってきた。

 

《了解、その隙にフラッグ車を探します。お馬さんチームはくれぐれも気をつけてください》

《お任せください!》

 

 大坪が朗らかに返事をした。二回戦で残念な結果に終わっただけに、今回は任された大役に意気込みを見せていた。陽動部隊は彼女らの他に、ポルシェティーガー、B1bis、トルディ、マレシャルの四両だ。合計六両からなる陽動部隊の任務はフラッグ車の偽物を使い、敵の主力、そして五式砲戦車ホリII型の注意を引くことである。

 105mm砲の長距離狙撃さえ惹きつけておけば、本物の西住みほが遠回りのルートで市街地へ入り、敵フラッグ車を叩ける。I号C型の速力に対抗できる車両はなく、正面から追い詰めようとしても振り切られてしまうだろう。チーム内で最良の砲手……五十鈴華の技量に頼る他ないと判断されたのだ。

 

 問題はトゥラーンの偽装がいつまで保つか。トゥラーンは武装を40mm砲から75mm、そして長砲身75mmへと発展させた車両だ。砲身だけでなく砲尾も大型化し、天井につっかえないよう砲塔上部がかさ上げされている。加えて武装と装甲が強化されても、リベット留めなのは相変わらずだ。ドナウ高校の生徒はIV号戦車を見慣れているため、近距離では看破される可能性が高い。

 

 距離を詰められないように機動しつつ、敵を引きつける。さじ加減が要求される作戦だ。

 

「一ノ瀬さん。正直言って、本当にバレないと思う?」

 

 目を覗視口に向けたまま、結衣が尋ねた。戦闘中の誤認・誤射がいかに起こりやすいか、彼女もよく知っている。千種学園はそのような事態を経験していないが、弾丸雨飛の中で正確に周囲の状況を見極めるのは困難だ。特に覗視口の狭い視界から分かる情報は限られている。実際の戦場において、歩兵は味方に戦車がいることを望んでも、自分たちが戦車に乗りたいとは思わないものだが、理由の一つはそれだ。

 

 しかし今回の相手は一ノ瀬千鶴だ。

 

「はっきり言うと、賭けの要素はある」

 

 以呂波はきっぱりと言った。姉ならもしかしたら、勘づくかもしれない。そういう『嗅覚』の持ち主だ。だがそれでも、以呂波は賭ける気でいた。失敗したとしても自分たちが町へなだれ込んでみほたちを援護するなり、敵を釘付けにしておくなり、フォローの手段はある。

 

「どの道、千鶴姉は博打要素なしで勝てる相手じゃないよ」

「……そうでしょうね」

 

 会話をしながら、以呂波は義足で結衣の肩をつつき、方向を指示する。結衣の腕はその脚の延長であるかのように操縦レバーを引いた。優秀な操縦手を仲介として、タシュ重戦車は車長の脚となっている。

 その感覚を右脚に感じながら、車内の左側を見る。澪はじっと照準器を覗き、撃つ時を待っていた。続いて右側を見る。美佐子は相変わらず明るい笑顔で以呂波を見上げている。思えば彼女が声をかけてくれたところから、新しい道が始まったのだ。

 

 四名が一体となる中、通信手の晴はどこか俯瞰的に仲間たちを見ていた。相変わらずのニヤけ顔で、後輩たちを見やっている。

 

「以呂波ちゃんはお姉さんに勝ちたいかい?」

「はい、もちろん。でもそれだけじゃ駄目でしょうね」

 

 ふと右手を握り、開き、グー、チョキ、パーを繰り返す。そして必勝の決意を新たにした。姉には勝ちたい。自分の体を流れる血には、姉が分けてくれた物が混じっている。昔、いつも自分を守ってくれた千鶴に、自分が率いるチームの力を見せたい。

 だが、それで終わりではない。

 

「私、西住さんと戦いたいです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……その頃、『鯨狩り』の行われた場所にも動きがあった。撃破されたE-100に背を向け、二式軽戦車ケトが走る。この車両は最高速度50km/hと、日本戦車としてはかなりの高速だが、今は土煙を巻き上げて疾駆することもできず、どちらかと言えばスローモーな走行を行っていた。理由の一つはE-100によって踏み荒らされた、地面の凹凸。無限軌道といえど、起伏の多い地形では機動力は低下する。

 そしてもう一つの理由は小柄な車体にワイヤーで括りつけられた、150mm榴弾だった。全部で六発。亀子の指示通り、E100の乗員たちが残っている弾を車外へ出しておいたのだ。

 

《お宝は回収したか? 亀》

 

 インカムを通じ、戦友の声が聞こえる。亀子は上機嫌で答えた。

 

「あたぼうよ。使える物は何でも使うのが一弾流だろ」

《そういうこと言いたきゃ、ちゃんと入門してからにしろよ》

「おめェが師範代になったら、あたしが最初の弟子になってやらァ」

 

 それまで他の奴の下にはつかない。亀子はさらりと言ってのけた。そんな二人のやりとりを聞き、ケトの砲手と操縦手はくすっと笑う。いつもこのようなことを言い合っているのだ。

 

《……まあいいや。早いところ戻れよ、敵の動きが何か臭う》

「あいよ」

 

 通信を終え、リズミカルなエンジン音に耳を澄ませる。八九式の乙型以来続いた日本戦車の伝統、空冷ディーゼルだ。彼女は物事に抽象的なものを見出さない性格で、戦車道についても『良妻賢母の育成』『乙女の嗜み』といった概念を信じていない。もっとも切羽詰まった状況で生まれた一弾流も、そうした精神を一顧だにしないため、正式な門下生たちとも上手く付き合えている。だが亀子はそれに加え、戦車を『棺桶の豪華なやつ』くらいにしか考えていなかった。

 それでもこの二式軽戦車ケトには愛着があった。最初に乗った戦車だからということもあるが、何となく自分たちに似合う『棺桶』だと思えるのだ。グライダーに搭載できるよう開発されておきながら、空挺作戦を行う時局ではなくなってしまい、本土決戦用に温存された地味な軽戦車だ。強烈な個性はなくても、ひねくれ者好みの車両だった。

 

「おい、もう少し……」

 

 スピードを出せないのか。操縦手に問いかけようとしたときだった。

 千鶴によって戦車に乗せられてから、周囲への見張りは癖として刷り込まれた。そのため彼女は今も、後方を警戒することができていた。だから気づいたのだ

 

 林から現れたジャーマングレーの突撃砲が、後ろから狙っているのを。

 

「避けろ!」

 

 叫びながら操縦手の左肩を蹴る。彼女の判断は早かった。ケトが左へ逸れた途端、砲弾が横切った。空気の振動を頬に感じながら、亀子は車内に身を屈める。何せ車体に爆発物をくくりつけているのだ。

 

「チッ、ケツからIII突が狙ってくらァ!」

 

 敵はまだ、潜んでいたようだ。無骨な中に美しさを持つドイツ製突撃砲は、ケトの37mm砲とは比較にならない長砲身75mmを有する。パーソナルマークは間抜け顔のカバだが、その牙にかかれば軽戦車など一撃だ。それが履帯で土煙を巻き上げ、亀子を追ってくる。

 まだここに戦力を残していたのか。または動けなくなっていた車両が修理を終えたのか。ハッチから僅かに顔を出して、亀子は後者だと察した。III突の転輪の一つが、オリーブ色の物に変えられていたのだ。

 

「もっとスピード出せよ。物騒な物積んでるんだから、早く逃げなきゃいけねェ」

「無茶言わないでよ、その物騒な物のせいで身重なんだから。妊婦さんがもう一人赤ん坊背負ってるようなもんよ」

「赤ちゃん乗ってますシールでも貼れってか? キリキリ走らせろ」

 

 乗員は皆肝が座っている。150mm榴弾を捨てようなどとは誰も言わず、ケト車は逃走を始めた。

 

 

 

 一方、追撃するIII号突撃砲F型……カバさんチームの面々は、大型砲弾を乗せた軽戦車を不思議そうに見つめていた。もちろん追撃の手は緩めないが、無砲塔故にこのような状況ではなかなか当てられない。

 

「逃がしては不味い気がする」

 

 荷物を積んだ敵を砲隊鏡で見据え、エルヴィンが呟いた。

 

「例えて言うなら、デンマーク海峡海戦後の戦艦ビスマルク」

「いや、山崎の戦いの後の明智光秀」

「池田屋事件の桂小五郎ぜよ」

「ザマ会戦後のハンニバル」

「それだ!」

 

 一見能天気な掛け合いも、彼女たちの気分が乗っている証拠だった。修理不能と思われた脚が治ったのだ。

 

「とはいえ、深追いは禁物だ」

「うむ。オカピさんチームの厚意、無駄にはできないからな!」

 

 撃破されたSU-76iから転輪の提供を受け、歴女たちの馬は息を吹き返した。同じIII号戦車ベースだからこそできたことだ。去石は笑顔でエルヴィンらを見送り、自分たちの『脚』を託したのである。

 学校の垣根を越え、両チームは勝利を目指していた。




お読みいただきありがとうございます。
前回から間が空き、かつ話の進みも遅いですが、多忙でも何とか書いていけるかと思います。

思えば原作では、歴女チームの掛け合いで一度も「それだ!」と言われていないのはカエサルだけだったな……。
アンツィオOVAで「スキピオとハンニバル」とか言っていれば……。

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