ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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お楽しみはこれからです!

 千種学園のしでかしたジャイアントキルに、観客席は大いに湧き立っていた。歩兵用の対戦車兵器を積んだ鉄道車両で、最大級の戦車を倒す。このような戦車道の試合は他になかっただろう。

 

「面白くなってきたね〜」

「だな」

 

 相変わらず干し芋を頬張る角谷に、守保はこくりと頷いた。彼女も守保も、試合はこれからが本番だと分かっていた。これから市街戦に突入することになるが、大洗・千種側は八九式を失っている。昨年度の決勝戦や大洗紛争でも、市街地における八九式の活躍は大きかった。偵察車両としてはまだトルディとソキが残っているが、ドナウ高校のクーゲルブリッツに見つかればすぐ排除されてしまう。ドナウの隊長は「チタタプ製造機」という秘匿名称で呼んでいたが、機関砲の猛射は交戦距離の短い市街地だと特に脅威となるだろう。

 

 黒森峰でさえ偵察戦車までは保有していないことを考えると、索敵能力の高さは千種学園の強みでもある。ドナウ高校はそれを潰すべく、対空戦車を投入してきたのだ。やはり強豪校とは目の付け所が違うようで、「所詮軽戦車」などと相手を見くびることがない。

 黒森峰と縁の深いドナウがそうなのだから、ましてや千鶴なら、妹の実力をよく分かっている。

 

「千鶴はホリ車を上手く使ってる。あいつなら市街戦でも使いこなせるだろう」

「……千鶴さんって、他のご兄妹とは大分性格が違いますよね」

 

 秘書がふと口にした言葉に、守保は頬を掻いた。それを目ざとく見つけたのは角谷である。

 

「シャッチョさんの影響?」

「俺の影響というか、まあ。あいつは俺が面倒を見ることが多かったな」

 

 苦笑を浮かべる若社長。母が長女・実星への指導で忙しい間、守保や師範代たちが千鶴の相手をしていた。しかし当時から起業を目論んでいた守保は多忙で、妹に本を貸し与えて大人しくさせることも多かった。そのため千鶴は意外にも読書家である。しかし当時兄から借りた本が、人格形成に影響した可能性も否定できない。

 千鶴が特に気に入ったのは『水滸伝』と『ロビン・フッド』だったのだ。

 

 ふと、歓声に紛れて近づいてきた足音が、守保の背後で止まった。

 

「隣、空いているかしら?」

「どうぞ」

 

 巨大モニターを見たまま答えると、声の主はゆっくりと彼の隣に腰を下ろす。和服姿の一弾流家元・一ノ瀬星江だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フィールドでは決号・ドナウ連合の戦車が集結し、市街地へと進んでいた。日独の戦車がそれぞれ隊列を組み、土埃を巻き上げて走る。その数は十六両。ガソリンとディーゼルエンジンの音が轟々と響き、勇壮な光景を引き立たせた。フラッグ車・I号C型も合流し、今は他車両と速度を合わせて走っている。相変わらず目出し帽で顔を隠したまま、車長のシェーデルは周囲を見張っていた。清水の五式砲戦車ホリ、亀子の二式軽戦車ケトの姿もある。

 

 先頭に立つKW-1改の砲塔からトラビが顔を出していた。主砲同様、IV号から移植したキューポラである。元々この車両は砲身のない状態で購入されており、IV号戦車用の予備パーツを使って改造されたものだ。その方が通常型のKV-1より攻撃力が高まるし、KV-85とは違い砲塔自体を変える必要がない。

 トラビはしばらく「ピリカ、ピリカ、タントシリピリカ……」などと故郷の童謡を口ずさんでいたが、ふと隣を走る五式中戦車を顧みた。千鶴も同じく砲塔から身を乗り出して前方を見据えている。

 

沖の神(レプンカムイ)やね、あの子らは》

 

 微笑を浮かべ、トラビはそう評した。「あの子ら」とは、白鯨ことE-100を倒した以呂波たちのことだ。海辺に住むアイヌ人は捕鯨を行ったが、シャチに追われて座礁したクジラも貴重な食料であった。そのためシャチは恵みをもたらす神として尊ばれたという。

 あの義足の少女はエイハブ船長のような執念だけでなく、冷静な打算と連携によって白鯨を倒したのだ。二式擲弾器による間接照準で上面を狙う……連携力と練度、そして勇気がなくてはできないことだ。巨鯨さえ狩りの対象とするシャチの群れのごとく、超重戦車を倒したのである。トラビは敬意を込めて、以呂波らを海の支配者に例えたのだ。

 

 千鶴は妹なら何とかしてE-100を倒すと分かっていたし、そうなるべきだと考えていた。問題はその方法だったが、姉として及第点をやれる戦い方だった。

 

「もし戦車に爆薬積んで特攻、なんてことをやったら絶縁状叩きつけたけどな。無駄な心配だったぜ」

《へぇ、一弾流でもそういうのは禁止なんやね」

 

 関心したように言うトラビ。旧日本軍では戦車に爆弾を搭載し、体当たりで敵を道連れに自爆する戦法がしばしば取られた。戦車道のルールでは『一九四五年八月十五日までに設計された車両と、それに搭載される予定のあった武装』の使用が認められており、実際にチハ車で用いられた特攻装備もルール上は問題ないだろう。しかし現代戦車道では愛車精神に反するとして、ほぼ全ての流派で使用を認められていない。

 下車戦闘まで教える一弾流でさえ、それは例外ではない。大戦末期の切羽詰まった状況で生まれたため、『淑女の嗜み』『良妻賢母の育成』といった謳い文句は一顧だにしない流派だが、特攻戦術は原則禁止という掟があった。

 

「一弾流は芙蓉部隊の戦車版だからな。散るのを考えるのは限界まで踏ん張ってからさ」

 

 そう答えながらも、千鶴は自分も一弾流の正道からも外れていることを自覚していた。それは今に始まったことではないが、以呂波もまた同じ道へ来てしまった。可愛い妹も今や、敬意を払うべき好敵手だ。

 

《……なァ、鶴》

 

 無線機に亀子の声が聞こえた。ケト車の小ぶりな砲塔から腰までを出し、砲塔上に腰掛けている。指揮官クラスの車長がよくこうして身を乗り出すのは、索敵のためだけではない。後輩たちに度胸を見せ、士気を鼓舞するためでもあるのだ。亀子もそれをよく理解しており、自分の姿がよく見えるようにしている。

 

《おめェの妹、脚を切らなきゃ決号に来てたのか?》

「多分そうなっただろうな。どうした?」

《なあに、あいつに『先輩』って呼ばれてみたかっただけでェ》

 

 副官の言葉に、千鶴は声を出して笑った。

 

《え~、あたしらじゃダメなんスか~?》

《そりゃないッスよ、黒駒の親分~》

 

 ぼやく後輩たちに「おめェらの代わりはいねェよ」と返す亀子。次いで、彼女はトラビの方へ向き直った。空挺用に開発された二式軽戦車ケトと、重装甲のKW-1改。乗っている戦車の差は大きかったが、亀子の目には両方とも棺桶にしか見えていない。

 

《おい、やられたデカブツに連絡しろ。回収車が来る前に、残ってる榴弾を放り出しとけってな。今取りにいくからよ》

《150mm榴弾? どないすんねん?》

 

 トラビの疑問は最もだった。E-100の150mm砲弾を撃てる車両は他にいないのだ。しかし亀子の場合、そもそも撃つつもりはない。

 

《こちとら建築学科だ。使い道くれェいくらでもあらァ》

 

 その言葉を最後に、亀子は砲塔内に身を収めた。直後、ケト車がカーブを切って隊列から外れ、市街地とは反対の方向へ疾走する。目的地はE-100が撃破された地点だ。千鶴は彼女の考えを察したので、止めはしなかった。

 

《つくづくおもろい子やね》

「ああ。高校入ってから戦車道始めた連中ってのは、あたしらじゃ分からないことも思いついたりするからな」

 

 両校の隊長は笑い合う。一弾流宗家に生まれた千鶴はもちろん、トラビも幼いころからグデーリアン流を学んでいた。そういった女子には「戦車道とはこういうもの」という固定観念がどうしても生じてしまうもので、型破りな千鶴でさえそれは例外ではない。大洗と千種学園の場合はむしろ、素人集団だったからこそ隊長の実力が発揮された面もあるだろう。

 

「あたしなんかはブラジャーより戦車の方が、付き合い長いから」

 

 そう言った途端、無線機にゲラゲラと笑い声が入った。隊員たちが皆哄笑したのだ。

 

 そこへ球形砲塔の対空戦車が、ガソリンエンジンを唸らせ接近してきた。クーゲルブリッツはIV号の車体をベースにしているが、砲塔リングが大きくなった関係で、操縦手と通信手のハッチは干渉しないよう斜めにずらされている。揺動砲塔を水平にして、車長用ハッチから矢車が顔を出す。煤けた機関砲の砲身をちらりと見て、トラビに向けて手を振った。相変わらず彼女からもらった鉢巻(マタンプシ)を額に巻いている。

 

《お待たせしましたー》

《やあ、お疲れさん》

 

 トラビも笑顔で手を振り返した。クーゲルブリッツは隊列に加わり、共に市街地を目指す。砲弾を取りに行った亀子を除き、これで役者は揃った。

 

「さて、お楽しみはこれからだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、大洗・千種連合側は九五式装甲軌道車ソキが、仲間たちに合流しようとしていた。この『鉄道戦車』は本来警備車両であるため、装甲が極めて薄い。しかし履帯の内側に鉄輪を収納するギミックの関係で、車幅はチハ車より広くなっている。

 先ほど大金星を上げた三木たち鉄道部員は意気揚々としており、観測手を務めた北森も砲塔に腰掛けて笑みを浮かべている。その一方で、これからの戦いに闘志を燃え上がらせてもいた。

 

「おーい!」

 

 T-35の巨体を確認し、北森が大きく手を振る。その途端、多砲塔戦車のハッチが続々と開き、九名の乗員が姿を見せた。一様に笑顔を浮かべ、頭領の帰還と作戦の成功を祝福する。

 

「お疲れ様です、姉さん!」

「三木ちゃんもお疲れ様!」

「やりましたね!」

 

 ソキは歓声に沸き立つT-35の隣で停止し、北森がゆっくりと『我が家』へと飛び移った。妹分たちの顔を見回し、次いで拳を掲げる。

 

「これからが本番だ! 気合い入れて行くぜ!」

「はい! では、車長席をお返しします!」

 

 副車長がそそくさと主砲塔から出て、本来の持ち場である副砲塔へ戻っていく。その義理堅さに苦笑しつつ、北森は狭苦しい円錐型砲塔に身を収めた。

 そのとき、五十メートルほど先に大坪たち馬術部チームがいるのを見つけた。共に最初から参加していた身で、もはや見慣れた顔ぶれである。だが今は姿形が少し違っていた。着ているのは千種学園の、オーストリア風のタンクジャケットではない。紺色に白い襟とスカート、背中にはあんこうのマーク。大洗女子学園の物だったのだ。

 さらに彼女たちは空席となっているトゥラーン通信手席から、多様なウィッグを取り出して装着した。砲手は黒い長髪、操縦手はそれに加えてカチューシャ、装填手はふわふわとした癖っ毛。そして車長の大坪は短めの、茶髪のウィッグを身につけた。

 

「文字通り、馬子にも衣装……?」

 

 三木の言葉に、北森は思わず吹き出した。

 その衣装は馬子だけに留まらない。馬であるトゥラーンIII重戦車も、あんこうチームIV号戦車と同じ小豆色に塗装されていた。大洗の校章、そしてあんこうのパーソナルマークは目立つように、本物より一回り大きく描いてある。シュルツェンもIV号に似せた形状となり、トゥラーンIIIの最大の特徴である砲塔上面の盛り上がりを隠すよう、上に引き伸ばされていた。張りぼてのキューポラまで据え付けられている。リベット留めの装甲はどうしようもないが、遠目には西住みほの駆るIV号戦車そのものだった。

 

 以呂波とみほが考えた、『特別な偽装』である。“大洗の軍神”に扮した大坪が車長席に戻り、咽頭マイクに手を当てた。

 

《こちらお馬さんチーム。『ニセ住みほ作戦』、準備完了です!》

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
今回は次の戦闘シーンまでの繋ぎみたいな形になりました。
シュルツェン装備のIV号をティーガーと誤認したり、M24チャーフィーがパンターと間違われて誤射されたり、そういう話はいくらでもあるもんですね。
最初は対大洗戦で使わせる予定でしたが、都合によりこういう形になりました。

一方リアルでは農繁期の足音が近づいてきました。
カヴェナンター並みの環境で作業する日々がまたやって来る……。

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