ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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執念の銛です!

小銃擲弾(ライフルグレネード)?」

「ああ。二式擲弾器というやつだ」

 

 角谷杏の問いに、守保はモニターを見つめたまま答える。空撮映像には九五式装甲軌道車ソキ、そしてT-35が映っていた。歩哨と工兵の役割を主に担う農業学科チームが土嚢を積み上げ、土を被せてソキの車幅分の傾斜をこしらえたのだ。その上にゆっくりとソキが乗り上げ、車体と砲塔を斜め上に向ける。銃眼から突き出た三八式騎銃の先端に、カップ型の擲弾発射器が取り付けられていた。

 

「三八式歩兵銃や九九式小銃に装着し、空砲か木弾で対戦車擲弾を発射する。40mm弾なら、まともに命中させれば50mm程度の装甲は貫けるはずだ」

 

 旧日本軍ではドイツから成形炸薬弾の技術提供を受け、既存の火器から発射できる物が多数考案されていた。高初速の対戦車砲の開発が遅れていた日本軍にとって、短砲身砲でも一定の貫通力が見込める成形炸薬弾は好都合だったのだ。『タテ器』とも呼ばれる二式擲弾器もその一つで、限定的ながらも小銃に対戦車能力を付与することができる。

 ソキは『現場で有り合わせの武器を搭載する』ことを前提とした車両、つまり歩兵用の対戦車兵器を搭載してもルール上問題ない。気休め程度でも対戦車火力があれば戦術の幅が広がるし、乗員の心理面でも心強いだろう。だが注文に応じて本体と擲弾を入手・販売した守保も、それが対E-100のために使われるとは思わなかった。本人たちも同じだろうが。

 

「しかし、やっぱり姉妹だな」

 

 守保は苦笑した。あのように地面に傾斜を作り、戦車の仰角を稼ぐテクニックは千鶴も使ったことがある。アガニョーク学院高校との夜間練習試合で、砲戦車に仰角を取らせ、照明弾を打ち上げさせたのだ。もっとも戦時中のイギリス軍も、ビショップ自走砲の仰角を稼ぐため同じことをしたというから、一ノ瀬姉妹のオリジナルというわけではないが。

 だが果たして、これで以呂波は白鯨を倒せるのか。戦車撃破にかける執念が通用するのか。守保はじっと、モニターを見守った。

 

 

 

 現場の方ではT-35の乗員たちが工作を終えていた。ソキの前には迷彩柄の幕が張られ、以呂波直伝の偽装が施されている。だが敵が来れば見破られるのも時間の問題だろう。

 

頭領(ヘーチマン)、敵が来ます! 早く行きましょう!」

 

 後輩に呼びかけられ、北森は迫ってくるエンジン音の方へ目を向けた。だがすぐに、T-35の前方副砲によじ登る仲間を呼び止める。副砲砲手と副車長を兼任する乗員だ。

 

「あたしの代わりに車長席に座って、退避しろ。あたしがここに残って着弾観測と発射指示をやれば、一ノ瀬たちの負担が減る」

「姉さん……!」

 

 危険だ、と言おうとしたのだろう。だが北森の目を見て、その言葉は飲み込まれた。彼女たちT-35の乗員は皆、旧UPA農業高校の生徒。統合前から北森の性格をよく知っているのだ。

 心配するなと、北森は笑顔を浮かべる。女コサックの頭領は覚悟を決めていた。これも妹たちのためだ、と。

 

「危険は承知だ、そこは上手くやるさ。あたしが戻るまでT-35を頼むぜ」

「……分かりました、姉さん」

 

 副車長は敬礼をして、副砲塔から中央の主砲塔へ乗り移った。T-35の主砲塔には千種学園の校章が、副砲塔には前身四校の校章が描かれている。千種学園戦車隊の意思を象徴した塗装で、一種のプロパガンダと言えるだろう。UPA農業高校の出身者、及びその派閥は男女共に団結が強く、先輩を「姉」「兄」、後輩を「妹」「弟」と呼んでいる。だが北森にとっては最早、派閥に関わらず千種学園の仲間全て自分の妹であり、弟であった。無論、以呂波も。

 

 九人の仲間たちを乗せ、T-35はエンジンを始動する。鉄道部員によるチューンナップ、そして乗員たちの溺愛とも言える入念な整備によって、巨体の割に軽快に走り出した。自分たちの家ともいえる愛車を見送り、北森は足元の土を一握り拾った。それを宙で離すと、真下へパラパラと落ちていく。風はない。

 二式擲弾器にはすでに円筒型の対戦車擲弾が装填されており、いつでも撃てる状態だった。エンジン音、そして砲声がどんどん迫ってくる。

 

「さあ、来るぜ! 観測と発射タイミングは任せな!」

「はい!」

 

 三木は三八式騎銃のトリガーに手をかける。北森もソキから距離を取りつつ、双眼鏡を覗いた。

 

 

 

 そして以呂波たち前衛部隊は散発的に砲撃を続けながら、じりじりと後退していた。特に『オカピさんチーム』ことSU-76iは林の中から盛んに砲撃していた。より高威力なIII突、ズリーニィIの砲弾を節約するためである。E-100を狙っても弾かれるばかりで、護衛のIV号とクーゲルブリッツも林の中からでは当てづらかった。

 しかし以呂波が訓示したように、外れた砲弾も無駄になるとは限らないのだ。命中率が低くても、自分を狙ってくる敵がいると分かれば放ってはおけない。決号のホリ車がやっているように、「お前を狙っているぞ」と教えてやるのも狙撃手の役目だ。

 

 E-100とIV号J型は林の中へ砲塔を向け、発砲炎を目安に探射を続ける。クーゲルブリッツは揺動砲塔を上へ向けて、高台の上を警戒していた。E-100の狙いやすい弱点は上面であると、矢車マリはしっかり心得ていた。

 

「発射!」

 

 去石の号令で、砲手が発射ペダルを踏み込む。轟音と共に放たれた砲弾はE-100の側面、丸みを帯びた装甲スカートに弾かれた。SU-76iすぐさま後退する。しかしここで経験不足故のミスが出た。鈍い音と共に車体が前のめりに傾き、停止してしまったのだ。

 

「あ、あれ……!?」

「動かない!?」

 

 操縦手は懸命に操作するも、履帯は空転して地面を抉るばかり。背後に岩が突き出ていたことに気づかず、その上に車体が乗り上げ、引っかかってしまったのである。

 E-100はすでに、彼女たち砲を向けていた。刹那、大気を揺さぶる砲声。放たれたのは榴弾だった。150mmの大口径砲、炸薬量も多い。それが去石らの手前に着弾した。

 

「きゃああっ!?」

 

 凄まじい爆発。その瞬間、去石は体が浮き上がるような感覚を覚える。重量22.5tの車体が爆発の衝撃で持ち上がり、履帯が片方千切れ飛ぶ。そのまま重い音を立て、木々の合間で仰向けに転覆した。

 底面から白旗が揚がる。

 

《有効! 千種学園・SU-76i、走行不能!》

 

 

 

 

 

 

「オカピさんチーム、怪我人はいないかい!?」

 

 アナウンスを聞いた直後、タシュ重戦車では通信手の晴が安否確認を行った。普段飄々とした彼女も今は真剣そのものの表情を浮かべている。

 

《だ、大丈夫ですぅ……》

 

 少し間をおいて返事が返ってきた。続けて北森から通信が入る。

 

《こちら北森! 敵が見えた! あたしが観測をやる!》

「了解、お願いします!」

 

 返答しつつ、以呂波は義足で体を支えてキューポラから顔を出した。彼女の乗るタシュも林の中から散発的に砲撃し、身を隠していた。だがここで無駄弾を撃ちすぎるわけにはいかない。いざとなれば敵の前に姿を晒してでも注意を引き、ソキが発見されるのを防ぐ必要がある。さすがに着弾観測まで行うのは負担が大きい。

 そうしている間に、E-100は擲弾の射程に入った。

 

撃て(ヴォホーニ)!》

 

 北森がウクライナ語で号令した直後、偽装幕の裏で三木が撃った。ソキの銃丸から突き出た擲弾器から、40mm対戦車弾が打ち出される。曲線を描いて飛翔する小さな物体を以呂波も視認した。擲弾が宙へ舞い上がり、落下していく。

 だがそれはE-100の巨体の左側面、十メートルほど離れた地面へ落下した。地面へ着いた瞬間に信管が作動し、爆発。土埃が舞い上がり、メタルジェットが地面を抉った。

 

 無線で北森が修正角を指示し、ソキは乗員がハッチから身を出して次の擲弾を装填する。二式擲弾器が届いてから猛特訓をしていたが、やはり曲射弾道で初弾命中は困難だ。直後にE-100が撃った。

砲声の直後に激しい炸裂音。また榴弾だ。爆風で木が薙ぎ倒され、着弾地点から離れていたタシュにも衝撃が伝わる。III突の伏せていた辺りに打ち込まれたようだ。

 

《こちらカバチーム! まだ生きてるが、履帯と転輪をやられた!》

 

 エルヴィンの報告を聞き、以呂波は決心した。自分たちが時間を稼ぐしかない。

 

「結衣さん、前進! 敵の前へ!」

「了解!」

 

 結衣が操縦桿を前に倒し、44Mタシュは前進した。履帯が土煙を立て、敵もそれを視認する。以呂波は美佐子に、右手で人差し指と小指を立てたサインを出した。アルファベットの「H」を象ったもので、榴弾(HE)を装填せよとの意味である。美佐子が先端の白い榴弾を砲尾へはめ、握り拳で押し込む。閉鎖器が快音と共に閉まった。

 

「敵の護衛の、前辺りを狙って」

 

 爆風と土埃での目くらましを狙った攻撃である。澪は白鯨へ銛を打ち込む役割こそ三木に譲ったが、この鯨狩りにかける思いは変わっていない。照準器を覗いている間、彼女は比類なき勇気を持つ。大洗との合同訓練で五十鈴華の技術を間近で見て、彼女もまた砲手として何かを掴みかけていた。

 澪が撃つと砲尾が後退し、空薬莢が吐き出される。榴弾は狙い通り、IV号、そしてクーゲルブリッツの前で土煙を上げた。だがその中から、機関砲が短連射で放たれた。

 

「後退!」

 

 結衣がギアをバックに入れ、戦車を後進させる。周囲の地面に30mm機関砲弾が打ち込まれ、土が舞い上がる。クーゲルブリッツは頭上の警戒を中断し、以呂波らの方へ牙を剥いたようだ。中・重戦車相手でも履帯を切るには十分な威力だ。

 

 再び北森の号令が聞こえ、擲弾が飛来する。だが惜しくもE-100の砲塔の角を掠め、弾かれて地面に落ちた。

 そのとき、クーゲルブリッツの球形砲塔から車長が顔を出した。バンダナを巻いたその姿を見て、以呂波は矢車マリだと気付く。彼女はE-100の前方……ソキの方を注視して、何かを叫んでいた。

 

「三木先輩、気づかれています! 急いで!」

 

 以呂波が叫んでいる間に、E-100がゆっくりと、正面へ砲塔を指向する。ズリーニィが側面へ徹甲弾を打ち込むも、意に介さない。狙いをつけながらも、巨体を支える幅広の履帯が前進していく。このままでは最短射程の内側に入られてしまい、上面を狙うことが不可能となる。

 

「……いろは、ちゃん」

 

 照準器を覗いたまま、澪が静かに言った。以呂波、そして美佐子も彼女に視線を向ける。

 

「……徹甲弾を」

 

 その声はいつものようにどもりがちだが、迷いがなく、透き通っていた。顔が見えなくても、以呂波には彼女がやろうとしていることが分かった。付き合いの長い美佐子も同様で、すでに徹甲弾を手にし、以呂波の指示を待っていた。

 

「装填して。澪さん、発砲のタイミングは任せる」

 

 隻脚の車長は静かに命じた。美佐子が75mm砲弾を押し込んだ。澪は砲塔を回す。昔の戦車の砲塔は操作を止めても、惰性でいくらか旋回してしまう。狙う位置で回転を止めるのには職人芸が要求された。だが澪はやり直すことなく、ピタリと砲を止めた。

 IV号J型がタシュを狙おうとするも、そこへズリーニィが徹甲弾を打ち込んだ。金網のトーマシールドがひしゃげて風穴が空き、側面装甲に弾が突き刺さる。IV号はそれきり沈黙し、白旗判定が出た。

 

 E-100の砲塔も止まった。ソキへ榴弾を打ち込む準備が整ったのだろう。だがそのとき、澪も発射ペダルに足をかけていた。

 

「……ダグー、タシュテーゴ、クィークェグ……」

 

 落ち着いた口調で唱えたかと思うと、彼女は白鯨目掛けて撃った。75mm戦車砲kwk42が吼え、砲口からオレンジ色の発砲炎が広がる。

 

 途端に、その場にいる誰もが、そればかりがモニター越しに見ていた観客たちまでもが驚愕した。

 太い棒が宙を舞う。崖に叩きつけられ、重力に従い落下。ずしりと音を響かせ、地面に落ちた。

 

 E-100の砲塔ハッチが開き、車長が顔を出す。何が起きたのか、という表情だ。そして彼女は見た。徹甲弾で中程から真っ二つに折れた、150mm砲の無残な姿を。

 

「敵主砲、破壊!」

「やった! 澪ちゃん、やったよ!」

 

 美佐子がはしゃぐ。しかし澪はまだ照準器から目を離さない。

 

「美佐子さん、まだだよ!」

 

 以呂波も、まだ終わっていないと分かっていた。E-100の車長はすぐさま砲塔内に戻り、ハッチを閉める。砲身が破壊されても撃破判定は出ていない。ましてやこの超重戦車は全ての牙を失ったわけではなかった。

 マウス同様、E-100も主砲の隣に75mm副砲を備えているのだ。今車長が指示を出し、副砲の装填を指示していることだろう。

 

 だが150mm砲を破壊しただけで、十分な時間を稼げていた。

 

 

撃て(ヴォホーニ)!》

 

 

 三木が三八式騎銃のトリガーを引いた。撃針が薬莢底部を叩き、撃発。放たれた木弾が擲弾の底部に当たり、圧力を以って宙へ押し出す。

 旋条(ライフリング)で回転のかかった擲弾は上昇し、カーブを描いて落下していく。ゆっくりと降下し、超重戦車の急所……砲塔の上面装甲で、成形炸薬弾が爆ぜた。

 

 その小さな爆発音を境に、急に辺りが静かになったような気がした。砲撃戦の最中、以呂波の脳内には何らかの音楽のような物が流れていたが、急にミュートがかかったような静寂を感じたのだ。

 E-100の純白に塗られた装甲は度重なる砲撃戦で煤や土埃を浴び、大半が黒ずんでいた。だが以呂波が義足でしっかりと体を支えて見ているうちに、その砲塔から紛れもない純白の旗が揚がった。

 

 

《ドナウ高校・E-100、走行不能!》

 

 

 




本当はここまで、前回一気に更新したかったです。
お読みいただきありがとうございます。
戦車が珍品なら装備品も珍品(というほどでもないか?)、二式擲弾器が奥の手でした。
有り合わせの武装を搭載する前提の戦車なら、銃眼から撃てるなら歩兵用の対戦車兵器を積んでもいいのではないか?
しかし九七式自動砲では砲塔に収まるか怪しい……などと考えた結果です。
あと劇場版を考えれば二次創作である程度の無茶なアクションをやっても大丈夫だろうというのも。
文章等に迫力が出せていれば良いのですが……。

E-100は倒しても、西住隊はまだ窮地に立たされており、これからも激戦が続きます。
ご感想・ご批評などありましたら、よろしくお願いいたします。

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