ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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抜刀です!

「敵フラッグ車、四時方向から接近! 凄い速さです!」

 

 M3リーの砲塔から澤梓が報告した。煙幕で狙撃から逃れているところへ、フラッグを立てた軽戦車が猛烈な速度で突入してくる。マイバッハHL61エンジンが唸りをあげ、西住隊の手前で横へ旋回。隊列の脇を掠めるように駆け抜けていった。

 

「撃っちゃう!?」

「待って! 今はダメ!」

 

 澤は副砲砲手の大野あやを押し留めた。的確な判断と言えるだろう。すでに場数を踏んでいる乗員たちだが、戦闘の高揚感の中でフラッグ車を見つければ衝動的に攻撃したくなる。だが下手に発砲炎を光らせては煙幕を張っている意味がなくなり、五式砲戦車ホリの餌食になりかねない。

 それに命中させられるかが問題だった。I号戦車C型はクレトラック式と呼ばれる操向装置を採用している。装軌車両は旋回方向の履帯にブレーキをかけて曲がるが、クレトラック式はそれだけでなく反対側の履帯を加速させることにより、より素早い旋回が可能なのだ。それが通常の戦車とは桁違いの高速で、蛇行しながら走り抜けていく。どの砲手もこれに命中させられるという確たる自信はなかった。五十鈴華でさえもだ。

 

 I号C型からは攻撃はない。二人乗りであるが故、車長はハッチから顔を出して偵察と指揮に集中しているのだ。骸骨の描かれた目出し帽にゴーグルという、顔の見えない相手に澤も不気味さを感じた。それを意図してのスタイルでもあるのだろう。

 

 M3も、その前にいるポルシェティーガーも、砲塔を指向したまま発砲しない。だが澤は煙幕の中から、新たな軽戦車が姿を現わすのを見た。トルディかと思ったが、それとは異なる円筒型砲塔だった。煙の切れ間から、そこに描かれた菊水のマーク……決号の校章が確認できた。

 

「敵……!」

 

 こちらの煙幕に紛れて接近してきた二式軽戦車は、その快速を以ってポルシェティーガーへ肉薄した。しかし撃つわけではない。代わりに、顔に煙除けの布を巻いた車長が何かを放り投げ、再び煙の中へ去っていく。

 放られた筒はポルシェティーガーの車体上面に落ち、明るい火花を吹き出す。ただの花火のようだ。しかし澤は二回戦で、隊長たちが機銃の曳光弾を頼りに砲撃したことを覚えていた。

 

「レオポンさん、気をつけて! 狙われてます!」

 

 忠告を受けたレオポンことポルシェティーガーは回避運動を取った。それはギリギリで間に合ったとも、間に合わなかったとも言える。

 次の瞬間、重い衝撃音が響き、破片が大気中に散らばった。ポルシェティーガーの左の履帯が打ち砕かれ、外れた転輪がごろりと転がる。

 

 105mm砲による狙撃。ジャーマングレーの巨体が、行き脚を止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘区域からいくらか離れた場所に控える決号隊は、前衛から送られてくる情報に耳を傾けていた。五式中戦車に乗る千鶴の耳に、次々と部下の声が聞こえてくる。

 

《黒駒の、今のは当たったかい?》

 

 ホリ車車長・清水が問いかける。すぐに亀子から返事があった。

 

《撃破判定はでちゃいねェ。だが履帯は破壊した!》

「上出来だ!」

 

 短い言葉で、千鶴は部下たちを労った。大洗が煙幕を使ってくることは想定済み。ドナウの本隊とフラッグ車で敵の注意を引き、亀子が敵の煙幕に紛れて接近、花火を投げつけて狙撃の目安とする。決号隊員の練度は高く、煙幕の中でも光る物があれば、それを目標に遠距離から命中させることが可能だった。

 

 本来は脅威度の高いポルシェティーガーをこの一撃で撃破する予定だったが、履帯を壊しただけならそれはそれで好都合。撃破された車両は置き捨てるしかないが、動けなくなっただけのポルシェティーガーを見捨てることはできまい。敵本隊を足止めすることができる。

 

「トラビ、こっちも今から向かう。以呂波がE-100にかかってるうちに、敵フラッグの護衛を減らすぞ」

《はいな! とりあえずM3とヘッツァー辺りを優先しよか》

「そうだな」

 

 千鶴はトラビの正しさを認めた。ヘッツァーは小柄なので、市街戦になった際厄介だ。昨年度大活躍した乗員たちは卒業したはずだが、油断はできない。

 

 そして大洗副隊長車のM3リーだが、西住みほの乗るIV号を除けば、ポルシェティーガー、八九式に次いで厄介な相手だと千鶴は考えていた。戦車自体は大したことなく、乗員も優秀ではあれど凄腕というわけではない。千鶴とトラビが警戒しているのは彼女たちの『トラブルメーカーの才能』だった。昨年の大洗紛争にてそれが発揮されなければ、大洗蜂起軍に勝利はなかっただろう。

 

「ま、今回はパンジャンドラムになる物はなさそうだけどよ」

《はは、せやね。ほな早く来てや。E-100、多分長く保たんやろうから》

「分かってる」

 

 トラビとの通信は終わった。彼女も千鶴も、超重戦車などという物がまともに運用できるとは思っていない。E-100はカタログ上は最高速度40km/hとなっているが、実際には足回りが保たないだろう。無理をさせなくても、故障なしで戦闘できる時間は短いと指揮官たちは踏んでいた。以呂波らが西住隊に合流するより早く、大洗の戦車を一両でも減らさねばならない。

 砲塔バスケットの中から外へ出て、千鶴は砲塔に腰掛けた。そのまま仲間たちに命令を下す。

 

「決号隊、前進。敵本隊を襲撃する!」

 

 号令に従い、各車のエンジンが唸りを上げた。五式、四式の無骨な中戦車が前進する。合計五両。その後ろから、固定戦闘室に75mm砲を搭載した三式砲戦車ホニIIが二両、回転砲塔を持つ二式砲戦車ホイ一両が続く。いずれも実戦の機会を迎えることのなかった戦車だ。今は少女たちの手により、武道の場で戦う。

 

 

 

ーー我は官軍 我が敵は 天地容れざる朝敵ぞーー

 

 

 

 進軍しながら、隊員の誰かが口ずさんだ。『抜刀隊』……自衛隊や警視庁でも演奏される、日本最初期の軍歌だ。明治維新、そして発達した銃器によって立場を奪われた、侍たちの魂の叫びでもある。

 

 

 

ーー敵の大将たる者は 古今無双の英雄でーー

 

 

ーー此れに従う兵は 共に剽悍決死の士ーー

 

 

 

 次第に歌声が増え、いつしか合唱となっていった。それを耳にしながら、千鶴は揺れ動く戦車の上にすっと立った。全身で風を受け、進行方向を睨む。結った黒髪が風に靡き、その姿は荒々しさがあれど美少女と言って差し支えない。ただ足場にしている五式中戦車の、随所にウェザリングを施した無骨な風体が、その美少女に異様なほど似合っていた。

 

 

ーー鬼神に恥じぬ勇あるも 天の許さぬ叛逆をーー

 

 

ーー起こせし者は昔より 榮し(ためし)あらざるぞーー

 

 

 五式中戦車チリはドイツのティーガーIに匹敵する巨体だ。だが装甲は最大で75mmと、日本戦車としては厚い方だが、ドイツ重戦車には及ばない。半自動装填装置や副砲の搭載によって大型化した車体は的になりやすく、見た目も洗練されているとは言い難い。車体左部に搭載された37mm副砲も今一つ存在意義がはっきりせず、無駄の多い戦車と言って良いだろう。

 だが千鶴は敢えて、それを乗車とする。そんなチリ車こそ決号の、はみ出し者たちの象徴に相応しいと信じるからだ。そして、自分にも。

 

 

 

ーー敵の滅ぶる夫迄(それまで)は 進めや進め諸共にーー

 

 

 

 仲間たちの声に合わせて、声高らかに千鶴も歌う。決号工業高校の雄叫びだった。

 

 

 

 

ーー玉散る劔 抜き連れて 死ぬる覚悟で進むべし!ーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 九五式装甲軌道車ソキは荒れ地を駆け抜け、隘路の出口付近へ辿り着いた。そこにはT-35多砲塔が異形の姿を晒して鎮座し、工作作業に当たる乗員たちを見守っていた。北森らが装甲板に乗せてきた土嚢を降ろし、それを階段状に積み、スコップで土をかけて何かを作っていた。幅は丁度、ソキの車幅と同じくらいだ。ソキはその側へ停車し、操縦手がハッチを開けた。

 

 三木はソキの砲塔内で呼吸を整えながら、銃眼に据え付けられた武装……三八式騎銃に手を添えた。その名の通り、三八式歩兵銃を短縮した騎兵銃(カービン)タイプである。その利便性から騎兵部隊のみならず、多くの兵科で好まれた。しかし6.5mmの小銃弾は戦車道で全くと言って良いほど役に立たず、機関銃と違い威嚇効果も薄い。

 

「取り付けてきて」

「了解!」

 

 操縦手は傍にあった筒状の器具を手に、席を立った。一方の三木は銃の槓桿(ボルトハンドル)を握って回転させ、手前に引く。軽快な音を立て、開かれた薬室から未発砲の実包が排出された。それを五回繰り返し、弾倉の弾を全て出してしまう。

 代わりにポケットから、装弾クリップに挟まれた五発の銃弾を取り出す。今しがた排出した弾とは異なる種類……木製の弾頭を持つその弾を、丁寧に銃へと押し込めた。




お読みいただきありがとうございます。
二話一気に書こうと思ったのですがちょっと力尽きまして。
今回もあまり話が進んでませんがご容赦ください。

『抜刀隊』、知波単のテーマソングとして使われるのではと期待していたのですが、劇場版を見たら違っていました。
考えてみれば鹿児島の方からは喜ばれない曲だし、序盤の知波単のズッコケぶりと『雪の進軍』は笑っちゃうくらい似合っていましたが、やっぱり日本戦車が『抜刀隊』と共に進軍するシーンを見たかったので、自分の小説でやってみました。
とはいえ私の文章では、原作のプラウダのような迫力は毛ほども出ないでしょうが。
読者の方で『抜刀隊』が不快に思われる方がいらしたら、申し訳ありません。

次回もお付き合いいただけると幸いです。

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