ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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準決勝、熱くなってます!

 稜線を越えて草原を進む、ドナウ高校の戦車群。IV号突撃砲の陣頭に立つのは、トラビの乗るKW-1改だ。ソ連戦車らしい傾斜装甲とオリーブ色の塗装だが、その牙はドイツ製の75mm砲を搭載している。IV号F2型と同じこの主砲は元の76.2mm砲ZIS-5より高威力で、ドナウにとっては補給面でも都合が良い。防盾ごと移植されているため通常のKV-1とは異なったシルエットになっており、砲口のマズルブレーキが威圧感を増していた。

 

《空飛ぶアヒルも、対空戦車には敵わなかったか》

 

 千鶴の声が無線のレシーバーに入り、トラビはクスリと笑った。KW-1改にはIV号戦車のキューポラも移植されており、そこから半身を出して指揮を執っている。操縦系統のトラブルが頻発するKV-1だが、レギュレーションの範囲内で改良が施されており、操縦手の操作によく応えていた。

 

「千鶴ちゃんが偽装を教えてくれたおかげやで。せやけど、ええの?」

《何がだ?》

「ウチら、決勝戦では敵やで」

 

 クーゲルブリッツにトーマシールドとダミー砲身をつけるのは千鶴の提案だ。しかしこの準決勝に勝てば、決勝戦でドナウと決号が対戦することとなるのだ。今は味方とはいえ、千鶴は簡単に知恵を授けてしまった。

 だが次にレシーバーから聞こえてきた声は、無頓着なものだった。

 

《ああ。今から楽しみだな》

 

 事もなさげにそう言ってのける彼女に、トラビは破顔大笑した。そして笑いつつも、進路上で蠢く戦車群……大洗・千種連合の本隊を見据えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちらたい焼きチーム! アヒルさんチーム、怪我人はいませんか!?」

《大丈夫です!》

《ごめんなさい、してやられました!》

 

 安否確認の後、以呂波は指揮下の車両に後退を命じた。煙幕を展張し、敵のE-100、IV号J型、そしてクーゲルブリッツ対空戦車から距離を取る。一発の150mm徹甲弾がすぐ近くに着弾し、衝撃が車体を揺さぶった。しかし辛うじて退避に成功、残されたのは凶弾に斃れた八九式中戦車だけだった。

 

 完全に当てが外れた。E-100を急斜面の下までおびき出し、突撃砲の伏撃でE-100の砲塔を横へ向けさせる。ここまでは上手くいった。後は八九式中戦車が急斜面を下って、E-100の車体上に乗り、マウス相手にやったように砲塔を回せなくする。その隙に集中砲火を浴びせて砲身を破壊し無力化、そしてタシュが密着状態まで肉薄し、比較的装甲の薄い側面へ、超至近距離から高速徹甲弾を撃ち込んで撃破する……そういう計画だった。

 だがドナウ高校は隠し球を用意していた。まさか対空戦車で八九式を迎え撃ってくるとは、以呂波でも予想外のことである。斜面の上には九五式装甲軌道車ソキも控えており、八九式が失敗した際はソキが変わりを務める手はずだった。しかし同じように斜面を駆け下りて車体に乗ろうとしても、あの機関砲の餌食になるだけだ。

 

《クーゲルブリッツはIV号戦車の車体を改設計し、Uボート用の高射機関砲塔を搭載した車両だ》

 

 丸瀬の解説に耳を傾ける。戦車知識の豊富な以呂波も、戦車道で出くわす可能性の低い対空車両についてはよく知らない。航空学科で戦闘機好きな丸瀬の方が詳しかった。

 

《砲塔は旋回を司る外殻と、俯仰を司る揺動砲塔に別れていて、俯仰角はマイナス五からプラス八十。武装は30mm連装高射機関砲……元は『空飛ぶ缶切り』ことHs129に搭載されていた、MK103だ》

「Hs129……攻撃機ですか?」

《ああ、対戦車攻撃専門の双発機だ。狙われた戦車はまるで、缶の蓋が開くように砲塔が吹き飛んだという》

 

 戦車にとって上面は最も装甲の薄い箇所であり、そこを簡単に狙える航空機は戦車の天敵だ。八九式中戦車の正面装甲は連合国中戦車の上面と大して変わらず、30mmという大口径機関砲に耐えられるはずもなかった。

 

《だから勿論、徹甲弾も撃てる。発射速度は資料によって違っていたが、毎分数百発というペースだろう。戦車相手ならいくらかデチューンしているかもしれない。携行弾数は千二百発、ベルト給弾でリロード不要だ》

「威力は?」

《確か、前身のMK101は距離三百で75mmの装甲を抜けたと聞く。103はその改良型で、初速も上がっているはずだから……》

「近距離で食らえば、普通の中戦車クラスでも危ない……と」

 

 対応が早かったことを考えると、相手はみほや以呂波がE-100に八九式をぶつけてくると読んでいたのかもしれない。クーゲルブリッツはドナウ高校の車両だろうが、偽装は恐らく千鶴の入れ知恵だ。姉がこのような手口をよく使うことを以呂波は知っていたし、自分も教わった。トーマシールドとダミー砲身までつけてしまえば、よほど近くで見なくては正体も分からない。

 アヒルさんチームを守れなかった丸瀬は、声に悔しさを滲ませていた。

 

《去年の準決勝でやっていた、戦車版プガチョフ・コブラを直に見たかったのだが……》

「あれは意図的にやったわけではないと思いますが……」

 

 ツッコミを入れながら、以呂波は敵方の発想に舌を巻いた。強襲戦車競技(タンカスロン)の経験がある彼女は、相手が軽装甲なら通常の戦車砲より、機関砲や半自動対戦車ライフルの方が有利な場合もあると知っていた。だがまさか、対空戦車までを使って八九式を排除しようとするとは思わなかったのである。その効果は抜群で、磯部典子の反射神経と見切り、そして河西忍の操縦技術を以ってしても、毎分数百発という機関砲弾の雨は避けきれなかった。

 

 そのとき、晴が以呂波を見上げて叫んだ。

 

「西住隊から連絡! 敵戦車と交戦開始だとさ!」

 

 猶予はなくなってきた。何としてもここでE-100を倒さねばならない。あの巨大と重量では行動範囲は限られているし、逃げるのは容易い。しかしこのエリアに陣取られていては市街戦で大きな障害となる。大洗紛争で大学選抜チームが行ったように、相手が超重戦車を盾にして押さえ込んでくれば勝ち目は薄くなる。それに大洗から借りたアヒルさんチームを失い、一矢も報いず退却しては士気に関わる。

 

 以呂波の頭に、ある考えが浮かんだ。先ほど丸瀬との会話で思い出した、全戦車共通の弱点である。

 

「E-100の上面装甲の厚さは……」

「40mmよ」

 

 操縦桿を操作しながら、結衣が答えた。勉強熱心なだけあって、敵戦車のデータについても予習は怠らない。それだけでなく、察しのよい結衣は以呂波の考えを察していた。

 

「三木先輩にやってもらう?」

「……うん」

 

 友人が同じことを考えてくれたおかげで、以呂波は不安を拭いされた。前述の通り、九五式装甲軌道車ソキは銃眼の武装を換装している。十一年式機関銃から、三八式騎銃にだ。

 以呂波は覚悟を決め、ソキに乗る三木、そしてT-35の北森に指示を飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、草原では砲撃戦が展開されていた。西住みほ率いる本隊を襲撃したのはIV号突撃砲四両と、KW-1改。III突同様に低いシルエットのIV突はコントラストの弱いジャーマングレーに塗られ、稜線の陰から顔を出しては砲撃を浴びせる。重装甲のKW-1改がその盾となる陣形だった。

 

 西住隊も負けてはおらず、連携を密に迎撃を行う。西住みほは砲弾の飛び交う中、キューポラから身を乗り出して指揮を執っていた。しかし五式砲戦車による狙撃があるため、行動範囲は限られてしまう。それでも千種学園から借り受けたトルディとマレシャルを使い、敵の位置を割り出しながら応戦した。

 

「一ノ瀬隊、ピンチみたいだよ!」

「まさかクーゲルブリッツを出してくるなんて!」

 

 優花里の声には驚愕と同時に感嘆がこもっていた。彼女の戦車愛は敵車両にまで注がれるようだ。

 仲間たちの言葉を聞きながら、みほは冷静に敵を観察していた。ドナウの戦車群は常に稜線を盾として行動し、攻撃を仕掛けては離脱を繰り返している。接近戦におけるあんこうチームの手強さを考慮しての戦法だろう。

 

「一ノ瀬さんたちがE-100を倒すまで持久し、できる限り敵戦力を削りましょう! 『もくもく作戦』、用意!」

 

 

 

 IV号を初めとした大洗の戦車から、煙が立ち上った。後部に装備した煙幕発生装置を利用し、遠距離狙撃を防ぎつつ敵を迎え撃つ。

 少し離れた場所から、二両の軽戦車がその様子を見守っていた。片方は円筒型砲塔に37mmを搭載した、決号の二式軽戦車ケト。

 もう片方は半円形の砲塔防盾を持ち、そこから長短二本の銃身が突き出ている。ドナウ高校の“戦車道界最速のガラクタ”、I号戦車C型……今回のフラッグ車だった。I号といっても訓練用のA型、B型とは別設計で、特に上部支持転輪の無い足回りに顕著な差がある。武装はドイツ戦車によく搭載されているMG34汎用機関銃と、この車両特有のEW141対戦車ライフルだ。7.92mmという小口径ながら、三百メートル先から30mmの装甲を貫通できる。

 

「さーて、黒駒さん。出番っぽいですよー」

 

 小さな砲塔から顔を出し、ドナウ高校の生徒が笑った。笑った、と言っても黒い目出し帽(バラクラバ)を被り、ゴーグルまでしているせいで表情は分からない。代わりに目出し帽に描かれた髑髏が笑っていた。掲げた手には手袋をはめているが、それにも骨のペイントが施されている。声は可憐なソプラノだが、その出で立ちは可憐とは言い難い。

 

「ヘマすんじゃねェぞ、シェーデル」

 

 ケト車の砲塔に腰掛けていた亀子は、短く言って車内に戻った。腰に提げた水筒の蓋を開け、座席に置いてあった手ぬぐいに中身を注ぐ。水を十分に含んだそれを顔に巻き、鼻と口を隠した。次いで、味方に連絡を入れる。

 

「こちら黒駒車! 突入すんぞ!」

《シェーデル、行っきまーす!》

 

 操縦手がレバーを前に倒し、ケト車は軽快に走り出した。元々最高で50km/hを出すことができ、日本戦車としては高速である。亀子の乗車は足回りもチューンナップされているため、起伏の多い地形でもある程度の高速走行に耐えられた。稜線を超える際には7.2tの車体が小さくジャンプし、風を切って疾走する。

 だが後ろを見やると、I号C型の姿がない。どうしたのかと思っていると、トロトロと稜線を越えてきた。妙に遅く、亀子とどんどん差が開いていく。

 

「おい、何やってんだ最速戦車!?」

《出力が上っがらなーい!》

「はあ!?」

《たまにあるんだよねー、チューンナップの代償かなー?》

 

 ノロい割にハイテンションな車長の声。おいおいと亀子は呟いた。フラッグ車があのようにたらたらと走っていて、敵に見つかったら良い的だ。

 どうするのかと見ていると、目出し帽の車長……シェーデルはスパナを手にし、砲塔からぐっと身を乗り出した。車体後部、つまりエンジンに向けて工具を掲げ、勢い良く振り下ろす。

 

《ほらほら! 頑張れ頑張れ、元気出せー!》

 

 数回繰り替えしたとき、急にI号C型のエンジンが唸った。その瞬間履帯が見違えるほどの高速で回転した。パンパンと妙な音を立てながら、土煙を巻き上げて驀進する。開いた差があっという間に縮み、ケト車と並んだ。

 やかましい音を立てる戦車の上で、シェーデルが亀子にガッツポーズを送る。無線機に奇声と言ってよい叫びが聞こえた。ジャーマングレーのI号は飛ぶように……時折、地形の段差で本当にジャンプしながら、煙幕を張る敵集団目掛けて突っ込んでいった。

 

「……変な戦車」

 

 呆れつつも、亀子は操縦手に方向を指示する。目指すは大洗勢の、煙幕の只中だった。




お読みいただきありがとうございます。
ちと風邪気味ですが、仕事がまだ休みがあるのが救いですね(明日早出ですが)。
とはいえこれから忙しくなっていくので、話の進みが少しずつになるのはご勘弁を願います。
劇場版を見て以来、二次創作でちょっとくらい無茶な戦闘シーンを書いても問題ないという結論に達したので、劇場版並の迫力……は無理だと思いますが、精一杯面白いものを書けるようにしたいです。

ついでに没ネタの供養を。
番外編で「与太郎戦車隊」というのを書こうと思っていたんです。
高校一年生男子が、風邪をひいた姉の代わりに女装して戦車道の試合に出る羽目になった……という話で、最後に高遠晴が作った落語だったということが明かされるオチでした。
しかし話を考えてみると私のボキャブラリーではなかなか面白いサゲが思いつかず、投稿してもウケないだろうと思ったこと、そして「女装した男」を女落語家が演じるのは無理じゃないかという落語的な問題もあって廃案に。
まあその中で使う予定だったギャグはどこかで使いたいです。


では、今後も楽しみにしていただけると幸いです。
ご感想・ご批評などございましたら、よろしくお願いいたします。

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