ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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白鯨に挑みます!

 ガソリンエンジンが唸りを上げ、角ばった巨体が進む。大型戦車の旋回をスムーズにするための端垂れ履帯は、約四十トンの重量をしっかりと支えていた。土地色や枯草色の日本軍迷彩に加え、偽装網も積んでいる。箱型戦闘室から突き出た105mm砲が、車体に合わせて上下に揺れていた。

 その後ろには二式砲戦車ホイの姿がある。一式中戦車の車体をベースに作られた自走砲で、密閉式の回転砲塔を持つ。武装は短砲身の75mm砲だが、成型炸薬弾を用いれば対戦車戦闘にも使える。だが今回の任務はホリIIの護衛だ。

 

 巨体がゆっくりと停車し、サスペンションが軋む。見晴らしの良い高台で、バックすればすぐ稜線に身を隠せる。狙撃にはうってつけだ。

 

「こちら清水車。狙撃地点へ到着」

 

 報告しつつ、鉢巻を巻いた車長がハッチから顔を出す。遠くに土煙がポツッと見えた。それが戦車の上げるものだと形で分かる。

 

「敵部隊は十一時の方向より接近中」

《了解した。亀、敵の数は?》

《七両だ。フラッグ車のIV号、ポルシェティーガー、B1……》

 

 指揮を執る千鶴、先行して偵察する亀子の声が聞こえる。亀子もまだ距離が遠く、全車種は把握できなかった。だが合計十六輌の大洗・千種連合が、隊を分けているのは確かだ。ほんの一瞬だけ間をおいて、次の指示が来た。

 

《亀はそのまま敵に接近し、情報を伝えろ。清水は狙撃用意》

 

 車長・清水は装填手二名に、徹甲弾の装填を命じる。車内に「せーの!」という声が響き、二人掛かりで105mm弾を持ち上げた。大型の徹甲弾が装填架にセットされると、砲手が半自動装填装置を起動した。置かれた弾が砲尾へ移動し、後ろから鉄のアームが実包を押し込む。砲弾が薬室に収まると、閉鎖機が降りた。この装填装置も現代技術で調整が施されたもので、二次大戦当時と仕組みは同じでも、信頼性は段違いである。

 装填装置の作動を確認し、清水は砲手の肩を叩いた。

 

「初弾は無理に当てなくてもいいんだ。けどこの一発が、戦いの火蓋を切るよ」

「はい」

 

 照準機を覗き、砲手は発射ペダルに足を添えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 草原を進む西住隊は、常に周囲に気を配っていた。装甲の厚いポルシェティーガーを先頭に押し立て、そこへIV号、M3リー、B1bis、マレシャルなどの車両が続く。一弾流の戦法をよく知る以呂波の協力で、敵の待ち伏せが予測されるポイントは予め割り出し、地図に印をつけてある。隊列から離れたトルディIIaに怪しい箇所を偵察させ、その情報を元に進む。一方で隊長車通信手の武部沙織は、西側へ向かった一ノ瀬隊の報告に耳を傾けていた。

 

「今の所はまだ、静かですね」

「うん」

 

 優花里と言葉を交わしながら、みほはいつものようにキューポラから身を乗り出し、周囲を見張っている。他の車長たちもそうだ。戦時中、ソ連軍の戦車長は視界の悪い砲塔内に閉じこもっていたため、敵の発見が遅れて撃破されることが多かった。反面、積極的にキューポラから顔を出して索敵するドイツの戦車乗りはよく狙撃に遭ったが、戦車道なら歩兵はいない。仲間を勇気付ける意味も込めて、特に隊長は積極的に顔を出して指揮を執る。

 今の所はエンジン音や、シュルツェンの軋む音が聞こえるのみだが、いつ敵が襲撃してくるか分からない。稜線の陰からドナウの戦車隊が現れることを特に警戒していた。相手方には車高の低いIV号突撃砲がいるのだ。

 

 そのとき、みほの目は小さな光を捉えた。二千メートル近い距離、遥か遠くの小高い丘だ。

 

「敵……!」

 

 その直後、間髪入れずに砲弾が落ちてきた。横を走っていたM3から数メートル離れた場所に着弾し、土煙が上がる。大口径の徹甲弾だった。衝撃でM3の車体が僅かに揺れる。

 

《撃ってきた!?》

《どこから……!?》

「落ち着いて! 十時方向へ転換、稜線の陰へ入ります!」

 

 みほは即座に指示を出す。相手は試性五式砲戦車ホリに違いない。彼女の脳内では地図に書き込まれたホリ車の狙撃予想地点と、砲撃の方角が瞬時に繋げられていた。以呂波が予測していたポイントからの狙撃だったが、距離が想像より遥かに遠かった。当たらなかったものの、これだけの距離であの精度は侮れない。腕の良い砲手を乗せているようだが、それだけではない。

 

「やはり測距儀を搭載していますね。この距離であれだけ正確に……」

 

 優花里が唸った。これこそ潜入時に、彼女が気にしていたことである。ホリ車は実車が完成する前に終戦を迎えたが、II型には測距儀を搭載する予定だったらしいと聞いていたのだ。それがあれば車長が距離を正確に測って砲手に伝えることができ、より正確な長距離射撃が可能になる。

 車長のほとんどが戦車内に身を収めた。しかしみほは僅かに屈んだだけで、身を晒したまま索敵を続ける。

 

「敵の狙撃から身を隠しつつ、警戒進軍! 敵部隊がかかってきたら応戦します!」

「みぽりん! カバさんチームから連絡!」

 

 命令を下した直後、沙織が叫んだ。

 

「クジラがいたって!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《こちらカバチーム! 今E-100に発見された! 予定通りおびき出す!》

 

 III突の車長兼通信手・エルヴィンが報告した。守保の秘書が予測した敵側の戦術を、以呂波たちも予想していた。恐らく相手は西側の道を塞ぐためにも、その道にE-100を陣取らせていると踏んだのだ。それに対処するのは一ノ瀬隊の六両……タシュ、ズリーニィ、SU-76i、ソキ、八九式、そしてIII号突撃砲だ。

 タシュ重戦車の左手側には高台の急斜面がそびえており、その上に八九式とソキがスタンバイしている。右手側の森にはズリーニィとSU-76iが、偽装を施して潜んでいる。タシュも森のすぐ側に位置取り、偽装網を被ってカモフラージュしていた。

 前方からけたたましいエンジン音と砲声が聞こえてきた。75mm砲のようだ。

 

《マウスより大分速いな! その後ろにはIV号J型が二両!》

「了解、そのまま頑張って逃げてきてください!」

 

 指揮を執る以呂波の左側で、澪はじっと照準器を覗いていた。砲手を務めている彼女は普段の臆病さが消滅するが、今はそれだけでなく、砲の一部になっているかのような不思議な雰囲気を纏う。美佐子はすでに砲弾を抱えてスタンバイしていた。

 

 やがて、地響きとも思える履帯の騒音が聞こえた。土煙が巻き上がり、曲がり角からまずIII号突撃砲が姿を表す。側面に書かれたカバのマークを以呂波の方へ向け、森へ逃げ込む。

 その後ろからゆっくりと、純白の巨体が姿を現した。幅一メートルを超える履帯で地面を踏みしめ、太い砲身を突き出しながら、怪物は現れたのだ。

 

「凄い……!」

「なんて化け物……!」

 

 思わず戦慄しながらも、美佐子は砲弾を抱き続け、結衣はしっかりと操縦桿を握る。全長はもう見慣れたT-35の方が大きいが、幅はE-100の方が一メートル以上大きい。そして150mm砲の威容はまさしく、超重戦車の名に相応しかった。傾斜装甲で構成されたその車体・砲塔が、白い塗装と相まって不気味さを演出する。雪中迷彩の戦車を何度も見た以呂波でさえ、この巨体に白という色の組み合わせは得体の知れない恐怖を覚えた。まさしく、エイハブ船長が追った不死身の怪物……白鯨(モビーディック)であった。

 しかし、ここで怖気付く彼女ではない。E-100との対決が、この一ノ瀬隊の任務だ。

 

「……ツバメさんチーム、オカピさんチーム! 『ガアガア作戦』を開始します!」

 

 命じた直後、「了解!」の声が返ってくる。作戦名は西住みほの発案だ。アヒルさんチームこと八九式が鍵を握るから『ガアガア』らしい。ネーミングセンスにツッコミを入れる余地はあるだろうが、特に気にする者はいない。

 

 

 

 命じられたツバメさん(ズリーニィ)、オカピさん(SU-76i)の両車は森の中から、白塗りの巨大戦車に照準を合わせる。E-100の後ろに従うIV号戦車二両は最終生産型のJ型のようで、側面にトーマシールドと呼ばれる、金網のシュルツェンを備えていた。それらが子供に見えるほどのE-100の大きさに、初陣の去石は勿論、丸瀬も息を飲む。T-35という巨大戦車を保有する千種学園だが、砲まで巨大となると威圧感は段違いだった。

 

「ツバメチーム、FOX2!」

《オカピ、撃ちます!》

 

 ズリーニィの長砲身75mmが火を噴いた。続いてSU-76iの76.2mm砲も、徹甲弾を撃ち出す。しかしそれらは乾いた音を立てるのみ。砲塔側面の、傾斜した二百ミリの装甲板に容易く弾かれていた。丸瀬としては自車の主砲が全く通用しない敵は初めてだ。しかし、それも織り込み済みだ。

 E-100にして見れば蚊に刺された程度の攻撃。しかし森の中に敵がいると分かり、その蚊にむけて砲塔を指向する。150mmの主砲がゆっくりと、丸瀬たちの方を向いた。

 

「退避ー!」

 

 二両の操縦手がすぐさま、車体を後進させる。その直後、大気が震えた。マズルブレーキのついた砲身から大きく発砲炎が広がり、巨人の拳が叩きつけられた。森の中に爆炎が広がり、衝撃波で木がなぎ倒される。辛うじて直撃を免れた二両と、先ほど森に逃げ込んだIII突の車体も揺さぶられた。同時にIV号のうち一両も発砲したようだが、その徹甲弾は木々の合間を通過していくだけだった。

 

 顔をかばいつつ、丸瀬はハッチからゆっくりと顔を出す。150mm榴弾。恐るべき力だ。だが自分たちの任務は成功したと、丸瀬は確信する。

 

《アヒルチーム、根性アタッーク!》

《そーれそれそれー!》

 

 磯部典子らの叫びと共に、高台の上から八九式中戦車が姿を現した。そして全速力で急斜面を下る。自動車部によって強化された足回りが、このような無茶を可能にしていた。その真下には砲塔を横へ向けたE-100がおり、このまま行けばその車体に乗り、身を以て砲塔旋回を止められる。昨年度、マウスを倒したときのように。

 丸瀬は護衛のIV号を排除するよう、乗員に指示を出そうとした。だがそのとき、視界の端に異様な光景を見た。

 

 IV号の内一両の砲身が、ポロリと取れたのだ。張りぼての砲身を踏み潰し、その車両はゆっくりと、本物の主砲二本を上へ向ける。いや、トーマシールドに隠れた砲塔自体が、上へ傾いていた。普通の戦車ならありえない高仰角で、だ。

 航空機が専門である丸瀬は、その正体に気づいた。

 

「アヒルさん、逃げろ! 下から狙われている!」

 

 叫びながらも、装填手に徹甲弾装填のサインを出す。しかし間に合わなかった。敵はすでに二本の細い砲身で、急降下してくる八九式を狙っていた。

 

 

「クーゲルブリッツ対空戦車だ!」

 

 

 刹那、立て続けに響く発砲音。連装30mm機関砲が火を噴いたのだ。八九式は急斜面を下りながらも懸命に回避運動を取ったが、彼女たちの能力を持ってしても雨の如き連射は避けられなかった。薄い装甲に弾痕が穿たれ、履帯が千切れ飛ぶ。

 制動力を失った車体は転覆し、慣性に従って斜面から転がり落ちていく。無残な姿でE-100のすぐ前方に落下したとき、その砲塔には白旗が見えた。

 

 

《大洗・八九式、走行不能!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちら矢車。アヒルは墜としましたよ」

 

 報告した直後、操縦手に命じて自車を急発進させた。その直後、今までいた地点へ砲弾が直撃。すぐさまE-100と本物のIV号が反撃する。

 上を向いた球形砲塔の中で、矢車らの座る椅子も上を向いていた。砲手が揺動式砲塔を水平に戻すと、乗員たちの姿勢もゆっくりと水平に戻っていく。

 

《お見事。鳥撃ち用戦車を使いこなしとるな、さすがやで》

 

 トラビがすぐに賞賛の言葉を寄越した。しかし矢車にしてみれば、軽戦車の駆除に対空戦車を使うという、隊長の発想力こそさすがだ。装甲が薄くちょこまかと逃げ回る相手なら大砲で狙うより、大口径の機関砲を使った方が確かに手っ取り早い。特にこのクーゲルブリッツの武装は本来対地攻撃機に搭載された物で、戦車の上面装甲を撃ち抜くのに使われた。そう考えれば理にかなった戦法だ。

 まったく、彼女といい以呂波といい、世の中は想像を超えた戦車乗りが大勢いる……矢車はつくづく思った。

 

《ほいじゃ、こっちは西住みほちゃんに会いに行ったるわ。そっちはそっちで、叩き潰したりぃ!》

了解(ヤヴォール)!」

 

 

 

 

 

 




はい、今回はここまでの更新です。
ドナウの隠し球は密閉式砲塔を有する対空戦車・クーゲルブリッツ。
露骨なヒントを出しちゃったので、予測できた方もいるとは思いますがw

とりあえずようやく準決勝です。
本当にお待たせして申し訳ありません。
しかしまあ、よく二日足らずで三話も書いたもんだな、遅筆の私が……。
この原動力はなんだったのか。
次は番外編を進めるかもしれませんが、仕事の都合で遅れることもあるかと思いますので、ご容赦ください。
ご感想・ご批評など、よろしくお願いいたします。

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