ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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初試合です!

 土煙を巻き上げ、演習場の中を突撃砲が駆け抜ける。リベット留めの無骨な車体だが、長い砲身が力強さを感じさせた。

 的は千メートル以上先である。長砲身75mmの射程と威力を活かすため、遠方の的を狙い撃つ訓練は欠かせない。ましてやこの突撃砲はチーム中で唯一の長砲身であり、大抵の戦車なら一撃で撃破できる威力を持っているのだ。

 

「三……二……」

 

 車長の丸瀬は砲隊鏡を覗き、目標までの距離を測っていた。航空学科チームを率いる彼女は視力良好で、空間把握能力にも優れている。

 

「停止!」

 

 丸瀬の号令と同時に、操縦手が急制動をかけた。慣性に耐えながら、装填手が素早く弾を込める。練習用とはいえ75mmの大きな砲弾だ。

 

「テェー!」

 

 叫ぶのと同時に、砲手が引き金を引く。車内を震わせる轟音が響き、駐退機が後退した。空薬莢がごろりと弾き出される。火薬量が多いだけに音も大きく、少女たちの鼓膜をビリビリと震動させた。

 砲隊鏡を覗くと、的から遥かに離れた場所に土煙が上がっていた。

 

《撃つのが早いです! 急停車の後、車体の動揺が収まるタイミングを掴んでください!》

 

 マイクを通じ、以呂波の声が聞こえる。

 

「了解、再度やってみる! スタート地点に引き返せ!」

 

 学年で言えば以呂波は後輩であるが、丸瀬も彼女を戦車道チームのリーダーとして認めていた。だからこそ文句などは一言もなく、指示通り訓練に励んでいる。そして何よりもこのズリーニィI突撃砲が、チームの攻撃面での要となることを理解していた。

 

 

 

 

 以呂波はズリーニィの訓練を双眼鏡で見守っていた。近くに用意された机には船橋が用意した資料や、作戦ノートが並べられている。一番上に置かれたプリントの見出しには『練習試合概要』の文字があった。

 

 八戸タンケリーワーク社からズリーニィ突撃砲が納品されて間もない今、他校から練習試合の申し入れがあったのだ。連日以呂波の指導のもとで猛訓練しているものの、まだ要であるズリーニィの錬成が始まったばかりのため、受けるべきか断るべきか協議された。しかし校内に戦車道チームの活動を喧伝する機会であり、船橋が勝てば予算を増やすとの約束を学園長・生徒会に取り付けたことから、申し込みを受けることに決定したのだ。

 それ故、ズリーニィに乗る航空学科チームを筆頭にさらなる猛訓練が課せられ、以呂波は試合の戦術を常に考えていた。

 

「試合を申し込んできたドナウ高校はね、比較的近年になってから戦車道に参入した学校よ。装備はドイツ製戦車が中心ね」

 

 隊長車乗員の三名に、船橋が解説する。

 

「ドイツの戦車って、かなりヤバイって聞きましたけど」

 

 美佐子が尋ねる。ヤバイという女子高生らしい表現ではあったが、二次大戦時のドイツ製戦車の性質を端的に表しているとも言える。当時敵対していた連合国側からすれば、否、味方であったイタリア、日本からしてもだが、規格外のスペックを持った戦車を生み出しているのだ。全国大会九連覇を成し遂げたこともある黒森峰女学園も、ドイツ戦車を多数保有していることで有名だ。

 

「まあドナウ高校は黒森峰と違って、えげつない車両はちょっとしか持ってないはずだから。それに今回対戦するのは一年生だし」

 

 下級生に経験を積ませるため、戦車道に新規参入を果たした千種学園を相手に選んだようだ。船橋の調査によると、ドナウ高校の一年生は順当に装填手からスタートする。しかし経験者は車長などからスタートすることもあるし、将来のために他のポジションを経験しておくことも必要だ。だから下級生のみで構成されたチームを編成し、他の学校と練習試合を行うことで、指揮能力や自己判断能力を養わせるのがドナウ高校のやり方らしいと、船橋は説明した。

 同時に新規参入者の実力を測るためでもあるのだろう。規模の大きい千種学園が戦車道に本腰を入れれば、それなりの戦車を揃えられると見積もり、新たなライバルの出現を警戒しているのだ。

 

「下級生チームの場合、大抵は隊長車がIV号F2型、他がIII号戦車J型の長砲身タイプに乗るみたいね。殲滅戦ルールだから、こっちと同じ五両編成でくるはず」

「殲滅戦ということは、一発逆転はありませんね」

 

 資料に目を通しつつ、結衣が言う。フラッグ戦を撃破すれば勝利となるフラッグ戦ルールとは違い、殲滅戦は敵車両全てを撃破しなくてはならない。戦車の性能差がもろに出てしまうが、千種学園の戦車でIV号やIII号を相手に優位に立てるのはズリーニィのみ。しかも回転砲塔を持たない突撃砲なので、正面から挑んでも互角には戦えない。

 

「実はもう一両、艦内の倉庫の奥から戦車が見つかったんだけど……」

「まだあったんですか!? どんなのですか!?」

 

 美佐子が興奮気味に目を輝かせた。戦車自体が好きになってきたのだろう。

 

「攻撃に使える車両じゃないわよ」

 

 船橋は慌ててそう言った。

 

「特殊な車両だから、整備して使えるようにするまで時間かかるかもしれないし、今から乗員を募集しても錬成が間に合わないわ」

「練習試合が終わるまで保留、ということですか」

「もったいないけどそうね。後で考えましょう」

 

 苦笑する船橋を見て、三人はそれ以上新車両のことを訊かなかった。今は練習試合に集中すべきだ。

 

「まあ一弾流は待ち伏せが得意ってことだから、結局一ノ瀬さんの戦術を頼りつつ、みんなでベストを尽くすしかないわ」

「待ち伏せと言っても……」

 

 結衣はふと、反対方向に目を向けた。五つの砲塔を乗せた十メートル近い巨体が、地響きを立てて演習場内を走っていた。ドイツの超重戦車マウスに次ぐ巨体を誇る、T-35多砲塔戦車だ。周囲をトゥラーンIIが走り回っており、時折それに対して主砲・副砲で練習弾を撃ち込んでいる。

 だがT-35に乗る農業科チームは砲撃よりも、故障を起こさずに走ること、そして故障した際速やかに復帰することを目標に訓練していた。独ソ戦では多くのT-35が動けなくなって撃破、または放棄されたのだ。しかし記録によると各車両ともに数百キロは走行している。適切な整備を行えば一試合が終わるまで、辛うじて稼働させられると以呂波は判断していた。

 しかし。

 

「アレは隠せるんですか?」

「うん、T-35の使い道が問題よねぇ……」

 

 砲塔を五つ持っていても互いに射界を邪魔する上、砲の威力自体大したものではない。加えてその巨体は単なる的であった。

 とはいえ使い道が一切ないわけではない。農業科はT-35の主砲塔に千種学園の校章、四つの副砲塔に統合前の学校の校章をそれぞれ描いていた。T-35は派手な見た目からプロパガンダには有用だったことを考えると、千種学園を象徴したとも言えるペイントはある意味、この戦車の正しい使い方かもしれない。

 

「でもあの戦車、乗ってる人間の数ならトップだよ!」

「……それ、関係ない……」

「戦車から降りて戦うわけじゃないんだから」

 

 美佐子の言葉に澪は呆れ、結衣は苦笑する。だが以呂波は……

 

「それだ!」

「わっ!?」

 

 義足とは思えない速度で振り向いた以呂波に、船橋が思わず飛びずさる。

 

「作戦が考えつきました」

 

 ニヤリと笑い、以呂波は机に歩み寄った。椅子に腰を降ろし、卓上の資料のうち一枚を手に取る。試合場所の地図だ。広大な丘で、戦車が潜めそうな林もある。

 

「ズリーニィを攻撃の要とし、他の戦車が全力でそれを支援、あわよくばトゥラーンも攻撃に使えます。船橋先輩のトルディにも重要な役目を担っていただきます」

「おお、任せてよ! じゃあみんなを集めて作戦会議しましょう!」

 

 船橋が目を輝かせた。作戦はまだ告げられていなくても、以呂波の表情と口調で、勝算が見えてきたのだと分かる。勝ち目の薄い戦いには変わりないだろうが、僅かでも活路が見えればそこを走り抜けることに迷いは無い。

 

「それと先輩、去年の大洗とサンダースの試合を録画した映像、ありましたよね」

「去年の一回戦のやつ? あれを参考にするの?」

 

 戦車道を始めるに辺り、船橋は全国大会の映像を資料として集めていた。昨年の大会では第一回戦から大番狂わせがあったことで有名である。優勝候補の一角であるサンダース大付属高校を、無名の弱小校だった大洗女子学園が破ったのだ。戦車の性能差を跳ね返した大洗側の采配は、高性能戦車を揃えられずにいる学校を奮起させたという。

 

「ええ、特に先輩には……後輩の身でこういうこと言うのも何ですが、あの試合から勉強して頂きたいことがあるんです」

「うんうん。大洗の八九式の活躍でしょ。土煙で敵を騙したり、フラッグ車を釣り出したり、大活躍だったよね」

「いえ、まあそれもですけど」

 

 以呂波は頬を掻いた。怪訝そうな表情の船橋に、彼女はそっと耳打ちした。

 

 

「サンダースの副隊長を参考にしていただきたいんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……かくして、以呂波率いる千種学園戦車隊は練習試合に臨むことになった。猛訓練を可能とする士気の高さもあって練度は向上したが、それでも不利には変わりない。相手は全員一年生とはいえど、戦車道経験者もいるだろう。その上戦車の性能差も大きい。

 それでも船橋はこの練習試合を学校新聞や校内ラジオなどで宣伝し、注目を集めることに腐心した。チームメンバーに必勝の信念を持たせるために。そして試合の後、戦車道チームがより注目されるように。

 

 そして試合当日、彼女たちは学友の視線を受けつつ、戦いの場へ赴いた。

 

 

 

「練習試合をお受けいただき、ありがとうございます。ドナウ高校臨時指揮官の矢車マリです」

 

 長身の少女がお辞儀をした。一年生のはずだが背が高く、発育が良い体つきをしている。背筋を伸ばした佇まいに、黒い制服と短剣が似合っていた。顔つきはあどけなくても、どこか昔のドイツ軍将校を連想させる雰囲気がある。

 その背後にはドナウ高校の乗員たち、さらに後ろには戦車が並んでいた。長砲身のIV号F2型と、III号J型だ。五両とはいえドイツ戦車が精悍な姿を並べている。

 

 一方千種学園の側は同じ位置にしっかりと並んではいるものの、極端に大きいT-35がいたり、姿勢の低いカヴェナンターやズリーニィがいたりと、やたらとデコボコして見える。

 

「千種学園隊長の一ノ瀬以呂波です。今日はいろいろと勉強させていただきます」

 

 以呂波が手を差し出し、二人は握手を交わす。対戦相手同士ながらも友好的なムードである。だがそれも束の間だった。

 

「ところで、そちらの戦車はどこにあるのですか?」

 

 ふいに、矢車が妙なことを尋ねた。

 

「……貴女の目の前にありますが」

「ああ、これでしたか」

 

 わざとらしく驚いてみせる矢車を見て、以呂波は心配になった。自分の後ろにいるチームメンバーたちが、相手の煽りに耐えられるかと。

 

「失礼しました、てっきり何かの見せ物かと思いましたので。T-35だなんて」

「何だとテメェ!?」

 

 案の定、農業学科のメンバーがいきり立った。チームの中でも彼女たちは血の気が多い。しかし船橋がその前で手をかざし、制止する。矢車以外のドナウ高校メンバーもクスクスと笑っていた。だが以呂波はこのような挑発にも慣れている。

 

「ご覧になっていきますか? 見物料は高くつきますよ」

「ふふ。まあお互い頑張りましょう。……ご無理をなさらないように」

 

 以呂波の義足をちらりと見て、矢車は踵を返した。彼女の「総員、乗車!」の号令と共に、ドナウ高校チームは各々戦車に乗り込み、エンジンを始動する。

 

 轟音を轟かせて一度後退し、旋回して緑の丘を走り去って行く。その後ろ姿を、以呂波は冷静に見送っていた。パンツァーカイルと呼ばれるくさび形の隊列を組み、乱れなく動いている。だが速度は遅めであり、一両だけ僅かに遅れているIII号がいるのを彼女は見逃さなかった。操縦手の技量の劣る車両があり、それに速度を合わせているようだ。

 

 左足を軸に、以呂波はくるりと後ろを振り向いた。農業科チームも一先ず収まったようで、以呂波に全員の視線が集中する。

 

「最初に言っておきますが、皆さんには私のような体になってほしくありません」

 

 義足で地面を軽く踏み、以呂波は毅然と言った。

 

「落ち着いた行動を心がけ、感情に任せて危険な行動を取らないようにしてください。相手が我々を侮っているのなら、そこが付け入る隙です。それぞれの役割を果たすことを考えてください。ズリーニィとT-35は『ジャガイモ作戦』、トルディは『アシラ作戦』を!」

「了解!」

「やってやるぜ!」

「本領を見せてやりましょう!」

 

 仲間たちからは頼もしい言葉が返ってくる。相変わらず士気は高い。以呂波はこれなら十分戦えると思った。今までここまで形勢の不利な戦いは経験していなかったが、それでも『やれる』という自信が湧いてくるのだ。自分が戦車の道に戻ったことの喜びか、あるいは船橋たちの冒険心が移ったのか。

 

「それではスタート位置に向かいます。……千種学園戦車隊は!」

 

 可能な限りの大声で叫んだその台詞に、メンバー全員が唱和した。

 

 

「勇敢! 冷静! 仲良し!」

 

 

 

 

 




次回からようやくバトルシーンが始まります。
本当は原作みたいにご飯会とかもやらせたかったんですが、そうすると試合のシーンがさらに遠くなるので後回しにしましたw
ご意見などありましたら遠慮なくお願いします。



また登場人物と戦車のメモ書きを載せておきます。

※戦車のスペックはここに限りアラビア数字に統一



船橋幸恵
好きな戦車:エクセルシアー重突撃戦車
好きな花:スターチス
・広報委員長の三年生で、戦車道チーム結成の中心人物。
・明るく話し好きな性格で、写真撮影の技術に長ける。
・戦車道で廃校を免れた大洗女子学園を尊敬し、同時に高まる戦車道熱に便乗してチームを結成する。
・自分のいた学校を守れなかったことを無念に思っているが、同時に千種学園も愛しており、常に学園のイメージアップを考えている。


38MトルディI軽戦車
武装:36M対戦車ライフル(20mm)、34/37M機関銃(8mm)
最高速度:50km/h
乗員:3名
・ハンガリーで開発された軽戦車で、スウェーデンのL-60軽戦車をライセンス生産したもの。
・武装はL-60のマドセン20mm機関砲から、スイス製のゾロトゥルン対戦車ライフルをライセンス生産した物に変更されている。
・元になったL-60同様に軽戦車としては優れていたが、ソ連軍戦車と戦うにはあまりにも貧弱な武装だったため大損害を受けた。
・パーツ類を国産化したトルディII、回収した車両に40mm砲を搭載したトルディIIa、医療機器を搭載した救護車仕様などのバリエーションがある。
・当初から40mm砲搭載で生産されたトルディIIIもあったが、より強力なトゥラーン戦車の製造が優先されたため少数のみ生産された。
・千種学園戦車隊では主に偵察の要を担う。




丸瀬江里
好きな戦車:A-40空挺戦車
好きな花:黒いチューリップ
・航空学科チームの二年生で曲技飛行が得意。
・以前から積極的に広報活動に関与しており、船橋と仲が良い。
・戦闘機乗りの自伝などを読んでいるため戦いの心構えができており、ズリーニィIを任される。


44MズリーニィI突撃砲
武装:43M戦車砲(75mm)
最高速度:43km/h
乗員:4名
・III号突撃砲の影響を受け、トゥラーン戦車をベースに開発されたハンガリーの突撃砲。
・元々は105mm榴弾砲装備のズリーニィIIが開発され、その後対戦車用の長砲身75mm砲を搭載したズリーニィIが開発されたが、量産されたのは105mm砲装備型のみだった。
・75mm砲搭載型の方が後に作られたのに何故かI型となっている。
・デザインはイタリア軍のセモヴェンテM40に似ているが、スペックでは上回っている。
・105mm砲装備型のズリーニィIIはソ連軍相手に、大きな損害を出しながらも勇敢に戦い、小国の意地を見せた。
・千種学園ではまともな対戦車火力を持った唯一の車両であり、乗員の航空科チームには特に厳しい訓練が課せられた。

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