やたらと長い前哨戦を経てようやく準決勝開戦です!
列車砲車体の巨大モニター車が、会場の様子を映し出す。四つの学校が一度に戦うため、観客の数も多かった。珍妙なのはそのうち二校の応援団から、同じ叫びが上がっていることだった。千種学園も決号も、男女揃って盛んに「一ノ瀬! 一ノ瀬!」の声を上げている。やがてそれに気づいたのか、それぞれ「以呂波!」「千鶴!」の叫びに変わった。
整然と並んだ生徒たちの中から、両チームの隊長と副隊長が歩み出る。大洗女子学園の西住みほと澤梓、千種学園の一ノ瀬以呂波と船橋幸恵。決号工業高校からは一ノ瀬千鶴と黒駒亀子、ドナウ高校のトラビと矢車マリ。それぞれの背後に控える選手たちを代表して、審判の前で挨拶を交わす。千鶴は以呂波を見て微かに笑い、以呂波も笑顔で応じた。トラビは以呂波の義足や、梓のまだそわそわした様子を興味深げに眺め、矢車は待ちに待った戦いに目を輝かせている。亀子は脇腹を掻いていた。
その後車で戦車のスタート地点へ移動し、準備に取り掛かる。今回のフィールドは主に起伏のある草原、森、市街地で構成されており、決号・ドナウ側は市街地に近い。準備に当たる両校の少女たちは戦車の整備点検に当たり、地図を見直していた。大洗・千種側のスタート地点から市街地へ向かうルートは二つあり、片方は西側の森の縁を掠める狭い道、もう片方は比較的視界が開けた東側のルートで、最終的に同じ地点へ合流する。総合火力ではドナウ高校に分があり、相手としては得意の市街戦に持ち込もうとするだろう。しかし決号もまた、市街戦は得意だった。
「まずはあたしらが市街地へ入り待ち伏せ、ドナウ隊が東から追い込む。西側はE-100で塞ぐ、と……」
考えた作戦をつぶやきながら、千鶴はトラックの助手席に置かれた箱の中を眺めていた。詰め込まれているのはおおよそ彼女に似つかわしくない、可愛らしい熊のぬいぐるみ四種である。ただし手足に包帯が巻かれていたり、絆創膏が貼られていたり、玩具としては少々異様な風体だ。そこへハンガリーのカロチャ刺繍だの飛行帽だののアクセサリーが加えられ、ますますシュールさが引き立てられている。
箱に可愛らしいフォントで『ボコられグマのボコ 千種学園限定品セット』の文字が書かれている。捕虜交換の際、以呂波にオマケとして要求した物だ。唸りながらそれを見つめる千鶴の姿を、亀子は嫌そうな目で見ていた。
「鶴。前から思ってたんだが、そんなもんの何がいいんでェ?」
「ホンマやで。そんな情けない
トラビまで口を挟んだ。箱の蓋を閉じ、千鶴は呆れたような表情を浮かべる。
「お前らには分からないかなぁ。この計算されたボロボロ具合はヴィンテージジーンズに通じるものがあるだろ」
「一緒にしちゃいけねぇや」
「それに情けなくはないぜ。何回フルボッコにされても立ち上がるんだから」
「ほな、秘伝の
能天気な、それでいて物騒な会話をする幹部たち。その一方で隊員たちは準備を整えていた。矢車が笑顔でそのことを報告すると、隊長二人は整列した仲間たちの前へ出る。
大洗・千種に比べ、この両校の生徒はレトロな出で立ちをしていた。ドナウ側はドイツ帝国の騎兵将校を模した服装で、二列に並んだボタンの黒いジャケットを着ている。決号のタンクジャケットは開襟の黒いフロックコートにたすき掛け、ロングブーツ、鍔つきの制帽という構成だ。正式に一弾流門弟となっている生徒もおり、流派の旗印である『芙蓉に一文字』の徽章を胸に着けていた。モデルになったのは明治時代の警視隊という、ドナウ高校に負けず劣らずの古風さである。
「さて、いよいよかの大洗との戦いや。今更言うこともあんまないけど、一つだけ言うとくで!」
いつも通りの陽気さで、トラビが告げた。早く戦いたくてうずうずしているのが見て取れる。
「キツくなったら、男のことを考えるんや! 誰でもエエから色男のことを! するとヴァルキューレは悋気して避けて通り、心の広い
「
ドナウの隊員は一斉に唱和した。決号側も笑いながら「了解」と返す。続いて千鶴が一歩前へ出た。
「あたしからも今一度言っておく。今度の相手は何をしてくるか予想しきれない。だが立てた作戦外で敵隊長車とやり合うことになったら、次の五つの鉄則を守れ」
全員の表情が引き締まった。幹部から末端に至るまで、今度の相手の手強さを重々承知している。そもそもこの大会が開かれるきっかけとなった、奇跡の新興チーム・大洗女子学園。そして千鶴の妹が隊長を務める千種学園。油断できる相手ではない。その軍勢を統べる二人は指揮官としても、一介の戦車乗りとしても恐るべき人物だった。
「一、相手が自分に気付いているときは仕掛けず、必ず奇襲に徹しろ。二、奴らの格闘戦には付き合うな、一撃で仕留められなかったら退け。三、できる限り複数でかかれ。四、西住みほには死ぬ気でかかり、以呂波には殺す気でかかれ」
一言ごとにトラビがうんうんと頷き、四つ目にはこらこらとツッコミを入れた。亀子は千鶴の後ろに控え、無表情で耳を傾けている。最後に千鶴はニヤリと笑みを浮かべ、最後の鉄則を口にした。
「五。笑え! そうすりゃ冷静になれる!」
大洗・千種連合も、戦車の点検を終え、出撃準備を整えていた。全車両共に乗員が乗り込み、エンジンを始動している。フラッグ車は西住みほの駆る、大洗IV号戦車。D型をベースにした改造品であるものの、その性能はIV号の集大成たるH型に何ら遜色はない。むしろ自動車部の驚異の技術力でチューンナップされ、総合的には上回っていると言って良い。ポルシェティーガーも千種学園鉄道部の協力を得て、電気モーターをさらに強化している。
千種学園も負けてはいない。九五式装甲軌道車ソキは武装が丸ごと交換されていた。元々銃眼からあり合わせの武器を使う車両だが、戦車道連盟から「武器を取り外して使えないよう固定しておくように」と指示されたため、今までは十一年式軽機関銃が据え付けられていた。しかしこの機関銃は故障が多くて扱いづらく、後継の九六式は弾倉が上についているため、砲塔内でリロードしにくかった。そこで鉄道部員たちは思い切って機関銃と決別し、ボルトアクション式ライフルの三八式騎銃に換装したのだ。機銃と違って威嚇効果もほとんどなく、戦車道では全く使えない兵装である。しかし博識な優花里のアドバイスで、守保からちょっとした付属品を購入していた。
さらにトゥラーンIIIにも特別な改造……というより、偽装が施されていた。偵察班の集めた情報を鑑み、みほと以呂波が慎重に協議した結果だ。上手く行けばこの試合の趨勢を決めることになるかもしれない。
「砲塔旋回、照準装置、異常無し……砲手、準備良し」
「エンジン出力、変速機正常。水温異常なし。操縦手、準備良し」
「閉鎖機動作確認! 弾薬格納正常! 装填手準備良し!」
「車内通話、車外通話、正常。通信手、良ろし」
タシュの車内で乗員が次々と報告する。生身の左脚、人工の右脚で車長席に立つ以呂波は、タシュの長い砲身を眺めていた。パンターと同じ7.5cm Kwk42。電気式雷管で発火し、装甲貫徹力においてはティーガーの88mm砲を上回る。その長大な砲身の付け根、防盾の部分に、小さく棺桶の絵が描かれていた。小説『白鯨』に因んで描いたものだ。隻脚の船長・エイハブに率いられた捕鯨船ピークォドは、白鯨との戦いで海の藻屑と消える。物語の語り部であるイシュメルだけが、救命ブイに改造された棺桶に掴まって漂流し、生還するのだ。このタシュ重戦車がただの棺桶になるか、それとも小説よろしく身を救うことになるか、以呂波の采配と乗員の奮闘にかかっている。
「澪ちゃんが銛打ちだね!」
美佐子の勇ましい呼びかけに、澪も力強く頷いた。訓練を通じて五十鈴華の実力を間近に見ることができ、砲手として良い刺激になった。彼女のような名射手になるべく努力を重ね、技術も向上している。まずは形から入ると言って華と同じ量の食事を摂り、腹を壊す場面もあったが。
「E-100は私たちの獲物ね」
エンジン音に耳を澄ませながら、結衣も高揚していた。彼女もまた名操縦手・冷泉麻子から技術を教わろうとしたが、努力家で秀才タイプの結衣と天才の麻子とでは今ひとつ噛み合わなかった。そのため果たして技術が向上したか、本人にも実感がない。だが何かしら得るものはあったと信じている。
「そういやさっき、観戦エリアに黒森峰のキューベルワーゲンがいたね」
晴がぽつりと言った。キューベルワーゲンはドイツ製の小型軍用車両で、黒森峰やドナウなど多くの学校で使われている。どうやら強豪中の強豪である黒森峰も、この『士魂杯』に注目しているようだ。
「ドナウ高の応援でしょうか」
「いや、違うね。あの人たちは西住さんのことが気になって仕方ないのさ……」
意味深なことを言った後、晴はヘッドフォンを押さえ、全車両の準備完了報告を聞いた。一番時間のかかるT-35もようやく点検が完了したようだ。それを以呂波に伝えると、義足の戦車長は頷いて、咽頭マイクに手を当てた。
「西住隊長。千種学園全車、準備完了です」
《了解。大洗も完了です》
返事を聞いて大洗隊の方に目をやると、“軍神”と呼ばれた少女は真っ直ぐに前方を見ていた。オキサイドレッドに塗られたIV号戦車は48口径75mm砲を搭載しており、タシュほどでないにせよ、大抵の戦車は一撃で屠る威力を誇る。二度の奇跡を起こした大洗の牙だ。そして通信アンテナの先には、フラッグ車の証である小さな旗が付いている。
この西住みほという指揮官は以呂波の想像と大分違っていた。戦術は柔軟で、想定外の事態への対処能力も高い。だが一見カリスマ性に優れているわけでもなく、仲間を積極的に牽引するタイプでもない。実際、去年は生徒会長の角谷杏が、さり気なく彼女が指揮を執りやすい環境を作ってやっていたという。しかし素人集団だった大洗女子学園をここまで育てたのは、間違いなくこの西住みほなのだ。
彼女から学ぶことは多いだろう。そして、姉との戦いからも。
やがて笛のような音と共に、火球が青空に上がる。快音と共に白煙の花火が弾け、四人の少女が一斉に号令した。
「
……観客席で戦いを見守る守保は、決号に売った試製五式砲戦車ホリIIの動きに注目していた。組み立ては決号の艦内工廠で行ったが、大柄な車体はスムーズに動いている。工業高校の整備力の高さを表していた。今は二式砲戦車ホイ一両を護衛につけ、高台の狙撃位置へ向かっている。単に強力な主砲を持つだけでなく、長距離狙撃を可能とする装備があった。現代の技術で調整を施されたそれは遺憾なく威力を発揮するはずだ。
一方でドナウのE-100の動きも気になる。一弾流の戦闘教義からかけ離れた車両であるため、千鶴は共に行動することを嫌うだろう。今の所、IV号らしき中戦車二両を護衛にして市街地西側のルートへ向かっているようだ。道を塞ぐつもりかもしれない。そして決号の本隊は市街地へ向かっている。
「ドナウの主力が千種・大洗を追い立て、市街地付近でE-100と挟撃。数を漸減した上で市街地へ押し込み、決号の伏撃でトドメを刺す……そういうシナリオでしょうか」
「多分な」
秘書の予想は概ね当たっているだろう。だが以呂波とかの西住みほが指揮を執る部隊が、相手の策通りに動くとは思えない。また千鶴やトラビも、すべて筋書き通りに進むなどと期待していないだろう。
二人の隣で干し芋を齧っている角谷杏も、興味深々といった表情でモニターを見ていた。
「君はどっちが勝つと思うかい?」
「どうだろうねー。ま、西住ちゃんたちが負けたら、また罰ゲームでもしてもらおっかな」
干し芋を飲み込み、悪戯っぽい笑みを浮かべる元生徒会長。守保は昨年のプラウダ戦で見た『アレ』を思い出した。
「例のあんこう踊りか」
「うーん、さすがに義足であの踊りは無理っしょ」
「おいおい、以呂波も対象に入ってるのか!?」
「そりゃもう、チームなんだから一蓮托生!」
つくづくおっかない子だ、と改めて思う守保であった。丁度そのとき、モニターに映る千種・大洗の車列が二手に分かれていった。