ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

58 / 102
サブタイトルは単なる自虐ネタです。ちゃんと必要なシーンは省略せず書いてます。


いい加減に長くなったのでスパイ作戦はここで終了です!

 八戸タンケリーワーク社の企業艦(カンパニーシップ)は合宿用の小型学園艦を改造したものであり、形状はイギリス軍の航空機搭載タンカー・MACシップに似ている。合宿施設はそのまま社員寮となり、スポーツ場なども商品の試験場に使っていた。しかし航空機の発着場は拡張されており、大型輸送機も利用できるようになっている。

 日が傾きつつある飛行場に、ドナウ高校の校章が書かれた、ユッカースJu52輸送機が駐機していた。波型外板で構成された無骨な機体、機首と両翼に備えられた三つのエンジンが特徴的な、ドイツ製輸送機だ。二次大戦中にドイツ兵から『ユーおばさん(タンテ・ユー)』の名で親しまれたその機体の足元に、六人の少女が立っていた。優花里と晴、美佐子、操縦手を務めたドナウ高校の生徒、そして一ノ瀬千鶴とプリメーラだ。

 

「ちょっと早く着きすぎたな」

 

 コンクリートの滑走路を眺め、千鶴は呟いた。双方にとって幸いなことに、交渉は予想より円滑に進んだ。美佐子は以呂波の命令で速やかに出頭したし、脱走を企てたりもしなかった。千鶴は捕虜三人を亀子一人と交換する代わり、千種学園に没収したスパイ装備の返却と、ついでに『ある物』を注文。以呂波もそれを受け入れた。捕虜交換の場にはトラビも同行をせがんだが、千鶴は「ウルセェから来るな」と却下、機体とパイロットだけを借りてやってきた次第である。

 

「……ところで、一ノ瀬千鶴殿」

 

 優花里がゆっくりと口を開いた。捕虜の身であれど、まだ任務が残っている……彼女の目はそう言っていた。

 

「ホリ車の戦闘室上面が念入りに偽装されていましたが、あの部分に見られては困る物があったのですか?」

「……想像に任せるよ」

 

 ニヤリと笑って答える千鶴。ただそれだけの返答だったが、優花里は自分の予想が正しいことを確信した。千鶴も隠し通せないと踏んだのだろう。これで心残りはない。

 

「諜報合戦も試合の一部と言うべきか。随分と長い戦いだったね」

 

 友人を労うかのように、プリメーラは微笑む。何故かこの場に混じっている彼女に、千鶴は怪訝そうな表情を浮かべた。

 

「そうか? 半日とちょっとだろ。場合によっては何日も潜入することだってあるじゃないか」

「ああ、それもそうだね。やっぱり当事者と傍観者では時間感覚が違うんだな……」

「何の話だよ」

 

 理解の追いつかない言葉にツッコミを入れる。このプリメーラという少女はたまに別次元の話をする癖があった。加えて生来の放浪癖があるらしく、たまにバイクに乗って行方不明となり、部下たちを困らせているらしい。だがそれでも人を惹きつけるカリスマ性があるようで、部外者である彼女がひょっこり輸送機に乗り込んだときも、千鶴は「まあいいか」と認めてしまった。

 

「それにしも、何でわざわざ来たんだよ」

「見届けたくてね。決号、ドナウ、大洗、千種……私は誰の肩も持たないけど、結局のところは皆同志だと思う。去年の大洗解放戦線の後、戦車道で学校の誇りを守ろうと考える人が増えている。私は勝手に角谷主義者(カドタニスタ)と呼んでいるけど」

「か、カドタニスタ……」

 

 優花里が思わず笑ってしまった。千種学園の船橋などはまさしくそれに該当するが、角谷杏本人が聞いたら何と言うだろうか。プリメーラも半分ウケ狙いで言ったようで、彼女の反応に満足げだ。

 

「要するに私たちは二つの大洗、三つの大洗、さらに数多くの大洗を作るべき……そう主張していかなくてはならない」

「そいつはあたしも同意見だな」

 

 今度の言葉は理解できたようで、千鶴は即座に同調した。戦車道の信念において、二人は大分気が合うようだ。

 

 ふと晴が何かに気づき、茜色の空を見上げる。小さな黒点がエンジン音と共に近づいてきていた。

 

「……来た」

 

 ぽつりと浮かんだその点は次第に大きくなり、双発飛行艇のシルエットがはっきりと分かるようになった。アガニョークからの脱出にも使われたPBYカタリナだ。今回は偽装はされず、ちゃんと千種学園の校章が描かれている。

 ようやく現れた機影を見上げ、千鶴はふいに美佐子の肩を叩いた。

 

「お前、隊長車の装填手だったよな」

「あ、はい! そうですけど」

 

 突然話しかけられて驚く美佐子に、優しげな視線向ける。敵ではなく、姉の顔だった。

 

「以呂波を支えてやってくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八戸守保は小さな艦橋から、着艦態勢に入るカタリナ飛行艇を見上げていた。商売人である彼はあくまでも中立の立場だが、妹たちに捕虜交換の場を提供した。会社へ帰ってすぐにこのようなことを頼まれ、やれやれと思いながらも滑走路を空けたのだ。

 艦橋内は応接間となっており、特に重要な客はここへ通される。今部屋にいるのは一人の中年女性と、陸上自衛隊の制服を着た若い女性の二人だ。中年女性の方は和服を着ており、黒紫色の生地に芙蓉の花があしらわれている。一弾流の定紋にも使われている花だ。後頭部で結わえた髪は黒く艶やかだが、顔立ちは少し疲れた様子が見受けられた。対する女性自衛官の方は凛々しい顔立ちに制服がよく似合っていた。以呂波や千鶴、そして守保とも似た雰囲気を持っている。制服の襟に着けられた『戦車と天馬』の徽章が、機甲科所属であることを示していた。

 彼女達は名をそれぞれ一ノ瀬星江、実星という。戦車道一弾流の家元とその長女、つまり守保の母と妹である。

 

「以呂波が来たぞ。会いに行くか?」

「今は会わない」

 

 親指でカタリナを指差しながら尋ねると、星江は首を横に振って答えた。細い声だがどこか力強さがある。

 

「これからの試合を邪魔したくはないから」

「以呂波が戦車道を続けることを認めるのか。俺としては有難いことだ」

「貴方は戦車が売れれば何でもいいんでしょう。私たちにとって戦車は宝だけど、貴方にとってはただの商品……」

「ああ。俺は男だからな」

 

 淡々とした口調で言う母親に、守保は即答した。若干、険悪な空気が漂う。勘当された身である守保としては、自分のやり方に口出しされても聞く耳は持たない。若くしてこれだけの会社を立ち上げるまで数多の苦労をしたが、その中で得た商人としての確固たる信念があるのだ。だがそこまで必死になった理由が、自分を勘当した母親にあることも事実だ。

 

「戦車は飯の種だし、そこに社員の生活もかかってる。その点では流派を背負うあんたと同じようなものさ」

「……そうかもね」

 

 星江は卓上に出された紅茶を啜った。そしてふと目を細める。自分の一番好きな銘柄だと気付いたのだ。

 

「でも兄さん、去年は大洗に物資を横流ししたんでしょう?」

 

 実星が口を挟んだ。口調はどことなく以呂波と似ているところがあり、顔つきも姉妹全員よく似ている。自分の真意を問うような質問に、守保は苦笑した。

 

「大洗に同情してたのは俺だけじゃないだろうが、あれは打算でやったことさ。それに横流しじゃなくて、出世払いな」

 

 あの後ちゃんと金は取った、としっかりことわる。昨年度の『大洗紛争』の際、八戸タンケリーワーク社は自体を深刻に受け止めていた。奇跡の優勝劇で戦車道熱が高まり、ビジネスチャンスだと喜んだ矢先のことである。

 大洗女子学園は存続を賭けた試合に臨むこととなったが、その条件は極めて不利なものだった。しかも大洗はすでに廃校が決定して学園艦を追われており、試合に必要な燃料・弾薬を買うのに学校の予算を使わせてもらえなかった。ここまでくると不公平というより非人道的と言っても良いほどで、国家権力がスポーツに干渉するという、民主国家にあるまじき事態である。

 

 その話を聞きつけた守保は即座に当時の大洗生徒会長・角谷杏に会い、支援を申し出た。彼としては会社のイメージを悪くしないため、大洗に加勢したという実績を作らねばならなかったのだ。

 

「文科省の戦車道強化計画には我が社も協力してたし、大学選抜隊もお得意さんだったからな。あのまま大洗が潰れてみろ、大学選抜の子たちは弱いものいじめの汚名を着せられるし、それと取引してた俺たちにもどんなとばっちりがくるか……」

 

 溜息を吐き、守保は実星の向かい側に腰掛けた。

 

「分かるだろう? 一番とばっちりを食ったのはお前ら陸自だ」

「まあね」

 

 実星も苦笑するしかなかった。『大洗紛争』の後、進路に自衛隊を希望していた戦車道選手が、入隊を取り消す事態が相次いだのだ。戦車は好きだが国が嫌いになった、という理由で。結局文科省の行為は若者たちに国家への不信感を植え付けるだけだった。学園艦解体業者との癒着の噂が当時から囁かれているし、役人たちは未だ言い訳に奔走している。その手先として使われた島田流には同情の声が寄せられていた。

 

「まあ島田のお嬢さんはフェアプレー精神を見せたし、チームの士気が低い中で大戦果を挙げたし、島田流の名誉は保たれたようだけどな」

「確かに、あの子は凄い」

 

 相槌を打ちつつ、実星はお茶請けのクッキーを口へ放り込む。紅茶と共に飲み下し、ふと神妙な面持ちで守保を見た。

 

「島田のお嬢さんの戦法、戦闘機乗りに例えると誰だと思う?」

「さしずめエーリヒ・ハルトマンだろう。並外れたセンスを持ちながらそれに頼らず、堅実な奇襲に徹していた」

 

 戦車乗りの家に生まれた男は航空機に興味を持つことが多い。最終的に戦車ディーラーになったとはいえ、守保もそのクチだった。

 ハルトマンは二次大戦におけるドイツ空軍のトップエースだ。操縦技術も射撃も極めて優れていたが、戦法は常に死角から奇襲を仕掛け、気付かれたら深追いせず飛び去るという一撃離脱を徹底した。それによって史上最多の、未来永劫二度と更新されないであろう三五二機という撃墜数を記録し、尚且つ生き残ったのだ。

 大洗紛争における大学選抜隊長・島田愛里寿の活躍を見れば、素人は彼女を人間離れした化け物と評するだろう。しかし繰り返し見れば、その戦果のほとんどが不意打ちによるもので、堅実かつ確実な戦法を取っていたと分かるはずだ。

 

 兄の意見に頷き、実星は滑走路を見やった。着艦したカタリナから西住みほが、そして義足を地面について以呂波が降りてくる。

 

「……今の以呂波の戦法はどうも、マルセイユに近いと思うんだよね」

 

 妹の考えを察し、守保は眉をひそめた。ハンス・ヨアヒム・マルセイユは同じくドイツ空軍のパイロットで、優れた技量を持つ英軍を相手に戦果を挙げた。彼はハルトマンとは逆に格闘戦中心の戦法を駆使し、相手の進路を予測した『見越し射撃』を使って敵機を撃墜した。その腕前たるや、「敵が自ら弾の中に飛び込んで来る」と評されるほどだったという。

 しかし、彼は生きて大戦を終えることはできなかった。

 

「脚を切る前の以呂波は、堅実だけど大胆さに欠けるところがあった。今のあの子は確かに強いけど……」

「限界が来る……って言いたいのか?」

 

 実星は頷いた。

 

「少なくとも島田のお嬢さんみたいに、ハルトマン型を徹底した猛者が相手になれば……勝てないと思う」

 

 守保は反論しなかった。マルセイユの死因はエンジントラブルだったが、それがなかったとしても終戦まで生き延びられたか怪しい。高速戦闘機での格闘戦は負担が大きく、マルセイユは空戦後に疲れ切り、煙草すら持てないほど疲弊していたという。

 今の以呂波は持ち前の射弾回避能力を生かし、敵の砲撃を見切りつつ撃ち合う戦法を多用している。もちろん必要に迫られて行うことも多いだろうが、鎬を削る戦い方は負担も大きいだろう。いずれ限界が来るというのも否定できない。

 

「……私にはあの子たちのやることを見届ける義務がある」

 

 窓の外を眺め、再び星江が口を開く。静かな、しかし強い意志が宿る口調だ。その目に熱いものが燃えていることに、守保は気付いた。

 

「新しいチームで何かを見出せたのなら、それも良し。けど一弾流として、あまりに無様な戦いをしたら……」

 

 飛行場では傾いた陽が、少女たちの影を地面に長く映している。向かい合った両チームの生徒は、それぞれの捕虜を解放した。段ボール箱を持った亀子が、優花里、美佐子、晴とすれ違う。以呂波は義足でしっかりと立って姉と相対していた。娘の姿を見る母の目に、守保はふと笑う。

 

「安心したよ。最近老け込んだって聞いてたからな」

「あら。貴方に心配されてるなんて思わなかったわ」

 

 紅の塗られた口に、皮肉めいた微笑が浮かぶ。対する守保も同じような笑みを浮かべていた。

 

「これからは若者の時代だ、なんて悟ったこと言われちゃ情けないからな。あんたを憎んでここまでやってきた自分が、馬鹿馬鹿しくなる」

「そう。ならもう少しだけ、元気でいられるよう頑張るわ」

 

 息子から顔を背け、一弾流家元は紅茶を飲み干した。

 

 

 

 

 

 飛行場では捕虜交換が無事に済み、仲間の元へ帰った偵察班がその労を労われていた。優花里は敬愛する西住みほに謝罪するも、彼女は逆に感謝の意を表し、いつも苦労をかけていることを謝った。以呂波も困難な状況下で情報を入手した仲間達を讃え、先に飛行艇へ乗せて休息を取らせた。

 そのとき、Ju52の方から駆け寄って来る者がいた。パイロットを務めていたドナウ高校生だ。

 

「いーちのっせさん!」

 

 にこやかな笑顔で、妙に明るく声をかけてくる少女。背が高くてスタイルも良く、活発な印象だ。ドナウ高校の制服をしっかりと着こなしているが、額には幾何学的な模様の描かれたバンダナを巻き、どことなくエキゾチックなスタイルだ。

 知らない相手に突然呼びかけられ、以呂波は一瞬唖然とする。それに構わず、少女は言葉を続けた。

 

「またお会いできて嬉しいです! 脚の調子、前よりも良くなってるみたいですね」

「ええと……何処かでお会いしましたか?」

 

 問いかけると、彼女は「たははー」と乾いた笑い声を上げる。二、三回頭を振ると、やれやれという表情を浮かべた。

 

「やっぱり忘れてるかー。まあ仕方ないですね。けど、私はずっと覚えてますよ」

 

 瞳に好戦的な色が宿った。同時にその笑みに既視感を覚え、以呂波が記憶を辿る。だがその間に、少女は彼女にずいっと顔を近づけた。

 

「カヴェナンターに乗った、あんたの姿。忘れはしません」

「……矢車さん!?」

 

 その名前は驚愕の叫びとして、以呂波の口から飛び出した。ドナウ高校副隊長代理・矢車マリ。練習試合で同校の一年生を率い、千種学園と戦った相手。

 

「おっ。思い出してくれましたかー」

「いえ、忘れてはいませんでした……けど……」

 

 以前あったときとの豹変ぶりに戸惑う以呂波。額に巻いたバンダナといい、砕けた口調といい、あの高慢で慇懃無礼な少女とは懸け離れた姿だった。もちろんその顔は矢車マリそのものだったが、人間の容姿は顔のパーツだけで決まるものではない。中身の変貌も外見に影響するのだ。

 唖然とする敵手に向けて、矢車マリは挑戦的な笑みを浮かべた。練習試合で敗れてから、ずっと再戦の機会を待っていたのだろう。それが間近に迫る興奮を抑えきれない様子が伺えた。

 

「一ノ瀬以呂波さん、一つだけ言わせてください。貴女のことはお姉さんからいろいろ伺いました。私は多分、貴女に勝てないでしょう」

 

 矢車ははっきりと言い切った。笑みを浮かべたままで。

 

「でも、我がドナウ高は勝ちます! じゃ!」

 

 高らかに宣言したかと思うと、くるりと背を向ける。何が彼女を短期間でここまで変えたのか、以呂波には分からない。だがその背中が以前より大きく見えた気がした。練習試合のとき、彼女の技量は明らかに以呂波に劣っていただろう。しかし今では油断ならぬ強敵として、眼前に立ち塞がっていた。姉・千鶴と同じく。

 

 やがて矢車がJu52のエンジンを始動し、離陸準備に入った。カタリナもエンジンを始動する。千種学園の潜入班は座席で眠りにつき、みほが優しい微笑を浮かべて優花里の癖っ毛を撫でていた。

 千鶴は以呂波を一瞥すると機内へ姿を消し、亀子も続く。事の成り行きを傍観していたプリメーラはタラップに足をかけると、この場にいる同好の士全員へ、祝福の言葉を叫んだ。

 

勝利まで永遠に!(アスタ・ラ・ヴィクトリア・シエンプレ)

 

 

 

 

 

 




ようやくスパイ作戦終了です。
前々から自覚していましたが、「話の進みが遅いとしか感じない。中だるみしている」という旨の意見をいただきました。
試合まで長くなると思いましたが、行き当たりばったりで戦わせたくはないし、原作キャラとの絡みも必要だし、ある程度批判覚悟で書いたので、やっぱり言われちゃったか、と思いました。
ご意見くださった方、ありがとうございます。
まあ今の章に入ってからお気に入り登録件数や総合評価がグッと増えたので、楽しんでいただけている方もいるとは思いますが、長々と待たせて申し訳なかったので、今回は三話まとめて投稿します。
まだ飽きていないお方はお付き合いいただけると幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。