ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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生きて虜囚の何とやらです!

「以呂波ちゃんが言うには、千鶴さんに捕まると歯を抜かれるらしいですぜ」

「え!? そんなことを……」

「万一捕まったら仕方ない。秋山殿も『歯無し家』になりましょう」

「……た、高遠殿」

 

 晴と優花里は茂みなどの陰に隠れつつ、時には匍匐前進で進んだ。雨は次第に小降りになり、薄日が射し始める。拝借したツェルトバーンは泥まみれになったが、ひたすら履帯の跡を辿る。途中で捜索に当たる生徒たちを見かけたが、上手くやり過ごした。履帯の跡は複数が合流し、どうやら林の中に集結しているようである。優花里の見立てでは全て日本戦車の物で、どうやら決号の部隊らしい。

 声を殺して黙々と前進していくうちに、やがて怒鳴り声が聞こえてきた。

 

「軽油は入れちゃダメ! そいつはガソリンよ!」

 

 ぴくりと優花里が反応し、茂みから僅かに頭を出す。二百メートルほど先に数両の戦車が集められ、偽装しているのが見えた。双眼鏡で確認すると、短砲身砲を搭載したずんぐりとした形状の戦車が確認できた。全長六メートル足らずで、砲塔の上には丸いキューポラが見える。偽装網をかけられていたが、決号の戦車に間違いない。恐らくは二式砲戦車だろう。

 その向こうに、全長七メートルを超える大柄な車両がいた。さすが一弾流だけに偽装は徹底されており、砲身などにも偽装網がかけられ、この距離では車種は判然としない。優花里でさえうっかりすれば見逃してしまうほどに、周囲の景色に溶け込んでいた。その周囲で燃料タンクを持った隊員たちが給油をしていたからわかったようなものだ。

 

「ホリですかね?」

 

 双眼鏡を借りて確認しつつ、晴は問いかける。

 

「恐らくは」

 

 優花里は半ば確信を持っていた。先ほどの怒鳴り声が決め手である。日本戦車は八九式中戦車乙型以降、一貫してディーゼルエンジンを採用している。しかし五式中戦車は大馬力空冷ディーゼルが開発できず、航空機用の液冷ガソリンエンジンを弱体化した物を使った。同じ車体を使った試製五式砲戦車ホリも同様だ。

 もっと近寄って確認することにした。優花里としては五式砲戦車だったとして、ある装備が搭載されているか気になっていたのだ。晴は周囲を警戒しながら優花里の後へ続き、ゆっくりと車両群へ近づいていく。木の陰から陰へ移り、身を隠しながら。

 

 やがて偽装された大型車両が、固定戦闘室らしいことが分かった。角ばった形状で、砲身は75mmより長い。どうも装甲に傾斜はなさそうで、ホリII型らしいと優花里は判断した。しかし車体上面は草や木の枝で覆われ、優花里が目当てとする装備は確認できない。

 

 口惜しいが、これが限界か……そう思ったときだった。ふいに後ろから伸びてきた手が、ツェルトバーンの上から彼女の胸を掴んだのだ。

 

「ふわあああ!?」

 

 奇声を上げ、反射的に強烈な肘打ちを後ろへ繰り出す。しかしその手は繰り出された肘を掴むと、そのまま後方へ引っ張った。雨のせいで足が滑り、次の瞬間には地面へ引き倒されてしまう。もう片方の手で咄嗟に煙玉を取り出したが、次の瞬間には払い落され、強引に組み敷かれた。

 晴の方を見ると、彼女もすでに決号の隊員に取り押さえられていた。最初に口を塞がれて声も出せなかったらしい。じたばたと暴れ、隠し持っていた胡椒をばら撒いて抵抗している。しかし相手は武術の心得があると見え、くしゃみをしながらも必死で押さえつけた。やがて続々と加勢が現れ、集団で拘束されてしまった。

 

「くっ……秋山優花里、一生の不覚……!」

 

 優花里のその言葉は捕らえられたことに対するものか、それとも敬愛する西住みほ以外の人物に胸を触られたことか、あるいは両方か。雨はすでにほぼ止んでおり、彼女を拘束する人物は雨具のフードをゆっくりと脱いだ。ポニーテールと青いリボンが露わになる。

 

「大洗の隊長車装填手……大物がかかったな」

 

 取り押さえた獲物を見下ろし、一ノ瀬千鶴はニヤリと笑う。以呂波とよく似た顔立ちだが、その好戦的な笑みはどこか妖艶にも見え、妹にはない気迫があった。

 

 ぬかるんだ地面を踏む、ピシャピシャとという足音が響いた。先ほどまで給油を指揮していた決号の隊員が、慌てた様子で千鶴へ駆け寄る。小声で「アネさん」と呼びかけ、彼女へ何事か耳打ちした。

 それを聞き、千鶴の眉間に皺が寄る。三秒ほど間を置いた後、「しょうがねぇ」と呟やく。

 

「お前ら、大人しくしてろ。すぐに学校へ帰してやるから」

「えっ……!?」

 

 意外な言葉に、優花里は目を見開いた。試合が終わるまで拘束されると予想しており、すでに脱走の計画を練っていたところなのだ。未だに抵抗していた晴も顔を上げる。

 

「ま……向こうが捕虜交換に応じれば、だけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃千種学園では、拘束された亀子が小会議室へ連行されていた。以呂波、船橋、みほ、梓、そして逃走防止のため男子生徒三人が付き添う。他のメンバーはスパイを捕らえた大坪や警備係、およびその愛馬たちを祝福したり、没収したスパイグッズを物色している。出島期一郎がペン型ボイスレコーダーに気づいたのは、鉄道部員に同じものが支給されているからだ。艦上の路面電車及び駅の風紀取り締まりも鉄道部の仕事で、管轄区内でいじめなどがあれば見過ごしてはならない。他にもクレーマーへの対処などのため、常に音声を証拠として残せるようにしているのだ。悪用できないようにしっかりとセキュリティもされている。

 北森は最大の殊勲者とも言えるセール号への褒美を調達しに、軽トラックで農場へ向かった。そのうちニンジンやリンゴを積んで帰ってくることだろう。

 

 変装用のウィッグと眼鏡も失い、素顔をさらした亀子は後ろ手で縛られたまま、椅子へ座らされる。しかし生来のものと思われる傲岸さは捕虜になっても変わらず、着席するなり脚をテーブルへ投げ出した。よく鍛えられたしなやかな脚は男子たちの目を引いたが、紳士的な彼らは自主的に顔を背けた。

 

「黒駒亀子さんですね。決号工業高校・建築学科三年、戦車道副隊長」

 

 やたらとカ行の多い名前を、以呂波は言いづらそうに呼んだ。亀子としては自分の名前が発音しづらいのは承知で、ふてくされたような表情のまま黙っている。

 

「千鶴姉から、貴女のお話は伺っています」

「……私もあいつから、お前の話は聞いてらぁ」

 

 亀子は微かに笑みを浮かべた。

 

「ようやく会えて嬉しいってなもんだ」

「私もです。状況が状況ですが」

 

 以呂波も苦笑を返す。中学生の頃、姉から彼女のことはいくらか聞いていた。千鶴は一弾流門弟の娘数人と共に、戦車道特待生として決号工業高校へ入学した。学園艦が無法地帯で、暴力沙汰も日常茶飯事だった頃の決号へ、だ。千鶴は入学して早々、たった一人で十人以上の不良と戦う少女を見かけ、助太刀した。そして彼女を戦車の道へ誘ったのである。

 

「姉は確か、鶴と亀で縁起が良いから誘った、とか言ってましたが」

「誘ったぁ? 無理矢理引っ張り込まれたんでェ」

 

 ケト車の中にな、と言って鼻を鳴らす。だが不満げな物言いではなかった。

 

「ま、お陰で自分の名前が嫌いじゃなくなったがよ。で……」

 

 部屋にいる面々を一瞥し、腕組みをする。このような状況で大した度胸である。部屋の入り口や窓の外にも見張りが配置され、逃げ道はない。だが亀子はあくまでも傲岸で、怖じた様子を一切見せなかった。さすが無法時代の決号へ入学しただけに、相当場慣れしているようだ。千鶴が副官にするだけのことはある、と以呂波は舌を巻いた。

 

「私をどうするんでェ? さっさと白黒つけてもらおうじゃねぇかい」

「もちろん、準決勝が終わるまでここにいてもらうわ。無駄な抵抗はしないことね!」

 

 船橋がぴしゃりと告げた。彼女には珍しく有無を言わせぬ口調だ。常に明るい彼女も情報戦でしてやられたことと、捕物の現場を撮影できなかった悔しさで苛ついている。先ほど亀子の持っていた隠しカメラを調べたところ、SU-76iを初めとし各車両、隊員の写真が多数収められていた。警備をかいくぐってよくここまでというレベルだったが、写真以外はすでに味方に伝えているかもしれない。

 それでも相手側の副隊長を一人減らせるのだから、拘留しておく価値はある。だがリスクもあった。決号が救出のため手勢を送ってくるかもしれないのだ。姉の気性を知る以呂波は特にそれを危惧していた。かと言って無条件で解放するわけにもいかない。

 

 そんな一同を再び見回し、亀子はふと虚空を見上げた。

 

「ハル、ユカリ、ミサコ……」

 

 ぽつりと呟いた名前に、以呂波もみほも目を見開いた。こちら側の潜入作戦も知られていたのである。

 その反応に満足したのか、意地悪げな笑みを浮かべる亀子。集音マイクで盗聴した内容は全て千鶴へ伝えておいたのだ。

 

「無事に帰ってくるといいけどな」

 

 みほ、梓らの顔に不安が過る。船橋も携帯を取り出し、潜入班から連絡が入っていないか確かめた。だが着信はおろか、メールも入っていない。

 

 だがそのとき、以呂波の携帯電話が鳴った。着信音は勇ましい曲調の軍楽……明治時代に作曲された『抜刀隊』である。以呂波の顔に緊張が走った。この曲は姉からの着信なのだ。亀子に背を向け、通話ボタンを押す。

 

「……もしもし」

《よう、以呂波! 亀子を捕まえたらしいな!》

 

 電波に乗って聞こえてくる姉の声は明るく、妹を褒めるような口調だった。それが逆に不安を煽る。どうやら亀子は捕らえられた直後、気づかれないように何らかのSOS信号を送っていたのだろう。

 

「うん。捕まえてるよ」

《よく見破ったな。あいつの変装は結構分かりにくいと思ったんだけど》

「馬術部の馬が気づいたんだよ。動物の目は誤魔化せなかったってことじゃない?」

《あはは! なるほどな! ……さて》

 

 声のトーンが不意に低くなった。

 

《こっちもお前らのスパイを捕まえたんだ》

「……!」

 

 さしもの以呂波も血の気が引いた。しかしすぐに落ち着きを取り戻す。こちらにも手札があるのだ。

 続いて電話から聞こえてきたのは、覚えのある声だった。

 

《一ノ瀬殿、申し訳ありません! 我々はーー》

 

 優花里だと気づいた瞬間、声は途切れた。

 

《今のが誰だか分かったか?》

 

 再び千鶴の声。どうやらハッタリではないようだ。

 

《秋山優花里を見捨てたら、お前も大洗に面目ないんじゃないか?》

「要件は捕虜の交換?」

《亀子の装備もちゃんと返せ。データもだ。考える時間が必要か?》

 

 以呂波は少しだけ待ってと言い、保留ボタンを押してみほたちへ向き直った。彼女たちも雰囲気と、電話から漏れてくる声で状況を察したようで、以呂波に視線が集中していた。特にみほは親友の声をしっかりと聞き取ったようだ。

 

「優花里さんたち、捕まったんですか!?」

「そんな、秋山先輩が!?」

「そのようです。相手は捕虜の交換を持ちかけてきました」

 

 動揺を隠せないみほと梓に、以呂波はできる限り冷静に伝えた。亀子はそんな彼女をじっと見つめている。

 

「隠しカメラなどのデータも消さずに返せ、とのことです。応じていいですか?」

「もちろんです!」

 

 総司令官であるみほの返事を聞き、以呂波はすぐさま携帯を耳に当てた。胸の鼓動は早まっているが、こういうときこそ冷静でいなくてはならない。百戦錬磨のみほも同じで、不安を抑えるよう努めていた。船橋にも目を向けるが、彼女も眼鏡のずれを直しながら無言で頷いた。情報も、せっかく捕らえた敵副隊長も出鼻すには痛いが、隊員三名には変えられない。ましてや船橋は常に学園のイメージアップを考える身であり、『敵地へ潜入した勇敢な仲間を見捨てた』などという不名誉は望んでいない。

 

「千鶴姉、交換に応じるよ。場所はお兄ちゃんの船でどうかな?」

《いいぜ。で、今捕まえてるのは秋山優花里と噺家の二人だから、残ってる一人に連絡して投降させろ。話はそれからだ》

 

 一気にそれだけ告げて、プツリと電話が切れた。さすが姉だ、と以呂波は思った。交渉事でも常に自分が主導権(イニシアチブ)を握り、都合が良いように事を運ぼうとする。交換場所を以呂波が指定できたのが救いだが、この後どのような要求をしてくるかは分からない。だが今は相手の言う通り、美佐子に投降を命じるしかないだろう。彼女一人を逃しても、それで交渉がこじれてはどうしようもない。

 

「……安心しな。鶴公は約束を守るし、捕虜を虐めたりもしねぇよ」

 

 亀子が不敵な笑みを浮かべた。

 

「ところで、茶ぐれぇ出さねぇのかい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、これで後一人もすぐに来るだろう」

 

 千鶴は電話を切り、トラビの淹れたコーヒーを啜った。捕虜を得た後、彼女は二人を鉄塔へ連行した。守保らと“戦術顧問”はすでに帰り、その場にいるのは千鶴とトラビ、そして優花里と晴だけだ。手足こそ拘束されていないものの、鉄塔の足元には包囲網が敷かれており、逃走は困難である。

 侵入者を捕らえた千鶴の手際に、トラビは感心したように笑う。

 

「つくづくおっかないなぁ、千鶴ちゃんは」

「褒めてくれてありがとよ。で、捕虜の交換に異議はないんだな?」

「かまへん、かまへん。下手に脱走されても面倒や」

 

 亀子一人に対し、三人の捕虜を返還する……一見すると割に合わない取引だ。だが捕虜には捕虜の任務というものがある。脱走を試みて敵を内側から撹乱することだ。特にこの二人はいつまでも大人しくしているとは思えない。これから決号・ドナウ連合も合同訓練を繰り返さねばならず、監視に十分な人手を割けるか怪しいのだ。ドナウ高は対大洗八九式用の秘密兵器をテストせねばならないため、厄介者には早々にお帰りを願いたかった。

 風の当たる鉄塔は寒い。トラビはカップに湯気の立つコーヒーを淹れると、優花里と晴にも勧めた。

 

「ホラ、飲みなはれ」

「あ、ありがとうございます……」

 

 捕虜に対しても愛想は良かった。優花里としても熱い飲み物はありがたく、香り高いコーヒーに砂糖を入れ、味わって飲む。晴も美味そうにコーヒーを味わいながら、捕虜の身にも関わらず飄々とした態度を崩さない。扇子は一度取り上げられたが、武器などが仕込まれていないか確認した上で返却された。鉄塔から演習場を一望し、どことなく優雅さを感じさせる手つきでカップを握る。

 

「いやはや、良い眺めだ。うちにもこういう鉄塔が欲しいねぇ」

「せやろ? 演習のとき便利やで」

「おい。あんまり話しすぎるなよ、お喋りアイヌ」

 

 千鶴が釘を刺した。トラビは決して考え無しではないし、軽薄を装いながらも老獪な一面を持つが、誰にでも親しげに話しかけてしまう。捕虜とやたら仲良くなって、余計なことを喋られてはたまらない。

 そんな懸念を他所に、トラビは晴の顔をまじまじと見ていた。何か考えるような表情をしながら。

 

「キミ、どっかで会ったことない?」

「いいえ」

「何か見覚えあるんやけど」

「何度か寄席で前座をやったことあるから、そのときじゃないですか?」

 

 扇子で額をぺちぺち叩き、晴は再びコーヒーを啜る。

 

「いや、違うなぁ。まあ落語は好きやで。ここで一席やってみてや」

「『地獄八景亡者戯』をやれ、なんて言わないでくださいよ」

「そんな無茶よう言わんわ。短い簡単なのでええねん、『雑俳』とか『平林』とか……」

 

 能天気に会話を続ける二人を見て、千鶴はふと思った。こいつらといいベジマイトといい、ドSのカリンカといい、何で自分のライバルは変人ばかりなのかと。

 




お読みいただきありがとうございます。
思ったより早く書けたので更新です。
亀子の口調は「江戸っ子風(適当)」というイメージで書いています。
諜報合戦もようやく佳境を迎えました。
次回も頑張って書きますので、見守ってくださると幸いです。

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