ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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 三両の突撃砲が肩を並べ、訓練場でメンテナンスを受ける。無骨ながらも洗練された、ドイツらしいデザインのIII号突撃砲。同じIII号戦車ベースだが、ソ連製の箱型戦闘室を備えたSU-76i。リベット留めの野暮ったいデザインだが、しっかりと長砲身を備えたズリーニィI。運用法が同じなので、揃って訓練をしていたのだ。

 

 近くには傾斜装甲に機銃砲塔を備えた八輪装甲車も置かれている。オーストリア製のADGZ装甲車で、部品類の輸送や隊員の移動のような雑務に使われるのだ。試合中に事故があった際には砲火の中で負傷者を搬送することも想定し、戦車同様にカーボンコーティングが施されている。統合前の学校から受け継いだ品だ。

 

 突撃砲の点検には『怪物』の整備が一段落した出島、椎名が立ち会っているものの、主に乗員たちが自分で点検していた。新規加入したSU-76iのクルーたちを作業に慣らすためだ。彼女たちとタシュ、トルディの乗員を除くと、千種学園の隊員は元から乗り物のメンテナンスに慣れていた。農業学科の北森らはトラクターの整備が得意だったし、水産学科の川岸も漁船の整備経験がある。鉄道部員の三木たちは言わずもがな、馬術部員の大坪は戦車よりもデリケートな乗り物を扱っている。

 

 そして以呂波も、メンテナンスを整備員に任せ切りにするなと指導していた。曰く、『一弾流ではエンジン不調によるリタイアを認めない。試合中にエンジンが止まった場合、手で戦車を押して戦うことになっている』とのことだ。

 

「つまり、そんな目に遭わないよう整備を徹底せよということだ」

「なるほど~!」

 

 丸瀬が新人の去石に解説する。彼女率いる航空学科チームは特に整備熱心で、以呂波も驚くほどだった。当然と言えば当然である。飛行機の場合はエンジントラブルが死に直結するのだ。早く役に立てるようになりたい去石らは、彼女たちの話を熱心に聞いている。大洗のカバさんチームも、特に操縦手のおりょうがいろいろとアドバイスをしていた。III号突撃砲とSU-76iは車体が同じなので、彼女らの知識も役に立つ。

 その一方で、カエサルらはズリーニィにも興味を示していた。

 

「ひな……アンツィオ高校のセモベンテを一回り大きくしたような戦車だな」

「確かに箱型でリベット留めの固定戦闘室で、よく似ているな。……ところで今、何て言いかけた?」

「放っとけって!」

 

 そんな掛け合いを横目に見ながら、出島、椎名ら男子整備員はIII突を観察していた。さすがにドイツ製というか、洗練されたデザインだ。ハンガリーやイタリアはこれに触発され、トゥラーン車体ベースのズリーニィ突撃砲、M13/40中戦車ベースのセモベンテシリーズを開発している。しかしやはり工業力の差が出たというべきか、リベット留めの装甲を垂直に組み合わせた設計だ。Su-76iは即席兵器ながら傾斜装甲の戦闘室を持っているが、主砲の威力はIII突の75mm長砲身に劣る。

 

「ドイツらしい作りだよなぁ」

「80cm列車砲とか、ぶっ飛んだ物も作ってたけどな。もう少し戦争が長引いてたら、歩行戦車なんてのも考えたんじゃないか」

「そりゃないって。脚なんかつけたって良いことないだろ。コケやすくなるし、前方投影面積も大きくなるし……」

 

 出島たちは戦場の歩兵がそうであるように、自分が戦車に乗りたいとは願わない。しかし八戸守保もそうだが、男は男なりのやり方で、出しゃばらず戦車道に関わっている。それが千種学園の特徴でもあった。

 

 だがADGZ装甲車の陰で聞き耳を立てている人物には、誰一人気づいていなかった。黒駒亀子だ。

 彼女は千鶴ほど戦車に詳しいわけではなく、SU-76iという車両を初めて知った。すでにその姿をカメラに収め、友の元へ送ってある。そして談笑するクルーたちの様子をつぶさに観察した。SU-76iの乗員はまだまだ未熟なようだが、ズリーニィの方はなかなかの技量を持っていると見た。そして大洗III号突撃砲のクルーたちを見るに、やはり大洗は西住流のステレオタイプとはかなり異なるようだ。

 

「……面白ぇ連中だ」

 

 他の面々もざっと観察してきた亀子は、所感をぽつりと漏らした。彼女も千鶴も大洗女子学園には敬意を抱いていたが、大洗紛争における『あの現象』は不思議なことだった。約束を無碍にされた大洗に同情する声は多かったが、それにしても何故あそこまで『モテる』のか。しかし実際に自分の目と耳で西住みほを、そしてそれに従う連中を観察してみると、何となく分かってきた。そして、千種学園のことも。

 忍び込んだ成果はあった。だが大洗・千種側もスパイを送っているのなら、先ほどのようにその進捗を盗み聞きし、千鶴へ連絡しておきたい。そして相手のスパイが捕まってから帰還しても遅くはないだろう。

 

 

 だがそのとき、何者かが彼女の肩を掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時を同じくして、ドナウ高校市街地の公園。二人の少女がベンチに座り、並んで菓子パンを頬張っていた。ベルリーナーと呼ばれるジャム入り揚げパンだ。粉砂糖をまぶした皮のさっくりとした食感に美佐子が舌鼓を打つ。抱えている袋には優花里と晴の分がしっかりと確保されていた。追っ手を撒いたことをメールで伝えた後、晴からは『助けが必要になったら呼ぶからそれまで休んでな。あと何か美味い物買っといておくれ』とのメッセージが返ってきた。優花里も美佐子の体力を賞賛していた、とも。

 そのため美佐子は市街地のパン屋でベルリーナーを買い、体力回復に努めていた。偶然出会った赤島農業高校の隊長……コマンダンテ・プリメーラと共に。

 

「プリメーラって、どういう意味なんですか?」

「スペイン語で『一番目』って意味さ。私が最初の隊長だからね」

 

 自分のベルリーナーを飲み下し、プリメーラは微笑んだ。優しく親しみやすい印象だが、瞳には何か強い光が宿っている。彼女は一回戦で決号と戦い、敗れたものの千鶴と友人になり、その縁で訓練の手伝いを頼まれたと語った。だが準決勝に関しては中立を守り、追っ手が来ても美佐子を突き出したりはしないが、助けもしないと明言した。そして訓練の内容も一切話さない。

 

「昔から戦車道をやってたんですか?」

「うん」

「流派は?」

「南方派村上流」

 

 聞き慣れない流派だった。もっとも美佐子は一弾流以外の流派をそれほど知っているわけではない。だが水軍に端を発した村上流・熊野流といった流派があることを、以呂波から少しだけ聞いていた。

 

「南方作戦に参加した海軍陸戦隊が基になった流派さ。本家の村上流とは区別されてる」

「へぇ! あたしのひい祖父ちゃんも海軍で、船乗りだったんです!」

 

 嬉しそうに海軍式の敬礼をする美佐子。海軍の敬礼は狭い船の中でしやすいよう、肘を前に出す。また船乗りは手が汚れていることが多いので、手の甲を前に向ける。もっとも海軍では敬礼に関してそこまで厳しくなく、陸軍と同じ敬礼をすることも多かった。

 美佐子の言葉に興味を持ったのか、プリメーラは目に好奇心を宿して彼女を見た。

 

「何ていう船に乗っていたの?」

「『朝潮』っていう船で、魚雷とか扱ってたみたいです。一緒に沈んじゃったらしいけど」

「駆逐艦の『朝潮』……そうか」

 

 プリメーラの顔から微笑みが消えた。それを見て、美佐子からも笑顔が消える。沈黙が流れたが、美佐子の心中では以前から抱いていた疑念がこみ上げてきた。大洗のメンバーが来たとき、以呂波にぶつけた疑問だ。それについて自分なりの答えは出したつもりだったが、今一度考えてみるべきかもしれない。

 そんな美佐子の様子を察したのか、プリメーラはそっと彼女の手を握った。土に慣れ親しんだその手は、女子のとしてはやや荒れているが、とても暖かい。

 

「何か悩んでいるのかい?」

「……去年の全国の決勝戦、見ました? 西住さんが仲間を助けているところ」

 

 彼女が頷いたのを見て、美佐子は話を続けた。

 

「あのとき黒森峰は容赦なく撃った……戦車が流されたら命に関わるのに。あれが西住流のやり方で、それが日本を代表する戦車道なのかな、って」

「西住流が勝利に固執するのには理由がある」

「どんな理由が?」

 

 目を見開いて尋ねる美佐子に、プリメーラは苦笑を浮かべた。美佐子に対するものではない。西住流、というよりは日本の戦車道全体に向けたものだろう。揚げパンを食べて喉が渇いたのか、持っていた水筒の中身をコップに注ぎ、一口飲む。甘い匂いのする飲料だったが、美佐子はそれが何か問いかけず、彼女の答えを待った。

 

「戦争に負けたからさ。くだらないよね」

 

 鼻で笑いながら、一かけ残ったベルリーナーを口へ放り込む。それを咀嚼して飲み下した後、プリメーラはさらに続ける。

 

「実にくだらないよ。ある日の真実が永遠の真実とは限らないとはいえ、あの戦争に負けた事実は変わらないんだ。そもそも国家存続という大義があるからこそ正当化されるマキャベリズムを、スポーツに持ち込むのは筋違いだろうに」

 

 美佐子はその話をじっと聞いていた。後半部分は彼女にはほとんど理解できない内容で、この場に結衣がいれば通訳を頼んでいただろう。しかし勝利至上主義とその理由を「くだらない」と一蹴したことに、何か頼もしさを感じた。

 

「あたし、対戦相手が西住さんみたいに仲間を助けてたら、絶対に装填しないって決めたんです」

「ある日の真実が永遠の真実とは限らない。けどそれが君にとって真実なら、信じればいいさ」

 

 諭すように言いながら、再び水筒を傾けた。甘い香りを放つ飲料が、軽い音を立てながらコップへと移っていく。たっぷりと注ぎ、それを美佐子へ差し出す。

 

「他人からそれを『甘っちょろい』とか『子供だ』とか、『救い難い理想主義だ』とか言われたらね、何度でも『その通りだ』って突っぱねてやればいい。私もそのつもりさ」

「……はい!」

 

 笑顔でコップを受け取り、中身をぐっと飲む美佐子。若干の酸味が混ざった、濃厚ながらも爽やかな甘さが口の中に広がる。

 

「美味しいですね、これ!」

「サトウキビジュース。レモンも少し入れてある。我が校の重要な資金源だよ」

 

 そのうち遊びにおいで……農業高校の司令官(コマンダンテ)は楽しげに笑った。




お読みいただきありがとうございます。
昨日初めてリトルアーミーを読みまして、その辺の所感も含めて書いております(IIはまだですが)。
マジノ戦は半分パラレルみたいな扱いのようですが、リトルアーミーはまほの台詞がアニメ最終回に関わっているあたり、正史なのでしょう。
いろいろと妄想が捗ります。

あまり話が進んでない気もしますが、ご容赦ください(汗)
ご感想・ご批評等、よろしくお願いいたします。



追記
pixivにてモヤッとさんからトルディ車長・船橋幸恵の立ち絵をいただきました!
登場人物メモに掲載してあります。
また、S.Kさんから44Mタシュ重戦車、T-35重戦車のイラストをいただきました!
誠にありがとうございます!

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