ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

54 / 102
交差する思惑です!

「スパイは三人やて! 一人を追いかけて警備を手薄にしたらアカンよ!」

 

 携帯で仲間に指示を飛ばし、トラビはコーヒーを一口飲んだ。彼女が格納庫の屋根に不審者を見つけた後、亀子から敵スパイの情報が送られてきたのだ。だがコーヒーを飲んで一息ついた彼女の顔は、やたらと楽しそうに見えた。秘匿していたE-100の存在が知られてしまったというのに、この状況を心から面白がっている。つくづく掴み所のない奴だと千鶴は思った。

 

「E-100、バレても使うのか?」

「そら使うわ。あの子、いつも格納庫で留守番ばっか。いい加減退屈して噛みついてきそうやもん」

 

 彼女にとって戦車は犬と同じらしい。だが戦車乗りとしての腕、指揮官としての能力は千鶴も認めていた。超重戦車は一弾流の戦闘教義(ドクトリン)に著しく反しているが、今回はトラビに任せるつもりでいる。『白鯨』に例えた趣向に以呂波がどう出てくるか、興味もあった。

 千鶴は彼女が淹れてくれたコーヒーを飲みつつ、少し思考した。妹より少し長いポニーテールを風に揺らし、訓練場を眺める。凛々しい顔立ちだが、以呂波と比べてやはり野生的な印象がある。

 

 一際大きな砲声が轟き、赤島農業高校のT-34/85が直撃を受けた。訓練用の模擬弾なので貫通はせず、撃破判定も出ない。しかし実弾なら撃破されていたことを理解したT-34は即座に後退し、戦線を離脱する。そこへ隊列を組んだ決号の戦車隊……四式中戦車チトが仮想敵部隊へ殺到し、別方向からドナウのIV号突撃砲も攻撃を始める。

 微笑を浮かべ、無線機に向かって「演習中断」の命令を告げた。概ね、予想通りのデータは得られた。後はこの戦術を試合までに練り上げ、ドナウ高校との共同作戦に向けた訓練を行うまでだ。スパイがうろついている今、これ以上戦車を見せびらかすことはない。客分の赤島農業高校の面々にはひとまず休憩してもらい、後で意見を聞くことにした。

 

「なかなか面白かったよ、千鶴。お前ならあれを上手く使いこなすだろうとは思っていたが」

 

 コーヒーを飲み干した守保が、妹に笑いかけた。

 

「お前がいれば一弾流はもっと強くなるだろうな」

「……次の家元はどうせ、姉貴だろ」

 

 千鶴は自嘲的な笑みを浮かべた。一ノ瀬家には守保と彼女の間にもう一人女子がおり、陸上自衛隊の機甲科に所属している。一弾流はマイナーな流派ではあるが、『守り』を主体とする自衛隊はその有用性を認めているのだ。陸自の戦車師範は西住流家元・西住しほだが、彼女とて国防の現場に流派間の軋轢を持ち込むような愚かな人物ではない。そのため一弾流門下の隊員たちは一定の評価を得ており、西住流が幅を利かせる中でも特に差別なく扱われている。

 このまま順当に、長女が一弾流を継ぐ可能性が高い。以呂波が脚を失わなければ彼女が対抗馬となっただろう。自分が跡を継ぐことはないと、千鶴は分かっていた。

 

 ならば、やるべきことは一つだ。

 

「千鶴ちゃん、ちょっちええか?」

 

 ふいに、トラビが袖を引っ張った。二人だけで話したい、というような仕草だ。千鶴は兄に断りを入れると、彼女と共に鉄塔を降りて行った。

 階段を踏む足音が、次第に遠ざかる。その場に残ったのは守保と秘書、そして千鶴が呼んだ『戦術顧問』の三人だ。互いに面識はあるものの、今まで言葉を交わさずにいた。守保としては彼女に少しばかり負い目もあったのだが。

 

「……君が千鶴と知り合いとは知らなかったよ」

 

 茶菓子を摘みつつ、守保は声をかけた。少女はぬいぐるみを抱き寄せ、訓練場から撤収していく戦車を見守っている。

 

「あれで結構良い所あるから、これからも仲良くしてやってくれ」

「……弾薬……」

 

 少女はぽつりと呟いた。

 

「え?」

「去年、大洗に弾薬と燃料を横流ししたって」

 

 その言葉に守保は頭を掻いた。まさしくそれこそが負い目だった。昨年の『大洗紛争』の際、八戸タンケリーワーク社も裏で動いていたのだ。企業の利益、そして保身のために。

 

「横流しじゃなくて出世払いで売ったんだ。大学選抜は良い取引相手だったけど、我が社としては大洗に勝って欲しかったんでね。悪く思わないでくれ」

 

 すると、少女はくるりと大人たちの方を向いた。幼い顔立ちだが、灰色の瞳はどこか力強い光を宿しており、独特の鋭さを持っている。その一方で無表情を保っており、感情を見透かすことはできない。

 若き青年実業家に対し、少女はゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「……私は貴方に感謝しています」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……二人の隊長は鉄塔の足元へ降り、そこで本題に入った。トラビ曰く、ドナウ高校は一回戦でも二回戦でも、軽戦車に手を焼いた。機動力を生かした偵察・撹乱に加え、装甲が貧弱であるが故、乗員の射弾回避技術も磨かれている。ちょこまかと動く小柄な戦車に、砲手が必死で75mm砲の照準を合わせようとしていると、相手の嘲笑う声が聞こえた(と、トラビは言い張っている)。

 そして次に戦うことになる、大洗女子学園の八九式中戦車。その貧弱な火力と装甲にも関わらず、プラウダ高校の猛追から逃げ延び、黒森峰の猛獣軍団を手玉に取った相手だ。千種学園のトルディやソキも侮れない。アガニョークと夜戦で渡り合ったことを考えると、準決勝でもその実力を遺憾なく発揮してくるだろう。

 

「つまりな、もうちょい効率よく軽戦車を片付けられる、秘密兵器を使おうと思うねん」

 

 得意げな笑みを浮かべるトラビ。彼女曰く、艦内に分解して保管されていた珍しい戦車があり、それの組み立てが先ほど完了したという。しかしこの期に及んで新車両、それもずっと使っていなかった代物を戦列へ加えることに、千鶴は今ひとつ賛成できなかった。

 

「今から慣熟訓練して間に合うのか?」

「それは大丈夫、IV号ファミリーや。マリちゃんたちならすぐ慣れるやろ」

 

 ドナウ高校はIV号戦車とIV号突撃砲を主力としており、その系列車両なら操縦は容易だ。しかしどうやら副隊長代理を乗せるつもりらしい。軽戦車の相手がよほどストレスになったのだろう。実際に昨年の決勝戦で、大洗の八九式は徹底的な『嫌がらせ要員』となっていた。千鶴としても厄介な相手だと思っていたので、対策が必要なことに異論はない。

 

「勿体つけないで言え。その秘密兵器ってのはどんな戦車だ?」

「ほな、ヒント」

 

 にぃっと笑い、トラビは指を立てる。

 

「大洗の八九式って、鳥のマークが描いてあったやろ?」

「ああ、アヒルの……」

 

 言いかけて、千鶴は目を見開いた。同時にこの自称アイヌ人の発想に感服する。

 そして次の瞬間にはトラビの胸ぐらを掴み、自分の方へ乱暴に引き寄せていた。眉間に皺を寄せ、ぎらつく瞳で彼女を睨む。

 

「ふざけんな。そんな物があるならもっと早く言え」

「ちょ、ちょ。怒らんといて。まずは今日の演習を見てからと……ほら、コレ聞いて落ち着こ?」

 

 苦し紛れにポケットから取り出したのは、竹製の小さな楽器……ムックリだ。千鶴が苦笑を浮かべて解放すると、彼女はそれを口に加え、ビヨン、ビヨンと独特の音を鳴らし始めた。楽器とは言っても、ムックリには決まった曲がない。アイヌの女性が自分の恋心や動物の鳴き声、風の音などをイメージして鳴らすものだ。

 普段騒音の中で生きている千鶴が、この奇妙な音に惹かれるのもまた、一つの不思議かもしれない。

 

 スパイを見失ったという報告が入ったのは、この数分後だった。続いて、赤島農業高校の隊長が行方不明になったという報告がされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、ここはどこだろう」

 

 美佐子はぽつりと呟いた。彼女は追手を撒くため、滅茶苦茶に逃げ回った。とにかく逃げた。ひたすら逃げた。逃げて逃げて逃げまくった。時には通り道にあった貯水池に石を落とし、飛び込んだように見せかけてさらに逃げた。

 結果、体力バカの面目躍如と言ったところが、背後に追手の姿はなくなっていた。その代わり彼女はいつの間にか、学園艦の市街地エリアまで来ていたのだ。

 

 ドイツの古都をモチーフとした街並みで、煉瓦造りの建物が美しい。公園も清掃が行き届いており、清潔だった。千種学園の市街地は一般的な日本の都市だが、一部にオーストリア風の区画があり、そこと雰囲気が似ている。美佐子はポケットから手帳を取り出し、メモを取るふりをしながら街中を歩いた。そうすれば校外学習中の生徒に見えると、優花里から教わっていたのだ。実際に周囲の一般人や学園艦職員に、彼女を怪む者はいない。

 とりあえず晴にメールを送り、一先ず街中に身を潜めることにした。

 

「ここの名物は何だっけ……」

 

 辺りを見回しつつぼやく。決して自分だけがサボろうというわけではない。優花里と晴もお腹を空かせているだろうし、何か食べ物を買って行こうという、能天気ながら殊勝な考えだ。

 しかし、そのぼやきは聞かれていた。

 

「プレッツェルが結構美味しいよ」

「あ、本当ですか?」

 

 ふいに声をかけられ、反射的に返事をしてしまう。振り向くと、すぐ近くでTシャツ姿の少女が微笑んでいた。ウェーブのかかった長髪にベレー帽をかぶり、日焼けした顔に鮮やかな笑みを浮かべている。シャツ一枚にホットパンツという軽装だが、それでもどことなく優雅な雰囲気があった。

 全く気配がせず、いつの間に側へ来ていたのか分からなかった。だが美佐子の嗅覚は、彼女が身に纏う戦車乗りのニオイを感じ取っていた。鉄と油、硝煙の香り。それに混じって土のニオイが感じられるあたり、北森と似た印象を受ける。実際にその手は土に慣れ親しんだ手で、T-35の乗員たちと共通点があった。その手を陽気に上げ、彼女はスペイン語で挨拶した。

 

「Hola!」

「オッラ?」

 

 聞きなれない言葉に、きょとんとして聞き返す。

 

「『ハイタイ』って意味さ」

「はいたい?」

「『こんにちは』って意味さ」

 

 ようやく理解した美佐子は、発音を真似て「オッラ!」と元気に挨拶を返した。どうやらドナウ・決号の生徒ではないようで、一先ず安心する。だがその直後、謎の少女は美佐子をじっと見つめた。顔立ち、そして全体を眺め、くんくんとニオイを嗅いで、再び口を開く。

 

「……大洗って感じじゃないね。千種学園の子かな?」

 

 どきりと心臓が鳴る。美佐子は即座に全力で逃げることにした。が、いつの間にか肩を掴まれていた。掴まれたというより、肩に手を置かれていただけだ。そのまま「安心しろ」と言うかのように、優しく肩を叩いてくる。

 

「怖がることはない、私はこの学校の生徒じゃないからね。千鶴と友達だから訓練を手伝ったけど、試合に関してはあくまでも部外者」

 

 穏やかな口調で語り、微笑を浮かべる。不思議な雰囲気を持つ少女だった。

 

 

「私はプリメーラ。赤島農業高校の、司令官(コマンダンテ)プリメーラ」

 

 

 




やや遅くなりましたが、あけましておめでとうございます!
新年最初の更新、お読みいただきありがとうございます。
八戸タンケリーワーク社の策動についてはいずれ明かされます。
ドナウ高校の隠し球ですが、ちょっと露骨にヒント出しすぎたかな……。
ともあれ、今後も楽しみにしていただけると幸いです

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。