ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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諜報合戦、白熱してます!

『ドナウ高校秘匿車両はE-100超重戦車150mm砲搭載型と判明。訓練には参加せず、塗装を白く塗り替え中。しかしこちらも敵に発見された可能性有り』

 

 メールで伝えられた報告に対し、みほ、以呂波は少し話し合った上で、偵察班へ新たな命令を下した。『情報収集の続行は現場の判断に委ねるが、三人で無事帰還することを最優先に行動せよ』という内容だ。情報は確かに欲しい。だが万一捕らえられてしまえば、試合終了まで拘束される可能性もある。貴重な人員を失うわけにはいかない。

 そして格納庫内で机を囲む司令部一同は、報告に上がったE-100超重戦車について話し合った。

 

「全備重量140t、最大速度は計画通りなら40km/h、最大装甲厚は240mm……」

 

 ネットで調べたデータを船橋が読み上げる。サイズと全体の装甲はマウスに劣るが、路上での速度は中戦車並みだ。主砲も報告からすると150mm砲で、マウスの128mmと比べて貫通力は劣るものの、それでも1000m先から215mmもの装甲を貫ける。口径が大きい分打撃力も強いはずで、貫通しなくても装甲を『割って』撃破できるレベルだ。

 みほ以下『あんこうチーム』の四名は、マウスと戦ったときの恐怖を思い出していた。迫り来る巨体と長大な主砲、いくら撃っても弾き返される砲弾。ヘッツァーの傾斜装甲に乗り上げさせるという奇策で撃破したが、そのヘッツァーは装甲内面の特殊カーボンが剥がれ落ちるほどの損傷を受けた。文字通り、命がけの作戦だったのである。大洗紛争では義勇軍もろとも、さらなる無茶を連発して勝利したが、それでも超重戦車の脅威は心に深く刻まれていた。

 

「千鶴姉の買った新車両がホリ車だとしたら、二つの強力な砲で射程外から狙われる可能性があります」

「でも確か、一度も使ったことないんでしょ?」

「ええ。まあ、ドナウが公式戦にあまり出ていなかったのもあると思うけど……」

 

 沙織の問いに、船橋が答えた。みほ、そして以呂波も同じことを考えていたし、この場にいない優花里もそうだろう。超重戦車を動かすにはコストがかかるし、運用の幅が狭い。昨年度黒森峰がマウスを市街地に配置したのは、大洗が市街戦に持ち込もうとすることを予測していたためだが、それだけではない。もし平原での戦いに出していても、その重量と鈍足から、他の戦車と共同運用するのが難しく、途中で脱落する可能性があったからだ。

 その黒森峰でさえ昨年の決勝戦以来、一度もマウスを試合に出していない。無論、使うべきときが来れば使うだろうが、運用条件が厳しすぎるのだ。ドナウ高校は現状のままでも十分強力な、むしろ下手に超重戦車などを入れるよりも、ずっとバランスの取れた戦車隊を編成できている。

 

「それに、白く塗っているというのも妙ですね」

「うん。まだ試合会場は決まってないし」

 

 頷きつつ、みほも首をかしげる。『士魂杯』の試合会場は全国大会と同じく、試合の七十二時間前にルーレットで決定される。今回は共闘戦のため、試合までの猶予が多く取られており、まだ会場が決まるのは先だ。白い塗装はかなり目立つので、雪中戦以外ではあまり使われない。

 試合に出す気はない、という可能性も高いのではないか……みほと以呂波はそう思っていた。だがその場で一人、結衣だけは別の考えが浮かんでいた。

 

「……モビー・ディック」

 

 ポツリと呟いた言葉に、全員の視線が彼女へ集中する。結衣はハンカチで眼鏡を拭いていたが、それをかけ直し、凛とした表情で意見を述べた。

 

「白く塗るっていうことは、巨大戦車を『白鯨』のモビー・ディックに例えてるんじゃないでしょうか」

「ええと……何それ?」

「……百年以上前に書かれた小説だ」

 

 茶菓子をつまんでいた麻子が、代わって沙織の疑問に答えた。十九世紀の作家ハーマン・メルヴィルが書いた物語だ。日本語訳も多数出版されているが、元が哲学的要素に富んだ難解な作風のため、高校生で読んでいる者は少ないだろう。作者の生前は一部のコアなファンを除いて理解されず、死後もどちらかというと、当時の捕鯨を知る史料としての価値で評価されていた。勉強熱心で読書好きな結衣や、博識の麻子は知っていたようだ。

 

「白い鯨に片脚を食い千切られた船長の復讐劇、だったな……」

「脚を……」

 

 みほの視線が以呂波に向く。また船橋も『白鯨』の概要は知っていた。現に校内放送のプロパガンダで、以呂波をその船長に例えたことがある。確かにドナウとの練習試合で見せた、敵戦車撃破にかける執念はそれを彷彿とさせたし、結衣も上手い例えだと感じたものだ。

 ドナウ高校も同じ印象を抱き、彼女がエイハブ船長、超重戦車E-100が白鯨モビー・ディックという趣向を考えたのかもしれない。端から見ればいささか悪趣味な趣向だが、以呂波当人はそれほど気にしていなかった。むしろ自分に対する挑戦ならば、受けて立ってやろうという思いさえ感じていた。彼女は根っからの戦車乗りなのだ。

 

 以呂波は義足のソケットに手を当て、数秒考えた末、結衣に尋ねた。

 

「『白鯨』って読んだことはないんだけど、エイハブ船長は最後にどうなるの?」

「白鯨と戦って死ぬわ。乗組員をほぼ全員、道連れにして」

 

 一同は沈黙した。あっさりと本当のことを言った結衣は、これで親友がどんな反応をするか、見たかったのかもしれない。

 

「……自然には、勝てない」

 

 だが沈黙を破ったのは、この場で一番無口な澪だった。おずおずと、だがしっかりと仲間たちの方を見て言葉を紡ぐ。

 

「でも、人間が作ったものなら……必ず、壊せる……」

「加々見さんの言う通りです」

 

 華が凛と引き締まった表情で言う。その手で多くの敵戦車を撃破してきた彼女は、相手がいかなる戦車であろうと恐れない芯の強さを持っていた。どんな戦車にも弱点はあるのだ。例えそれが針の穴程度の大きさでも、そこへ糸を通すことはできる。つねにそれを信じて砲手席に座っているのだ。

 

「どんな戦車にも、突破口はあります」

「うん、そうだよ! 私たちが言うんだから間違いないって!」

 

 沙織も同調した。彼女にも多くの戦いをくぐり抜けてきた自負がある。そして当然、みほもだ。今まで何度も絶望的な状況を覆した戦車上の魔術師だが、それを可能にしたのは彼女だけの力ではない。

 

「みんなで協力して、勝とう!」

「……はい!」

 

 

 ……こうして両チームは結束を深めつつ、ミーティングを続ける。他のメンバーは自主練や、何らかのレクリエーションに精を出していた。

 が、その場に潜り込んでいた部外者には誰一人気づいていなかった。

 

 

 

「お熱いこった……」

 

 格納庫の壁一つ隔てた先で、黒駒亀子は呟いた。手にした聴診器型の器具を壁に押し当て、細いコードで繋がったイヤホンで内部の会話を聞いていた。壁越しに音を聞くための小型集音マイクだ。話し声に耳を澄ましつつ、周囲への警戒は怠らない。

 最初から盗聴していたわけではないが、重要な情報はいくつか分かった。まず大洗・千種側もスパイを送り込んでおり、すでにE-100の存在を嗅ぎつけたということ。とはいえ発見されたなどと言っていたので、すでに千鶴も察知しているかもしれない。だがそれだけでなく、彼女たちは決号の新車両導入を関知していて、しかもそれが五式砲戦車ホリだと予測していると分かった。さすが千鶴の妹だけに、姉の考えは察しがつくのか。

 

 報告のメールを打ちながら、亀子は親友の妹にますます興味を持った。変装もしていることだし、場合によっては直接話しかけてみようかとさえ考えていた。だが今出て行くことはできない。亀子の基準では『ザル』だが、警備の生徒も配置されていた。中には騎乗している者もおり、怪しまれたら徒歩で逃げきれない。まずは他の面々を観察し、それから接触を図るべきだろう。

 集音マイクをポケットへ押し込み、亀子は静かにその場から立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方の大洗・千種連合の偵察班は、訓練場近くの林に身を潜めていた。幸い三人とも運動神経は良かったので、太い木を見つけてよじ登り、枝葉に身を隠している。

 砲声がひっきりなしに轟き、今まさに演習が行われているようである。しかし敵方は彼女たちの侵入に気づいた後、演習に出ていた隊員を一部動員して警戒線を張ったようだ。格納庫の警備をしていた生徒たちも捜索に当たっており、これを突破して訓練場へ辿り着くのは困難だ。木から降りれば見つかるかもしれないし、このまま樹上隠れていてもいずれは発見される。

 一際大きな砲声が響く。優花里にはそれが口径100mm以上の主砲、それも長砲身だと判別できた。以呂波の予想通り、五式砲戦車の可能性は高い。だが断定はできないし、仮に予測通りだったとしても、優花里としてはあることを確認しておきたかった。

 

「木の上に隠れるだなんで、こんなにキの揉める話はないね。キがキじゃない」

 

 くだらないことを言う晴だが、事態のまずさは理解している。本部と連絡を取った後、せめて決号の新兵器は突き止めようということで意見は一致した。しかしこれでは進むことも退くこともできない。

 三人とも、この警戒網を突破する方法を必死で考えていた。決して万策尽きたというわけではない。優花里は左衛門佐から渡された、忍道用の煙玉を懐に忍ばせていた。晴の隠し球はもっとえげつなく、古典落語「くしゃみ講釈」にちなんで胡椒と唐辛子の粉を持参しており、いざとなればそれを追跡者に投げつけて逃げる算段だった。しかしそれらを使って強行突破を図っても、演習場まで辿り着けるかどうかが問題だった。

 

 しかし。こういった状況は予期せぬハプニングによって打開されることがある。今回の場合、美佐子がたまたま枝から足を滑らせたのがきっかけとなった。

 

「わ!」

「相楽殿!」

 

 転落しそうになった彼女を、優花里が咄嗟に掴もうとする。だが美佐子は持ち前の反射神経で枝に掴まり、ぶら下がることで転落を防いだ。だがそれは身を隠していた枝葉の中から、その姿を露出させることになった。

 

「いた! あそこよ!」

 

 地上で声がした。直後、警備に当たっていたドナウ高校、及び決号工業高校の少女たちが一斉に駆けつける。

 美佐子の思考は単純だが、このときは冴えていた。いや、単純であるが故、逡巡なく決断できた。包囲される前に、すぐさま枝から手を離したのだ。着地と同時に側転して衝撃を受け流し、樹上の仲間たちを顧みることなく、一目散に逃げ出す。集まってきた警備の生徒は続々と彼女を追いかける。おかげで奇跡的に、優花里と晴は気付かれずに済んだ。

 

 少女たちは鬨の声を上げながら美佐子を追う。その後ろ姿を見送り、晴は優花里に告げた。

 

「今は助けてやれません。一先ず、この隙に訓練場へ」

 

 警戒網は美佐子を追跡するために乱れ、辺りに見張りはいなくなっていた。この場を脱出するには今しかない。結果的に美佐子を囮としてしまうことになるが、晴の言う通り、助けてやれる状況ではなかった。優花里は少し躊躇ったが、単独で逃げることを選んだ美佐子の決意を、無駄にすべきでないと判断した。

 

「……そうですね。もし相楽殿が捕虜になったら、情報入手後に全力で救出します」

「なあに、あの体力バカなら逃げ切るでしょう。けど、万一の時は見捨てません」

 

 義理人情は大事です、と晴は微笑んだ。

 二人はするすると木から降り、訓練場へ向かった。偉大なるトラブルメーカーに感謝しながら。


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