ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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潜入中です!

 千種学園の戦車格納庫近くに、もう一つ車庫がある。校内整備用の車両を入れておくためのスペースで、戦車道支援用の牽引車なども含まれていた。その一番奥にある異形の車両を、数名の男子生徒が整備している。戦車道サポートメンバーの鉄道部員たち、そして航空学科の整備専攻生たちだ。

 

「カチューシャって歌は確か女の子が、兵隊に行った恋人の帰りを待ってるんだよなぁ」

 

 ぼやきながら、小柄な男子が操縦席に潜り込み、機器をチェックしている。彼らは普段、戦車の内部、つまり人が乗る場所には手出ししない。そこは更衣室やトイレと同じ『女子の空間』であり、彼女たちから頼まれない限り、男が迂闊に踏み入るべきではない……鉄道部の男子は機械狂集団だが、そういう気遣いができる程度には紳士的だった。

 だがこの車両はT-34中戦車をベースとしていながら、用途も形も戦車とはかけ離れた物になっていた。もはや女子のたしなみではなく、男の領域と言って良いくらいに。

 

「……俺らの場合は逆か」

 

 外したネジを締め直し、元どおりの状態に戻す。操縦系のチェックは概ね終わったようだ。狭苦しい操縦席から、よっこらせと這い出す。

 

「……お晴さんたちが心配か? シゴロク」

 

 エンジンを点検していた学友が声をかけた。デゴイチこと出島期一郎、サポート班整備長だ。

 操縦席を点検していた副整備長・椎名五十六は「まあな」と苦笑する。『女よりメカいじり』という男たちだが、彼らもまた、スパイ活動へ向かった面々のことを案じていた。勇敢な女子たちを見送る立場の彼らは、日頃から戦車に対して乗員を守ってくれと念じて整備に励んでいる。ましてや学友であれば、心配するのも当然だ。

 

 特にサポートメンバーは高遠晴に何かと世話になっていた。整備以外の雑務や物資の補給などについて、彼女がよくノウハウを教えてくれたのである。落語家志望なだけに他人を不快にさせない喋り方を心得ており、「こうしてみたらどうだい」と勧める形で指図するため、皆素直にそのアドバイスを実行できた。そして実際に彼女のいう通りにすると、作業が上手く回るので、男女問わずサポート班から信頼を得ていた。

 

「あれだけ機転が利く人なら上手くやるだろ。秋山さんもいることだし」

「まあそうだろうけど、さ」

「相楽は殺されても死なないだろうし」

「それはもっともだな」

 

 額の汗を拭いながら、椎名は整備していた怪物を見上げる。車体はT-34からの流用で、上部支持転輪のない足回りもそのままだ。が、砲塔は全く別の物に換装されていた。戦車砲とは似ても似つかない、巨大な二本の筒。その上に生えた六つのパイプ。赤く塗られたボディはあちらこちらが禿げており、サビ落としに当たる生徒もいる。

 千種学園の前身の一つ、アールパード女子高校から運ばれてきた車両だ。当分使っていなかったらしく、捨てるのを惜しんだ生徒によって運び込まれたらしいが、戦車道に参加できるような代物ではない。今鉄道部員と航空学科の生徒がレストアに当たっているのは完全に趣味であり、この化け物を錆びつかせておくのは惜しいという機械愛からだ。

 

「……とりあえず、車体の方はこれでいいな。上半分は航空学科の領分だ」

「いやはや、英国面ならぬ洪国面だよな。まあ戦車道には出せないけど、役に立つ日が来るかもしれないし」

「用途を考えれば、役に立たない方がいいんだけどな」

 

 口ではそう言いながらも、二人はこの怪物の本領を見てみたいという欲求を抱えていた。自分たちの整備している戦車が、女子たちの手で派手に暴れるのを見てきただけに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、戦車格納庫の方では乗員たちが休憩を取っていた。偵察班が出払っていても、大洗との合同訓練は行われている。両チームはすっかり打ち解けていたが、他校との連携にはいろいろと課題が多い。

 

「そーれっ!」

 

 元気よくボールをトスしたのは、八九式中戦車の車長・磯部典子だ。バレーボールで不利な低い身長にも関わらず、キャプテンとして大洗女子バレー部の残党を率いている。それは運動神経もさることながら、的確なコントロールと反射神経あってこそで、戦車道でも大いに生かされていた。ただしその根性論はなかなか理解されないが。

 同様に根性でT-35に乗る北森が、高く上がったボール目掛けて跳躍する。農作業で鍛えた体が躍動し、掌が全力でボールを打った。白いボールは地面に叩きつけられ、重い音を立てる。

 

「どうだ、磯部さん!」

「すごい! 私たちの対戦車バレーを、あっという間に身につけるなんて!」

「これでT-35が動けなくなっても大丈夫ですよ!」

 

 近くを通りかかった丸瀬が、どこまで本気なのだろうという目で彼女たちを見ていた。

 

 そんな中、両校の隊長車クルーたちは借りてきた机を囲み、小さな会議を開いている。情報戦指揮官である船橋の姿もあった。議題は決号工業高校の、新車両に関してだ。不在の三人、そして居眠りしている約一名を除き、皆真剣に話し合っている。

 

 以呂波は一回戦、二回戦での戦いから、姉がどのような戦車を求めているか想像していた。一回戦での赤島農業高校との戦いは、決号に有利な条件だった。赤島側はイージーエイトやIS-2、SU-100などの強力な戦車を保有していたが、車両数はたったの五両。対する決号は十両編成。しかもルーレットによる会場選定の結果、寒冷地での試合となった。赤島側のメンバーは沖縄県出身者、そして少数のキューバ人留学生で構成されており、気候的に不利は明らかである。

 しかし赤島農業高校はゲリラ戦に精通していた。一弾流の得意とする伏兵戦術を完全に見抜き、決号側の五両を一方的に撃破したのだ。だがその後態勢を立て直した千鶴は、巧みな連携で赤島のフラッグ車を孤立させ、撃破に成功している。

 

 二回戦では決号が一方的に敵を蹂躙したが、最後に残った敵フラッグ車一両のために三両が撃破された。千鶴としては高くついたと思っただろう。

 姉もきっと、従来の戦術に限界を感じているはず。少なくとも同門である以呂波と、同じ戦術で戦おうとはしないはずだ。何せ血を分けた姉妹であり、幼い頃から互いをよく知っているのだから。

 

「姉が買ったのはきっと、五式砲戦車だと思います」

 

 以呂波はそう予測した。船橋が白い指でタブレット端末を操作し、画像を表示する。映し出されたのは長大な砲身を搭載した、駆逐戦車に近い車両だ。二種類あり、片方はエレファント、もう片方はヤークトティーガーに近い。両方とも実物ではなく、CGによる再現画像だった。

 

「正式名称は試製新砲戦車甲ホリ。五式中戦車の車体がベースで、I型とII型があって、両方とも105mm砲を搭載、前面装甲の厚さは125mmね。側面は25mmみたいだけど」

「日本にもこのような戦車があったのですね」

 

 五十鈴華が感心したように言った。日本戦車の非力な印象からかけ離れたデザインである。制作途中に空襲を受け、車体を破壊されたため完成しなかった。しかし同じ運命を辿った44Mタシュ重戦車が千種学園にある。そして決号はホリ車のベースとなった、五式中戦車チリを保有しているのだ。

 

「決号の五式や四式は艦内工廠で自作したものだそうです。パーツさえ手に入れば、ホリ車も作れるでしょう」

「確かに……」

 

 みほも頷いた。船橋が提示したデータによると、試製十糎戦車砲はM4中戦車はおろか、M26重戦車の正面すら容易に貫通できる威力だという。計画通りに完成していれば、他の日本戦車とは一線を画する攻撃力を持つ戦車になったはずだ。

 そして砲戦車と呼ばれる自走砲の役割は戦車部隊の支援。ホリ車の援護射撃があれば、決号の戦車隊はより攻撃的な戦術を取れる。得意の伏撃を行うにしても、戦術の幅は大きく広がるはずだ。

 

「日本戦車に限るなら、当たりかも」

「まあとりあえず、偵察班からの連絡を待たないとね」

 

 船橋のことばに、みほは少し心配そうな顔をした。秋山優花里には全幅の信頼をおいているが、それ故に心配だった。もし敵に捕まるようなことがあれば、次の試合を彼女なしで戦わねばならないのだ。他の仲間たちも同様だが、みほにとって優花里は極めて重要な相棒なのだ。

 

「大丈夫だって。いつもみたいに、無事に帰ってくるよ」

「……信じて待て」

 

 様子を察した沙織が、そして唐突に目を覚ました麻子が隊長を励ます。みほはこくりと頷いて、仲間を信じることにした。今までそうしてきたように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、当の偵察班はというと……

 

 

 

「見つからなくてラッキーでしたね」

「ええ、裏手に見張りがいなくて幸いでした」

 

 屋根の上を匍匐で進みつつ、美佐子、優花里が言葉を交わす。格納庫の屋根は三角形で、二人はその頂点をゆっくりと進んでいた。裏手側に生えた木によじ登り、その枝から屋根へ飛び移ることができたのだ。運動神経に優れる美佐子と、戦車に詳しい優花里が上へ登って天窓を目指し、晴は誰かが来ないか見張っている。

 高いところが好きだと自称する美佐子は、いつも通りのワクワクとした表情で匍匐前進を続ける。優花里は優花里で、一体どのような戦車があるか楽しみで仕方ない様子だ。前向きさからくる勇気こそ、彼女たちの最大の武器かもしれない。

 

 二人は点在する天窓を一つずつ覗き込み、目当ての戦車が見えるか確認する。優花里は時折双眼鏡で周囲を見回し、見つかっていないかを確かめた。緊張感が高まるが、今の所彼女たちに気づく者はいない。

 

「秋山さん! ありました!」

 

 美佐子が呼びかけた。優花里は即座に、彼女の方へと這っていく。

 

「車種は何ですか?」

「分からないけど、でかいです! マウスってやつかも……」

「なんと……!」

 

 その言葉に目を輝かせながら、優花里も窓を覗く。そして、驚愕と感動に声を詰まらせた。

 眼下に見えるのは美佐子が言うように、巨大な戦車だ。全長十メートル近く、小な天窓からでは全体を見ることができない。主砲もまた巨大で、口径は100mm以上ありそうだ。それを支える履帯の幅も、一メートルはありそうだ。しかし超重戦車の代表格たるマウスではない。主砲にマズルブレーキがついているし、履帯を覆うサイドスカートが丸みを帯びている。マウスはもっと角ばったデザインのはずだ。

 

 血潮がぐっと熱くなる。まさかこの戦車を見られるとは思っていなかった。未完のまま終戦を迎えて幻となった、夢破れし超重戦車がそこにあったのだ。

 第二次大戦中、ドイツで計画されていた『Eシリーズ』。車体規格を統一し、生産の合理化を図るための新型戦車開発計画だった。しかし戦局が悪化したドイツに、既存の戦車を一新するこの計画はとても実施できたものではなく、ほとんどがペーパープランのみに終わった。そんな中、唯一車体の製造に着手していた車両が、眼下にあるこの戦車だった。

 

「E-100……E-100超重戦車ですよ……!」

 

 感動に見を震わせ、目に涙まで浮かべる優佳里。彼女の視線の先で、ドナウ高校の整備班が作業を行っていた。先ほどケッテンクラートで運び込んだと思われる、塗料の入ったドラム缶が並んでいる。それを刷毛につけ、E-100の巨体に塗りつけていた。ジャーマングレーの車体が純白に塗り替えられていく。

 

 スパイ活動中でなければ、優花里はいつまでもそれを眺めていたことだろう。しかしはっと我に帰り、名残惜しみながらも退散を決意した。

 

「よし、一旦降りて、高遠殿と合流します」

「はい!」

 

 美佐子が笑顔で頷いたとき。遠くから砲声が聞こえた。

 その方角を見ると、小高い丘の稜線に鉄塔が立っている。その向こうで訓練が行われているらしい。ドナウ高校の秘匿車両は格納庫にしまわれていても、決号の新車両は訓練に参加しているかもしれない。そうでなくても、対戦相手の訓練を偵察する意味はある。

 

 双眼鏡で鉄塔を見やると、その頂点に立つ人物の顔がわずかに見えた。だが優花里はその中の一人に見覚えがあった。

 

「まさか……!」

 

 それは小さな女の子。クリーム色の髪をサイドテールに結い、小脇にぬいぐるみを抱えている。敬愛して止まぬ西住みほが好む物と、同じシリーズだった。後ろ姿だが、優花里はそれがあの恐るべき少女だと分かった。

 何故彼女がここにいるのか。驚愕しながらも平静を保ち、とにかく屋根から降りようとしたとき、優花里は別のことに気づく。

 

 鉄塔の上にいる別の人物が、双眼鏡でこちらを見ていたのだ。




お読みいただきありがとうございます。
冒頭でいじっていたハンガリーの車両、分かる人には分かるかもしれません(男の領域だと言っている通り、もはや戦車ではなくなっていますし、間違っても戦車道には使えません)。
そしてドイツの開発していたもう一つの超重戦車、推参です。
しかしこれだけでは何ですから、もう一つくらい珍しいドイツ戦車を出したいと思っています。

さて、もう年末ですね。
この連載を始めてから早一年……多くの方に応援していただき、やってこれました。
完結はまだ先ですが、お付き合いいただけると幸いです。

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