ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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島田嬢を出す余地はないと言ったな?
あれは嘘だ。


情報戦、開始です!

 ドナウ高校の演習場には細長い鉄塔が立っている。高台の上に位置し、演習場を一望できる作りだ。元々は航空機などへ信号を送るための施設だったが、今は戦車道チームによって使われている。ここから隊長や訓練教官、または見学希望者などが演習風景を眺めることができるのだ。

 今鉄塔の階段を上っているのは、八戸タンケリーワーク社長・守保その人だった。女性秘書と共に金属製の階段を踏みしめ、地道に上り続ける。垂直の梯子でないだけマシだが段数が多い。守保は秘書を気遣いつつ登っていたが、戦車道選手出身の彼女にとって、この程度はそれほど苦にならないようだ。

 

 やっと上りきると、風が額に当たった。同時に、『ビヨン、ビヨン』と表すしかない不思議な音が聞こえる。手すりに囲まれた頂上には高倍率の望遠鏡や、パソコンの置かれたテーブルも設置されていた。そしてその前に立っているのは一ノ瀬千鶴と、このドナウ高校のユニフォームを着た少女。謎の音は彼女が口にくわえた、竹製の小さな板から発せられていた。

 そしてもう一人。展望台の隅に、一見この場に似つかわしくない、小さな少女がいた。白いシャツにひらひらとした黒のスカートという出で立ちで、小脇にはクマのぬいぐるみを抱え込んでいる。手足に包帯を巻いた奇妙なデザインだ。守保らに背を向け、フェンスに掴まってじっと演習場を眺めている。

 

「よう、兄貴」

 

 ポニーテールを風になびかせ、千鶴は微笑んだ。

 

「ご招待ありがとう、千鶴。あと……」

 

 守保が目を向けると、トラビが小さな楽器を口から離した。着ているパンツァージャケットは黒い布地で、金色のボタンが合計十二個、二列に並んでいた。ドイツ帝国騎兵将校の軍服をイメージしたのであろう、古風なデザインだ。

 

「お初にお目にかかります。ドナウ高隊長、トラビいいます」

「初めまして、八戸守保です。噂は千鶴から聞いてるよ」

 

 愛想よく右手を差し出す彼女と、守保も笑顔で握手を交わした。続いて彼は三人目の少女を、ちらりと横目で見た。後ろ姿だが、左側頭部で結ったクリーム色の髪には見覚えがある。というより、守保としては仕事上知っていて当然の人物だった。

 兄の様子を見て、千鶴は聞かれる前に答えた。

 

「兄貴にも言ってなかったけど、あいつとは去年から付き合いがあってさ。あたしが呼んだんだ。臨時の戦術顧問ってとこだな」

「よく来てくれたもんだな。あの……」

「おっと」

 

 名前を言いかけた兄に、千鶴は人差指を唇へ当てて見せた。

 

「今日の所はお忍びで来てくれたんだから、内緒にしといてくれよ」

「ああ、そうだろうな。誰にも言わないよ」

 

 兄妹の会話を聞き、トラビがケラケラと笑った。美少女と言ってよい顔だちだが、様々な所で人を食ったような態度を見せる。だが笑いながらもポットを手にし、熱いコーヒーを二つのをカップへ注ぐ。ドナウ高校はドイツを海外提携先とする学校だが、黒森峰が戦車の技術を中心としているのに対し、ドナウはドイツ文化や歴史の教育に力を入れている。コーヒーについてもドイツ流のこだわりがあり、自前のコーヒーメーカーを持ち込む生徒も多い。

 トラビはアイヌ民族であることを誇りとしているが、同時にドイツのコーヒー文化も好んでいた。

 

「ブラジルとコロンビアとグァテマラのブレンドです。もちろん炭火焙煎」

「ありがとう」

 

 カップを手にして一口飲むと、まろやかな深いコクが広がった。深く焙煎されているようで、酸味はほとんどない。自慢するだけあって良い味をしている。秘書が「さすがですね」と賞賛すると、トラビは得意げな笑みを浮かべた。

 

小熊(エペレ)ちゃんもどや? 砂糖とミルク多めで」

 

 小さな少女へ呼びかけるも、彼女は背を向けたままで答えない。単純にアイヌ語の呼びかけが通じていないのかもしれないが。

 つれないなぁ、などと言いつつ、トラビは自分もコーヒーを飲み、茶菓子をつまむ。用意されているのはドイツ風のクッキーで、コーヒーによく合う。

 

 そうしている間も、千鶴は床に置かれた通信機のチェックをしている。やがて、機械を通じて声が聞こえてきた。

 

《こちらコマンダンテ・プリメーラ。アグレッサーA、用意良し》

《B、用意良し》

「よし。攻撃を仕掛けろ」

 

 千鶴が命じる。トラビもコーヒーカップを持ったまま、手すりの方へ行って演習場を見つめた。やがて微かにエンジン音が聞こえ、遠くに土煙が見えた。

 守保が双眼鏡を借りて見てみると、小柄な戦車が複数確認できた。I号戦車A型と、38t軽戦車だ。ドナウ高校所属の車両で、I号はイタリア製のブレダ20mm機関砲らしきものを搭載している。

 

「あのI号はスペイン内戦仕様かい?」

「ええ。せやけど、他にも規格外の改造がしてあります。タンカスロン専用ですわ」

「訓練に使うなら文句は言われねぇだろ」

 

 千鶴もぶっきらぼうに言いながら、送話器を手にじっと演習場を睨んでいた。

 ドナウの小型戦車の後から現れたのは二両の中戦車。まずは傾斜装甲を多用した装甲をオリーブ色に塗った、T-34/85だ。『屈んだような戦車』と評される車体に、長砲身の85mm砲を搭載している。そして同じ色だが少し車高の高い、M4シャーマン。イージーエイトことA3E8型だ。いずれも戦車道で広く使われている車両だが、ドナウはドイツ戦車、決号は日本戦車中心であり、本来この場にいるはずのない車両だ。

 

「あれは赤島農業高校の連中さ。ゲリラ戦に詳しいから、仮想敵を頼んだんだ」

「一回戦でお前と当たった相手か」

 

 守保は再び、ぬいぐるみを抱えた少女をちらりと見た。あどけない顔立ちだが、フィールドを見つめる目は場慣れした戦車指揮官のものだった。実際に彼女はその道ではかなり名高いのだが、千鶴と付き合いがあるというのは守保も初めて知った。彼女といい、かつての対戦相手といい、予想外の相手に助力を求めたものだ。

 思えば千鶴は高校進学後、集めた仲間と共に決号の戦車部を復活させ、生意気な口を塞ごうとする不良を片っぱしからなぎ倒した。今や校内で確固たる地位を築き、逆らう者はいない。しかし今はそれだけではなく、外交的な能力も身につけたということだろう。守保は舌を巻いた。以呂波だけでなく、千鶴もまた成長していたのだ。

 

「千鶴ちゃんは友達作るの得意やねー」

 

 トラビが楽しげに笑い、先ほどの楽器を口にくわえた。再び不思議な音が響く中、演習が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、演習場から離れた校舎付近で、別の戦いが始まろうとしていた。しかしこの場でそれを知っているのは、この戦いの主役たる三人だけだ。ドナウ高校の生徒に扮した、大洗・千種連合の偵察班だった。

 学園艦への潜入方法はあれこれ協議され、飛行機を他校のものに偽装して潜入する方法も考えられた。しかしコストや安全性の問題から、ワンパターンだが『コンビニの定期船に潜んで潜入』という、秋山優花里の十八番で潜り込むことになった。結果は成功だったが、大変なのはこれからだ。

 

「演習場へ行くなら、ここから裏手の林を通って行った方が安全かねぇ」

 

 道案内役の高遠晴が、優花里、美佐子両名に説明した。ドナウ学園艦の街並みや校舎は古風なデザインで、牧歌的な雰囲気が漂っている。しかし以呂波が危惧した通り、相手も潜入偵察を警戒しているようだ。『現在、機密保持のため戦車道の見学はお断りしております』『怪しい人物を見つけたらご連絡を』などと書かれた張り紙が点在している。戦車格納庫も遠くから見ることはできたが、入り口に見張りが立っていた。

 

「慎重かつ大胆に、ですね!」

「そうですね、人目につかない所を歩いた方が良さそうです」

 

 場慣れした優花里も、警戒態勢下でのスパイ活動には緊張しているようだ。ちらりと格納庫へ目をやる。数棟並ぶ煉瓦造りの建物の前に、決号とドナウの生徒が立っている。あれこれ雑談しているようだが、警備はしっかりとしていた。入り込む余地はなさそうだ。窓もあるが磨りガラスのようで、中の様子は見えそうにない。ドナウ高校の正体不明戦車が隠されている可能性も高いが、今は演習を偵察した方がいいだろう。

 美佐子は相変わらずワクワクした表情で、この重要な任務を心から楽しんでいた。もちろん遊びでないことは分かっているが、このような過酷な挑戦さえ楽しんでしまう単純さこそ、彼女の強さと言える。

 

 そのとき、優花里は格納庫へ向かう車両に気づいた。半装機車両・ケッテンクラート。バイクの後ろ半分を履帯走行のトラックにしたような、独特の形状の乗り物だ。荷台には複数のドラム缶を積み、ガタガタと揺れている。

 ケッテンクラートは優花里たちから見て一番左の格納庫へ向かい、その前で停止した。扉が半分開かれ、待機していた整備係の少女たちが積荷を下ろすのが見える。倉庫の中までは分からないが、あそこに何かあると優花里は思った。単に燃料を保管しているだけかもしれないが、何かが隠されていると彼女の勘が告げていた。

 

「……屋根に登れりゃ、あの中を見られるかもしれませんよ」

 

 晴が小声で言った。

 

「確かあの格納庫……天窓があるんです」

 

 その言葉を聞いて目を輝かせたのは美佐子だった。班長たる優花里の言葉を待たず、自らその役目に立候補した。

 

「あたしが登ります! 高いところ大好き!」

「ナントカと煙」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃。千種学園においても、戦いは始まろうとしていた。

 

 

 

「……ここまではチョロかったな」

 

 トイレの個室から出て、決号副隊長・黒駒亀子は呟いた。身にまとうのは深緑色の、千種学園の制服だ。サイズが今ひとつあっておらず、胸が少しきつそうである。しかし胸ポケットにペン型のボイスレコーダーを収め、他にも隠しカメラやら、指向性集音マイクなどを仕込んだ完全装備だ。工業高校故、こうした電子機器に詳しい者もいるのだ。

 さらに普段ショートヘアにしている彼女だが、ウェーブのかかったウィッグ、そして度の入っていない眼鏡で変装している。普段の荒々しいアマゾネスのような風貌から一転し、知的な雰囲気の女性になりすましていた。副隊長クラスともなれば、顔が知られているかもしれないのだ。

 

 外へ出ると、辺りには同じ制服を着た生徒が往来している。男女問わず、誰一人を疑う者はいなかった。内心でほくそ笑みつつ、自然な足取りでその中へ紛れ込む。

 

「さぁて……鶴の妹のツラぁ、拝みにいくか」

 

 




お読みいただきありがとうございます。
島田嬢は本編では顔見せ程度の登場ですが、番外編で暴れてもらう予定です。
出す余地ないと言った側からこれだよ!
なお、トラビが彼女に呼びかけた「エペレ」というのはアイヌ語です。
ドイツ語ではありませんので、念のため。
ご感想・ご批評などありましたら、よろしくお願いいたします。

そして、pixivにてモヤっとさんから、以呂波、美佐子、澪の立ち絵をいただきました!
こちらの要望などにも答えてくださり、誠にありがとうございます!
絵ができるとキャラの動きなどが想像しやすくなって、書きやすいですね。

あと、作者ページに書きましたが、さりげなくツイッターを始めてみました。
よかったら見てやってください。
https://twitter.com/rotty68816218

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